30.呼び出し
──トントントン。また入口の戸を軽く叩くものがいた。今度は軽くゆっくり丁寧な感じだ。
「支宣様に急の用向きで御座います」
戸の外から男性の声がした。
光様はそっと奥の執務室に一旦入られ、それを確認した支宣様がゆっくり扉を開けた。
「何事だ? このような時間に?」
このような時間。 あれから色々あって時間を忘れていたが、とうに外は薄暗くなっていて、先程刻を告げる鐘がそう言えば鳴っていたような。
朝7時と正午と夕16時の三回、時間を知らせる宮廷内の鐘が鳴る。
宮仕えの仕事は基本的に定時は16時終了だ。
あくまでも定時であって、ここにいる方々は夜中もずっと仕事に追われる日々は少なくない。
やんごとなきあの御方ですら、例外ではなかった。
とは言え、高位の者に付く側近の従者に定時などは関係なく、男女共に主に呼ばれたら基本24時間馳せ参じるのが当たり前だ。
支宣様をたずねてきた、この男性は支宣様より少しばかり歳が若くみえる。
トイプーとは違った、どちらかと言えば支宣様よりの柴か、スピッツ系? 単なる色白なので、和風な雰囲気の男性だった。少し小柄な感じが親しみがわいた。
彼は私の存在に気づき、丁寧にお辞儀をしてから、支宣様に用向きを話す。
「先程情報部より、此方が届きました」
黒漆器の上等な盆には一通の手紙のような物がのせられていた。
支宣様は一礼し、両手で手に取り、裏を見る。そこには朱の封蝋。小菊と鈴蘭の蝋。
皇家の?
この国には、国に貢献した家には家紋として花紋を帝より賜る。
太政大臣家が藤であるように、高位の方を市井で口にする時に、名前や役職で呼ぶのは不敬にあたるからと、民は藤の家の〜〜ご当主、藤の家の惣領息子様などと。
そして、その中でも至高の花は菊の大輪。今上天皇である。
今上天皇の正妻の皇后陛下は少し小さ目の菊の花に自分の花紋を添える。
菊の花の大きさには大小は違うが血縁の濃い者までが使用が許される。
東宮殿下や、内親王殿下、等。
小菊と鈴蘭の花紋。
今上天皇のご生母、皇太后様の御印であった。
支宣様の顔付きが一瞬にして変わる。
届けに来た男性は、役目を果たすと、私に軽く会釈をして丁寧な挨拶口上を述べ、部屋を後にした。
隣の部屋の扉がゆっくり開く。
「来たか……」
支宣は主に、手紙を渡す。
さっと目を通すと、テーブルの上に置く。
支宣様が、殿下の方を見て確認し、手紙を手に取った。
「3日後! ……」
支宣様がいつになく、小刻みに震えていた。顔は硬直し、青白く変色している。
何ごとかしら?
「頼んだぞ。支宣、貞舜」
そう言って、光様は少し笑った。
「笑いごとでは御座いませぬ! 今からどうやって! とりあえず、衣装を早急に、時間がないので今回はある物を」
「ならぬ、銀糸の凰の紋様に龍胆の花を刺し、地は薄紫を用意せよ。後は紫水晶と、銀糸を2日で作らせろ」
「御意…」
支宣様は挨拶も、そこそこに走って部屋を出て行った。
「凛花、数日時間を俺にくれないか?」
「え?」
「すまないが詳しくは移動途中だ、貞舜、李俊、急ぎ支度を。左大臣家へ参る」
「御意」
「え? 左大臣家? 中将様のご実家へ?」
「さ、凛花。参りますよ」
え? 何で?? は?
「車の御用意が整いました」
早!! 父様いつの間に?
「行くぞ凛花」
へ? え? えええええええええ?
半ば押し込められた感じで馬車に突っ込まれた私は、左大臣様の邸宅に行くすがら、馬車の中でとんでも無い話をされることとなったのだ。




