遊んでよ
「おや、おかえり黒」
「ん、退屈してたか」
「少しね、散歩は楽しかった?」
出かけるかどうしようか、さすがにこの姿から変われないまま街へ降りるのは怒られるかなと悩んでいたところにアッシュが帰ってきた。一緒になら出かけられるかなぁと思ったが黒髪に白い輝きが残っているのをみて首を傾げる。
「なに、飛んだの…何かあった?」
「別に、文官の見習いみたいな奴らの目に付いたからさっさと帰ってきただけだ。お前が心配するようなことは何もない」
「…ふーん?君が人の目にね。女性だったんでしょう」
「……、そんなに退屈だったのか」
わざと意地の悪い言い方でからかって来る。構ってほしい時のシエルのクセだ。
「退屈と言うか…、出かけようか迷ってたから」
「ひとりで?」
「君がいないからね」
「戻れるまで我慢しろ」
「だから、戻ってるのは今なんだって言ってるのに」
「拗ねるな」
むくれる頬に軽く口づける。まだ昼にもなっていないしこのままごろごろするのは確かに勿体ない。
「世界樹に散歩もなー、つまんない」
「…なんだ、甘えて」
「僕も散歩に行こうかな」
「城の外はダメだぞ」
二人きりになるとシエルは〈シエル〉になる。
普段は少年のようなふりをして、良い子のふりをして、まるで優等生のように穏やかに、優しげに振る舞う。
だが本来はただの淋しがりやで甘えたがりだ。
「…つまんないこと考えたんでしょう」
「たまには好きなことをさせてやろうと思ったんだ」
「好きにしてるのに」
「嫌いにならないか?」
「ふふ、可愛い事言って。どうしたの」
ソファに座るアッシュの膝に猫のように甘えて笑う。俺のシエルは世界一愛しい。
ごろごろと喉を鳴らしそうな彼の白金の髪をサラサラと撫でてやれば気持ちよさそうに目を細める。
「…ステラを見てたら、自分もこうなのかと怖くなった」
「あはははッあれはもうちょっとこじらせ過ぎだよねぇ」
「宰相はよくあれを許してるな」
「あれはやっと手に入れてはしゃいでるんだよ。慣れてきたら落ちつくんじゃない。待って、待って、探して、焦がれて…やっと見つけたステラの唯一だよ。少し大目に見よう」
膝の上でなんだか遠い目をするのが面白くなかった。なんだかんだシエルは自分よりもステラとの方が長い記憶を持っている。それがシエル自身の記憶ではないとしてもだ。
「一応身内以外の前では我慢していると信じたいがな」
「キースが許さないでしょ」
「そう願う」
昨日の様子では、人前では節制したいキースと何がいけないんだというステラの認識の剥離だろう。ステラをいたわる様子を見てもキース自身は嫌がっているようには見えなかったから。
さてそれより。
「遊んでよ」
「なんだ、おまえこそ可愛い甘え方を覚えやがって」
「ふふ、人の目に触れるのは避けたいところだけど、何があったの」
「あぁ…、気になるのか」
「暇つぶしにならないかなぁって」
ごろりと膝のうえで仰向けになるとアッシュに向かって手を伸ばしてくる。その手のひらに口づけながら苦笑すると仕方なく白状した。
「多分何処かの貴族どもの子息子女だろうな、一人の男を取り合っていた?のか」
「何で疑問形なの」
「片方はもうどうでもいいって顔してたからな」
「何それ、詳しく話してよ」
ほんの数刻一人にしただけなのによほど退屈したらしい。普段なら気にもとめないどうでもいい人間の話なのに興味を示した。
「こんなに甘えてくるなら時々一人にしてやろうか」
「何です、僕そんなにいつもと違う?」
「いつもはこんなに構われたがらんだろう。まぁ実家にいるときだけだがな」
「…そうかな、まぁそうなのかも」
寂しかったわけではないのだがなんだかおかしな気分だった。当たり前に傍にいた彼が振り返ったらそこに居ないことが。
「よくわからんが、多分婚約者を横取りしたんじゃないか、あれは」
「横取り?」
「まぁ取るに足らん男だったからもう良かろう」
「横取りされた人は?」
「あきらめた顔をしてたが…、そうだな…どうするんだろうな。あぁあと…」
「なに?」
「魔導師かと間違われた」
「魔、…なに?」
「高名な宮廷魔導師様かと言われた」
「え、は…?君が?魔導師さま…?んふふ、んははは なにそれあはははッ」
「この国の魔法士共が心配になったぞ」
楽しそうに笑い転げるシエルの額を撫ぜてやれば腕に絡まりながら起き上がってきて肩口へと頬を寄せてくる。まだ笑いは止まらない。
「あはははは そういえばこの国はステラがいるからなぁ、特に仕事もないのかもあははッ 面白いから見に行こうか」
「光の国はもう少しマシだったはずだからな。何やってんだか彼奴等は」
更に貴族のトップにステラが出てきたわけだ。魔術に関してはあの神に勝てる人間どころか神ですらいない。息吹ひとつで領地のひとつくらい消し飛ばしてしまう。
そしてシエルが悪乗りを始めた。
「ちょっと君、魔導師さまになってよ」
「……今度は何を始める気だ」
「宮廷魔導師達のローブを借りてきましょう、見習いのでもいい」
「さっきの感じだと俺が見習いだとかえって怪しまれそうだが…」
「なにそれ、そんなに?」
「風の初期魔法を10.26秒詠唱して放ってたな…、見習いだとしても酷い」
「君に風魔法?あははははッやめてお腹痛い、あはははは」
シエルがこんなに素で笑い転げるのは久しぶりだった。ソファの背もたれに肘をついて眺めていると少し嬉しくなって思わず薄く笑む。
「あは、あはは もー笑わせ過ぎ。苦しいよ」
「姫のお気に召して何よりだ。で、遊びに行くのか」
「パパみたいなこと言わないでよ。そうだね、行こうか」
「何だそれは」
「なんかベリルが嬉しそうだったからさ」
「まぁいいが…、自分で歩くか?」
「当たり前でしょ」
こつりと小突いてソファから立ち上がると促すように笑う。俺のシエルは世界一愛らしいのだ。
「ちょっとパパ呼んで」
「…ベリル、来い」
短く召喚の意を示せば噂をしていた養父が現れた闇から姿を見せる。
「おい犬、他に呼びようがあんだろ」
「パパ、宮廷魔導師のローブ貸してください」
「…………しゃあねェな」
「…なる程」
どことなく嬉しそうにいそいそと空間からローブを2着取り出すのを見て世の娘可愛い父親の姿を垣間見る。意外と娘LOVEなのかこいつ…。
「何すんだそんなもん」
「アッシュと魔導師ごっこです」
「なんだよ楽しそうだな、あとで混ぜろ」
「考えときます」
「ちょっと鍛えて来てやるよ、お前ら放置し過ぎだぞ」
「あん?何かあったのか」
「ふふ、アッシュが魔導師様なんだってあははは」
「なんだそりゃ」
しばらくシエルのツボになりそうだなと苦笑しながら渡されたローブを羽織る、少し着丈が短いか?フードを被ればある程度は顔も隠せるようで安心する。
「ほら、ちゃんと被れ」
「わぅ、もー…大丈夫ですよ」
「似合うじゃねぇか、就職するか」
「やです」
白いローブをさらりと羽織ってくるりと回ってみせた。対照的な黒のローブを羽織ったアッシュが目を細めて微笑む。
「アッシュ、似合う?」
「可愛い可愛い」
「あとなんか俺にお願いはあるか」
「そうですねぇ、じゃあ一時的でいいんで何か役職ください」
「役職?何すんだ」
「僕達ここで育ちましたけど殆どの人間が僕達を知りませんからね、自由に動きたいかなって」
「まぁそうか。じゃあ…宮廷魔導師長やるよ」
そこの菓子やるよ、位の気軽さでやりとりをしているがそれはそれでまた面倒なのではないかと思う。どうなんだ。
「仕事とか多いんじゃないですかそれ」
「あぁないない大丈夫だ。元々それステラがやってたんだしな」
「ステラが?」
「顔も出さない謎の魔導師長様だ。何かの折には勝手に片付けてくれるってな。彼奴今は表に出したし最近降臨したことになってっから席が空いてんだよ。名前だけ持っててくれたらこっちとしても都合がいい、お前にやる」
「ふーん、わかりました。じゃあアッシュが副魔導師長?いや、補佐のほうがいいのかな」
「好きに使っていいぜ。どうせ今までどおり何かあればステラが仕事するから名前だけだ。これももってけ」
ぽいと何かを投げ渡されて二人が受け取り見てみれば何かの紋章を象った襟章だった。
「何ですこれ」
「うちの魔導士共の襟章だ。その色は王直属、つまり近衛魔導士団の証だよ」
「ホントに俺が魔導師やんのか…」
「君がやるから面白いんじゃないですか。剣出しちゃダメですよ」
「実質その色つけてる奴はいない、ステラ専用みたいなもんだったからわかりやすいだろ。危ないことすんなよ姫」
「うん」
ちゅ、と髪に口づけるとアッシュが即座に睨んできた。襟章を付けるのに気を取られているのか撫で撫でと髪を撫でてやれば素直に好きにさせてくれるのにベリルの機嫌が上がる。
「じゃあ補佐くん、巡回にでも行きましょうか」
「はいはい」
何処となく楽しそうにアッシュを促すのに睨んでいた顔が緩む。結局自分達は彼には勝てないのだ。
「あとで様子見にいくわ、アッシュ呼べ」
「来なくていい…」
「呼ばないと覗くぞ」
「…わかったよ」
覗かないと約束している。約束だけは守る奴なのだ。覗かれるよりはマシだろう、仕方ない。
「散歩のような巡察です」
「散歩だろ」
今日のシエルは随分と機嫌がいい。正直1人にしたら拗ねるのではとも思っていたのだが、これは複雑な予想外というものだった。
寂しがらないのは良かったようなつまらないような、だがたまにはいい刺激なのかもしれない。
『やはり時々ひとりで自由にさせてやるのも悪くないのかもな』
光の国か闇の国の城内に限るのだが、まぁそこは仕方がない。一歩ひとりで外に出ようものなら危険はなくとも余計厄介な、ろくな事にならないのは目に見えているのだ。
2人でいるのはごく自然なことなのだ。それは間違いないし負担でもない。ただ、時折ひとりでお互いを思う瞬間があってもいい。そういう事だろう。
「アッシュ、訓練場はどっちだっけ」
「走るな、危ない」
俺のシエルは世界一可愛くて愛しい。
ゆっくりと追いかけながら繰り返し思うのだった。




