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月鏡の畔にて ~感情的な平民娘と神様めいた氷輪の青年が、真に心を許し合うまで~  作者: るり石
第5話 烏頭白くして、馬角を生ず

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雪解け


 次の朝。寝室の窓の外は見渡す限りの銀世界と化していた。町並みを覆い隠すような季節外れの大雪だ。真っ白な新雪が太陽の光を反射して目がチカチカする。二日酔いの頭痛を強めて不快でしかない。よく見ると、何故か湖面にだけは雪が無いようだけど。

 しかし今日は寒い! 私は格好を暖かくして、三角屋根の長屋に借りた家から早足で出勤する。


 図書館の中はいつも以上に凍えそうな寒さだった。火気厳禁であり薪も燃やせないため、司書も利用者も各自で防寒の装いである。『彼』も白いロングコートと黒地に雪の結晶柄のマフラーを着込み、白手袋の手で地質の本を優雅に閲覧していた。


「今日は冷えるな、ヨミ殿が訪れてるよ」

「うん……」

 

 返事がうまくできなかったのは、彼からの挨拶に慣れなかったからだ。さらに、もうひとつ驚愕があった。


「……無神論者のあんたがそんなこと言うなんて」

「ん? ただの慣用句の言い回しだろう」

「まあ、それはそう」


 ここ月鏡では室内が異様に寒いことを『ヨミ殿が訪れている』という。ヨミというのは水神さまの別称だ。夜見、読み、黄泉(よみ)、闇、三日月の弓。意味はたくさんあるらしい。雪と氷の化身である水神さまがこの場に来てるんじゃないかと疑うくらい寒いという言い回しである。今朝(けさ)はまさにそれだった。

 すると、彼が私に斜め顔を向けた。仮面に感情を隠して視線だけで見下ろして、威圧感すら漂わせる。


「体調は万全か?」

「ええ! おかげさまで」


 皮肉っぽく返事してやると、涼しげな切れ長の青目に被さる白銀の睫毛(まつげ)がぴくりと動いた。意趣返しだ。

 しかし彼は返す言葉が思い浮かばないらしく、ほぼ不機嫌なポーカーフェイスを(たた)えた顔をぷいと背けて、再び読書に熱中し始める。私はそれにムッとして、この前のことを蒸し返してやることにした。何も無かったみたいな顔してるけど、逃がしてやんねーからな。


「別人ね!」

「何の話だ」

「あんたに決まってんでしょ。子どもみたいでギャップにめちゃくちゃ笑ったんだから。泥酔して超面白かったわよ」


 煽るつもりでニコニコしながら嫌味を言ってやると、彼の眉間の(しわ)がぐっと深くなる。怒るか? と思ったら、彼が肩を落として心底疲弊したふうに大きく嘆息した。


「……僕が酒を避ける訳があれに詰まってる」

「フフ。あんたのこと知れて嬉しいわ」

「僕の激しい二面性を把握してなお……君の態度はなんら変わりないんだな」


 そんな怖い顔で難渋されると、私も少し気に入らない。


「なによ。引かれるかもって思ったの?」

「普通ならな。そうはならなかったようだが」

「ちょっと。『ドン引き期待してました』みたいな口調やめろ。ほんとにあんたは」


 会話中に何度か目は合うものの、また塩対応か。私への態度はやっぱり変わらないみたいだ。酒を飲んだらあんなに友好的なのになあ。私はつい口を尖らせる。


「もう無駄よ。あんたがどんな事しようと嫌いになんてならないし」

「嫌えなんてもう思ってないぞ。あの作戦はやめた」


 さらりと言う声。私は思わず両手で顔を隠した。狂った呼吸のリズムを必死で調(ととの)えながら、そのままもごもごと喋る。


「えっちょっと撤回して。爆弾発言すぎる」

「撤回したら君が後悔しないか?」

「あぁ~~~~する!! えぇでもどうしよう。マジ? マジよね? 今度お酒飲んでもそう言うの?」

「確認でも取るつもりか……」

「念のため。あとまだまだ秘密引き出したいし楽しいし」

「酒が入ると何をしでかすか分からないぞ。危険が伴う。第一君ももたないかもしれない」


 両手をどかした。目の前には変わらず美しい彼がこっちを見下ろしてて、私は少し、いや非常に安心している。こいつがまた積極的になったら、きっと駄目になるでしょうね、私が。


「……そうかも」

「ああ。納得してくれるかい」

「でも面白かったしな~~」

「度を過ぎた飲酒は命に関わると聞く。君がストッパーになれるなら、また一緒に飲んでもいいよ」

「飲み過ぎるってこと?」

「そうだな」


 私はむー、と唸った。彼はというと、昨晩に一人称『俺』で自由奔放に喋り散らかしていた事なんて微塵(みじん)も感じさせない、すました表情だ。

 騒ぎ立てて駄々をこねそうになったけど、ぐっと抑えて彼を恨めしく見る。すると、彼はどこか困ったように眉を(しわ)めた。


「云ったろう。少々身体が弱いからあまり羽目を外せないんだ」

「じゃあ、今週末食事ね!」

「横暴だな」

「あんたが言えた口じゃないんだけど」

「ああ、(わか)ってる。君の言う通りにしよう……」


 前までは想像もつかなかったほどの柔らかな声で、彼は私の要求を受け入れたのだった。


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