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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
121/121

殲滅のマタドール:FINAL  あなたと

……そろそろ、時間だ。朝早く、あの時と同じ時間に起きて私は日課を開始する。


あの日からひと月が経った。人間よりも長寿なエルフ族という種族の概念からすれば、それはあまりにも短くてあまりにも……それこそ、つい昨日の事の様に思い出せる時間だ。


痛む胸を押さえつつ、私はベッドから身を起こすと窓のカーテンを開ける。


手早く朝食を済ませて外へと出ると、そこには広大な川が流れていた。


メルキオとの壁の役割をかつて果たしていたその川は、今では私にとって……ほんの少し寂しい気持ちになる思い出の場所だ。



あの戦いの後、私はギュンターの支援を受けて魔術を研究する研究者となった。故郷を失った私には居場所が無かったから、あのお人好しの国王様は王都にある豪華な施設を紹介してくれた。


でも、私の居場所は一つだ。


アヴィと出会った……あの場所……。


扉を開けた私は、透き通る濃い青色の水面を見つめて言った。



「……早く帰って来なさいよ、バカ……いつまでも、待ってるんだから……」



研究用の住まいと呼ぶには質素で、実験や研究に必要な最低限の物しか置かれていないその小屋が建っているのは……あの子と出会った川のほとりだった。


ギュンターはもっといい場所があると言ってくれたけど、事情を説明したらすぐに了承してくれた。


……あの子との思い出の場所だから、私は此処に居続けたい。


諦めてないんだから……死んだ人の弔いとか、思い出の人の為にとか……そんなのじゃない……。


だって……だって……。



「いつか、帰って来るんでしょ?……アンタは……」


……私はあの子を信じてる。だから、いつか絶対にこの場所から帰って来る。


静かに微笑みかけると、私は静かに踵を返して穏やかな流れの川に背を向けた。



−−−−−  



殲滅のマタドール FinalOrder 完



































<義体、展開完了。アヴィ……良い人生を……>



「サ、サシャ!!……」


「……え、えっ?……」




「……サ、シャ……サシャアアアアアアアアアアアアッ!!」



彼女は、最愛の人との再会に感極まったのか……涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして泣いて……そして、彼女へ飛び付いた。



義体は完璧だ。しっかりとエルフ族の特徴や寿命を再現しきれている。我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。



やっぱり、こういった方法で力を使った方がいい……。




「ア、アンタ……何で……」


「マタドールシステムが……私を、また……連れて来てくれましたぁぁぁぁあっ!!でも、私……っ……う、う、うぅぅぅうああああああああああんっ!!サシャ、サシャああああああああっ!!」


「っ……バカ……この大バカぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!ばか、ばか、ばかぁぁぁぁぁあっ!!……」


「ごめんなさいっ、ごめんなさいぃぃぃぃぃっ!!サシャに、ひっぐ、怒られるの、っ、ごわぐでぇぇぇぇぇっ!!それで……それで……ひと月も、ががぢゃったんですぅぅぅぅうううううっ!!」


「は、はぁ!?何よソレぇぇぇっ!!……っ……このバカ!!大バカっ!!だいたい何よ!!急に耳なんて生やしてっ!!」


「そ、それは!……サシャと……一緒に居たくて……最後まで……」


「う、うぅぅぅぅっ!!……ぜんぜん、にあって……ないわよぉぉぉおおっ!!」


「そ、そんな事言わないで!!……サシャと一緒に居たい!!最後まで居たいんだから!!」


「うるさいっ!!この大バカああああああああああっ!!……」



二人は大きな感情をぶつけ合って、再会するその瞬間を様々な感情で表している。


怒って、泣いて、動揺して……そして、何よりも……喜び合っていた。



私は、そんな風に笑う貴女が好きです……アヴィ……。



「……バカ……絶対に、絶対に……許さないんだから……」


「……ごめんなさい、サシャ……もう、絶対に……離しませんから……」



小さく息を漏らすと、二人は静かに目を閉じて……指を握り合いながら唇を重ねる。



これ以上の長居は無粋だ。私はもう、貴女には必要ない。


もう、貴女は戦争の為に……武器を握る必要なんてない……。





ようこそ、アヴィ……


良い……幸福を……







−−−−−−




その惑星の空はあの時に見た世界より随分と淀んでいる。


ミランダ・アルバトロスは医療用カプセルを兼ねたベッドに身を預けながら戦時中よりマシになったとはいえ、大気汚染により緑に近い色をした地球の空を窓から見上げた。


十年前の“事故”により昏睡状態に陥っていた彼女はつい一ヶ月程前に目覚めたばかりであり、軍からの尋問を受けている身だった。


もっとも、あのアンドロイドに関する記録は終戦時に全て抹消されているし彼女は事故に巻き込まれた犠牲者と表向きにはされていた。


戦闘艦をより高速で目標区域へと飛ばす新システムの実験中に彼女は突如意識を失い寝たきりになってしまった。ミランダの名は過去の戦争を知る軍の上層部の人間からすれば目の上のコブだ。あの悍ましい殺戮兵器の開発者というだけで忌み嫌う人間は多かったものの、その優秀な頭脳は他の分野でも大いに役に立っていたので追い出す事も出来ずにいた。


だから、いっそこのまま眠ってくれていた方が好都合だと軍上層部の誰もが思い続けていた。


醜い火傷を負った顔を俯かせ、生気の無い顔で窓を眺め続けていると……彼女の元に映像データの転送メッセージが入る。赤い点滅と共にナノマシンが構築するパネルに触れた瞬間、彼女は小さく息を飲んだ。


「……ア、アヴェンタ……ドール…」


『あ、あのっ!おかあ……さん?……これ、ちゃんと映ってるかな?……大丈夫……かな?……』


『イエスサー、問題ありません 』


『……よ、よかったぁ……』


そこには不安げに落ち着かない様子を見せるアヴェンタドールと名付けたアンドロイドの少女が映っていた。マタドールシステムにより残された映像記録に映っていた彼女は、一見すると外見は変わってはいないものの……一つ大きな違いが生まれていた。


彼女の耳はあの世界のエルフ族のような長い耳になっていたのだ。



「……いったい、何を……」


『あ、あの……その……あぅぅっ……』


『彼女は言いにくそうなので私から説明します。アヴィは私の偽装ボディ構築プログラムに従いエルフ族の少女として生まれ変わりました。マタドールシステムを停止する事により彼女はもうアンドロイドではなくなりました 』


「……そう、なのね……」


それは過去に録画されたデータの転送だ。故に何を言っても返事は無い。それを理解しながらも、ミランダはそう言葉を返さざるを得なかった。


彼女はきっと、未だに自分の事を許せないでいると思った。復讐の為に作り上げ、そして母親として接しながらも最後に身も心もズタズタに引き裂く様な惨い仕打ちをした自分を絶対に許す事はないだろうと思っていた。


虚ろな瞳を閉じ、ミランダは娘から受ける罵倒を受け入れる覚悟を決めた……。



『……ごめん、なさい……お母さん……』


「……えっ?……」


『……私、あの時に“貴女は母親じゃない”なんて言っちゃって……目的がどうであれ、それだけは絶対に否定したらいけないのに……』


「……あ、貴女は……」


『……お母さんが本当にお父さんや貴女のお腹の中に居た子供……お姉ちゃんを心から愛してたのはよく分かってた……。そして、お姉ちゃんの代わりに作り出した私が廃棄されて……それでおかしくなってしまいそうな程に悲しんで、苦しんでるのもよく分かってたよ……』


その時、復讐鬼と化していた女の頬に温かい雫が伝った。もう何年も冷たい涙しか流して来なかったミランダの胸に、黒い霧が晴れて小さくはあるが確かな温もりある感情が少しずつ溢れていく。



『……私が怒ったのは利用されたからじゃない……お母さんに、兵器としてじゃなくアヴィという娘としてちゃんと見てほしかったから……。だから私は貴女の元を抜け出して、サシャとずっと一緒に居るって決めたの……』


「……アヴィ……っ……」


『……私はアヴィ、大好きな人の為に何でも出来てしまう貴女の立派な娘です……!』


「……っ……う、うぅぅぅぅぅっ!!……アヴィ……アヴィィィッ……ごめんなさい……私、私は……」


『……お母さん……私が旅立つ事をあの時に許してくれて……そして、私をアヴィって呼んでくれてありがとう……。サシャの名付けたこの名前で一番呼んでほしかったのは貴女だったから……』


涙で滲む視界の先では、首を傾げた少女が今にも泣きそうな顔をして微笑んでいた。


自分の元から旅立って、新たな幸福を掴もうとする娘へミランダは言った。そして、その心からの言葉は二人の間で確かに時間を超えて通じ合っていた。




   「……行ってきます、お母さん……私を生んでくれて、本当にありがとう……」



   「……行ってらっしゃい、アヴィ……貴女を生む事が出来て……本当に幸せよ……」







−−−−−−


殲滅のマタドール 完

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