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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
116/121

殲滅のマタドール:115話 再起

「……竜どもが……消えた……?」


荒く息を吐きながら正面を睨み付けていた青年は血を滴らせながら顔を上げた。


先程まで自分へ飛び掛かろうとしていた数体の竜の群れが跡形も消えていた。何が起きたのか理解出来ず、唖然とするヨハンの背中へ彼の背後を守り続けてきた弓兵はもたれ掛かると小さく声を漏らした。


「……とにかく……終わりって事で、いいんじゃない?……」


「……そう、か……勝った……のか……」


「……そうじゃ、ないと……さすがに……死ぬわよ……」


痣と爪による痛々しい傷跡をあちこちに作ったミラはそう言うと、弦の切れたロングボウを地面へと放り捨てて座り込む。


二人の後ろでは、死闘を繰り広げていた猛者達が満身創痍といった姿を晒しつつ突然敵が消え去った状況に混乱していた。


彼等は耐えきった。百体近いドラゴンの猛攻から人間の力のみで耐え抜いたのだ。


未だに現状を理解しきれていない様子の彼等に、ヨハンは勝利した事を伝えるべく声を張り上げようとした。


しかし、最も多くのドラゴンを狩ってきた彼にはもう声を発する余力すらもない。フラフラと足を進め死闘を生き延びた部下達の前に立ったヨハン・ガーランドは夜明けを迎え顔を覗かせる日に向けて刃先がへし折れ、あちこちヒビだらけになった魔剣プラウダスを掲げて彼等へと伝える。



自分達は、この戦いに勝利したのだと……。


そんな彼等の元へ近付いて来る複数の足音が響いた。そちらに顔を向けたヨハンは信じられない様に目を見開き、小さく声を漏らす。



「……ナスターシャ……?」


彼女は隣に立っていた大柄な騎士の背後に隠れ、顔を半分だけ覗かせた。唖然とする青年の前に歩み寄った男は強面の顔を緩め手を差し出す。ヨハンは差し出された手を握り、この街に残り続けていた人間が居た事に驚いた。


「王都守備隊の騎士団長をしてるデュバルだ……あの子を病院まで探しに行ったんだが厄介な場所に隠れちまってて見つけるのに時間が掛かった。そうしたらあのトカゲ共が現れ身動きが取れなくなってな……」


「西部国境警備基地、司令官のヨハン・ガーランドだ……。その、彼女は……」


「……西部の守護神殿は、ちょいとワケアリでな。あの生意気なガキンチョだった頃が今となっては懐かしく感じる……」


「……その話は、後で……詳しく聞こう……」


大きく息を吐くと、ヨハンはボンヤリとした瞳で両手を無くした彼女を見つめた。勝利の余韻も、生き残れた喜びも……その無惨な姿を見て、即座に覚めていくのを感じた。


座り込んだヨハンの前に歩いて来たナスターシャは顔を俯かせると、小さな声で言った。


「……あ、あの……」


「……ナスターシャ……お前は……」


「た、助けてくれて……ありがとうございます!」


頭を下げると彼女は再びデュバルの後ろへ隠れる様に走り去る。


その言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れた様に彼は地面に倒れ込むとボンヤリと空を見上げた。極度の疲労感により霞む視界の中で慌ただしい足音や声が聞こえる。まだ余力のあった王都守備隊の騎士達が負傷者の手当へ奔走する声が聞こえる。


そんな音を聞きながらヨハンは目を閉じる。


“ああ、良かった”……そんな安堵感に包まれながら。 



−−−−−


「オラァッ!!次の奴はどこに隠れてやがる!?さっさと出てきやがれ!!」


『もうやめとけって!勝手に消えてくれたんだからいいだろ?』


「うるせぇ!!俺はまだまだ暴れ足りねぇぞ!!」


優雅な白い塗装のボディをボロボロにしたホワイト・スワンはその名前とは正反対な荒々しい雄叫びと共に更なる敵を求めた。


そんな闘志漲る同僚に肩を竦めたゴリアテの操舵者は機体を背後へと向けて状況を確認する。


『全機、損害は?』


『こちら二番機、中破。右脚部関節部部に異常、魔力電導回路に異常確認、左腕の魔石が全部おじゃんになっちまった 』


『こちら三番機、大破。操舵用の魔石に異常多数、左腕欠損、右腕部の魔石欠損、左足中破……修理が税金で行われると思うと背筋がゾッとするぜ 』


『アーノルド、お前はどうだ?聞きたくないが念の為に聞いといてやる……』


溜息混じりのそんな声を聞くと、アーノルドは腕を組みながら得意げに声を上げた。


「右の指が全部ぶっ飛んだな!それから背中の推進装置もぶっ壊れちまった!何せあのトカゲが噛み付いてきやがったから首根っこ引っ掴んで飛び上がった後にそのまま地面に叩き付けてやったからな!それから足の方も……」


『この大馬鹿ヤロー!!ホワイト・スワンは一番金が掛かってる機体なんだぞ!?それをまるで子供のオモチャみたいに扱いやがって!!修理はすべて税金なんだぞ!?ぜ・い・き・ん!!分かってんのか!?……』


「まぁまぁこうして奴等を此処で食い止められただけいいじゃあねぇか!あんな連中が飛び出したら税を払う人間も居なくなっちまうだろうからよ!」


『チッ!……そう言われると何にも言えなくなっちまうよ!』


荒々しく通信が切られ、アーノルドは大きく息を吐き出すと引き裂かれたハッチから覗く朝日を見つめ目を細めながら言った。



「金なんて生きてりゃどうとでもなるもんさ、だからオリバー先生は無償であのクソッタレな内戦の最中に人を救い続けたんだ……そう思うだろ?シンディの姐さん、スティーブン、エルメスさん……」



------


全て……終わった。


虚ろな目で地面に崩れ落ちる巨竜の亡骸を見つめ、私は立ち尽くした……。


そう、何もかもが終わった……愛おしい人との日々も、ぜんぶ……。


「サシャ!大丈夫か!?……」


背後から足音と共にそんな声が掛かる。


恐らくこちらに到着した応援の軍や避難を誘導する騎士達に指示を飛ばしていたであろうギュンターは、息を切らしながら私の隣に立つと、大地に崩れ落ちたサラマンダーの巨大な体を見つめ絶句した。


暫くの間無言で息絶えた凶竜を見つめていたギュンターはこちらに顔を向け、笑顔を向けた。


「……やったな、サシャ……君達の勝ちだ……」


「……ええ、そうね……」


「そういえばアヴィはどうした?二人で倒したんだろう?……彼女はどこに……」


……ア、ヴィ……。


その名前を聞いた瞬間、私は再び力を失い……そして嗚咽を漏らす。


そんな私の様子を見て、ギュンターは驚愕と焦りを同時に滲ませて崩れ落ちる私の肩を支えた。


「お、おいっ!アヴィは!?彼女はどうしたんだ!?……」


「……っ……消え、ちゃったぁぁ……」


「ま、まさか……コイツに!?……」


「ちがう……ちがう……違うのよぉぉ……っ!。わからない、私だって……何が何だか分かんないの!……あの女が、アヴィを……連れてっちゃったぁぁっ……!」


「お、落ち着け!サシャ、落ち着くんだ!……」


涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにした私が息を乱しながらそう語ると、ギュンターは必死にこちらを落ち着けようと背中をさする。


……もう、どうしようもないんだ……何もかも、終わり……。




『フ、フフフフッ……フハハハハハハハハハハハァァァァァァァッ!!』


その時、目の前で巨大な何かが笑い声を上げて……そして、ゆっくりと首を持ち上げた。


虚ろな目のまま私が、視線をゆっくりと横へと向けると……そこには……。



『なるほど……なるほどなるほどなるほどなるほど、なぁるほどおおおおおおおおおっ!!ク、ククククッ!!フハハハハハハハハハハッ!!』


「……サ、サラマンダー……!」


『あの女ァ、最後にとんでもない置き土産を残してくれたものだ……今回ばかりは素直に感謝してやるとしよう……』


「……な、なぜ……生きてる!?……お前はさっきまで……」


『死んでいたさ!!確かにな!!……だが、俺が精霊界を抜け出せたのはラグナロクの力を使った訳ではなくてんいなのましん(転移ナノマシン)とかいう妙な光を使ったのだ!!その時点ではラグナロクの干渉能力は使われてはいなかった!!……そして、ラグナロクはその干渉能力諸共あの女の手へと返された……』


「何を……何を言ってる!?どういう事だ!?」


『くっくっくっ……まだ分からんか?自分達がどれほど危機的状況へ追い込まれたかを……』


混乱した様子で呆然と相手を見上げるギュンターの隣で、私は小さな声で言った。



「……私達のしてきた事の全てが……無駄になった……」


「な、なっ……!?」


そこでようやく状況を理解したギュンターは目を見開くと、驚愕に満ちた表情を浮かべ凍り付いた。


その様子を見て再び高笑いを上げると、爆炎竜は血走った目で私達を睥睨し声を荒らげる。


『ああ、その通りだ!!俺の増やした手駒はこの世界から無かった事にされた!!それと同時に、ラグナロクの干渉能力を使い人間の肉を被っていた俺が“貴様等に殺された”という干渉をも世界から抹消された!!つまり、こうして俺は無傷のままで再度この世へと戻ってきたのだぁぁぁあああっ!!』


「そんな……バカな!!……」


『現実を見てみろ、小僧……俺の体は何事もなく戻っている。鱗にも傷一つ付いてはいない!!。く、くくくくくっ!!……それでは始めるとするか、闘争の第二幕を!!』


凄まじい暴風を巻き起こし、その巨竜は再度上空へと飛び上がった。


世界の空の、全ての大地の、あらゆる海の種をかつて食らい尽くした凶竜の王はその巨大な口から咆哮を上げると王都全体に響き渡る声で宣言する。




『さぁ!!決闘の仕切り直しだ!!来るのはどいつだ!?立つのもままならない機械人形か!?それとも死にかけの騎士共か!?誰でも来るがいい!!俺は逃げん!!……屈辱を与えたこのエルフの小娘を食った後、思う存分相手をしてくれよう!!』



-----


突如起き上がり、再び上空へその体を浮かばせる闘争王の姿を見て誰もが驚愕し……そして絶望した。


一度は倒れた筈のその体からは傷も血も全てが消え失せ、堂々たる支配者の巨躯を見せつけるように処刑宣告を行った。


ある者は武器を落し、ある者は体を凍り付かせ、そしてまたある者は使命を果たそうと早々に動き出した。


「お、おいっ!無茶しなさんな!ヨハン司令!」


「……行かなければ……!。友が……救いを、求めている!」


「そんな体じゃあそこに行く前に死んじまうぞ!我々に任せてあんたは---!」


立ち上がろうとした彼を押さえようと肩を掴んだデュバルへ、彼がどういう人間かをよく知る女は呆れ果てた様に言った。


「好きにさせなさい、アタシがしっかり面倒は見るからさ……」


「な、何を言ってる!?あんただって結構な怪我なんだぞ!……死んでしまうだけだ……!」


「……最初から命投げ捨てる気でアタシらは此処に来てたんだ……何を言ったって聞きゃしないよ……」


彼女は弓を放つ事が出来なくなったロングボウに新たな弦を巻き付け、指に食い込む程の力で縛り上げると血の跡が滲む唇を吊り上げた。



『お、おいっ!?あのバケモンが復活したぞ!?……』


『ど、どうなってる!?あいつは死んだんじゃなかったのか!?』


『傷が塞がってやがるぞ!!クソッ、クソッ、クソッ!!』


三体の巨人は動けないでいた。動揺し、混乱した操舵者達は動かす事が出来ずにいた。


機体の損傷を考えたら勝ち目はまず無い。あの悍ましい凶竜を止める余力など何処にも無い。


しかし、ただ一人諦めていない者が存在した。


「……ちょうど、殴り足りないと思ってた所だったぜ……こうなりゃ右手だろうと左手だろうとくれてやる……」


『お、おい!アーノルド!……何をする気だ!?』


「決まってんだろ……コイツにはまだ左手が残ってる、動かす俺には手も足も残ってる!。手足を切断されたシンディの姐さんや、体の半分が潰されたスティーブンやエルメスさんと違ってな!……。だったら行くしかねぇだろ!!バラバラに引き千切れるまでやるしかねぇだろうがぁぁぁぁぁああああッ!!」


手近にあった建物を左手で掴み上げ、半ば千切れかけた脚部を動かし一歩機体を前へと進めると、アーノルドは覚悟のままに勇ましい声を上げた。


そんな彼の意志と、尽きる事のない闘志は三機の巨人を操る男達にも行動させる勇気を与えた。


再び崩れ落ちたホワイト・スワンを抱えるようにその両肩をしっかりと掴み上げたゴリアテは引き摺る様に彼を運んでいく。


そんな彼等を見て、唇を吊り上げた男は通信石で彼等へ自身の思惑を語った。


「ちょいと、みっともねぇやり方だが……付き合ってくれるか三人共……」



−−−−−


『まずは貴様が最初の獲物だ……エルフ族の小娘……』


「……好きにしなさいよ……」


顔を俯かせたサシャは嘲笑う様に口を開く闘争王の方を見ようともせずに、空虚な心情のまま声を漏らした。


アヴィという最愛の少女が人殺しを再度行うきっかけになった事実に絶望し、そして目の前で彼女が居なくなった現実に心を折られてしまっていた。


明らかに先程とは違い、闘志も覇気もないその様子に失望した様子で声を漏らすと……爆炎竜は静かに口を開いた。


『戦う気力を失った貴様には何の価値も楽しみもない。さっさと灰になって死ぬがいい……』


「……ええ、お願い……もう楽にして……」


虚ろな瞳を下に向けたままそう声を上げる彼女の前に……一人の青年が立ちはだかった。ギュンターはその灼熱の炎から彼女を少しでも守るべく、無駄だと理解しながらも盾となる事を決意した。


『何の真似だ?小僧……』


「……少しでも良い、彼女をお前の汚れた炎から守りたいんだ……」


『正気か?心中でもするつもりなのか?……』


「……その覚悟が無いと思ったか?悪いがサシャが何を言おうと俺は此処を離れない……」


彼の意志は硬かった。両手を広げて守る様に自分の前に立つ青年へ、サシャは小さな声で言った。


「……バカじゃないの……そんなの、無駄なのに……」


「……そう思うなら少しは責任ってモンを感じてほしいな……俺をここまでバカにしたのは君のせいだ……」


「……バカ……」


運命を共にすると覚悟した青年へ掠れた声でそう言うと、サシャは静かに目を閉じた。


『下だらん……ならば望み通り二人纏めて灰になるがいい!!それから俺に立ち向かおうという気骨のある者を探すとしよう!!』


開かれた口に灼熱の炎が灯り、全てを灰にする爆炎を放出する準備が整えられた。まるですぐ間近に太陽が迫ってきたかの様な眩い炎に青年は思わず硬く目を閉じる。


『死ぬがいい!!下等生物がぁぁぁぁっ!!』


二人を溶解させるだけに充分な温度に達した火炎を、凶竜は口から吐き出した。



『……まったく……本当にアンタは退屈させちゃくれないねぇ……サシャ……!』


その聞き覚えのある女性の声を聞いた瞬間、顔を上げたサシャは信じられない様子で声を漏らした。




「……ウン……ディーネ……」






























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