殲滅のマタドール:112話 対話不可能
アヴィが酒屋で自暴自棄になりつつ酔い潰れる彼を見つけたのは日付の変わる少し前の事だった。王都守備隊の隊長である彼は必死に起こそうとするアヴィを見て面倒くさそうに顔を上げると怒鳴り声を上げ再び机へと突っ伏した。
見ると、周囲には同じ様に酔い潰れる騎士団の面々が居た。焦りと怒りを募らせたアヴィは強硬手段に出た。金色の光を放ちながらその場の人間の体内のアルコールを分解ナノマシンを使い強制的に排除し、彼等の酔いを覚まさせた。
急激に引いていく酔いと、そして金色に輝く光を纏い必死な表情を浮かべるアヴィを見てようやく彼等は異常な事態が起きているのだと気付いた。
戸惑いつつ、事情を説明された彼等はその場の人間を二手に別けて行動を始めた。
装備を自宅から取りに戻り次第、一組は王宮へ……そして、もう一組は友人を救うべく病院へと向かう。王宮へ向かう組みを任される事になったアヴィは悲鳴を上げながら大勢の人間が駆け出してくる様を見てすぐさま、おかしな事が起きている事を察知する。
完全武装の男達はかつての騎士としてのプライドと闘志を取り戻し、勇ましい声を上げて逃げる貴族達を無理矢理押し退けながら前進した。
やがて、辿り付いた玄関ホールでその男を視界に捉えた。
「ヴィクトル!!……」
「遅かったな、アヴェンタドール……俺の相手が出来そうなのはお前しか居ないと思っていた!」
「……この、クズ野郎!!……」
激しい怒りを燃え盛らせ、アヴィはその手に白兵戦武装エストックを出現させた。彼女が相手へ向けて突撃しようとしたその瞬間、ホール横にある扉が蹴り開けられ……一人の少女が黄色く発光する殺意を相手へと構えた。
「このっ!!クソトカゲェェェェェェェェェェェッ!!!」
涙の溜まる瞳で相手を見据え、殺意を乗せて放たれたその一撃は避ける暇もなく相手を貫き……そして、神罰の弓でその肉体を二階にある王の謁見の間まで吹き飛ばした。扉を破りながらその厳かな空間へと吸い込まれていった彼を睨みつけると、そこでようやくサシャはすぐ間近に心からの信頼と愛を寄せる少女が居る事に気が付いた。
「ア、アヴィ!!……」
「サシャ!……怪我はありませんか?……」
駆け寄ってきた彼女の体を抱き締めると、その肩が小刻みに震えている事に気付いたアヴィは体を離してその顔を見つめた。
サシャの顔は、ようやく怒りから深い悲しみへと移っていた。やがてアヴィは気付く……。
……あの少女が居ない……。
「……レティ……シアぁぁっ……」
「……その、レティシアというのは……私がその弓を託した……」
「……う、う、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!どうして、どうしてなのよ!?ウィルも、エルメスも、レティシアも……皆、皆ぁぁぁぁぁぁあっ!!あ"っ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「……サシャ……」
泣きじゃくる彼女の顔を抱き寄せると、震えた声を漏らしながらアヴィはその髪を撫でた。普段は甘える事の多かった彼女は、愛おしい人へ変わった自分を覗かせるように力強く言い放つ。
「私は、貴女の大切な人を皆……守ります……。貴女をもう悲しませない……」
「……アヴィィッ……」
「私を信じて……私も貴女を信じる……」
涙を零す彼女を落ち着けるように、黒い髪を揺らし少女は唇を重ねた。
そして、顔を離すと倒すべき相手が待っているその場所へと向けて階段を駆けだした。
最愛の人の指をしっかりと握り、彼女を導くように力強く少し前を走りながら。
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「ひ、ひひっ!!ひゃはははっ!!なんだ、これは!?何だと言うのだ!?……」
狂気に満ちた笑みを浮かべる男は大量の血液を吐き出しながら大笑いしていた。肉体の胴体から下半身にかけてが炭化したその痛々しい体を引き摺りながらヴィクトル・ブラウンはあまりに呆気なくその体が限界を迎えた事に驚愕し、そして歓喜した。
必死に足を引き摺りながら歩いていた男の左足が、水音を立てて引き千切れた。
「あひゃっ!!ひゃはっ、ひはははははははははっ!!こういった時の為に、肉体に……対魔術用の魔石を……仕込んだというのにぃぃぃぃっ!!」
うつ伏せに倒れた彼は、少しずつ浅くなっていく心臓の音を聞きながら……血流は悪くなっていくというのに全身が熱く滾るのを感じていた。這い進みながら、やがて上がる事の出来ない僅かな段差の前で止まると再び狂った様に笑い出した。潮時を察し、彼は辛うじて黒焦げのまま張り付くコートの懐からソレを取り出した。
強烈な雷の弓を浴びたというのに傷一つ付いていないそれは、最後のゲームチェンジャーが与えられたチートだった。
どうにか体を持ち上げると、段差に背を預けながら霞む視界で男は入口を見つめる。白い靄の掛かるその目線の先に、男は二人の姿を捉えた。
「ヴィクトル!!……」
< 多目的汎用ランチャー、"テカムセ"スタンバイ。炸裂弾頭、パンデリラ装填完了 >
巨大な重火器を相手に構え、戦闘モードへと移行したアヴィは引き金に指を掛ける。
「……今度こそ終わりよ……クソトカゲ!!」
その隣では今度こそ、その相手を消し炭にしようと雷の弓を向けた。
殺意を滾らせ凶器を構える二人を見つめ小さく笑うと、彼はいよいよやって来た胸躍る瞬間を前に絶叫する。
「本当の……私の姿を……見せてやる……」
彼は手にしたナイフを、しっかりと握り込み自身の心臓へと突き立てた。
その瞬間、炸裂弾頭の凄まじい爆炎と強烈な雷の閃光が同時に男目掛けて襲い掛かり……轟音と激しい白煙を上げた。
「……終わりだ……ヴィクトル……」
「気を抜かないで、アヴィ……あいつはまだ隠し玉を持ってる……」
「え、えっ?……」
「アイツは人間じゃない……アイツの正体は……」
その時、白煙に包まれて居たその玉座の前で黒い何かが蠢いた。咄嗟にテカムセを構えたアヴィは最初は引き締めていた顔を……やがて引き攣らせながらゆっくり上へと向けていく。
気体が噴出するような音と共に、その異形は凄まじいスピードでその肉体を大きく肥大化させていく。低く、反響するような笑い声を漏らしながら巨大化を続けるその影はやがて、高い謁見の間の天井すらも破りながら更に上へ上へと大きくなっていった。
「な、なっ……これは、いったい……!?」
「アイツは人間なんかじゃない……あのネメシスとかいうロクデナシ、本当にとんでもないのを蘇らせてしまったわね……」
呆然とするアヴィの横で、不気味な声を上げながら巨大化するその黒い影を睨み付けたサシャは忌々しそうにその相手の名を口にした。
「爆発を司る精霊……この世界から追放された最凶最悪の闘争王……爆炎竜、サラマンダー……!」
やがて、二人を吹き飛ばすような強烈な風を引き起こしながら彼は王都の夜空へと飛び立った。
半壊した城を見つめながらその巨大な口を開けて低くく笑い声を発すると、この世界の食物連鎖の頂点にかつて存在した支配者は眼下を睥睨し声を発する。
『喜ぶがいい!!下等生物共!!……貴様等の実力に免じてこの俺が本気で捻り潰してやる!!』
禍々しさに満ちた声で宣言した黒い爆炎竜はその二百メートルにも及ぶ肉体を巨大な羽根で揺らしながら旋回し、その巨大な顎を開ける下へと向けると……既に態勢を整えているであろう相手に向けて言った。
『城の中で蒸し焼きになるがいい!!下等生物共ォォッ!!』
その瞬間、夜の王都の空がまるで昼間の様に明るくなった。
−−−−
< 警告。シールド外気温、21000度 >
「あ、ぐぅぅぅぅっ!!な、何が……起きてるの!?」
「目を絶対に開けないで!……シールドの外の気温は、インフェルノ・ゼロの三倍です!!」
「め、滅茶苦茶よ!!……」
耐熱シールドを展開させた私の視界はフィルターを通して尚も白く焼き付く。爆炎竜の名に相応しいその戦艦の装甲すら溶かしそうな灼熱の嵐は長々と続いていた。
だが、私だってもう……あの頃の私とは違う!。耐えるだけじゃない、耐える間に考える……反撃の一手を!!。
「耐焼夷弾頭用消火ジェル起動!!戦艦一隻分ぶち撒けろ!!」
< ラジャー、耐焼夷弾頭用消火ジェル起動。シールド外部へ放出を開始します >
さすがに20000度なんていう異常な高熱に対応出来る消火用ジェルは存在しない……それでも、全長数百メートルを超える戦艦すら包むだけ重ねさえすれば……!。
ピンクの消火用ジェルがシールドから瞬く間に撒き散らされ、高温に焼かれながらも少しずつ謁見の間を焼き尽くす炎を包み込んだ。
やがて油が弾ける様な音と共に炎が収まりきったのを見て、私は即座に指示を飛ばす。
「耐熱シールドをニ名に分散!スラスターユニット展開!」
< イエスサー、耐熱シールド分散。スラスターユニット展開 >
背後に巨大なスラスターユニットが出現し、私は空戦の準備を整える。武器は、生半可な物では通じない。今の私が持てる最大火力をぶつける。だとしら、あれしかない!。
「レーヴァテイン、エネルギー配分を優先的に設定!各関節及び筋肉をナノマシンで強化!エストック着剣!」
< イエスサー、対艦突撃銃“レーヴァテイン”スタンバイ、エネルギー配分を優先設定し連射に備えます。各関節部、及び人工筋肉を過去のデーターを参照し強化 >
背丈すら越える巨大な突撃銃、レーヴァテインを構えると私はサシャへ視線を移す。
「な、なんだか……ちょっと見ない間にまたゴチャゴチャと凄いのが増えたわね……」
「そういえば二人で協力して戦うのは初めてでしたね……」
「……いつもはどちらかがどちらかに頼ってた……でも、もう私達は大丈夫……!」
「はいっ!頼るんじゃない……お互いを助け合いましょう!」
私達は力強く笑みを向け合うと、それぞれの成長した姿を確認し合い闘志を漲らせた。
「私が上空で奴とやり合ってる間にサシャは高台からサポートを!貴女の腕を信じてます!」
「アンタはそう簡単には死なないから!私も信じてる!」
「行きましょう!サシャ!」
「ええ、やってやりましょう!アヴィ!」
スラスターを吹かすと、巨大な銃口の下部に真っ直ぐ伸びる赤色のバヨネットを輝かせ私は空を待った。そして、わざわざこちらの準備が整うまで待ち構えていた傲慢な巨竜と対峙する。
黒い小山の様な巨体、二つの威厳を感じさせる翼、鋭い手足の爪……そして、あの灼熱の火炎を吐き出す三角状の頭部からこちらを面白がる様に向けられる細められた瞳。見る者を震え上がらせるそんな姿を前にしても、私は不思議と負ける気がしなかった。
『待ちわびたぞ!!アヴェンタドール!!この世界で唯一俺とやり合えるのはお前しか居ないと思っていた!!』
「闘争などこの世界は望んでない!今まで会ってきたゲームチェンジャーには戦争の先に理想があった、貴方の理想は何なんですか!?」
『理想!?理想だと!?それは人間の下だらん価値観の歪みだ!!闘争に理由などいるか!!戦争に目的など必要なものか!!侵攻し、蹂躙し、殲滅し、破壊し、食らい尽くすのは本能による衝動そのもの!!食らう事にすら生きる為だの綺麗事を並べる貴様等には理解できまい!!』
「……ああ、ようやく理解できました……私達の世界であっても貴方の様な考え方の人間が上には居たのかもしれない。戦争そのものを目的とする連中が危機や恐怖を煽り、終わりのない絶滅戦争へと世界を導き……私のような存在を生み出した……!」
『貴様は私と同じだ!!戦う事を、殺す事を目的に作られた武器であろう!!殺戮こそ本能、蹂躙こそ愉悦、戦果こそが至上の喜びなのではないのか!!』
もういい、充分だ……。
この頭がどうにかなりそうな戦争狂はこの世界であっても私達の世界であっても悲しみと不幸を広げ続ける悪意そのものだ。だとしたら、私はコイツに刻み込んでやる必要がある……。
「サラマンダー……お前は私が存在を抹消してやる!お前だけは、お前だけは消さなければいけない!……」
『やってみるがいい!!これは気高い決闘だ!!俺は信念に懸けて堂々と貴様を食い千切ってやる!!』
「私達を甘く見ない事だ……力を合わせた私達に敵はない!」
『来るがいい!!異なる世のゲームチェンジャー!!この俺を食ってみろ!!』
対峙した私達は雄叫びを上げながら空中で突撃を開始した。
私はエストックを着剣したレーヴァテインを腰だめに構え、相手はその巨大な口を開き全てを食らおうと牙を向ける。
負けない……サシャの為に、皆の為に……そして、今まで戦争に巻き込まれ不幸な生き方をしてきた全ての人の為に……。
私は自分の存在意義に懸けて貴様を……
殲滅する!!!
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「そろそろ頃合いだ……爆炎竜様の闘争の邪魔をさせぬ為に我等も行こう……」
半壊した城の傍に佇む人影は女の言葉に首を頷けると、揃った動作で着込むジャケットの襟を掴み上げた。ヴィクトル・ブラウンの創設したギルドであるドラゴン・トゥースのメンバーは文字通り全てを彼一人によって創り上げられていた。その構成員達は全員が、多次元干渉連結システム“ラグナロク”により作られた偽りの命だった。
その次元に干渉し、そして望み通りの結果を生み出した後に世界を使用者の意志通りに改変するという驚くべき力を使い闘争による種の淘汰を目論む支配者は駒を大量に作り上げた。彼の意志は唯一つ、世界に争いを齎す事のみ……そんな目的の下で彼はラグナロクの力を使い暗躍を続けていた。
緑色の髪を靡かせながら唇を吊り上げるローズがジャケットを脱ぎ捨てた瞬間、凄まじい風が吹き荒れた。そして、同じ様に周囲の人間達が次々と着ていた上着を脱ぎ捨てると、まるでハリケーンの様な風が巻き起こる。
そうして、爆炎竜の手駒達は本来の姿を見せその巨体を揺らした。
『敵はもう間もなく此処へとやって来る!!空と地上で戦力を別け、迎撃する!!』
創造主であるサラマンダーよりはやや小柄な、それでも50メートルはあるであろう黒い体で宙を舞うとローズという女性の姿をしていたドラゴンは歓喜の絶叫を上げる同胞達を見て口の端を吊り上げる。
サラマンダーの子供達は無邪気な殺意を滾らせて、やがて来るであろう敵の襲来を待った。
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な、何よ……あれ……。
城を飛び出し手近な高い塔を探していた私は信じられない光景に愕然とした。
王都の街のあちこちに、下にも上にも……巨大な竜が居た。我が物顔で歩き回り飛び回る彼等は絶叫を上げながらこの王都を蹂躙していく。
思わず放心状態でその様を眺める私の背後から声が掛かった。
「サシャ!」
「ギュンター!無事だったのね!」
「ああ、王都守備隊を指揮して市民に緊急事態の警報を出し王都から退避するように誘導してきた……。それにしても、これはいったい何なんだ!?……あんな数のドラゴンがいったいどこから……!」
「たぶんドラゴン・トゥースの連中よ……あいつらはこの時の為に用意されたサラマンダーの兵隊達だったのよ……」
「奴等が全員ドラゴンだったって言うのか!?……」
それを聞きギュンターは思わず目を見開いて硬直した。奴等の人数は総員500名、その全員がドラゴンになったとなればもう笑うしかない。
それでも気を取り直した彼は表情を引き締めると私を勇気付ける様に肩を叩く。
「ヨハンが率いる西部基地の精鋭とダムザから派遣されたゴーレム部隊がもう間もなく到着する!ここが正念場だ!」
「市民の準備は!?終わったの!?」
「この周囲であればおおよそは完了した!どれだけ暴れても構わない!」
「了解!壊した後の復興は責任取って手伝うわ!」
微笑みを向け合いながら視線を交わすと、彼は急に真剣な表情となり私の両肩を掴む。そして、急にとんでもない事を言い出した。
「こんな時に言うのも変なんだが、俺は君の事が好きだ……」
「へ、へっ?ギュンター?……」
「最初は協力する為にした偽装結婚だったが……こうして君と過ごしていく内に本気で君が好きになったんだ。どうかしてると思われるかもしれないが、返事を今貰えるか?」
「ギュンター……」
本当に、突然なんだから……。
そして彼もきっと、私がすぐに答えを出す事だって分かってる。
「……ごめんなさい、私はやっぱりアヴィが好き!貴方の事は嫌いではないし、尊敬もしてるけど添い遂げたいのはあの子だけなの……」
「……よしっ!そうとなればますますこの戦いに敗れる訳にはいかないな!惚れた相手が幸せな時間を過ごすこの国を俺は必ず守り通す!」
「ええっ!頼りにしてるわよ、熱血漢の国王様!」
何処か吹っ切れた様な笑みを浮かべた彼はこちらに駆け寄ってきた騎士に指導者として堂々とした姿を見せ、そして身振り手振りを交えて指示を飛ばす。
出会ったばかりの頃は少し頼りない印象を受けていたものの、彼の心には民を守り平和な世界を作りたいという信念が確かにある。彼ならばきっと、この国を間違わずに導いていく事が出来る……。
駆け出した私は城の手前にある大きな塔がある建物に目星を付けると、足を進めた。
誰もがこの戦いに何もかもを懸けている……そして私も、大好きなあの子と過ごしていく時間の為に負けられない!。あのイカれたトカゲの好きな様にはさせない!。
やりましょ、アヴィ!私達の手でこの世界に平和を!……。