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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
109/121

殲滅のマタドール:108話 壊れたココロ

彼は一人、顔を俯かせたまま力無く病院の廊下を歩いていた。普段は機嫌が悪そうなその顔は、まさに魂を抜かれてしまった様に消沈しきり普段の勇ましい彼とは別人の様だった。


その手には綺麗に皮を剥き、丁寧に切られたリンゴを乗せた小皿が握られていた。几帳面に四角く、そして小さくカットされたリンゴは彼の故郷であるベアルゴにほど近いメルキオ東部で採れた物だった。


王都守備隊の騎士団長である彼はそんな故郷のリンゴを訓練を終えた部下に振る舞い、小煩い説教を交えつつ彼等を鍛えて来た。愛を込めて鍛えて来た彼等はやがてこの王都を守るに相応しい実力と忠義を持った精鋭部隊へとのし上がっていった。この国の王都の中で最も強い部隊として王族や貴族、軍人からも一目置かれる存在となっていた。


だが、そんな彼等をたった一人で打ち倒した者が居る。それは、田舎と小馬鹿にしていた西部国境警備基地のとある剣士の少女だった。


大きく溜息を吐くと、彼は項垂れていた顔を上げ無理矢理笑顔を作ると扉を開けた。


「よ、よお!お嬢ちゃん!特別に故郷のリンゴをお見舞いで持ってきてやったぞ!」


「あっ、デュバルおじさん!」


その少女は屈託のない笑顔を浮かべるとベッドの上で身を起こした。


すぐにでも叫び出しそうになるのをどうにか堪えながら、彼は椅子に腰を下ろすとぎこちない笑みを向ける。


「元気そうだな……コイツを食えばもっと元気になるぞ!」


「ありがと、デュバルおじさん!……あっ、わたし……手が無くなっちゃったから食べさせてもらってもいい?」


「……っ……あ、ああ!待ってろよ……」


慌ててそう言うと、デュバルは椅子から立ち上がり手に持った小皿からカットされたリンゴをフォークに刺し、彼女の口元へ寄せた。開いた口を閉じリンゴを頬張ると、満面の笑みで声を上げる彼女を見て再び彼を顔を俯かせた。


その少女には両手がない……そして、実年齢より遥かに幼い精神状態になってしまった彼女こそが王都守備隊のデュバルへ屈辱を与えた相手であり、最も打ち負かしたい相手だった。


西部の守護神、ナスターシャ……そう呼ばれた彼女は医師の話によると一連の出来事による過剰なストレスに耐え切れず心が壊れてしまったとの事だった。そんな事実に彼は激しく動揺した。


目を覚ました彼女は駆け付けた治癒魔導師の施術によりどうにか一命を取り留めたものの、浮かべたのは普段の腹が立つ飄々とした笑顔ではなく……不安げで、まるで怯える子供の様な弱々しい表情だった。そして無くした両手に気付くと声を上げて泣き始めたのだ。


そんな姿に激しいショックを受けつつも、騎士の誇りに懸けて倒すと誓った強敵を彼は放ってはおけなかった。既に10代も後半になり充分に成長した姿だというのに、まるで年端も行かない子供のように無邪気に笑う彼女を見て孤独にする事が出来なかった。


既に手強い剣士としての面影は無くとも、何かをしてやりたい気持ちになった。


そして、彼の胸にもう一つの感情が芽生えた。


それは激しい怒りだ。自身の倒すべき相手から両手を奪った卑劣な女への、そして自身にこんな惨めさを味合わせる事となったラゴウという国家への怒りだ。いつの間にか、険しい顔をしていたのか口に含んだリンゴをモゴモゴと動かしつつナスターシャは少し怯えた表情で彼を見ていた。


慌てて笑顔を作ると大柄な騎士は窓を眺めつつ覇気の無い声で言った。


「すまねぇな、実は友達と会えなくなっちまったんだ……多分、もう二度と……」


「……悲しいの?おじさん……」


「……悲しいなんて事は無い、無い筈なんだ……ただ、何だか胸にぽっかりと穴が空いちまったみてぇでな。クソ生意気なムカつく女だったのに、これじゃあまるで勝ち逃げだ……」


その何とも表現しにくい感情をどう伝えるべきか、デュバルは迷った。彼は東部の地方の騎士団に入隊して以来、ひたすら剣の道のみを追い求めて来た生粋の騎士だった。結婚もしていないし、当然子供も居ない。無邪気な相手にどう言葉を掛けるべきか苦悩していると、彼女は言った。


「ひょっとして寂しいの?おじさん……」


「な、なっ!そんな訳あるか!お前がそうなって俺はむしろ清々したぐらいだ!」


「へっ?……」


「あ、あっ!いやっ!その……」


頬を掻いた彼は慌てて言葉を濁すと、大きく溜息を吐いた。その時、病室の扉が開き女医の呆れた様な声が向けられた。


「ちょっと、デュバルさん……今の彼女はとってもデリケートだとお伝えしたでしょう?」


「あ、あぁぁっ!先生、こいつは申し訳ない……」


「……気持ちは分かりますが、気を付けて貰わないと……」


「……すいません……」


その医師に彼は事情を話していた。彼女はかつて王都守備隊すら容易く打ちのめす優れた剣士であった事、そしてそんな彼女を超える事こそが隊の目標となっていた事……彼が深いショックを受けている事を察した女医はそれ以上は咎めずに静かにベッドの脇で彼女へと微笑み掛ける。


「あら、美味しそうなリンゴね!これは誰がくれたの?」


「デュバルおじさん!」


「うふふっ、へぇ〜……」


強面の彼の意外な一面を見た彼女は少しからかう様に彼を見た。わざとらしく咳払いをすると、彼はやや乱雑に扉を開けた。そして振り返ると彼は力無く笑みを浮かべてフォークをリンゴへと刺す女医へ声を掛ける。


「よろしければ先生もどうぞ、故郷の東部から取り寄せた格別に美味いリンゴですので……」


「貴方がせっかくこの子の為に剥いてくれたんだもの、しっかりと全部この子に食べさせるわ……」


そう言って微笑む彼女から逃げるようにして背を向けると、お願いしますと言い残し彼は扉を閉めようとした。


その背中へ、無邪気な声が向けられた。



「またおいしいリンゴ持ってきてね!デュバルおじさん!」


「あ、ああっ!またな!……」


そう言い残すと彼は乱暴に扉を閉めた。



−−−−−−−


「デュバルを含む王都守備隊はボイコットを始めたそうだ、いよいよ本格的に私のゲームが始まるぞ……」


「それは何より……私のゲームもいよいよ大詰め、あの子を再び絶望へと落とし込まないといけないわ……」


「互いの理想の成就に乾杯と行こう……」


その静かな店内で、二人はグラスを打ち鳴らすと中を満たす赤い液体を口に含む。


その強烈な酸味と濃厚な香りに上機嫌そうな声を漏らす男はテーブルに肘を付け組んだ指の上に顎を乗せるとやや呆れた口調で言った。


「……しかし、人間というのはこうも単純なものだとはな……言葉のみで簡単に別れ、そして狂う……」


「怒りは人を惑わし、そして狂わせる……他のゲームチェンジャーを見てそれは理解出来たでしょう?」


「まさに滑稽だな。人類間の戦争は腕が千切れ、腸を露出し、丸焦げに焼ける醜い行いだというのに何かと正義や理想を建前にしたがるものだ。まるで美しい行いかの様に人殺しを英雄と讃え、そして準備期間の間に次の綺麗事を用意し次の戦争へと備えていく……」


「貴方の様な原始的な戦争を戦い抜いた存在からすれば、不思議に思うかもしれませんわね?」


「いや、実に面白いものだ……我々が戦った単純な絶滅戦争と違い人間は必死に理由を考える。よくあそこまで思い付くものだな?」


グラスをテーブルに置くと、彼はナイフとフォークを手に取り皿の上に乗る新鮮な赤身を覗かせるステーキ肉をカットした。そして、その味わいを噛み締める様に咀嚼すると飲み込んでいく。


「……人は理由が無ければ戦えない。だからこそ、貴方は使える“駒”を動かした……」


「あの女が予想通りに動くかどうかは運だった。それにしても、まだあんなルーンを刻んでいる奴が居たとは……実に運がいい事だ 」


「……あのルーンを刻んでいた以上、貴方の支配からは絶対に逃れられない。イングリットが密かにサラマンダーのルーンを刻んでいたのに気付いた貴方は徐々に壊れた彼女の精神を支配して、そして強い憎悪と闘争本能を高ぶらせていった。本人の自我はやがて擦り切れてしまい貴方のコピーが一つ出来上がる……」


ナプキンで口を拭いた男は唇を吊り上げて笑うと、荒々しくカットもされていない肉塊へナイフを突き立て満ちた爬虫類を思わせる凶悪な瞳で彼女へ視線を送りながら言った。


「私の呪いは一度受ければもう二度と逃れられない、誰かに殺されるまでアイツは己の覇道を突き進む事だろうよ……」


「ふふっ、ラゴウを治めたら彼女はどうなるのかしら?……」


「決まっている……更に他国への戦争を行い大陸の全てを支配する。そして今度は海を越え、更なる闘争の舞台を広げていくのだ……」


大きく口を開けると、彼は豪快にその肉塊に齧り付く。メルキオの中でも一部の限られた者のみが入店を許されるその店内でマナー違反を咎める者は居ない。何故ならば……。



「ヴィクトル様、準備が整いました……いつでも我等は王都守備隊に代わり王宮内部へ潜入可能です 」


「ローズ、いよいよ今までの訓練の成果を見せる時だ……長らく待ちに待ったこの機会、存分に暴れ回るといい……」


「……はい、たくさん殺させて頂きます……ヴィクトル様……」


緑の髪を束ねた高い身長を持つ女は耳に付けられたイヤリングを揺らすと敬愛する主へ微笑み掛けながら頭を下げその場を後にした。


「様々な戦闘において騎士団や軍の補助を行うべく創設されたサポートギルド、“ドラゴン・トゥース”……ようやく自慢の娘達をお披露目出来て嬉しい限りだ 」


「うふふ……美人さんばかりで良い趣味してるわね、貴方……」


「美女は人を狂わせる……あのギルドを十年でこの規模にするのに多くの男共を利用し、篭絡させ、そして始末してきた……。誰にも悟られず会合する為にこんな店まで王都で構えられる程の力を持つまでに我等は至ったのだ……」


「私の与えたオモチャをそこまで気に入ってくれるなんて嬉しいわ……やはり貴方こそ最後のゲームチェンジャーに相応しい……ねぇ−−−」


仮面の奥から愉悦に満ちた微笑みを向ける女は、加熱が加えられていない血の滴る生肉を食い千切り咀嚼する男の本当の名前を口にした。



「……闘争王にして世界の全てを食らい尽くす食物連鎖の頂点……爆炎竜、サラマンダーさん……」



−−−−−


「王都守備隊がボイコット……やはり最悪な予想はいつも当たるものだな……」


「これでこの王宮を守ってきた力を私達は失った……ヴィクトルはどんな手を打ってくると思う?」


「恐らく今回の一件で有力者に広く影響力を与えた奴は王都守備隊の代わりに自分の創設したギルドの連中を宛てがって来るだろう……」


ギリアムの報告を受けた二人は深刻な表情でテーブルを挟んで溜息を吐くと、これから起こるであろう事態を予測する。


執事長の彼から受け取ったカップを傾けリラックス効果のあるハーブティーを啜るとギュンターは言葉を続けた。


「奴には子飼いのギルドがある……ドラゴン・トゥース、竜の牙という名の戦闘補助ギルドだ 」


「戦闘補助……?」


「文字通り戦闘の補助を目的としたギルドだな。国王の命令が無ければ動けない軍や騎士団と違い民間ギルドである彼等はフットワークが軽い……更に互いに権力闘争を行い不仲な魔導師と騎士という立場もギルドであれば話は別だ。余計なプライドが無いだけ遥かに強力かつ頼もしい存在……」


カップをテーブルに置くと、彼はその脅威性について表情を曇らせながら語った。


「逆に敵になったらあれほど恐ろしい存在はない……奴等が民間のギルドである以上はこちらの監視も統制も受け付けないからな。既に何人か潜入させようとしたが、全員帰って来なかった……。自由に動き回れ王都守備隊にも匹敵する力を持った武装集団が悪党の指示の元で王宮の警護を担当する事になるな……」


「はぁー……ほんと、最悪ね……。いつ殺されたって不思議じゃない……」


大きく溜息を吐いたサシャが弱々しく笑みを向けると、ギュンターは静かに目を閉じた。


そして、迷うように何度か声を詰まらせると閉じた目を開き表情を引き締めると口を開いた。


「……こんな危険な事に巻き込んで本当にすまない……。これ以上、君を巻き込む訳にはいかない……」


「あら、私はまだ何の役にも立ててないわよ?これじゃあアヴィを心配させてでも貴方と結婚したのが無駄になっちゃうじゃない 」


「し、しかし!……あいつが本格的に動き出した以上、必ず近い内に我々を殺しに来る筈だ!。君達を私の理想に巻き込む訳には……」


「ギュンター……」


そこでサシャは彼の手を握ると、落ち着かせる様に両手で包み込んだ。言葉を止めた彼は力強く微笑む目の前のエルフ族の少女が自分の思う以上にゲームチェンジャーを止めるという目的へ熱意を燃やしている事に気付くとそれ以上は何も言えなくなった。


「……私もアヴィも、戦争で何もかも滅茶苦茶にされた。あの子は奪う側でもあったし、私も何人か命を奪って来た……。私は気付いたのよ、クリスティーヌを止めた時に戦争が延々と続いてしまう理由を……」


「……それは、いったい……?」


「……大事な人が奪われて悲しいから敵を殺して、大事な人を奪われるのが怖いから敵を殺す……その繰り返しが戦争なんだって。最初は生まれ育った村を焼き尽くしたクリスティーヌが憎かった、絶対に殺してやろうって……そう思ってた……」


「サシャ……」


「でもね、あの子を見てて気付いたのよ……奪った方だってそれで完全に気持ちが晴れる訳じゃない、重ねた罪に怯えて……そして、誰かに助けを求めたがってるんだって……」


「……彼女は此処とは違う世界で生まれた兵器で、大勢の敵を殺したと君は言っていたな……」


その話を当初ギュンターは信じきれなかったものの、ダムザの大統領が彼に宛てた親書がその夢物語の様な話が真実である事を物語っていた。


「……信じがたい話だが、本当にそうなのか……」


「ええ、あの子はとても強い力を持っている……だけど兵器として感情を封じられ、泣く事も本当の気持ちを伝える事も許されずに来た。敵からは恨まれて、味方からも恐れられて……ずっと一人ぼっちで泣き続けてきたのよ……」


「……想像すら出来ないな 」


「まったくね……だけど、あの子は私と出会って確かに変わった。兵器としての在り方を否定して、生きた人間として歩こうとしている。私の付けた名前をとても気に入ってくれて、私を命懸けで救ってくれて……そして、あんなにも私を愛してくれた……」


だからこそ、彼女もあの人間になろうとする少女を支え……そして、戦争の無い世界で愛し合いたいと願った。あの子犬の様に無垢な笑みを浮かべ、自分を抱き締めてくれる少女の為に命を投げ出す覚悟を決めたのだ。


「……私、あの子が本当に大好き……あの子には絶対に幸せになって欲しいと思ってる。だから、今更逃げたりしないわ……貴方と共に最後まで戦う、ギュンター……」


「……アヴィは幸せ者だ、こんなにも想ってくれる大切な誰かが居る……」


「ええっ、だから貴方も気を付けた方がいいわよ?私としては貴方の事は尊敬してるし好感を持ってるけど、アヴィにとっては大好きな人をいきなり横から攫っていった横恋慕さんなんだから……」


ギュンターは思わず苦笑いを浮かべて意地悪いサシャの言葉を受け止めた。そして堪えきれなくなった様に黙々と会話を聞いてきたギリアムは笑うと同じように若き王をからかった。


「はははっ!気を付けた方が宜しいでしょう、ただでさえ陛下は女泣かせと有名ですから!」


「よ、よしてくれギリアム……私は戦争回避に今は集中すべきだと考えているだけだ。そうなれば妻にも危険が及ぶ事になる……」


「あら、私はいいの?案外軽薄な男なのね、貴方……」


徒党を組んでからかって来る二人を見て溜息を吐くと、ギュンターは頼もしい味方が増えた事に心から安堵しつつ再びハーブティーを啜った。





























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