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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
108/121

殲滅のマタドール:107話 内なる敵

その日の朝から、この王宮内の雰囲気は大きく変わり出した。


広大な階段を登りながら玉座のある議場へと向かっていたギュンターとサシャはすぐさま異変に気付いた。その大きな階段の両脇には戦斧を握る騎士達が整列し、アイアンヘルムから鋭い目線を向けている。確かにこの国家の全てを決める場所であるこの議場は、厳重に警備を行うべき地点ではあるものの通常以上に数が多い。そして、佇む兵の全てが鎧に入れられた紋様から王都守備隊の騎士である事が察せられた。


サシャは腕を組みながら隣を歩く青年に小さな声で聞いた。


「……どういう事?どうして、こんなに守備隊が……」


「……あの隊長殿は私が大嫌いだからな……嫌な予感がしてならないが、そうならない事を祈るよ……」


平静を装いつつ靴音を鳴らし階段を上がる彼が最悪な可能性について予測している事を感じ取ったサシャはこの先巻き起こるであろう激論の際に彼を支えようと覚悟を決めた。


巨大な二枚の扉が開かれ二人が議場へと足を踏み入れると、その場の空気が明らかに異質な物に変わっている事に気が付いた。


多くの人間達で埋め尽くされ、日々内政や外交について議論を語る筈のその場所に似つかわしくない者達が居た。王都守備隊の騎士達が議場の外だけでなく、中にまで入り込んでいたのだ。それは許されない背信行為だった。


かつての苛烈な政策を敷いた国王達と区別化を図るべくギュンターは議場内の武器の持ち込みを硬く禁じていた。剣は勿論、小さなナイフまでも国家の在り方を話し合う神聖な場所への持ち込みを禁じていた。他でもないその不可侵の取り決めを提唱した張本人である彼は鋭い眼光でこちらを睨み付ける人影に気付くと足を進めた。


「デュバル!これはいったい何の真似だ?……議場への武器の持ち込みは硬く禁じた筈だが……」


「……畏れ多くも、国王陛下……我々はもう貴方の言う事には素直に従う事は出来ない……」


「……訳を話してくれ。そちらの事情が飲み込めない……」


ギュンターへ険しい顔を向ける男、王都守備隊のデュバルはその筋骨隆々の逞しい長身を揺らし彼の前に立つと激しい敵意と怒りに燃える瞳で彼を見下ろしながら口を開く。


「昨夜の件は、ご存じですか?……」


「……西部国境警備基地所属の優秀な兵が、ラゴウの手の者に襲撃されたと聞いている……」


「ええ、彼女は極めて優秀な女でした……名はナスターシャ、かつて我々王都守備隊を演習の際に叩きのめした手強い女です。あの女一人に我々は敗北を喫したのです……」


「それは初耳だ、知らなかった……」


「でしょうな、当時の司令官は隠し通しました故に……なので我々は今の所演習では記録上は無敗となっております 」


「それで、彼女が負傷した今になってその記録を完全に取り消せとでも言う気か?」


ギュンターは純粋に思った疑問を口にしたまでだった。そうする事が彼等の望みであればそうするつもりであったし、必要とあらば誓約書すら書いてその場で提出するつもりだった。


だが、その保身を疑う様な態度は騎士として彼のプライドに傷を付けた。


歯を噛み締め軋みを立てながら、拳を握り込んだデュバルは若き王の豪奢な衣類の胸倉を掴み上げると困惑するような表情を浮かべる彼を睨み付け逞しい髭の揃う口を開いた。



「俺達を今すぐに、ラゴウに出撃させろ……あのダークエルフの首と共に蛮族共の長の頭を全て刎ねてやる……」


「い、いったい何を言ってる!?正気か!?……」


「俺達はいつだって大真面目だ!!若造の貴様などには分かるものかよ!!……あの娘が奪われた物はあまりに大きい、剣士にとって腕とは第二の心臓だ!その心臓を……剣士の誇りを……!」


そこで彼は大きく息を吐き出した。そして、高ぶる感情のままにどうにか声を抑えつつ……言い放った。



「その心臓を彼女は二つも奪われた!……あのイングリットとかいうダークエルフによって、両腕を奪われたのですよ!?」


「……両腕を?……」


信じられないその言葉を聞いた瞬間、咄嗟にギュンターは驚愕に満ちた表情でサシャへ視線を移す。そして、その目線を見返す事も出来ずにサシャは青ざめた顔で下を向いていた。


怒りに燃える彼は既に若き王など眼中に無いのか、激しい怒りに満ちた目線を隣に立つサシャへと向けていた。


「そういえば、あのイングリットとかいうダークエルフは昨夜アンタが保釈を要求したアヴィというお嬢さんとつるんでいた様だな……」


「……ええ、そうよ……イングリットも、知ってる……」


「貴様等は何か企んでいたのでは無いのか!?このメルキオを陰謀に陥れるべく、この若造を利用して国家を陥れる計画をラゴウの内通者と示し合わせていたのではないのか!?」


その場の誰もが静まり返っていた。軍人も、貴族も、騎士も……誰もがその静かな怒りに圧倒され、言葉を失っていた。


デュバルは小さく鼻を鳴らすと、足音を響かせながら周囲の人間へ言い聞かせるように言い放つ。


「俺は元々この男が嫌いだった!先代達への敬意に欠ける弱腰な政治も、闘争を避ける日和見主義も!全てが気にくわなかった!。そして、裏で何か良からぬ事を企んでいるのではないかと疑っていた!……そこの得体の知れないエルフ族を妻として迎え入れた瞬間からな!」


「……それは、重々承知していた……」


「だからこんな事になるというのだ!得体の知れない女に騙され、そしてまんまと国家の中枢に敵の工作員を招く結果となった!あまりに情けなく、間の抜けた結果だ!」


周りの人間に同意を求める様にして顔を見回した彼は、剣を引き抜くと大声で言った。


「これより決議を執り行う!!我々は武力によりこの議場を占拠した!!ラゴウとの全面戦争を望む者は挙手を!!……」


広い議場の四方に立っていた騎士達が一斉に剣を抜いた。


誰もが戸惑い、困惑する中で真っ先に手を上げた人物が居た。それは……。


「……ヴィクトル……!」


それは、王の側近であるヴィクトル・ブラウンだった。髪を後ろに撫で付け黒い衣類で身を固めた男は不敵に笑い掛けると周囲を見つつ口を開く。


「皆さん!これが今のメルキオという国だ!ラゴウを始めベアルゴやダムザといった国家に四方を挟まれ常に緊張状態の続くこの国を、今のギュンター国王が纏めきれるとお思いか!?」


「お、お前!何を……」


「私は長らく王の傍に仕えて来たが、その能力に不安があった事に嘘は吐けない!自国の貴重な兵に辱めを許して尚、ラゴウへ踏み込まないというのはあまりに現地で命を張る兵達を軽んじているのではないか!?」


その時になってようやく、ゲームチェンジャーである彼が一手を仕掛けてきたのだと二人は悟る。顔を見合わせたギュンターとサシャが再びまるで指揮者の様に両手を掲げる策略家へ目線を移した瞬間には割れんばかりの拍手喝采が巻き起こっていた。


しまった……。二人がそう思った頃には遅かった。


「そうだ!我が国の力を今こそ見せる時だ!」


「ラゴウの蛮族など、我々の力さえあればあっという間に終わるぞ!」


「蛮族に我々の力を刻み付けましょう!邪悪な敵に死を!」


その場は完全に、その男の言葉によって呆気なく支配された。誰もが戦争への大義を信じ始め、そして無責任にそれを後押しする。


戦争を拡大するというゲームチェンジャーの思惑は、あまりにも簡単に合法の元に可決されようとしている。


ギュンターは血が滲むほど唇を噛み締めて驚愕と焦燥に駆られた表情を浮かべた。この一手はあまりにも予想外だった。まさか王都守備隊を丸ごと抱き込む等と予想も付かなかった。拳を握り込み必死に思考を巡らせるギュンターを見ると、サシャは自身の出来る事へ向け行動を開始した。


彼女には、彼女だけが持てる力がある。それは、何者にも臆さない度胸だった。



「だったら今すぐこの場で私の首を刎ねなさい!デュバル!」


「……何ィ?……」


「文句があるなら私を殺せと言ってんのよ!この頭皮まで石化しちゃってるカチコチのハゲオヤジ!」


そんな挑発するような言葉を聞くと、デュバルは血走った目をその生意気なエルフ族の娘へと向けて歩み寄った。彼女へ剣を向けると、デュバルは唇の端を痙攣させながら言った。


「このスパイのエルフが……よくもそんな生意気な口を利けたな!」


「私はスパイなんかじゃない、アンタも含めて誰かが苦しむ様な事をしたいなんて願った事は一度もない!……私が望む事はただ一つ……」


そこで大きく息を吸い込むと、彼女は叫んだ。



「私が望む事はただ一つ!!皆が手を取り合って幸せに暮らしていける世界だけよ!!」


その言葉を議場の殆どの人間は鼻で笑っていた。命が惜しくなり、そして適当な綺麗事を並べ立てているのだと……。


だが、そんな中で一人だけ……その少女は頬に涙を伝わせてサシャの言い放つ言葉に肩を震わせていた。


「よし!!それでは採決を取ろう!!……この汚らわしいエルフの言う事に賛同する者は居るか!?一人でも居たら大人しくしておいてやる!!」


周囲からは笑い声が起きた。そんなこんな者など居る筈がない、誰もがそう考えていた。


たった一人を除いて……。



「異議がございますわ!……私には断固として、貴方の言い分には賛成できません!」


それは、目元を真っ赤に腫らしたレティシア・スタンフォードだった。その場の誰もが驚愕し、そして言葉を失った。


「私の姉のマリィ・スタンフォードはかつてこう言っていました!“我々は持たざる者へ手を差し伸べてこそ、国家をより発展させる事が出来る”と!……エルフ族というだけで差別感情を剥き出しにする貴方の意見に私は賛同する訳にはいきませんわ!」


「き、貴様の姉はエルフ族の村の近くで殺されたのだぞ!?なのにそいつを庇うのか!?」


「ええっ!愛するお姉様は無惨にあの場所で殺された!私も死に顔を見て、エルフ族を心から憎みました……」


そこで、彼女は胸に手を当てると自身が言い放つと決めた言葉を堂々と声に出した。


「疑わしいからと言って憎んでいたらこの世界はあっという間に火の海に変わってしまいます!そうなればもっとお姉様のような犠牲者が増えていく!……私はそちらの方が恐ろしい……」


向けられた剣を一切恐れる事なく、レティシアは相手を涙の溜まる瞳で睨み付けた。


「サシャ様を斬るというならまずは私を斬りなさい!お姉様の理想は私の理想……命懸けで私は守りますわ!」


「な、なっ!……貴様……!」


サシャを守る様に立ちはだかった少女を前にデュバルは顔を歪めつつ剣を収めざるを得なかった。


不穏な空気を残しながらも、その日の議会は解散となった。



−−−−−


誰もが足早に広大な議場を後にして、私とギュンター……そして、顔を真っ赤にして俯くレティシアだけが残された。


私は静かに彼女の元へと歩み寄ると、その手を取って微笑み掛ける。


「レティシア……貴女……」


「か、勘違いしないで下さいませんこと!?わ、私は……別に貴女を庇った訳ではなく……お姉様を否定された様だったから……」


……彼女は、必死に涙を拭いながらそう声を上げた。


大好きな姉の言葉を守る為に、大嫌いな私に手を差し伸べてくれた……。


震えるその手を離すと、私は気が付けばその細い体を抱き締めていた。


味方なんて居ないと思ったから、嬉しくて……いつも意地悪な事ばかりして来る彼女が、自分の意地を曲げてでも守ってくれたのが嬉しかった。


「な、ななな、な……な、何を……!?」


「……レティシア……」


「……あ……う……」


耳まで赤くなった彼女へ緩んだ笑みを向けていると、背後からギュンターが声を掛けて来た。


「助かりました、レティシア・スタンフォード様……」


「あ、う、えっ……えっと……つ、つい……考えるよりも先に言葉が出てしまいましたわ!……」


「……御姉様の件は気の毒に思っています。貴女の御両親は私の盟友だった……共に戦争の無い世界を志すという目的で繋がる同志だった……」


「……あの日から父も母も、気を病んでしまいましたから……私がしっかりしなくてはいけません……」


「……ですがこれだけは、信じてほしい……貴女の姉を無惨に殺したのはエルフ族ではありません。あれは西部方面司令官のクリスティーヌ・バンゼッティの雇った暗殺ギルドの仕業です……」


「わ、分かっておりますわ!……分かっています、それぐらいの事は……」


顔を再び下に向けた彼女はドレスの裾を硬く握った。


きっと、怒りたい気持ちを彼女は懸命に堪えようとしている。本当は全ての怒りを私へぶつけてやれば楽なのに……それでも子供っぽい悪戯だけに収め、意地悪に留めてくれている。


私は笑みを向けると彼女へ言った。


「……無理しなくても、いつものままの貴女で居て?。あの子供っぽい悪戯だって全然気にしてないから……」


「な、何ですってぇぇ!?貴女に意地悪する為に常日頃から私がどれだけの苦労を……!」


「そうやって貴女はいつも私に構ってくれたじゃない……無視したりせずに、自分の怒りをはっきりと私へ伝えてくれた……」


「……あ……う……」


小さく声を漏らした彼女はワナワナと体を震わせると……慌てて私から距離を取り指を指しながら言った。


「こ、こ、このっ!やっぱり田舎者は駄目ですわね!せっかく手助けしてやったと言うのにお礼もしないなんてどのような教育を受けて来たんだか!」


「あ、あっ!……ごめんなさい……」


「ほ、ほらみなさい!やっぱり貴女は貧乏臭い田舎者の−−−」


その言葉に少しムッとなった私は、相手を驚かそうと思い……そして、本気で感謝の証を伝えと思い……薄く目を閉じると彼女の頬にキスをした。


そして、間の抜けた表情をする彼女へ意地悪を返す。



「ありがと、すっごくカッコよかったわよ……レティシア様っ!」


「あ、あ、あああ、あ……え、え、と……い、いいいいい、いま……キ、キ、キ……」


「ええ、貴女の頬にキスしたわよ?」


満面の笑みを浮かべる私へ点が三つ下三角形状に並んだ様な面白い顔をする彼女は急に半泣きになると再び顔を真っ赤にして私を指差した。


「ひ、ひ、ひ、ひぃぃ……ふひひっ……い、いえっ!!なんと卑劣な真似を!!ゆ、許せませんわね!!サシャッ!!……こ、こ、こ、これからも……散々……い、イジメてあげますわっ!!」


そういうと彼女は一刻も早く私の前から逃げ出そうと足早に議場の入口へと向かい、そして閉まったままの扉に激突して額を押さえながら蹲る。心配した私が声を掛けようとすると、目に涙を溜めたまま再び真っ赤な顔で睨み付けた後に小さく鼻を鳴らして部屋を出て行った。


苦笑いを浮かべそんな彼女の背中を見守っていると、ギュンターは安堵した様に言った。


「……どうやら一人は味方が居てくれたようだ……良かった……」


「あの子はそんなに悪い子じゃないって分かってたから……お姉さんが本当に好きだったのね、それでも私の所為じゃない事も分かってたからあんな幼稚な悪戯をしてたんだと思う……」


そこで彼は私の肩に手を置いた。振り向いた私が見たのは……疲弊しきった表情で今にも倒れそうな苦しげな表情を浮かべるギュンターだった。


「……も、もう少し距離感というのに気を付けるべきだ……君は……」


「え、えっ?そう?……アヴィと一緒の時はもっと激しけど……」


「……君と本気で婚約しなくて良かったと思う……そうなれば年中私は暗殺の危機に襲われてると思うよ……」









 






















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