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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
106/121

殲滅のマタドール:105話 緊張状態

ラゴウ連邦国の首都に聳える王宮は国家の未来を左右する議題で紛糾していた。


暗殺されたリー・ガウロンに代わり急遽国家の長となったグエン・フー・ミンは権力を手にしてからというもの、狂気に満ちた命令で国を大きく揺るがし始めていた。国民の強制徴兵、国境の完全封鎖、他国への経済活動の停止……そして、極めつけは全軍を率いメルキオへの侵攻準備を指示したのだ。


議会制を取ってはいたものの、ほとんど独裁政治に等しいその議場では懸命に彼を諫めようという声が響いていた。


「お、おやめください!グエン殿!無闇に民を戦争に駆り立てては国家の存亡に関わります!」


「既に民草からは貴殿は竜帝以上の苛烈な独裁者であると不満が続出しております!」


「再び謀反が発生すればメルキオにそれこそ付け入る隙を与える事になる!此処はどうか抑えて!」


様々な部族長たちが懸命に彼を宥めようとした。だが、権力という自身の支配欲求の頂点に君臨した男の耳には、その言葉は更に加虐欲求を高めていく推進剤にしかなる事は無い。


「今弱音を吐いた者は何者であるか!?即刻首を刎ねよ!!……私の下した掟を忘れたか!?"竜王様の意志を穢す者は死罪"、そう取り決めた筈だ……」


男は愉快そうに笑うと、自身の座る王座の隣に置かれた木箱を手に取ると声を張り上げる。それこそ、彼のこの先の狂気に満ちた酒池肉林の夢想を叶える鍵だ。昨夜届けられたこの木箱には協力者から送られた重要な人物の首が入れられている。


グエンはメルキオ側に協力者を作っていた。一人はルーシア・バルザック、彼女はこのラゴウの権力闘争では重要な鍵だ。竜帝の娘である彼女を抱き込めば闘争を行う上で有利に立つ事が出来る。少なくともグエンには彼女が自分に夢中になっているという確信があった。そこで彼女を抱き子を成せば血統が物を言うラゴウという国家でより優位に立てると考えた。


そして、もう一人はメルキオ帝国王宮の宰相であるヴィクトル・ブラウン。彼は経済的な基盤をより強くする為の踏み石だった。自身の持つ鉱山から採掘された魔石を各国に密輸する際に非常に役に立つ男だった。実際の所、ゴーレムという兵器を扱う国家にとってはグエンの存在は無くてはならない源泉となる程に彼の鉱山に依存を深めていた。


最も大口の顧客はダムザのアーサー・ゴッドボルト、彼へ野心の全てをぶちまけたグエンは同じ似た者同士として彼のビジネスを全面的に支えた。重力を操るグラビティストーンを大量に輸出し、その若き野心家との蜜月関係を深めていったのだ。


そして、権力闘争において財力とコネクションという圧倒的な力を得た男は遂にやって来るその瞬間に向けて大きな一歩を踏み出した。


国家の支配、政治の支配、権力の支配……そして、幼き竜の支配……。


興奮した様に声を漏らす男はざわめきの起こる席を見据えながら声を上げる。


「……私は今日、理想を叶える……このラゴウを揺さぶろうとした愚か者の首を今ここに晒し、そして……私の力を見せつけてやる!」


彼はその"裏切り者"の髪を木箱に手を突っ込み掴んだ。恐らくそれは、ダークエルフの少女の首だ。ヴァイパーを撃破したとの報告を受け、敵の首を取ったら送る手筈になっていた。イングリットというあの女はメルキオへ寝返り、そして後を追ってきた現国王を殺した。そして、自身のコネクションを活かしたグエンは忠義を果たし主君の仇を討った。


そこまでの義理を通した彼にいったい誰が刃向かう事など出来るだろう。


後に逃がした竜王を鳥籠へと閉じ込め、より依存させた彼を好みに調教しながら権力者としての日々を送る……神妙な表情を浮かべる男は辛うじて唇が歪むのを堪えていた。


それは支配欲に取り憑かれたグエン・フー・ミンの酒池肉林に他ならない欲に溢れた夢だった。


「見るがいい!!コイツこそが、この国家を揺るがす薄汚い大罪人だ!!」


男は木箱の中で掴んだ首を高々と掲げた。


そして、目を閉じて確信する……。


自分は、全てに……勝ったのだと。



「……それは、いったい何のつもりだ?……グエン?……」


「……貴様、どういうつもりなんだ……」


拍手も、喝采もない……其処にあるのは、動揺と怒りだった。


そこでようやく、彼は気付く。握り込む髪の毛が……ダークエルフの特徴的な灰色の髪ではなく、黒い髪であると……。


「な、なっ!?……」


慌てて切断された頭部を両手で持ち、顔を確認しようと手を動かした男は……全身を硬直させた。



それは、薄眼を開き口を半開きにした青年の頭部だった。そして、それは……グエン・フー・ミンが最も歪んだ愛情を注ぎ続けていたリー・ガウロンの頭部なのだと認識した。



「あ、あ、あぁぁ……リ、リー?……なんで……何故だッ!?」


真っ先に浮かんだのは怒りだった。何者かが、愛おしい幼竜を……支配したかった相手を無惨に殺した。その怒りをグエンは真っ先にぶちまけた。


「誰だ!?誰がこんな……私の可愛いリーを!?……」


その場で応える者は居ない。事情を知っていても、答える者など居ない。


怒りと混乱に包まれ、目を見開いた男は絶叫する。


「こ、これは……これは策謀である!!誰かが竜王を殺したのだ!!いったい誰だ!?誰が---」


その時、背後から彼の腹部に青龍刀が突き刺さった。鈍い音と共に体をよろけさせる男は、口から血液と悲鳴を上げ体を震わせた。


背後へ振り向く前に、その無機質な声は聞こえた。


「竜王の尊厳を穢す者に、死を……」


「……きさ、まぁぁぁッ!……」


「竜王に刃向かいし者に死を……」


「ちが、うぅぅぅぅっ!!わたしじゃ、ないぃぃぃぃぃッ!!」


背後から議場の衛士によって腹部を貫かれた男は目と鼻から液体を垂れ流し錯乱状態で叫んだ。


「わたしじゃないっ!!わたしじゃないっ!!わたしがなぜリーを!?支配したかったのに!そんなわたしがなぜぇぇぇぇぇッ!?」


しかし、その言葉を信じる者など議場には居なかった。静かに剣を抜いた各部族の長である男達が一斉に駆け出し、泣き叫ぶ男の胴に次々と鋭利な刃物を突き立てる。


大量の血液を吐き出しながら、男は掠れた声を上げる。



「ち……が……うぅぅぅ……わたしじゃ、ないぃぃ……」


「……事情など知っていますとも、あのイングリットというダークエルフを通じてね……」


「……この国の掟は弱肉強食……それはよく存じておられる筈だ……」


そこで、グエンは全てを理解した。イングリットは自分の野心を逆に利用し……そして罠に嵌めたのだと。何もかもが音を立てて崩れるのを感じながら複数の刃物を胴に突き刺された男は床へ崩れ落ちた。


そして、最後の力を振り絞ると懸命に手を伸ばし光を失った目で近くに転がる顔を見た。



「……リ、リー……わた、じの……がわ、いい……りゅう……」


その指が彼の頬に触れるより先に、振り下ろされた青龍刀がグエン・フー・ミンの頭部を切断した。


−−−−


「はぁー……私はこれからどうすれば……」


新たに取り直した宿場のベッドの上で私はボーッと考えていた。


イングリットの様子は気に掛かるものの、事態はどうにか解決した。痛ましい犠牲の果てにルーシア・バルザックの狂気を挫く事に成功しこの王都を救ったのだ。


だとすれば、これ以上王都に残る理由はない。


しかし、まだ私には解決していない事柄がある。


「……サシャ……」


枕に顔を埋め、私は寂しげに声を漏らす。


サシャは本当に国王様と結婚してずっとこの王都に居るつもりなんだろうか。私ではなく、彼を選んで……。


それでも私には無理やり彼女を引き戻すという選択肢が浮かばなかった。様々な人々と出会い、そして様々な人々と戦った……素晴らしい人とも、少し歪んでしまった人とも出会い私は多くの事を経験した。


中でもクリスティーヌやアーサーは大きく私の考え方に影響を与えた人物だ。彼等は確かに強かった……しかしその強さは過去に失ってしまった誰かへの妄執や悲しさを乗り越える為の激しい怒りがあればこそ。クリスティーヌ・バンゼッティに至っては最後の瞬間には自分に止めて欲しいと願ってすらいた。


傍から居なくなった誰かを求めてその意志を歪んだ形で受け取ってしまうとあの二人の様になりかねない。きっとサシャにはサシャで私から離れるだけの理由や想いがあるのだろう。決して国王という立場や外見でそういった結論に至った訳では無い……。


それなら、私は成したい夢が新たに出来た。


私は……王都守備隊に入隊する!。


ベッドから身を起こすと私はその新しい目標を叶えるべく部屋の入口へと向かう。


王都守備隊はこの国の中枢を守る精鋭の騎士団、私なんかが入隊出来るかは分からない。それでも私は何かこの王都を守る役職に付きたかった。それは彼女の傍に居たいとか、彼女をいつでも見れる場所に居たいとか……そんな浅はかな理由ではない。サシャは他の誰かと生涯を共にして添い遂げるつもりだ。それなら私は彼女達の居場所を守りたい……。


大好きな貴女が幸せに暮らしていくこの場所と、その周囲の人々を命懸けで守りたい。


廊下へと飛び出した私が顔を向けると、奥から複数の人影がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。幸運な事に、それはちょうど探し求めていた人物だった。


「デュバルさん!ちょうど良かった!」


大柄な体格で毛髪を全て剃った強面の顔を俯かせ複数の部下を連れた彼は真っ直ぐこちらに向かって来る。微笑みを向けながら私は言葉を続けた。


「貴方にお願いしたい事があるんです!私、王都守備隊の試験を受けてみたいんです!騎士の仕事がどういったものかはよく分かりませんが……それでも−−−」


「……お前が、王都守備隊に?……」


「……は、はい……やはり女の私では駄目でしょうか?……」  


ギロリと目を向ける彼の表情に威圧され、私は少し怯えを滲ませ目線を逸した。何か、今日の彼はとても怒っている……やはり私なんかがいきなり王都守備隊に入りたいなんて言い出したからだろうか。


私の目の前に立った彼は唇の端を吊り上げると言った。


「いいだろう、騎士団の本部へ連れて行ってやる……」


「あ、ありがとうございます!一生懸命頑張ります!」


「スパイに協力した容疑者としてな……」


「……へっ?……」


その時、私の脇腹に丸太の様な一撃がめり込んだ。痛みを感じるよりも先に、内臓を揺さぶられた私は膝を折って……胃の中の物を吐き出していた。


「ゲ、ホォッ!あ"っ、ゔっ……デュ、デュバル……さ……」


「貴様を敵工作員誘致の容疑で逮捕する。そんなに来たけりゃ騎士団の本部へ送ってやるよ……ただし、尋問室と牢屋の中しか案内出来ないがな……」


「……な、何を……言って……」


「とぼけるな!!貴様と一緒に居たあのダークエルフがこちらの撹乱を目的に入国してたのを知っていただろう!?そして、何も知らないナスターシャを……!」


「イ、イングリットがどうしたと言うんですか!?ナスターシャに何が!?……」


そこで怒りが頂点に達したのか、彼は私のシャツの胸倉を掴み上げると血走った瞳を震わせて血管の浮き出た怒りに満ちた顔で私へと怒鳴り付ける。



「あいつは自分を信じてたナスターシャを裏切りやがったんだよ!!ナスターシャは……残された左腕も切り落とされて剣士どころか人間として暮らす事すら困難になっちまったんだ!!」


「……は、は?……えっ?……イングリットが……ナスターシャの、腕を?……」


「俺はな、確かにあのいけ好かない小娘が大嫌いだった……王都守備隊の俺達を散々小馬鹿にしてナメた口を聞くナスターシャを叩きのめしてやりたかった!!だが、騎士道に反する卑劣な裏切りで彼女をこんな生地獄に落とした奴を俺は絶対に許さない!!……この手で八つ裂きにしてやる……」


……どういう、事?……なんで、イングリットが……ナスターシャを……。


思考が真っ白になり、無理やり立ち上がらされた私は手に枷を付けられフラフラと歩かされた。何も考える事が出来ないし……どういう事なのかさっぱり分からない。


力無く私は怒りと殺意を一身に受けながら彼等に連行されていった。


−−−−−


「ラ、ラゴウで大規模なクーデター!?……」


「はい、議場で暫定的な国王であったグエン・フー・ミンは首を刎ねられ処刑……国家全体が大きく揺らぎつつあります 」


「いったいどうなってる……」


豪奢な寝室着を纏う彼は顎に手を当てながら混迷を深める敵国の情勢に頭を悩ませた。そして、必死に何が起きたのかを予測しある結論に達した。


「やはり、昨夜のゲームチェンジャーの一件が関係しているのか?ギリアム……」


「……恐らくは、そうでしょうな……ラゴウ内部へ潜入させた者の話では事前に何者かから全ての事情を明かされ、グエンがルーシア・バルザックと組していた事や彼がリー・ガウロンを闇へ葬り飼い慣らすつもりであった事などを知っている様でした……」


「向こうに連絡を取ったのはルーシアか?それとも……」


「……大変申し上げにくいのですが、これはサシャ様にとって非常にお辛い話になるものかと……」


執事であるギリアムは疲労感を深める夫へティーカップを差し出したサシャへ心配そうに目を向ける。彼へカップを手渡したサシャはやや力の無い笑みを浮かべると気丈に言った。


「……私なら平気ですから、続けてください……」


「かしこまりました……どうか、気を落ち着けて聞いてください……」


そこで咳払いをすると、彼は自身の憶測を語った。


「恐らく、ラゴウの他の部族長に真相を伝え国家をクーデターへ導いたのはあのイングリットというダークエルフかと……」


「イ、イングリットが!?……」


「クーデターの準備が本格的に進んだのはルーシア・バルザックが討ち倒された翌日の朝からでした。それまで一切そんな話など持ち上がらなかった筈がその日の朝から急に部族間でグエン打倒の機運が高まり議場での粛清まであっという間に話が進んだ……」


「で、でも!それだけじゃまだ彼女だとは……」


「そして、先程入ってきた報告ですが……彼女は共に行動していた西部国境警備基地のナスターシャを裏切りました。ナスターシャは昨日の戦闘で右腕を失っていたのですが、残された左腕も切り落とし逃走したとの事です……」


ギリアムの語る信じられないような言葉を聞き、サシャはその場にへたり込んだ。激しい頭痛を感じ小さく息を漏らしながら頭を抱えると、そんな彼女を心配しギュンターは肩を擦りながら言った。


「サシャ……無理をするな、もう休んだほうがいい……」


「……大丈夫よ……大丈夫……」


「だ、だが……」


「平気だって言ってるでしょ!……」


怒りを剥き出しにしたその言葉に圧倒され、思わず手を離すと……彼女はフラフラと立ち上がり、混乱しつつも力強い瞳でギリアムを見つめた。


「ゲームチェンジャーとの戦いにはアヴィも参加したのよね……それなら、アヴィはどうなったの?」


「彼女は……同じく、先程報告が上がりましたが……」


「はっきり言って……遠慮は無用だから……」


「……敵スパイの協力者として現在、王都守備隊本部の牢に拘束されています……」


その言葉を聞いた瞬間には既に寝室着のままサシャは駆けていた。彼女が王族に割り当てられる広い室内を走り扉の前に立った時、ギリアムが静かに声を掛ける。


「王都守備隊の本部に向かわれるおつもりですか?今の彼等は非常に気が立っています……護衛を付けますか?」


「いらない……この国の王女である私がそんなものを連れて本部へ向かったら余計な対立を更に深めかねない、そうでしょギュンター?」


振り返ったサシャの顔を見ると、ギュンターは肩を竦めほんの僅かな期間だというのに完璧に王族としての役割と振る舞いを理解する彼女に感嘆しつつ隣の執事へと声を掛ける。


「どうやら私達の負けだな、サシャの言う通りだ……」


「……大丈夫、必ず何とかしてみせるから……」


「無茶はしないでくれよ、君に万が一の事があれば困った事になる……」


「せいぜい気を付けるわ……」


静かに言い残すと、彼女は扉を開け足早に部屋を後にした。その姿を見送った二人は深々と溜息を吐くとお互いにあの行動力と勇気を持ち合わせたエルフ族の少女に抱く共通した印象を語り合った。


「やはりサシャ様はお強い方だ、この王宮は彼女には狭過ぎる……」


「ああ、まったくだ!彼女の夫の立場になった私は余計に心労が溜まる一方だよ……だが、だからこそいいんだ。そんな彼女だから私は同志として迎え入れたんだ……」 


「ゲームチェンジャーへ対抗する平和の維持者、ゲームバランサー……なかなか良いネーミングでございますね 」


「この世界を戦争へは向かわせない……常に後手に回った私達だが今度こそ先手を取って奴等を抑えよう……」


ギュンター・フィン・メルキオはその若い顔立ちに燃え上がる使命感を滾らせながら窓の外の闇へと目を向ける。この世界を包む暗闇を照らし出すゲームバランサーの若き長を彼の長年の共にして同志であるギリアムは頼もしそうに見つめた。

  


 




 




 










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