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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
105/121

殲滅のマタドール:104話 発芽

地面に降り立った私は修復を終えた右手を上げると確認するように指を動かした。問題はない……しっかりと動く。


隣ではイングリットがボンヤリとした表情で火の粉が舞い落ちる上空を眺めていた。


偽装ボディに展開を終えた私は静かに彼女の肩に手を置き声を掛ける。


「イングリット……」


「……終わったな、アヴィ……お前の力があればこそだ……」


「……いえ、私なんて……。アンジェラも貴女の大切な人も助ける事が出来なかった……」


彼女は何も答えなかった。暫く無言の時間が流れ、急に彼女は振り向いて言った。


「なぁ、アヴィ……私には夢が出来たんだ……」


「イ、イングリット?……」


「私はラゴウに戻って国を変えたいと思う……私達の様な、何者にもなれなかった人間でも何かになれる国を作ろうと思う……」


……その顔を見て、私は言葉を失っていた。全身が強張り、足が震えた。


こちらに顔を向けるイングリットは……。



「その為には処分するゴミが山積みだ……ふふっ、大仕事で骨が折れそうだな 」



唇の端を歪に吊り上げて……恐ろしい笑みを浮かべ何かに燃えるギラついた瞳で私を見ていた……。



−−−−−


「まったく!!貴様らは我々に黙っていったい何をしとるんだ!?今日こそは洗いざらい話してもらうぞ!!」


負傷者の治療を行う病院の一室で、デュバルはいつも不機嫌な顔を更に顰めながらベッドの上でボンヤリと窓を眺める相手を睨み付けた。彼女は何も答えない、ただ虚ろな目で二階の外を眺めるばかりだった。


旧居住区で異様な光や不気味な植物の様な物が聳え立っているのを確認した王都の住民達はパニックに陥りすぐさま王都守備隊にも待機命令が下された。恐れを知らない精鋭の騎士達は装備を整え、王宮の前に整列しその時を待っていたものの……一向に出撃命令は下されなかった。


苛立ちと動揺が募る中暫く待たされ、ようやく出撃命令が下り騎士達は勇ましい声を上げながら馬に跨り旧居住区へと雪崩れ込む。しかし、その時には全てが終わっていた。


あの巨大な植物は見る影もなく吹き飛ばされ、そしてその場には三人だけが残されていた。


黒髪の少女、そしてヴァイパーを壊滅させたダークエルフの少女……そして、もう一人はデュバルの前で普段とは明らかに違う様子でベッドの上に腰を降ろしている。


「なあ、ナスターシャ……何があったのかを教えてくれないか?王都守備隊に恥を掻かせたお前の腕を切り落としたのが誰かを……」


「……アンタには関係ない……」


「おうおう!そうかい!……何にも喋る気が無いなら尋問しても無駄だな!」


そこで大きく息を吐くと、彼は手元に置かれた皿を彼女の左側の棚へ乱暴に置くと言った。


「俺の剥いたリンゴはシゴき抜いた部下に闘志と栄養を与える活力だ……いつまでもそんな腑抜けた態度でいたら病院で面倒を見てくれる医者が参っちまうからな!それを食ってやる気になったらいつでも俺が稽古を付けてやる!」


「……ありがと……」


「フンッ!……調子が狂うぜ、まったく……」


鼻を鳴らすと彼は不機嫌そうに腕を組みながら病室を後にした。


ナスターシャは置かれたリンゴには手を付ける事なく、延々と頭の中で昼間見舞いに来たアヴィが言っていた事を思い出していた。


“イングリットの様子がおかしい……彼女に気を付けて”、そう言っていた。あの戦いの様子は詳しく覚えていない、途中で彼女は意識を失い気が付けばベッドの上で朝を迎えていた。


肉体も精神も疲弊し尽くした彼女は目が覚めた後、食事も取らずボンヤリと窓の外を見て過ごしていた。誰かが来ても一言二言返事をするだけに留め、会話の全てが右から左へと流れていく。


ただ、アヴィの言った言葉だけはある人の名前が含まれていたので覚えていた。


胸に手を当てたナスターシャは瞳を潤ませると、静かにその名を口にした。



「……イングリット……」


熱く、大きな感情が胸を高鳴らせ彼女の肌を赤く染めた。甘く息を漏らした彼女が患者用のズボンの中に残された左腕を差し込もうとした瞬間……部屋の戸がノックされ、彼女が心から愛した人の声が聞こえた。


「遅くなってすまなかった、調子はどうだ?ナスターシャ……」


「イ、イングリット!……」


体をビクリと震わせナスターシャは部屋の入口へ視線を向ける。微笑みを浮かべたイングリットは病室へ踏み込むと、扉を締めて内側から鍵を掛けた。静かに足音を響かせ潤んだ瞳を向けるナスターシャの元まで歩み寄るとその左手の先に目を向け意地悪く微笑んだ。


「……そんな場所に手を突っ込んで……何をする気だったんだ?……」


「あ、あっ!こ、これは……その……」


「……そんなに私に会いたがっていたのか……すまなかったな……」


額にキスをすると、イングリットはその手をズボン越しに彼女の左手と重ね、軽く重ねた指に力を入れる。


「ひっ、あっ!……うぅぅ……」


「色々と連絡を取っていてな……それで結局夜まで動けなかったんだ……」


「ん、んんっ……れ、連絡って……誰に……?」


「私には大きな夢が出来た……夢の為には掃除が必要だ。だから、その根回しを行ってきた……」


「ふぁっ!あぅぅっ……イ、イングリット?……」


重ねた手を潰す様な強さでイングリットは硬く握ると、熱に浮かされた様な表情で言い放った。



「グエンを潰す、その為に他の部族長に連絡を取りアイツの思惑の全てをぶち撒けた……これで私が国へ戻る頃にはきっと……ふ、ふふっ!ひひ、ひひひひひひひっ!」


「……イング……リット……?」


薄気味悪い笑みを漏らすと、彼女は穏やかな微笑みへと戻り彼女の頬に静かに手を添えた。自分のよく知る彼女に戻ってくれた事に安堵しつつ、ナスターシャは目の前の愛おしい相手に言った。


「……ラゴウに行くなら……私も連れてって、イングリット……」


「ナスターシャ……」


「左手だけでも戦える……私、貴女の役に立ちたいの!もう、貴女しか私には居ない……貴女に縋って生きるしかない……」


涙ながらに必死に訴えた彼女は棚の傍に立て掛けられたサーベルへと目を移す。そして、自身の想いが抜け出せない依存である事を理解しながらも縋り続けた。


「そこのサーベルを取って……まだ私はやれる……」


「……ありがとう、ナスターシャ……お前が身も心も私に捧げてくれて本当に嬉しい……」


「……イングリット……」


ズボンの中から腕を掴んで外へと出すと、湿り気を帯びたその指を硬く握り合いながらイングリットは彼女の唇を貪った。水音を立てながら舌を絡め、互いの唾液を混ぜ合いながら行う濃厚な口付けに甘く息を上げながらナスターシャは目を細めていく。


彼女は自分を受け入れてくれた……そして、これからもずっと自分の傍に居てくれる。


そんな安堵を抱きつつ更にナスターシャは彼女の存在に溺れていった。


唾液の線を光らせながら唇を離したイングリットは小さく息を漏らすと、その青い髪に指を通しながら口を開く。


「……私にはお前が必要だ……ナスターシャ……」


「……ええ、私も……貴女が必要よ……イングリット……」


「……だから、お前には別の役割を果たしてもらう……」


「……えっ?……」


その瞬間、鞘からサーベルが引き抜かれる鋭い音と同時に骨と肉を切断する鈍い音が響いた。


「……へっ?……」


間の抜けた声をナスターシャが漏らした時、切断された彼女の左腕から真っ赤な鮮血が噴き上がり壁や天井を汚した。



「い"っ、ぎゃあああああああああああああっ!!」


「ひひ、ひひひひひひ!!あはははははっ!!西部国境警備基地の守護神と言われたお前の両手を奪い、二度と戦場に立てない様にしたとなればラゴウにおける私の立ち位置もある程度保証される!喜べナスターシャァァっ!お前は私の役に立てたぞ!」


「あっ、あっ、ああ"ぁぁぁぁぁっ!!なん、で、なんで、なんでぇぇぇぇっ!?……」


絶叫を上げ涙と鼻水を垂流し、ナスターシャは叫び声を上げた。その悲鳴に警備を行っていた兵士が気付いたのか、激しく戸を叩く音と共に焦燥感に満ちた声が響き渡る。


『おいっ!!どうした!?大丈夫か!?』


慌ただしく動き回る気配を感じ、イングリットは彼女との最後の別れを交わそうとベッドへ飛び乗った。


「……ふふっ、ナスターシャ……」


彼女の腰を股で挟み込むと、返り血を顔面にこびり付かせたダークエルフの少女は胸に芽生えた燃える様な欲望のままに嗚咽を漏らすナスターシャの髪を掴み上げ無理やり顔を上げさせると……強引に唇を奪った。先程の愛に満ちたキスとは違い乱雑に行われるそのキスを受け彼女が感じたのは、体が震える様な恐怖心と頭が割れる様な混乱だけだった。


唇を離したイングリットは彼女の脳裏に刻み付ける。依存心のままに自分を求め続けたその女の愚かさと、かつて心から同情し体を重ねた女へ自身の非情さを……。

 

「……お前の大切な物は永遠に私のモノだ……返してなどやらない……」


「ひぃっ!……あ、ぐぅぅぅっ……イング……リットォォォッ……」


「……一生私の影に怯えて残りの生涯を過ごせ……用済みになった役立たずの剣士さん……」


「……あ……あ……あぁぁっ……!」


両目を見開いた彼女は自分の中で何かが引き千切れる音を聞いた。ガクガクと体を震わせたナスターシャは懸命に何かを言おうとした……しかし、混乱と恐怖と、そして何よりも深い絶望に包まれた彼女の口からは言葉ではなく荒い呼吸が漏れ出すだけだった。


やがて、戦斧が大きな音を立てて扉を打ち破り禿頭の大男が焦燥感に満ちた顔で室内へ踏み込んだ。


「ナ、ナスターシャ!無事か!?」


「……王都守備隊か……お前達はいつだって一足襲い……」


「な、なっ!!貴様は……」


そこで挑発的な笑みを向けるイングリットを睨んだデュバルは彼女の手に信じられない物が握られているのを見て絶句した。そして、小さく声を漏らしつつ血の海に横たわるナスターシャの方を見た。


両手を切断された彼女は浅い息を漏らし、泣き続けていた。彼女達が信頼し合う友人同士である事を察していた彼は、そこであまりにも惨たらしく悍ましい裏切りが行われた事に気付き絶叫した。


「貴様ァァッ!!ナスターシャに何をした!?」


「アハハハハッ!!そいつは私がラゴウの人間だという事を忘れ身も心も私へ溺れきっていた!。だからたっぷり可愛がってその気にさせてやったんだ!……自分が西部国境警備基地で極めて重要な立ち位置にある事をな!」


「ふざけるな……この卑劣なダークエルフがぁぁぁっ!!」


一斉に怒りに燃える騎士達が雪崩れ込む中、イングリットは切断された彼女の腕を掴んだまま窓を破って階下へと飛び降りる。戦斧を捨て剣を抜いたデュバルは青筋を立てながら怒鳴った。


「外へ出ろ!直ちに騎士団本部へ連絡だ!それからすぐにヒーラーを部屋へ連れて来い!大至急だ!」


「りょ、了解!……」


慌ただしい物音と怒号を響かせ騎士達が部屋を後にする中、シーツを破ったデュバルは彼女の傷口へとそれを巻き、止血処置を行った。そして、怒りのままに顔を震わせる。


「何て奴だ!心を許した友を裏切る等と……!」


「……ちが、う……」


「ナ、ナスターシャ?……」


「……わた、し……きっと……さいしょから……りよう、されて……」


「よ、よせ!もう何も考えるな!……」


彼女の肩を揺すり必死に彼はそう言い聞かせたが、彼女の中で確信に変わりつつあるその可能性は……最早手の施しようがない爪痕をナスターシャに刻み込んでいた。心の砕けてしまった彼女は壊れた様に笑い……そして泣いた。



「あはは、あはははははははははははっ!!バカみたい!!最初から、私……利用されてたんだぁ……私を抱いたのも、キスしたのも……全部、全部ぅぅっ!……」


「ナ、ナスターシャ!……」


「ひ、ひひ、いひひひひひっ!ひははははははははははははははははっ!!……あ……あ"ぁ"ぁ"……う"ぅ"ぅ"ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


−−−−


「……そうか、それでは残るゲームチェンジャーはこの私一人という事か……」


「まさか、マタドールシステムを自前でアップデートして自我を保つなんて思わなかった……ちょっとした珍事ね……」


「想定外の事は常に起きるものだ……自身の目論見が何もかも上手く行くとは思わぬ事だな……」


その人影は夜の王都を流れる川に架けられた橋に並んでいた。黒いコートを羽織る男は感心した様子で声を漏らす。


「まさかルーシアを打ち破るとはな、奴はクリスティーヌやアーサーとは違い本物の狂人だった。私から言わせればあの二人は痛みに耐えきれず必死に壊れようとしていた様に思える……」


「あら、お熱い夜を何度も過ごしたパートナーを失ってお怒り?」


「彼女は確かに狂人ではあったが強い意志を持ち狂ってた、嫌いではないタイプだったさ……だがアイツとの関係は所詮利害の一致に過ぎない。奴の方はどうなのかは知らないがな……」


「酷い男ね、貴方……」


「娘同然の作品に好んで試練を与えたがる異常者よりはマシだ……」


男は表情を変える事なく淡々と語ると、隣に立つ面を被った女を睨み付けた。黒い髪を揺らし少し首を傾げた女は妖しげに笑みを浮かべ彼を見返す。


「恐らくグエンはもうおしまいだな。奴には色々と助けて貰ったが潮時だ……必要な魔石は充分に出揃ったからな 」


「あいつ、ルーシアとも繋がってたんでしょ?あの狂人を本気で信じるなんてどうかしてるわ……」


「所詮はその程度の器だったという事だ。各国への魔石の密輸がこれほど上手く行ったのも各地の検問に手回しをした私の協力があればこそだった。だが愚かにもあいつは他人の力で成り上がった地位に固執しエゴを通し続けた……お前が最初に私に会った際、グエンをゲームチェンジャーに勧誘しようとしたのを止めたのはそれが理由だ 」


彼はグエン・フー・ミンという男の狭量さを当初から見抜いていた。グエンが欲するのは権力であって、力を用いて行った改革の先のビジョンが見えなかったのだ。だからこそ彼はその強大な力を与える事へ難色を示した。あのような男に世界を変える力を与えれば必ず自分達の邪魔にもなると分かりきっていたからだ。


「クリスティーヌとアーサーには改革の後に理想を叶える力も思考力も狂ってはいるが一応はあった……私は彼等に敬意を払い改革に付き合うつもりだった……」


「ルーシアは?」


「あの女は単純に面白かったからだ。狂気に満ちた一国を巻き込む心中の果てにどんな世界が広がるのか……私は興味があった……」


「案外夢想家ね、貴方……」


からかう様な言葉を掛けられ静かに鼻を鳴らすと、男は撫で付けた黒い髪を整える様に触れて彼女へと背を向ける。


「それでは私は王宮へと戻る……残るゲームチェンジャーが私一人となればあの厄介な連中が黙ってはいないだろうからな……」


「おやすみなさい、良い夜を……」


靴音を鳴らしながらその場を後にする男へ、仮面を被るネメシスは唇の端を吊り上げながら言った。



「メルキオ帝国の国王を支える宰相さん……最後のゲームチェンジャー、ヴィクトル・ブラウン……」

































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