殲滅のマタドール:103話 DogFight
< 警告。敵ミサイルポッドより複数のヘルハウンド飛来を確認 >
「フレア射出!上昇しつつ避けきれない分は撃ち落とせ!」
更に推進剤の出力を得てアヴィは体を上昇させた。Gによってボディが軋みを上げ、顔を歪めながらも彼女は下を見た。四発の対アンドロイド用シールド貫通式ミサイル、ヘルハウンドが飛翔して来るのが見えた。
その時、兵装を納めるコンテナの脇の蓋が開き眩い閃光と白煙を散らしながら無数の金属のフレアが射出される。センサー類を惑わすその囮用の金属片はまるで燃え尽きた後の花火の様にコンテナのスリットから放出された。
高熱を放ちながら光るその紛い物へ向けて四発の内二発が吸い込まれるように向かって行った。内蔵されたシールド破壊用の強力なプラズマエネルギーを放つ弾頭が青白い光を放ち続けて内部の炸薬が爆発した。
空中で黒煙を上げる中、その合間を縫って更に相手を追尾する二発のヘルハウンドが迫る。
「コンテナパージ!ファランクス用の360度ステー展開!残りを撃墜しろ!」
< ラジャー、コンテナ外装をパージ。ファランクス用ステー展開 >
白煙を吹き出しながら内部の武装を保護する為の灰色の分厚いコンテナが弾き飛ばされた。剥き出しになった武装の内、黒いハイパーカーボン製の骨組みに収まる無骨な六連装の砲台が駆動音を上げながら両サイドから突き出した。宇宙における戦争を戦う為に開発されたハイパーカーボンは紙のように軽く、そしてコンクリートのように硬い。その人類の叡智とも言うべき宇宙時代の技術で作られたアームがより可動範囲を広め、敵の攻撃から対象者を守る。
突き出したステーに支えられた砲塔が斜め下を剥き、こちらに向かうミサイルへ30×173mmの弾幕を降らせた。
その弾幕の雨により地獄の番犬の名が与えられたミサイルが撃墜され、炎を上げて爆発する間を彼女はコンテナを外した事により更に身軽になったボディを活かして駆け抜ける。
「テカムセ!!フルオート機構にセット!!」
< ラジャー、"テカムセ"フルオート機構にセット完了 >
「パンデリラを10発フルオートで叩き込め!その間に敵の懐に飛び込みミサイルポッドを破壊する!」
< イエスサー、パンデリラ装填。フルパック、フルオートで発射準備完了 >
「ムレータ展開!!敵を撹乱しつつ撃ち込む!!」
金色の光が少女を包み込む。攪乱用ナノマシンの幻影が敵のセンサーを惑わし、その残像を追って弾幕の嵐を放つ。しかし高性能センサーを備えた六門の追撃者はそのコースを事前に予測すると射線を修正し即座に銃撃を開始する。視覚ではなく感知した情報から正確な解析を行う電脳の攻撃を前に、その攪乱用ナノマシンですら躱しきる事は不可能だった。
しかし、それでも僅かながら高熱を放つその幻影に反応し射線がズレるタイミングが存在した。
その隙間を縫い、戦闘機械の少女は素早く構えたライフル型の発射器のトリガーを引く。撃ちながら斜めに射線を下げて敵の砲火を誘導する。
発射された10発の炸裂弾頭を感知した六連装の砲塔が一斉に火を噴く。敵をズタズタに破壊する暴力のハリケーンを矛先を外させるほんの一瞬のチャンスを彼女は手にする事が出来た。
スラスターの出力を最大限に上げる。宙域戦闘機にも相当するそのスピードは再度彼女のボディを大きく軋ませ、視界を狭めていく。
< 警告。ヘルハウンド、計六発が正面より飛来中 >
「墜とせるものは墜とせ!!他は無視して突貫する!!」
< ラジャー、ファランクスにて迎撃開始 >
両サイドから伸びるアームに装着されたファランクスがこちらに向かって飛翔する六つのミサイルの内三発を撃ち落とした。残された三つの殺意が斜め下と斜め上、そして右脇から飛翔する。
「対爆シールド全開!!突っ切れぇぇぇえええええええええッ!!!」
彼女が見据えるのは一点だけだ。巨大の茎の脇から生える次弾装填中のミサイルポッドのみを見ていた。
荒くなった呼吸が静かに頭に反響し、音が彼女の耳から消える。
視界の先ではこちらの接近を感知した六門のセントリーガンの銃撃がシールドに青いスパークを光らせる。煩わしい閃光が覆う中、ミサイルの接近アラートが響いた。
彼女は構わずにそのまま一直線に飛び続ける。真っ先に排除するべき存在から目を逸らさない。
< 警告、ミサイル弾着まで残り5、4,3,2…… >
「うおおおおおああああああああああああああああああッ!!!」
< 弾着、今 >
二つの高速飛翔体が射線をクロスさせ、突っ込んで来るアヴィの残した攪乱用ナノマシンの幻影を貫いた。そして、その瞬間に強烈な爆音と共に右サイドに凄まじい衝撃が走る。
<警告、ミサイル一発直撃。損傷確認……アラモ・マークⅢ、右コンテナ部分損失。ボディ右肩から腕を損失、腹部脇に重度の損傷 >
「うあああああああああああああああああッ!!」
その報告を彼女は聞いてはいなかった。ただ、討つべき敵に向けその銃口を向けていた。
そして、片腕のみで狙いを定め十発の炸裂弾を発射する。
素早くその体を上昇させた瞬間に、命懸けで放った攻撃が効を奏した事を知らせる爆発音が聞こえた。
見るとミサイルポッドが青い炎を上げながら四散していく様が見える。体内に取り込んだミサイルにも引火したのか、凄まじい爆音を立てて巨大な肉体の中央部分にクレーターを作った。
『ぎぃあああああああああああああああああっ!!ちくしょうっ!!ちくしょうっ!!よくも、よくもおおおおおおおおっ!!』
怒りを滾らせ女はアヴィを撃ち落とすべく弾幕の嵐を張る。
上空で死闘が繰り広げられているその瞬間、眼下の地上でも激しい戦いが起きていた。
−−−−−
「くっ……まるで、砂嵐だ……!」
片手を顔の前に掲げながら私は一歩、また一歩と少しずつ足を踏み出していく。目の前ではまるで爆発魔法を連続で放った際の様に地面が爆ぜてアヴィの張ってくれた盾に爆風や破片が襲い掛かる。
上の状況は分からない……というか、見る暇がない。今は盾のおかげで無事だが猛烈な音と視界を覆う爆炎により平衡感覚を失った私はフラつきながら歩くのが精一杯だ。
上から爆発物の雨を降らすのは巨大な茎から突き出た細長い筒の様な物体で、それが連続して四方から円柱型の黒い塊を発射しそれが爆発する。
恐らくアヴィの居た世界の武器なのだろうが、こんな物で戦争などやって人類が絶滅しないのが不思議なほど強力な殺戮兵器だ。アヴィの与えてくれた盾が無ければ今頃はバラバラになっていただろう……。
それでも私は止まらない。私には新たに成すべき使命が……いや、自分で果たしたいと思う夢が生まれた。その為にも死ねない、死ぬわけにはいかない!。
必死に自分にそう言い聞かせながら歩いていると、急に周囲が静かになった。見ると地面から伸びる茎の目の前まで到達していた。死角に入った事でどうやら攻撃は止んだらしい。
今がチャンスだ……片手を掲げて意識を集中した瞬間、私の脇腹を何かが貫いた。
「あがっ!おぁっ!……」
『ひひ、ひひひひひひぃぃぃっ!!嬉しいわぁ、イングリットォォ……貴女から近付いてくれるなんてぇ♡』
「ぐっ……ルー……シアぁぁぁっ!!……」
『捕まえた……やぁっと捕まえたぁぁぁぁ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃああぁっ!!』
両手と両足に蔦が絡み付き、動きを封じる……このままでは……マズイ!……。
必死に手を動かそうとした瞬間、脇腹に突き刺さった何かがドクンと音を立てて震え上がり……自分の一部が吸引される悍ましい感覚が私に襲い掛かった。
「ぇ"あ"っ!?お"、お"ぉ"ぉ"っ!!……」
『あぁぁ〜……いい声ねぇ♡。アンタの内臓と血液をじっくりと吸い出してあげる……私と一つになりましょう、イングリットぉぉ♡』
「ぐっ、うぅぅぅっ……は、はなせ……はな−−−ひぎゃあっ!がっ、あ"っ、あ"ぁぁぁぁっ!?」
痛みはない。だが……自分の中に空洞が生まれ、其処にドロドロと生暖かい何かが注がれ……この汚らしい女が体の内側に入ってくる感触がした。
混乱と恐怖に包まれた私は目尻に涙を浮かべ必死に首を振って抵抗したが、今度は蔦によって首を締められ……そして、あの管が口の中へと突っ込まれた。
「んぐぅぅっ!!ふっ、うぅぅぅぅっ!!……」
『あはははははっ!!どんな凌辱にも耐えてきたアンタでも、これは耐えられないでしょ!?大嫌いな私に犯されてしまうんだから……』
「……ふっ、ぐぅぅぅ……ぅ……」
数回体を痙攣させると私は、虚ろに目を開いたまま尿を垂れ流しながらガクリと項垂れた。
『うふふふっ、あらあらイングリット……もう失神しちゃったのぉぉ?♡まるでお人形さんみたいでとっても可愛いわねぇ……』
「……っ……ぐっ……」
口と腹部から管が引き抜かれ、手足が解放された瞬間に私は力無く地面へと崩れ落ちた。再び高笑いが響くと腰に弦が絡み付き、ゆっくりと茎本体へと私の肉体を手繰り寄せた。
薄っすらと目を開け、涙を零しながら私は懇願する。
「もう……やめて……あんなのは、もう……!」
『ふふ、ふふふふ!……可愛い声で鳴くのねぇ、貴女……大丈夫よ、私が弦を使ってじっくりと体を慣らしてあげるから……』
欲情に濡れた声を上げて相手は私を自身の元へと招き寄せる。まるで抱き締める様に茎の表面へと私の体を密着させ……あちこちから弦を伸ばし、私の腿や胸元へと絡ませる。
「ひぃっ!……い、いやっ!……やめ、て……」
『嫌よぅぅ……ネメシスからアンタの事を聞かされた時はハラワタが煮え繰り返る様な気持ちだった。同じ忘れ去られた存在のクセに……どうして、アンタだけがって……でもね、これで私とおあいこよ?アンタだって尊厳も大切な者も全て失うの……。オペラ座の地下室で怪人の私と永遠に暮らす花嫁になるのよぅ……』
「いや、いやぁぁぁっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃっ!……」
『あはははっ!!……ねえ、イングリット……私の事をお姉様って呼んで?私と貴女は腹違いの姉妹なんだから……私をお姉様って呼んでぇぇぇっ!!』
……ふざ、けるな……!。
こんな女を……こんな最低な女を……!。
『ほらほら、お姉様にお願いしてみなさいよぅ……もう痛い事しないでって、お漏らししちゃうぐらい怖いからやめてくださいってぇぇっ!アヒャヒャヒャヒャ!!』
私は覚悟を決める……まだ死ねないんだ、絶対に……。
ごめんなさい……シャーリー、アンジェラ、リー、ナスターシャ……私……私は……。
「……おねえ、さまぁぁ……おねがい、です……」
『うふふ、なぁに?……』
私は最後の力を振り絞ると、顔を上げ全力で掌を気色悪い肉塊へと叩き付けた。
「 今すぐこの世から消滅しろ 」
『……は、はぁ?……』
間の抜けた返事を聞いた瞬間、私は腰回りに猛烈な熱を感じ声を漏らした。父さんの刻んでくれたルーンが輝き、その一度のみ使う事を許された破壊の力に私は全てを託す。
暗殺者として多才な魔術を扱う必要のある私の持っている、唯一の上級魔術……過去にあらゆる種族を闘争で討滅し、更に共食いで同種すら食い尽くした後に精霊の世界に封印されたその邪竜の力を解放する。
『サ、サラマンダーのルーン!?お前、そんなものを後生大事に取っておいたというの!?』
「……私は父さんを心から愛してた……だから、しっかりと私は言いつけを守り命の危機を脱するこの瞬間まで大切にしてきたんだ。新たな力に溺れあっさり肉体を弄り回したお前と違ってな……」
『ク、クソッ!!お前、お前、お前ぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
「それじゃあお願いしよう……今すぐこの世から消えろ、お姉様ッ!……」
掌からその赤黒く光る魔力が伝導し、まるで雪崩れ込む様にその巨大な肉体を駆け巡る。暴力的な爆炎竜の魔力を流し込まれたバケモノは蔦や弦を振り回しながら絶叫した。
『うがああああああああああっ!!クソ、クソ、クソおおおおおおっ!!イングリット、イングリット、イングリット、イングリットォォォォォォォッ!!』
「エクスプロード・ゼロォォォォォォッ!!」
その精霊との契約に必要なスペルを叫んだ瞬間、目の前で凄まじい爆炎が上がり私の体は後ろへと吹き飛ばされた。
−−−−−−
爆炎竜サラマンダーの魔力を使ったエクスプロード・ゼロの爆発と炎は瞬く間にルーシア・バルザックを取り込んだユグドラシルの全身を包み込んだ。驚異的な再生能力と繁殖能力を持つその寄生植物の最も効果的な処分方法は大規模な爆破処理、再生能力を上回る破壊を与える事こそが最適解とされている。
幸運な事にイングリットの放ったその一撃は寄生植物を処分するのに最も有効な一手となったのだ。
火を噴きながら崩れ落ちていく眼下の肉体を睨み付けると、ルーシアバルザックは怒りに顔を歪めて絶叫する。
『イングリットォォォォォォォッ!!まだだ、まだ逃さない!!こんな程度で諦めてなるものかぁぁぁぁぁっ!!』
その絶叫の直後、彼女は自身の腰の辺りを包む巨大な花を切り離す様に指示を与えた。荒れ狂う爆風によって吹き飛ばされた巨大な花は風によりゆっくりと上空を舞う。
彼女はまだ諦めてはいない。この世で最も憎く、そしてこの世で唯一人自分と同じ存在になってくれる相手への執着心を捨てはしなかった。
『ヒャハハハハハハッ!!すぐにまた根を張り直して、今度こそお前を取り込んでやるぅぅぅぅぅぅっ!!イングリットォォォォォォォッ!!』
狂気に満ちた笑いを上げていた彼女は、高速でこちらに下から突っ込んでくる相手に気付くと目を見開き硬直した。
眼下からは、三メートルを超える巨大な対艦突撃銃“レーヴァテイン”の砲身を真っ直ぐ構え突撃する少女が見えた。
歯を食い縛りながら加速Gに耐えていた少女が口を開く。
「レーヴァテイン、着剣準備!!」
< ラジャー、“レーヴァテイン”マズル下部にエストック着剣準備 >
巨大な銃口の下部に白兵戦武装、エストックの赤い刃が銃口を超える長さまで伸びる。零距離射撃で確実に相手の頭部を吹き飛ばすべく、アヴィは準備を整えた。
『ク、クソッ!!邪魔をする気か!?アヴェンタドールぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!』
「私は……アヴェンタドールなんかじゃない!!……。大切な人が与えてくれた、大事な人としての名前があるっ!!」
『私の邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!この殺人人形風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
その刃が胴を貫き、そしてバヨネット取り付け部分の根本を上に駆動させその銃口を相手の顔面に向けた。
「スラスター以外の全エネルギーをレーヴァテインへ回せ!!フルチャージ!!」
< イエスサー、“レーヴァテイン”フルチャージ開始。ウェポンズフリーまで残り10秒…… >
『あがぁぁぁぁぁううううっ!!わだじの、じゃま、ずるなぁぁぁぁぁぁっ!!わだじは、ファンドムに……なるんだぁぁぁぁあ!!』
「貴女は誤解してる……オペラ座の怪人のファントムが最後に抱いたのは憎悪でも悲しみでもない。屋敷を出ながら確認したデータからはそんな物は感じ取れなかった……」
『だま、れぇぇぇぇぇぇえっ!!この機械人形がああああっ!!』
< “レーヴァテイン”フルチャージ完了まで残り5秒…… >
唸りを上げる銃身から青白いスパークが上がり、敵の戦艦を沈める為の強力なエネルギーを解き放つ準備を着実に整えていく。突き刺した相手へ哀れむ様な目を向けたまま……アヴィは静かに自身の達した結論を言い放った。
「ファントムが最後に抱いたのは感謝だ!愛情を醜い自分に教えてくれたクリスティーヌへの感謝を抱き舞台から姿を消した!そして……」
『う、ぐ、ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!』
< “レーヴァテイン”、フルチャージ完了。ウェポンズフリー >
「憎しみをいつまでも捨てられない貴女にファントムを演じる資格はないッ!!」
アヴィはトリガーを目一杯引いた。収束されたエネルギーの巨大な線が夜の空を引き裂き、輝く。
ゼロ距離からその対艦突撃銃の一撃を浴びたルーシア・バルザックは声すら上げる暇も無く、細かな肉片となってその体を消滅させる。
皮肉な事にその兵器達のネーミングの元となった北欧神話において世界樹ユグドラシルの頂点に座する雄鶏ヴィゾーヴ二ルを唯一殺す事が出来る剣の名がレーヴァテインだった。