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今日も同じ屋根の下に

 その日、春のうららかな陽気に誘われて、ソファーでうたたねをしていた。


 ピンポーン。


 誰か来た。


「はい。どちら様でしょうか?」

「今度隣に引っ越してきた者ですけど、ご挨拶に」

「ちょっとお待ちください」


 俺は小走りで玄関に行きドアを開けた。


「初めまして。今度隣に越してきた三井……え?」

「な……え?」


 妹だった。

 なにゆえお前がここにいる?


「あっ、お姉さん。お久しぶりです」


 身なりを整えキッチンに立っていた凛が挨拶した。


「あら凛ちゃん、お久しぶり。いつも兄の世話で大変ね」

「そうなんですよ。ホント、わがままな子供みたいで」

「ごめんなさいね」


 妹はそう言って俺を軽く睨みつけた。


 凛、お前の変わり身の早さは何なんだ。

 さっきまでクッションに涎をビタビタ垂らして寝てたくせに!



 数年前、俺はマンションを購入した。しかも一棟まるごと。


 ある日、凛が「お兄、いい物件あるよ」と言ってきた。


「場所はどこ?」

「寛子さんの病院のすぐ近くなんだけど」

「年代は?」

「少し古いかな。でも一部屋60平米もあって、それが20世帯。で、この価格じゃ割安だよ」

「マジ? そんな出物あるの?」

「私の情報ナメてる?」


 俺は凛と一緒にその物件を視察しに行き、一目で全身に電流が走り恍惚の極みに至った。

 初恋ってこんな気持ちよね。

 すぐさま契約書を交わし俺の女にした。



 妹はというと、祖父がようやく天に召され三井家に平和が戻った。

 祖父の死後、まんまと広大な土地を手に入れた妹と間男は、老朽化した自宅の立て直しを計画。その際の仮住まいとして病院近くのマンションに引っ越してきた。という感じ。

 なぜ俺のマンションかというと、裏で暗躍している奴がいるから。


 これはあくまで予想だが、仮住まいを探している旨を凛に相談した。


「それならばいい物件がございますよ、お客様。こちらは病院からも近く、部屋も広いので快適かと思います。周りの環境もいいですし子育てには最適ですよ」


 そんな胡散臭い文言を並べ立て、ここへ案内したに違いない。

 俺所有だと言うのを省いて……。


 妹2人がキャッキャいいながら、今日の夜に食べようと思っていたとっておきのマンゴーに舌つづみをうっている。汁だけはこぼすなよ。あっ、いま絨毯で手を拭いたろ、貴様!




 ピンポーン。


 また誰か来た。


 春の引っ越しシーズンは忙しい。


「はい。どちら様ですか」

「隣に越してきた井上と申します。ご挨拶にお伺いしました」

「ちょっとお待ちください」

 俺は小走りで玄関に行きドアを開けた。


「こんにちは。井上と申し……え?」

「ね、姉ちゃん?」

「な、なに? なんであんたがここに居るの?」

「それはこっちのセリ……」


 ドカッ。


 腹を前蹴りされ、俺が倒れたと同時に部屋へ上がり込んだ。


 いつもそうやって犯人宅へ突撃してるのか! ハート柄のパンツで!


 部屋に上がり込んできた姉を見た凛は、

「井上さん。お久しぶりです」

 そう挨拶した。


 お、お久しぶり? し、知り合いなのか?


「あら凛ちゃん。ステキな情報ありがとう」


 ガスッ。


 脳天チョップが炸裂した。


「凛、テメーまた何かしでか……」


 グサッ。


 の、喉ぼとけは……なにか言うたびに小突くな! 

 このドSおこちゃまパンツ野郎がぁ!


 姉は配置転換で、この春からこの辺りの管轄になった。

 しかも刑事課。最高に適職で天職だと思える配置である。

 犯人が気の毒でならない……。


 転勤に伴い、転居先を探していた。

 どういう経路を辿ったらこの2人が接触するのよ?

 俺はお釈迦様の手の平で弄ばれている孫悟空か!


 再び3人娘が俺の元へ帰って来た。しかも同じ屋根の下に。



 3人がリビングで談笑している風景は、なんとも不思議な感覚である。

 あの頃は、こういう事になるとは夢にも思わなかった。

 人生の単なる1ページで、ここまで腐れ縁になるとは誰が予想できただろう。

 お釈迦様でも無理なんじゃないか?


 俺が出会い、俺が仲良くなって、俺の元へ集まり、俺を無視して会話が盛り上がる。

 そして、紅茶と1粒800円もするチョコを惜しげもなく胃の中に収める娘たち。

 彼女らに言いたいことは……。


 もう帰ってください。心の底からお願いします!



 そういえば、凛のその後がまだだった。

 彼女は数年間、不動産会社に勤務し、あらゆる情報を収集して退社した。


 昔から思うのだが、こいつの情報量はハンパではない。

 探偵でも雇ってるのか、それとも忍者的なクセ者と契約してるのか。

「家政婦は見た」並みの洞察力だ。

 特に俺の個人情報はホクロの位置まで把握してると思われ。


 で、いまは俺のアシスタントとして働いている。

 結婚? 俺はガキに興味はない。……ロリって呼ぶな!



 今日も今日とて、3人仲良く談笑している。俺の家で。


 どうでもいいが家賃を払え。もう半年も滞納してるんだぞ。

 っていうか、最初から払う気ねぇだろ!


 そして真っ昼間から、俺が今晩楽しみにしていたフランスから取り寄せたワインと、滅多に手に入らないイタリア産のチーズで乾杯している3人娘。


 いい加減にしろ! 家賃を払え! そしてもう二度来るなぁー----!



 母さん。明日そっちへ行きますが、その前に一つ尋ねていいですか?

 そっちには3姉妹はいないよね? ね!


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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました! 思わず一気見してしまいました
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