2-136:手土産は大切
「そういえば、おきゃくさんって、ルミちゃんなんだよね? なにしにきたの?」
空がそう問うと、ルミちゃんは嬉しそうな笑顔を側に立つ幸生へと向けた。
「それは当然、冬眠よ! 今年も幸生ちゃんの畑で眠らせてもらうために来たのよぉ。ね、幸生ちゃん!」
「……今年は早いな」
少しだけ嫌そうな幸生がぼそりと言うと、ルミちゃんはそうなのよと頷いた。
「先だって、アオギリ様のお力が増したでしょ? そうなると去年までみたいに眠ってらっしゃる間にこっそり来るのが無理になりそうじゃない? だから、もういっそ浮かれておいでのうちにちゃんと許可をいただいて、早めに寝ちゃおうと思って!」
今までルミちゃんはアオギリ様が眠る冬至の日まで待ってから、こっそり結界を抜けて村に入り米田家に来ていたらしい。しかしそれは蛙として冬眠するには限界を超えた季節で、山の主級だからこそ耐えていられたが本当はもっと早く眠りたかったようだ。
今年からはもうアオギリ様が冬に眠らないかも、ということをどうやってか知ったルミちゃんはこの機会に作戦を変更することにしたらしい。
長年の想いが成就して、アオギリ様が浮かれているうちに許可を得ようというのはなかなかに賢い。
「きょか、もらえたの?」
「ええ。お伺いを立てて、手土産を持っていってお願いしたら、小さい蛙の姿でなら結界を越えても見過ごしてくださるって。幸生ちゃんがいいって言うならここで寝ても構わないそうよ。というわけで、これは幸生ちゃんちに贈る賄賂ね!」
そういうとルミちゃんは腕を伸ばした。するとその腕の先がするりとかき消え見えなくなる。
「えっ!?」
空が驚いていると、ルミちゃんはよいしょと言って腕を引いた。その動きに沿って、消えていた腕がするすると現れ、さらにその手に掴んだ物がずるりと引き出された。
「どっからだしたの!?」
「あ、これ? 私の本体のとこよ。そこになら繋げられるからね」
何か謎の魔法で本体のところと空間を繋げているらしい。空が目を丸くしているうちに、ルミちゃんはさらに一つ、もう一つと大きな何かを空間の向こうから次々に引っ張り出した。
出てきたのは、蔓でざっくりと編んだ隙間だらけの袋に、何か丸いものを沢山詰め込んだ物だった。丸いもの一つの直径は大体十センチくらいだろうか。それが大きな網袋に山ほど詰め込まれている。出された袋は四つもあったが中身は全て同じ物だった。
「これなぁに?」
「これはねぇ、私の相棒が実らせた胡桃よ」
「くるみ? え、おっきくない!?」
空は驚いて袋の中を覗き込んだ。すると幸生が中から一つ取り出し、空に手渡してくれた。
渡された胡桃は空が両手で持たないといけないくらい大きい。丸っこい形だが真ん中に筋があって先端が少し尖っていて、殻の表面はゴツゴツしている。
確かにその形は空も知っているものだが、大きさは完全に知らないものだった。一つ一つが幸生の握りこぶしくらいありそうだ。
「私がねぐらにしてる胡桃の木が毎年沢山実を付けるのよ。それのお裾分けね。相棒は力があるから、実も大きいの。鬼皮はいつも通り剥いて、軽く乾燥もしておいたからね」
ルミちゃんが住む場所には胡桃の大木が生えている。元からの山の主で、今はルミちゃんと共生関係にあるらしい。その相棒が落とした実を集めて、米田家とアオギリ様に手土産として用意したのだという。
外皮を剥き乾燥も終えており、ルミちゃんはなかなか気が利く蛙だった。
「お、おっきいくりもあったし……くるみも、おっきくてもへんじゃ……ない」
「この胡桃は美味いぞ」
「たべるぶぶんがおおきいの、いいとおもう!」
幸生の言葉を聞いて、空は瞬時に気持ちを切り替えた。
「ありがたくいただこう……だが今年は随分多いな?」
「えー、だって、空ちゃんいっぱい食べるんでしょ? 風の噂便で聞いたわよ。いつもは一袋だったけど、どうせ毎年山ほど余ってるんだから構わないわ。その代わり、いつも通りヤナちゃんには内緒でお願いね!」
胡桃を手の中でくるくると回して眺めていた空は、その言葉にハッと顔を上げた。
今年の春にルミが畑の地下から這いだしてきたのを見つけたとき、ヤナが「我の結界をどこから抜けたのだぞ!?」とぷんすか怒っていたのを思い出したのだ。二回目に会ったときには堂々と玄関から訪ねて来たが冬眠のときは不法侵入だったらしい。
空はまさか、と幸生の顔を見上げた。すると、スッと不自然に視線が逸らされた。この反応は多分確定だ。
「じぃじ……まさか、じぃじがくるみとひきかえに、ルミちゃんをいえにいれてたの!?」
「うむ……まぁ、その……この胡桃は美味いから……仕方ない」
幸生はぼそぼそと小さな声で言い訳を呟いた。さっきやったように、家長たる幸生が手の中に包んで敷地に招き入れればヤナには侵入者として感知されないらしい。
「幸生ちゃんはこの胡桃で作るくるみ和えとか、小女子とくるみの佃煮が好物なのよね」
「ばぁばのくるみあえは、たしかにおいしいけど……ばぁばは知ってるの?」
「もちろんだ。ルミから連絡があると、ヤナをそれとなく連れ出してくれるからな」
まさかの共犯だった。今日はそのために婦人会の用事にヤナを連れていったようだ。
そんな身内の裏切りによって、ルミちゃんが結界内に侵入していたとは。ヤナに知られたら烈火のごとく怒りそうだと、空はぶるりと体を震わせた。
「空ちゃんも、ヤナちゃんには内緒にしててね!」
ルミちゃんは明るい声でそう言うと、胡桃を一つ取って両手で握ってぐっと力を込めた。
パキ、と硬い音がしてクルミの殻が二つに割れる。ルミちゃんは綺麗に二つになった殻をそっと開いて、その中身を空へと見せてくれた。殻の中には普通の胡桃より何倍も大きい実が、ぎっしりと詰まっている。
「ほら、中身も大きいでしょ。普通のより味が濃いし香りも良いし、甘みがあって美味しいんですってよ。私は興味がなくて食べないからよくわからないけど、色んな料理に使えるって聞いたわ。くるみ味噌にして焼きおにぎりにするとか、甘ダレにしてお団子にかけるとか?」
「やきおにぎり……おだんご……」
それは確かにものすごく魅力的だ。空は甘辛でコクと旨味のあるくるみ味噌やタレを想像して、思わずこくりと喉を鳴らした。
「これを善三のところに分けると、正竹の嫁さんがとびきり美味いくるみケーキを焼いてくれるぞ」
「ぼくはなにもみなかったよ! おすそわけ、たくさんありがとう、ルミちゃん!」
この巨大な胡桃がこれだけ大量にあれば溢れるほどのケーキが焼けるに違いない。空は自分の口に入る美味しい物のことを考え、全てを見なかったことにした。
「そういう欲望に正直なとこ、とっても良いと思うわ! じゃあこの胡桃は置いていくわね」
ルミちゃんはそう言って微笑むと胡桃の入った袋を軽々と持ち上げ、近くにある倉の裏にまとめて置いた。
「さ、ヤナちゃんが帰ってこないうちに早く地面に潜らないと。今年はどの辺で寝たら良いかしら?」
「今年は空が土をかき回している。雪が降るまでは続けるだろうから、畑から少し外れた場所がいいだろう」
「あら、そうなの? 魔法の練習?」
「うん! テルちゃんがつちをモコモコするんだよ!」
「ヘンナトコデネタラ、テルガマゼチャウンダヨ!」
テルちゃんがちょっと不機嫌そうにそう呟くと、ルミちゃんはくすくすと笑って頷いた。
「なら邪魔にならないところで寝るわね。ここの敷地ならどこも寝心地が良いしね!」
ルミちゃんは、今年はゆっくり寝られるわと嬉しそうに呟き、畑のある方へと歩き出す。一体どこで眠るのかが気になって、空も慌ててその背を追った。
「んー……出来ればヤナちゃんの祠から遠い方がいいわね。あの辺の、畑の端っこにしようかしら」
裏庭の片隅にある小さな祠をルミちゃんはちらりと眺め、畑を横切って道路に近い方へと移動する。
「この辺でいいかしら?」
「まぁいいだろう」
道路側の畑の端、塀の側に植わる低木との合間辺りでルミちゃんは足を止め、後ろを付いてきた幸生を振り返った。その場所を眺め、幸生はうむと頷く。
「じゃあちょっと失礼するわね! 空ちゃん、少し下がっててね」
「うん? ちょっとまってね」
ルミちゃんにそう言われて空は何歩か後ろに下がり、何となく幸生の側にピタリと張り付いた。ルミちゃんはその危機管理がしっかりした様子を感心したように眺め、そして準備が出来たと見て腰を落として構えた。
「よいしょっと!」
軽い掛け声と共にルミちゃんの拳が地面に振り下ろされる。仕草は軽かったが、ドン、と地面が打たれる重い音が響き、次の瞬間土がぶわりと飛び散ってそこに大きな穴が空いた。
「ひゃっ!?」
「ヒョエッ!?」
空が驚いて飛び上がると同時に、隣でテルちゃんも飛び上がる。空の肩の上で一瞬浮いたフクちゃんが慌てて羽ばたいた。そんな小さな生き物たちには目もくれず、ルミちゃんは穴を覗いて出来を確かめると、満足そうに頷いた。
「うん、こんなものね。じゃあ、また春に会いましょうね! 幸生ちゃん、空ちゃんおやすみなさーい」
「えっ、え、お、おやすみなさい……?」
「うむ……」
空が慌てて挨拶を返すとルミちゃんは二人にひらりと手を振って、地を蹴って穴の中に飛び込んだ。穴は直径が一メートルほどで、深さはルミちゃんが立つと頭が少し出るくらいだ。
トン、と穴の中に軽く降り立つと頭の天辺と上げた手だけが覗き、しかしそれもすぐにフッと見えなくなった。
一体どうなっているのか、と空が近寄って覗こうと思ったがそれは少し遅かった。
ルミちゃんの姿が見えなくなった途端、周囲に飛び散っていた土がざわりと動いて穴へと戻っていったのだ。まるで映像を逆再生しているような光景に、空は驚いて思わず足を止める。その間に穴はあっという間に塞がり、やがて何事もなかったかのように元通りになってしまった。
あの背の高い男が埋まったら穴を掘った土が余ると思ったのだがそんな様子もないので、中に入ってからまた蛙の姿に戻ったのかもしれない。
「ルミちゃん、つちまほうじょうず……じぃじのまりょく、まいとしもらってるからかなぁ」
「……」
そうかもしれない、と思いつつ幸生は沈黙を守った。
「ムゥ……テルダッテ、マケナイヨ!」
テルちゃんはルミちゃんの魔法を見てライバルだと思ったようだった。
とりあえず、ルミちゃんは今年も無事こっそりと(?)この庭で眠りについたようだ。この秘密がヤナに決してバレないようにしなければ、と空は決意したのだった。
「はい、今日はくるみ団子だよ」
「わぁい!」
後日。
幸生が山で沢山拾ってきた(ということになった)胡桃は、団子屋の猫西にもお裾分けされ、見事に美味しい団子になった。
猫西は胡桃を細かくして炒ってからすりつぶし、甘みの強いくるみ味噌に仕上げ、団子にたっぷりと塗ってから焼いて少し焦がしてくれた。
胡桃の風味に香ばしさが加わって、いくつでも食べられそうだ。少し粒が残っていて食感が楽しいところがまた良い。
「ん~、おいひぃ……ばぁばのつくったくるみみそと、またちがうあじ!」
「こっちはおやつだから、ちょっと甘さの方を強くしてあるんだね。良い胡桃だから美味しく出来て助かるんだね」
猫西はそう言って炙ったくるみ団子を空以外の皆にも順に手渡した。
「美味しいわねぇ」
「うむ、これは美味いのだぞ。後でヤナにももう一つくれ」
よほど美味しかったのか、珍しくヤナもお代わりを要求している。
「ヤナちゃん、おいしい?」
「ああ。これは随分と山奥の胡桃ではないのか? 魔素が濃くて、実に美味いのだぞ」
「む……まぁ、そうだな」
にこにこと笑顔を向けられ、幸生が団子を口に運んでもごもごと頷く。
「随分と沢山拾ってきていたが……胡桃は長持ちするから、しばらくは楽しめそうだな。良かったな、空」
「……うん!」
空も一瞬返答に間があったが、団子に夢中なフリをして無邪気に頷いた。
幸生と空は一瞬視線を交わし、そのまま黙って美味しい団子と重大な秘密を、一緒にごくんと呑み込んだのだった。




