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何時かしら? 眠たくなって来た。ドレスって座っていると余計にきついのよね。
外はもう真っ暗。婚約破棄を言い渡されてどれくらいの時間が経ったのだろう。
「あのう、申し訳ないのですが、うしろの紐を解いてくださらない?」
そうしないとドレスが脱げない。
「お前、こっちはさっき耐えたばっかり…」
モクビリー様が頭を抱えてしまった。
「すいません。解いてさえくれたら自分で着替えられますので」
「ああ、そうか。その派手な格好で寝るわけにいかないもんな。ちょっと待って。寝間着になるようなもの探してくる」
意外と優しいのね。
モクビリー様は私がいつも来ている夜着よりも丈の短い服を貸してくださった。
「解くぞ」
背後から肩を触れられているだけなのにドキッとしてしまう。
「はい。お願いします」
いつも両手を広げていれば侍女たちが着替えさせてくれる。
「どうなってるんだ、これは?」
勇者様がドレスとコルセットに四苦八苦。
「怒って紐やレースを切らないでくださいね」
ちょっと乱暴なのよね。
「わかったぞ。紐がこう順繰りになってるんだな」
紐を解いてくれたら必然的に緩む。
「あ、もう大丈夫です」
それ以上解かれたら胸の部分まで露わになってしまう。
「窮屈そうだ。そのようなものを身につけて、女性は大変だな」
「着替えますのでそちらを向いていてくださいましね」
「ああ」
ふぅ、コルセットを外せば楽ちん。
モクビリー様ったら目を手で覆って、その指には隙間もなくて、真面目な方なのね。
「もういいですわ」
ネックレスを外したら首が軽い。
「髪もか。なんかいろいろついてる。座って」
「はい」
床に座るなんて子どものとき以来だわ。自分の部屋でだって行儀が悪いと侍女が憤慨する。
「複雑な構造だな。これを外して、こっちは髪がねじってあるだけか」
「痛っ」
ぷつっと音がして髪の毛がたくさん抜けた気がしたけど一本だけだった。
「すまぬ」
と引っ張ってしまった部分の頭皮をぐりぐり撫でてくれる。乳母もそうだったことを思い出した。
「平気です」
男の人に髪を触れられるのなんて初めて。意外と優しくしてくれるのね。
「これで飾りも全部取れたか?」
「はい」
間近で見ると勇者様の額や頬に傷があった。
「そんなにゴテゴテに着飾らんでも、あんた美人なのに」
とも言ってくれた。
私の意地悪顔が好きなのかしら。
「ありがとうございます」
「化粧を取らねばな。お湯でいいのか?」
石鹼すらなさそう。
お湯を桶に入れ、きれいそうな布を探してくれる。私のために大男がちょこちょこ動く。それがちょっと嬉しい。今までは使用人たちが私のために動くのが当然だと思っていたけど、絞った布で私の顔を力任せに拭うこの人が愛しい。
「痛いです」
「すまない」
「勇者なのに謝ってばっかり」
私が笑うと、
「そうだな」
とモクビリー様も笑った。
「うむ、きれいだ。素顔のほうが好きだな。さて、眠るか」
「一緒に?」
ベッドはひとつしかない。
「俺は床でもいいが」
勇者様にそんなことさせられない。
「ここはモクビリー様のベッドですわ」
「夫婦になるのだ。共に眠ることくらい許してくれ」
「ええ」
仕方のないこと。
「靴を脱いで」
「はい。きゃっ」
おもむろに抱えられた。
「床で足が傷ついたら困るかと思ったのだが」
「まだ婚姻が認められてない以上、不用意に触れられてはこちらが困ります」
私はきっぱりと言った。
「偉い人間が決めたことは厄介だな。これだけは許せ」
とおでこにキスをした。
ゆっくりと横になったベッドは硬かった。蝋燭の火を全て消すと外の風の音が聞こえる。
こんなふうに誰かと眠るのも小さなとき以来。布団からモクビリー様の匂いがした。眠れるかしら。
我が家はきっと大騒ぎだろう。私も戻らないし。城から伝達が言ってるのかしら。王子からの婚約破棄から一転、勇者からの求婚。
「モクビリー様は、これからどうしますの? 魔王を倒したのでしょう?」
褒美をたくさんいただいたからこの先は安泰なのだろうか。勇者業を続けるのかもしれない。それってどんなもの?
「そうだな。子どもをたくさん作って男なら剣術を教えるかな。アンに似た女の子もいいな」
モクビリー様の大きくて熱い手が私の腰に置かれる。
「その、モクビリー様、お尻を触らないでくださいませ」
もぞもぞする。
「手を置いてるだけだ」
私のベッドの半分もないから横を向いて密着せざるを得ない。あったかい。怒涛の一日だった。でもすっかりエドワード様から婚約破棄をされたことなんてどうでもよくなっている。この人と本当に結婚するのかしら。エドワード様との生活よりは楽しそうだけれど、うまくやってゆけるかしら。
そんなことを考えながら眠った。




