約束
石畳の道を抜けて、森に囲まれた坂道を歩きだした。
「あの、シオンさんはどこへ?」
リノはハンスに問いかけた。
「あの子は、小さい頃から冒険に憧れててな。このあたりの見晴らしのいい丘に上って景色を見るのが好きなんだ。悲しいことがあったら、小さい頃からそこに行ってな。今でもそうさ。」
「…そうですか。あの、シオンさんって、家族は?」
「おれだけだ。あの子の両親はずいぶん前に亡くなったよ。」
「…そうですか。」
「…リノさん、おれから離れるな。このあたりは一応魔物が出る。大したもんじゃないがな。」
「え!?シオンさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、あの子はおれとちがって、魔法を使える。このへんの魔物なら大丈夫だ。」
「……」
実際に魔物を見たことはないが、急に実感がわいてきて震えるような気持ちになった。
「…心配するな。おれも剣には自信がある。」
「…はい!」
勢いよく返事をしたものの、なにかいやな予感がするのは気のせいだろうか。
道の両脇は深い森で、その中でなにかがさわさわとうごめいているような気がする。
山道を歩くのと、その恐怖で息が上がる。
「…リノさん。少し休憩するか?」
ハンスは松明に火をつけながらリノに尋ねた。
「はぁ…はぁ…大丈夫です…。」
「もう少しだ。…魔物も今日は少ないな。」
ハンスも少し訝し気な顔に見えるが、その真意はわからなかった。
それから30分ほど歩いただろうか。
「着いた。…大丈夫か?」
リノは前かがみに倒れこんだ。
切れた息を整えようとしたが、なにか心臓をつかまれたような違和感がある。
その様子をみたハンスが肩を貸してくれた。
「すまない、少し速すぎたか?」
「…い、いえ。」
少し前方に目をやると、遠くに人影が見えた。おそらくシオンだろう。
「シオンだ。やはりここだったか…」
そういいながらその人影にむかおうとしたとき、この世のものとは思えない叫び、いやうなり声が丘に響き渡った。
木々全体が震えるようなそんな、地響きのような叫びだった。
「!?」
ハンスは松明を地面に投げ、もう片方の手で剣の柄に手をやった。
「…ひ」
リノは恐怖に声も出せなかった。
「きゃああああああああああああああ」
遠くの人影が悲鳴を上げた。
ハンスは大声をあげ、
「シオン!!!」と叫んだ。
すざましい絶叫と風を切る羽ばたきのような音があたりに轟いた。
ハンスは上空に目をやり、リノに逃げろ!と伝え、シオンのほうへ駆け寄った。
シオンもこちらへ駆け寄りながら、「叔父さん!」と悲鳴を上げるように叫んだ。
ハンスはシオンを山道のほうへ押し、「逃げろ!」と伝えた。
シオンはリノに気付き、リノを起こした。
「こ、これはなに?」
リノはシオンに聞いたが、シオンは答えなかった。いや、そんな暇はなかった。
ハンスは剣を抜き構え、地面に転がるわずかな松明の明かりから宙に舞う巨大な何かを捉えようとしていた。
シオンとリノは恐怖でその場から動けずにいた。
ハンスはその怪物を宙で切りつけ、怪物の片翼を切り裂いた。
怪物は地面に落ちたが、その生命力は依然として強い。
松明の明かりによっておぼろげながらその怪物の姿が目に映った。
巨大なトカゲ、竜のような姿。
「ワイバーン!」
シオンが震えながら言った。
リノは恐怖のあまり、その怪物から目を背けた。
ハンスは「おまえたち、なにをやってる早く逃げろ!」と叫ぶ。
シオンもあまりの出来事に動けずにいた。
地面に落ちたワイバーンはハンスを横なぎに体ごと打ち付けようとした。
ハンスはそれを避けるも、いつワイバーンの攻撃を食らってもおかしくなかった。
「お、叔父さん…」
シオンは震えながら立ち上がり、ハンスを助けようと火の玉をワイバーンへ放り投げた。
リノは足がすくんで、声も出せなかった。
ハンスもワイバーンに応戦しているが、今にもその鋭い爪がハンスの体を引き裂きそうだった。
「ぐっ…」
ハンスはもうもちそうになかった。
シオンは泣きながら炎の魔法をワイバーンに浴びせると、ワイバーンは絶叫しながら体を捩じった勢いにまかせて尻尾でハンスを弾き飛ばした。
「叔父さん!!」とシオンは叫んだ。
ワイバーンはその勢いのまま体を大きく飛び跳ねさせ、シオンの体を引き裂こうと鋭い前足を振りかぶった。
リノはどうすればいいかわからなかった。
ただ、もし私に不思議な力があるなら、この2人を助けたい、そう願った。
なにもわからない世界で、本来なにもないはずの死の世界で、何者でもない自分にやさしくしてくれた二人を助けたいと。
もし私にも不思議な力があれば、と思った。
その瞬間、ワイバーンは後方にはじきとんだ。見えない壁がワイバーンを弾き飛ばした。
リノは人差し指をワイバーンに向けると青い閃光が走り、ワイバーンを貫いた。
シオンはなにが起きたかわからない顔でワイバーンのほうをみた。
リノはもう一度指をワイバーンに向かって払うと、さらに青い閃光が走った。
ワイバーンはまだ生きていた。最後の力を振り絞って、とびかかろうとしてきたとき、ワイバーンの首をハンスが後ろから横なぎに切り飛ばした。
「はぁ…はぁ…い、今のは?」
ハンスはリノにむかっていった。
「わ、わかりません。けど、今はこうすればいいんだ、って感じで…」
シオンはハンスに抱き着いた。
「叔父さん、ごめんなさい。私…」
ハンスはシオンを抱き寄せながら、
「いや、すまなかった。おれのせいで危険な目に…」
「ううん…ごめんなさい…叔父さんケガは?」
「ああ、大丈夫。かすり傷だ。」
と、ワイバーンの首を見つめながら言った。
シオンは、リノに駆け寄り、
「リノさん。ごめんなさい。私のせいでリノさんも危険な目に合わせちゃって…。リノさんがいなかったら、私と叔父さん、たぶん…死んでたよね。」
「ああ…ありがとう。リノさん。あんたがついてきてくれなかったら…ゾッとするよ。」
「でも、なぜワイバーンがこんなところに…」
リノはよかった、と安心すると同時に、なにか心臓を掴まれていたような気分も良くなり、立ち上がることができた。
「シオンさん、ハンスさん、ありがとう。私を助けてくれて。」
2人はえっ、という表情でリノをみた。
「あなたたちが助けてくれなかったら、私、どうなってたんだろう、って…」
ハンスとシオンは、顔を見合わせて、笑った。
シオンはリノの手を取り、
「リノさん。きて!」といいリノの手をひっぱった。
「ここの眺め。私すごく好きなんだ。小さい頃から、冒険に憧れて、よくここにきてたんだ。」
リノはその眺めを見た。
さっきまで、恐ろしい場所と感じていたのに、その景色を見たとき、感動した。開いた口がふさがらなかった。
町のぼんやりとした明かり、月明かりに映る遠くまで見渡せる雄大な自然、その月を反射する泉、そして満点の星空。
さきほどまでの恐怖が嘘のように消える。
昨日まで、PCの向こう側で、誰かが体験した感動以上のものを自分が見ることができて、これまでの人生では覚えることのできなかった心の震えを受けた。
「すごい…」
思わず声が出た。
「ねえ、シオン…さん。」
シオンはリノの顔を見た。
「さっきみたいな怖いことがまた起きるかもしれないけどさ…。私一生懸命頑張るから。」
「絶対さっきの不思議な力をつかいこなせるようになるから。」
シオンは「え?」と小さくいった。
「一緒に私とこの世界を見て回ろうよ!一緒にこの世界を冒険しようよ!」
シオンは驚いたが、綺麗な顔でニッコリ笑い、
「うん!」と答えた。




