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内臓の模造品  作者: 鯨井イルカ
内臓の模造品と私

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7/12

絡み合うなんかたち

 内臓の模造品に代わる呼び名を決めることに失敗してからまたしばらくが経った。季節はやっぱり秋だったと思う。相変わらず暑さも寒さも感じなかったから。


 ……ひょっとしたら、体のどこかしらがおかしくなって温度やら湿度やらを感じなくなっていただけ、だったのかもしれない。


 ともかくその日も私は薄くも厚くもないスーツを着て、例によって例のごとく相変わらずな感じの仕事をこなしていた。

 

 帳票Aと帳票Bとの間でずれる売上の金額、同じく費用の金額、更新処理を行ったのに入金済みにならない入金予定管理機能、同じく出金予定管理機能、同期から引き継いだ謎不具合、ETC.ETC.(註.電子料金収受システムの略に非ず)。


 そんな細々としたややこしい不具合を調べては対応し、その間に他の客先から同じようで微妙に違う不具合の報告がやってくる。そんな状況だった。ただし、どの不具合も根本的な原因が大体似たようなものだったのはある意味幸いだったのかもしれない。


 要は──


 各機能で、データベースをどうこうするプログラムの書き方が色々とあれすぎる。

 その結果、各所の負荷がえらいことになる。

 そうすると、処理落ちやらなにやら面倒な事態が発生する。

 その影響で、変なデータが作られ記録される。

 そのおかげで、諸々の不具合が巻き起こる。


 ──という次第だった。


 つまるところ、データベースをどうこうする部分をいい感じにどうにかしてなんとかする。そういう作業が日々絶え間なく続いていた。


 目の前のモニターに映るのは、データベースをどうこうするプログラムを分かりやすく複数の表を線でつないだかんじの形で表したもの……だったのだけれども。


 元々のプログラムが色々とあれすぎて、表と表をつなぐ線が絡まりに絡まっていた。


 各種設計書やら定義書やらは残っているはずもなく、何を思ってこんなに絡まってしまったのか、だとか、どう分解するのが正解なのか、というようなことは、うっすらと痛み続ける頭で考えるしかなかった。


 ちなみにその間も客先からの電話やら上司やらからは非常に好意的に捉えると叱咤激励と思われる言葉を度々いただき、隣に座る同期からは申し訳なさそうな視線を度々いただいていた。まあ、本当に状況が状況だったからそうなるのも仕方なかったのだけれども。


 というわけでうっすらと続く頭痛が止まるめどがつくはずもなく、机の引き出しと鞄と自宅には鎮痛剤を常備していた。


 そんなこんなで鎮痛剤を飲みつつ、絡まったものをなんとかある程度どうにかして、終電に乗り込んで家に帰ったのだけれども──


「……」


「ただい……あれ?」


 ──内蔵の模造品の様子がなんだかおかしかった。


 いや、いつものようにヒーリングミュージックが流れる居間兼寝室でうごうごしているというところは変わりなかった。ただ、そのうごうご加減がなんだかぎこちないように感じた。


「どうした? なんか体調悪そうじゃない?」


「……」


 膵臓のようなようなものはしばらく間を置いてから床を二度叩いた。ルールでは「いいえ」と言っていることにはなる。それでも、この頃にはすでに何かをごまかしているかどうかの判断くらいつくようになっていた。


「そんなこと言って、本当はなんかややこしいことになってるでしょ?」


 床は相変わらず二で割り切れる回数叩かれていた。それでも目をこらして見つめていると、違和感の正体に気づくことができた。


 つまるところ、なにやら絡まっている部分を自宅でも発見することになったのだ。


 当時は詳細まで分からなかったけれど、どうも食道みたいな部分と十二指腸的な部分が絡んじゃっていた、ということだったらしい。


「それ、どう見ても苦しそうだよね?」


 内臓の模造品はまたしばらくの間を置いてから、観念したのか弱々しく床を一度叩いた。


「じゃあ、そこまで酷い絡まり具合でもないしちょっとじっとしてて」


「……!」


 有無を言わさず絡まっている部分に手を伸ばすと、ほんのり暖かく適度に弾力がありやたらヌメヌメしていた感触があった。今思えば、どさくさに紛れて肺のような部分を触っていればよかったかもしれない。まあ、あのときはそこまで頭が回るような状況じゃなかったし、仮にそんなことをしていたら三日くらいは口を聞いてもらえなかったかもしれない。


 ……いや、よくよく考えると口を聞いてもらったことは一度もなかったか。


 ともかく、とくに邪な心を出すこともなく無言で絡まっていた部分を解いた。



 絡まって苦しいままなのは可哀想だから。



「はーい、終わったよ」

 

「……」


 内臓の模造品は各所の動きを確かめるようにその場をゆっくり這い回ると、膵臓のようなものをもたげてお辞儀のような動きをした。お礼を言っていることはすぐに分かった。


「いえいえ。さすがに苦しそうにしてるのを放っておくわけにいかないからね。それより、今日もプリン買ってきたから一緒にたべようか」


 すぐに床が一度叩かれた。


 相変わらずな状況が解ける見込みは少しも見当たらなかったけれども、家に帰れば一緒にプリンを食べる相手がいる。それだけで、絶望とは適度な距離を保って生きていける。


 今となっては全てが不確かだけれども、そう思っていたことだけは今でも確かに覚えている。


 これから先も、あの気持ちだけは忘れないようにしよう。

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