キモに触れてみたい・Part1☆
内臓の模造品がやってきてから、なんだかんだで一週間くらいが経った頃のこと。
一緒に暮らすうちに、なにやら細長い部分をある程度は手のように扱えることや、各種家電をそこそこ問題なく使えることや、水道風呂トイレ等の水回りも普通に使えることなどが判明した。ただしガスについては、留守中に火事になったらさすがにマズいので触らない、ということで納得してもらった。
ひょっとしたら、普通に安全に扱えていたのかもしれないけれども。
そんなわけで一週間くらいで、この調子なら一緒に暮らしていくことに何も問題はないだろう、という確信に至った。
……よくよく考えると、一人暮らしができる程度の生活力をもった内臓のような何かと暮らすことに、問題が本当に全くなかったかは定かではないけれども。
ちなみに仕事のほうはというと、概ねいつも通りどうしようもないかんじだった。
その日は急なトラブル対応もなく、納品が近いプログラムのテスト仕様書等ドキュメント関係の仕事に手をつけていた。久々に早く帰れそうだから内臓の模造品へのお土産にデパ地下のプリンでも買っていくか、なんて考える余裕があるくらいには平和だった。
しかしそんな平穏が長く続くわけもなく、昼休み明けに売り上げ管理的なシステムを導入した客先から電話がかかってきた。そこは本来なら同期の担当だ。
とはいえ案の定というか何というか、その日同期は有給休暇だった。受話器を片手に上司へ目配せをすれば、当然のごとく、同期もそんなに頻繁に対応している客先じゃないんだからお前が対応しろ、という視線が返ってきた。
少なくとも要件だけでは聞かないと、やら、そうはいっても結局最後まで対応することになるんだろうな、やら、こっちの客先のときは休暇中でも個人携帯から折り返し連絡させられたのに、等々思考が面倒くさい方向に渦巻きながらも通話を続けた。
曰く、先月末に管理部門の責任者が退職した。
曰く、毎月その責任者が出力していた帳票があった。
曰く、事情があって今日中にその帳票が必要になった。
曰く、どの画面にもその帳票の出力ボタンがない。
曰く、マニュアルにも情報が載っていない。
曰く、もうどうすればいいか分からないから調査してほしい。
憤りと困惑と悲しみのようなものが混ざりあった声を聞きながら、ユーザーの権限を正しく設定すれば解決するかもしれない、という考えが浮かんだ。同時に、ものすごくどうしようもない原因が潜んでいるかもしれない、という考えも。
私は前者であることを祈りながらも、間違いなく後者になるだろうという確信を抱きながらひとまず諸々の調査にあたった。
その結果、一時間後にやはり後者であることが発覚した。
つまるところ、同期の前前前任者によって各種帳票を出力するメニューのソースコードに「ユーザーが分倍河原左近之丞さん(仮名)って名前のときには、内緒の帳票を出力するボタンを出現させてね☆」という一節が組み込まれていたのだ。
組み込むなよ。
ソースコードに個人氏名を。
心の中でそう叫ばずには居られなかったことを覚えている。
その後の記憶は定かではないところもあるけれども、関係者各位からの反応は概ねこんなかんじだった。
上長に原因と応急処置の方法を報告し、当然のごとく「なんでそんなふざけた不具合を放っておいたんだ!?」と怒鳴られる。
取引先に原因と応急処置の方法を連絡し、当然のごとく「それじゃあ社員情報を登録するたびにしてた、権限の設定ってまったく無駄な作業だったんですか?」と憤りと呆れが入り交じったご意見をいただく。
同期に原因と応急処置の方法を一応連絡し、当然のごとく「ごめん。そのお客さん、私もあんまり詳しくなかったけどそんなことになってたんだ」と申しわけなさそうに驚かれる。
……まあ、そういう反応にもなるよね。
ちなみに地味に面倒なことになる応急ではない処置のほうも、当然のごとく第一発見者の私が担当することになり、そこそこにギリギリな諸々のスケジュールをどうこうしないといけないかんじになった。
原因は前前前任者だとはいえ、対応については現担当に振るのが筋だったんじゃないだろうか?
たしかに、今となってはもう全て終わったことだけれども。
……ともかく。
そんないつも通りどうしようもないかんじの仕事を終えた後に、いつも通り日付が変わるギリギリ位に帰宅した。もちろんデパ地下などに寄れるはずはなく、プリンはコンビニ産のものになった。
居間兼寝室に入ると内臓の模造品がいつものヒーリングミュージックを流しながら、テーブルに置いたマグカップになにやら長い部分を差し込んで紅茶を飲んでいた。
壊さないように気をつけてくれれば部屋の物は自由に使っていいと伝えていたから、私の帰りが遅いとき……まあいつも遅かったけれども、ともかく留守中も自由気ままに過ごせていたようだ。
くつろぐ姿に和んでいると膵臓のようなものがもたげられ空中で円を描いた。毎回帰宅するとその動きをしていたから、多分「お帰りなさい」と言っていたのだろう。
「ただいま。ご飯はもう食べた?」
床が一度叩かれる。
「そっか。お土産にプリン買ってきたけどいる?」
また一度。
「了解。じゃあ一緒に食べようか」
床が軽やかに一度叩かれるなかビニール袋からプリンを取り出し、一つは内臓の模造品の前、もう一つを私の前に置いて腰を下ろした。
「いただきます」
「……」
プラスティックのスプーンを袋から取り出していると向かいからなにかじとっとした視線のような物を感じた。いや、実際のところ内臓の模造品に眼球のようなものはなかったから視線というのは適切ではないかもしれないれども。ともかく、なんか物言いたげな気配を感じたのだ。
「どうした? フタ開けられない?」
膵臓のようなものが二度床を叩く。
「じゃあ、お皿に出して食べたい派?」
また二度。
それなら何が不服だというのか、そのときの私には理解できなかった。
二択で正解を探ろうとしても限度がある。
いっそのこと、さっきの気配は気のせいということにしてしまおうか。
そんなことを考えた矢先に、内臓の模造品はズルズルと這いながら部屋を出ていった。そしてあまり間を置かずに、なにやら長い部分をレトルト粥のパウチに巻き付けて戻ってきた。
夕飯が足りなかったから追加で食べたいのだろうか?
そんな疑問が一瞬だけ浮かんですぐに消えた。
パウチは私の目の前で何やら長いものから放された。そこまでされれば、さすがに言いたいことの察しはつく。
「ひょっとして、ちゃんとした夕飯を食べろって言ってる?」
間髪入れず床が一度叩かれた。
やはり、私のことを気にかけてくれていたらしい。
「ありがとうね。でも今日はあんまり食欲ないからさ、これは明日内臓の模造品が食べな」
そう告げるとしばらく間を置いた後、膵臓のような物がゆっくり一度床を叩いた。その様子は心なしかしょんぼりしているようにも見えた。
「ごめんね。でも、気にしてくれて本当にうれしかったよ。ありが……」
思わず頭をなでようとしたところで、疑問やら正気のようなものがどこかからやってきたり戻ってきたりした。
内臓の模造品の頭ってどこなんだ?
というか、むき出しの内臓を素手で触ったりしたらさすがにマズいんじゃないだろうか?
手みたいに使ってる部位もあるけれどデリケートな部分も絶対にあるだろうし。
ただ、この不思議生物(だと思われるもの)の手触りはどんなものなのだろうか?
全く気にならないといったら嘘になるかもしれない。
……前言撤回。
正気のようなものについては、どこからも戻ってきていなかったかもしれない。
ともかく、思考が仕事中とは別の方向性で面倒くさいほうに渦を巻き、しばらく虚空に手を伸ばしたまま動きを止めてしまった。すると、膵臓のようなものがゆっくりもたげられて首をかしげるように動いた。たしかに、目の前でいきなりフリーズされたらそんな動きにもなるだろう。
「えーと、感謝の意を示すために頭をなでる的なことをしたかったんだけど……、やっぱりあんまり触らないほうがいいかな?」
膵臓のようなものはかしげられたままだったが、その替わりにおそらく腎臓っぽい部分が困惑気味に一度床を叩いた。
「そうだよね。じゃあ、撫でるのはやめておくよ。ともかく、心配してくれてありがとうね」
再度お礼を言うと内臓の模造品もなんだかお辞儀のような動きで波打った。
そんなこんなで微かな興味を残しつつも、内臓を無遠慮に撫で回す、という暴挙に出ることはなんとか食い止められた。
ただし、その暴挙にまつわるくだりは後日またすぐ訪れることになるのだった。




