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内臓の模造品  作者: 鯨井イルカ
内臓の模造品と私

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12/12

デコレーションされたメールと左右に振れる膵臓のようなもの

 私が覚えている限り臨死体験の定番といえば、気がついたら綺麗な花畑にいた、だの、川のほとりにいた、だの、遠くで亡くなったはずの親しい人が手を振っていたというものだったと思う。


 もしもそんな体験ができたならば、手を振っている相手を一発ぶん殴る、ぐらいのことはしたいと常々考えていた。


 ただ、人体というのは存外に丈夫なようで、血を吐き倒れて意識を失ったくらいではそんな都合の良い幻を見ることはなかった。いや、ひょっとしたら忘れてしまっただけで、見ていた可能性もなくはないのかもしれない。


 ともかく、かろうじて覚えていることと言えば目蓋の裏にうっすらと光を感じて目を開けたことだった。


 まず目に入ったのが見知らぬ天井、というよく知っている状況に多少の戸惑いはあったのかもしれない。それでも、自分が病室のベッドで横たわっているのだと気づくことは限りなく容易だった。



 多分、内臓の模造品がどうにかして救急車を呼んでくれたのだろう。

 きっと、救急隊員に見つかるというようなことはしていないはずだ。

 なら、帰りにいつもよりちょっといいプリンを買って帰ろうかな。

 ああでも、救急搬送って治療費は普通に有料なんだっけ。

 それだと、あんまり無駄遣いはできないか。

 それに、体がまともに動くようになったらすぐに仕事に復帰しないと。



 天井と仕切りカーテンでホワイトアウトしそうな視界のなか、そんなことを考えていたと思う。そのおかげか、鳩尾のあたりからまたなにかが込み上がってくるのを感じた。ナースコールを押して吐き気が酷いと伝えると、すぐに看護師がひしゃげた洗面器のような容器を持ってやってきた。


 吐き出した赤黒い液体が満ちていくと、容器は腎臓のような様相になっていった。自ずと独りで留守番をしているはずの内臓の模造品への気がかりが強くなった。


 なので、吐き気が完全に治まるのを待たずに「いったん家に帰っていいですか?」というような質問を口にだした。



 当然、めちゃくちゃ怒られた。



 詳しくは覚えていないけれど、消化器官が全部爛れているような状態ですくなくとも一週間は入院しないといけない、というような状態だったらしい。ちなみに、居間兼寝室のテーブルに名刺と携帯電話と財布が載っていたおかげて、会社にはすぐに連絡がついたそうだ。


 持つべきものは内臓みたいな同居人だと本当に思う。


 嘔吐というか吐血が落ち着いてから確認すると、とりあえず十日間の有給が付与されることになった、という旨の人事部からメールが届いていた。そこそこ長い休暇が手に入ったのは不幸中の幸いだったけれど、諸々の心配事や復帰してから起こるであろう厄介事のおかげで、完全には気が休まらなかった。


 ひとまず他にも必要な連絡が届いていないか確認しようとしたところ、未送信のメールが一件残っていることに気がついた。少なくとも同期が家に来たとき以降、誰かにメールを送ろうとしていたという記憶はない。いや、これも実際は送ろうとしていたのに忘れていただけ、という可能性は大いにある。


 それでも、確認した内容は私以外の誰かが書いたということはすぐに分かった。


 

 大丈夫。

 なにも心配いらない。

 ゆっくり休んで。



 書かれていたのはそんなメッセージだった。

 ちなみに文字は女子高生が書いたフォントに変更され、周囲は犬やら猫やらウサギやらのキャラクターたちで非常に可愛らしくデコレーションされていた。


 さすがに、「つらいときは未来の自分にエールを贈ってみちゃおう☆」というようなことを考え実行できるような状況ではなかった。ならば、メールの作成主は内臓の模造品で間違いなかったのだろう。


 やたらとキラキラしたメッセージを前に、休まり切らなかった気がものすごい速度で緩んでいくのを感じた。



 色々と心配事はあるけれど、ここで悩んだところでどうにかなる話でもない。

 今はゆっくり休んでおこう。

 あと、退院したらあのキラキラしたメールの作り方を教えてもらおう。



 そんなことを考えているうちに、点滴の薬が効いてきたのか徐々に目蓋が重くなっていった。そのまま睡魔に身を任せると、自然と眠りに落ちることができた。ヒーリングミュージックなしに眠れたのは本当に久しぶりだった。まあ、倒れる直前くらいはもう雑音にしか聞こえなくなっていたのだけれども。


 そんなこんなでたどり着いた夢の中、私は内臓の模造品となんだかんだ楽しく過ごしていた。


 ただ、二人してプリンを食べようとしたところで突然からだが動かなくなった。戸惑っていると容器の蓋を剥がそうとしていたなにやら長い部分が動きを止めた。その後、寂しげな表情とともにもたげられた膵臓のようなものがゆっくりと左右に動いた。



 まるで、じゃあね、と言うかのように。



 待って。

 そう言おうとしたところで、辺りは自宅から病室に戻っていた。



 さすがに倒れた直後だから夢見が悪かったのだろう。そういうことにして、私は再び睡魔に身を任せた。それでも、次に見た夢も同じような結末を迎えた。



 それどころか、入院中に見た夢はすべて同じような有様だった。

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