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第2章 ソフーリアン王国の王城での婚約破棄

 

「見事に演奏ツァーを成功されて、無事に帰国された事をお喜び申し上げます」

 

「ああ、ありがとう。

 先日は貴女の大切なデビュタントにエスコートできずに本当に申し訳なかった。このお詫びはいかようにでもするつもりだ。

 でも、それに対する詳しい説明は後日にしてもらってもいいだろうか? 夜会が始まる前に、城の役人と演奏の打ち合わせがあるんだ」

 

 ピアットは時間を気にしてそわそわして、久しぶりに会ったというのに心ここにあらずといった感じで、まともに私を見ようともしなかった。

 

(結局最後まで貴方は、私に対してこんな態度なのね。一度もまともに向き合おうとはしなかったわ。

 まあ元々私は貴方の好みじゃなかったのだから仕方ないけれど。

 だから貴方のためにも今日別れてあげるわ。でも、そのためにあと少しだけ付き合ってもらうわね)

 

「お忙しいところを呼び出してごめんなさい。でも、そう手間は取らせないので、あと少しだけお時間をください。貴方のためにもなることですから」

 

「僕のため?」

 

 ピアットは不思議そうな顔をした。

 

「ええ。

 私ヴァード伯爵家の嫡女であるフォルティナは、ムューラント侯爵令息であるピアット様との婚約を破棄します。

 もちろん貴方の有責ですので慰謝料、及びこれまで侯爵家に融資してきた資金の返済を求めます」

 

「婚約破棄? なぜ?」

 

 ピアットもさすがに私と目を合わせたが、酷く喫驚しているのがわかった。

 自分からするつもりだったのに、先に私に言われてしまったので驚いたのかしら?

 

「貴方は婚約した際に決めた約束事を、これまで一度も守ったことがありませんでしたよね? 

 公の場では私のエスコートをして、世間の人々から守る。それは特別なことではなく、婚約者ならば当然の決まり事だったというのに。

 普段から私を蔑ろにしていたのだから、せめて人前だけでも仲睦まじい演技をしてくださってもバチは当たらなかったでしょうに。

 いい加減貴方には愛想が尽きました。

 ただし、これまでの貴方自身へ支援してきた費用の返還までは求めません。ですからそれはご安心くださいね」

 

 できるだけ突き放すように、わざと冷たくこう言ってやったわ。貴方にもっと嫌いになって欲しかったから。

 しかし、彼は何故か怒ったり憤るというより、まるで怯えているかのように真っ青になっていた。

 まさか、慰謝料と融資の返済を求められるとは思っていなかったの? それは少し、いやかなり図々しいわよ。

 

「ま、待ってくれ!

 たしかに君との時間をあまり取れなかったことは謝る。贈り物もほとんどできなかった。本当に申し訳なかったと思っている。

 でも、君に相応しい人間になるために僕も必死だったんだ。言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど。

 君のデビュタントのエスコートをすることも、僕だってずっと楽しみにしていたんだよ。

 でも、どうしても断れない、やむを得ない事情ができてしまったんだ。その件については今夜きちんと説明できると思う。だから、もう少しだけ待ってくれないか!」

 

 今さら何を言っているの?

 私はピアットの目をじっと見返してこう言った。

 

「貴方の説明なんて今さらどうでもいいことですわ。婚約破棄はもう決定事項ですから。

 そもそも貴方は私のことなんて何の興味もないし、お嫌いでしょう? 婚約がなくなった方がいいじゃないですか!」

 

 と。

  

「以前貴方は私に『君に興味がない。僕の好みじゃないから』と言いましたよね?

 あの当時私は貴方のことが大好きでした。だからとても傷付きました。

 そしてあの時の胸の痛みはそう簡単には消えず、その後も絶えず私を苦しめてきました。知らなかったでしょう?

 出来上がった作品と作者の人間性は関係ないとよく聞くけれど、貴方みたいに人の心がわからない人が作った愛の曲が、何故こんなにも人々に好まれるのか、私にはさっぱりわからないわ。

 

 婚約が決まったときも、これは仮の婚約なんだからと、愛されることを望んではいけないと思いました。

 それでも愚かな私はまだ微かな望みを捨てられなくて、貴方の好みの女性を演じて尽くしてきたつもりです。

 でも、楽屋の中で貴方は、そんな私のことを友人達の前で嘲笑っていましたよね? 

 長い時間を共にピアノを学んできたというのに、私が全く音楽を理解していないと。

 

 それを偶然耳にした時、粉々になってもまだ微かに残っていた恋の欠片さえも、全て塵になって吹き飛んだのです。

 そしてその時から、私はもう我慢をすることを止めたのです。

 だから無理して長年続けてきたピアノのレッスンも半年前に止めました。才能の全くない私には最初から不必要なことだったのだから。

 先生も喜んでいましたよ。教え甲斐のない私のレッスンは苦痛だったようですから。

 ただし

 

『妹のリリアンも別の先生にレッスンを依頼することになりました。長い間ありがとうございました』

 

 と告げたら真っ青になっていらしたけれど。

 

 先生はリリアンを貴方に次ぐ天才だと絶賛していましたからね。

 まさか、そのダイヤの原石をみすみす手放す羽目になるとは思ってもいなかったみたいですね。

 ヴァード伯爵家の嫡女である私を長年蔑ろにしておきながら、ずっと雇ってもらえると思っていたなんて、なんて愚かなのでしょう。

 ピアット様の恩師だから気が大きくなっていたのかしら。

 

 先生は貴方を育てた名伯楽として、あちらこちらの貴族の家から引っ張りだこだった(・・・)そうですから。

 でもあの方を雇っていたのは我がヴァード伯爵家であって、決して貴方のムューラント侯爵家ではなかったのに、何を勘違いをしていたのでしょうね。

 

 あの方はたしかに音楽家としては一流だったのかもしれませんが、残念なことにそこに人間性が伴っていませんでしたね。弟子の貴方同様に」

 

 私はあくまで淡々とこの長台詞を口にしたのだった。

 

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