亮の事情
朱里に問われた亮は、テーブルの上で手を組むようにして、俯き、思考を巡らせているようだった。
しばらくすると、顔をあげ、決意したように口を開いた。
「オレの家は母子家庭なんだ。父親は、オレが小学校入る前に死んでる。もう、あまり覚えていないが」
しばらくして話始めた内容は、亮の家庭事情だった。
「母親はいつも、自分のこと後回しで、オレのために色々してくれた。だから早くひとり立ちして楽させたい・・というか・・オレが歌手になった姿を、早く見せて喜んでもらいたいんだ!」
話していくうちに、だんだん熱を取り戻し、最後は力強く言った。だから叶えるために全力だったのかと、朱里は納得する。
「立ち入ったこと聞いて、ごめんなさい」
「いや、いいよ。朱里には、いずれ話したいと思ってたから」
いつものようにサラッ明るく言うので、嘆息しつつ、
「だからって、焦っても仕方ないと思う。何にしても、変声期はこれからなんだし、終わってからデビューに向けての準備を、進めることになるだろうし? 少なくとも、変声期が終わるまでの間に、成長すれば良いのだから」
聞かなくて良いことを言ってしまったので、フォローも兼ねて、焦る必要がないことを伝えてみる。
「うん・・まぁ、そう、そうなんだけど。・・そんなに焦ってるように見えたか?」
ポツリポツリ言う。
(無意識か)
「うん」
さっきも”早く・早く”って言っていたので、肯定すると、亮は驚いた表情を見せた。
「そっか・・詩がダメ出しされて、色々焦ってたかも・・な」
思い返すように、亮はつぶやいたあと、再び黙り込んだ。
「っと、それでさっきの作詞のお願いなんだけど・・どうかな?」
少しして、思い出したかのように、テーブルに置いたままだった楽譜を示す。
(あー・・そういう話だったね)
どうしたものかと、とりあえずチラッと楽譜を見る。作詞は好きだし、この曲に詩をつけるのも面白そうだけど、
「・・一応サーキットの専属みたいなものだから」
これ以上、亮に関わりたくない朱里としては、断るべきだろうと判断する。
既に話し過ぎて疲れてきたし、まぁ断ったら、あとあとこの曲のことが気になって、モヤモヤしそうだなとは思いつつ、サーキット以外には書かないと伝えると、
「あっ隼人さんには許可もらってるよ!」
「なっ・・」
(お兄・・いや、どうせこの人が言い出したんだろうけど)
亮の手際の良さに呆れるしかない。断る理由をつぶされ、
「はぁー・・もう・・この曲だけだからね」
仕方ない感たっぷりに答える。今回限りだ。
「やった♪ ありがとう!」
仕方ない感は伝わっていないようだ。亮はガッツポーズし、満面の笑顔になる。普段学校でも見たことのない、年相応な笑顔を見て、
(その笑顔はずるい)
ドキドキしてしまう。あの笑顔を見るのは危険だ。
「で、どんな詩がいいとか希望は?」
亮の笑顔を見ずにすむよう、視線を楽譜に戻して尋ねる。それに、書くと決めたら事前確認は必要である。
「お任せで」
「何もないの? 春歌とか夏歌がいいとか? 曲のイメージとか?」
「うん、どんなでもいい。朱里がこの曲に合いそうと思うもので」
「・・そう。じゃ、テスト後でいいんだよね?」
「あぁ」
「わかった」
楽譜を受け取りながら了承した。
(これで話は終わりだろうか?・・疲れたな)
チラリと亮の様子を見ると、笑いをこらえているような、表情をしている。
「なにか?」
何なのよと視線を向けると、
「いや・・隼人さんに似ているなーと思って。隼人さんにもたくさん質問されてさっ・・さすが兄妹だなって思ったら。いや・・ごめんごめん」
そう言いながらも、こらえきれない笑いがもれている。
(お兄に似てるって、兄妹なんだから仕方ないじゃん)
「今日は話せて良かった。楽しかったよ」
ようやく落ち着いたのか、亮はCDを片付け、残っていたアイスティーを飲んだ。
「少しはオレのこと、知ってもらえただろうか?」
(知りたくなかったけど)
心の中で返事を返す。
「まただんまりか・・」
亮はガックリしてつぶやいたが、気を取り直して、
「これからは、さっきみたいに話してくれると嬉しいな!」
と言い、ニカッと笑った。笑顔はずるい。
「・・気が向いたら」
仕方なく返事をした。亮はそれで満足したのか、
「また明日ね!」
と、言って、笑顔で帰っていった。
今日の、この短い時間で、かなり距離が縮まってしまった気がして、頭をかかえる朱里であった。




