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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
56/94

56、水の王VS天才魔法師

評価、ブックマークをありがとうございます。

「57話 キルスの過去と隠し帳簿」は火曜日に投稿予定です。

これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。


「もー、だらしないな」

 倒れ伏す帝国兵を一瞥して前に進み出て来たのは、まだ十代と思える少年だった。

「エルドレッドか」

 ちらりとその顔を見やったゴウルガは前を見据えて問いかける。

「お前ならあれを何とか出来るか?」

「誰に言ってるのさ。まあ、見てなよ」

 ぺろりと舌なめずりをすると彼はローブの中から一冊の魔導書を取り出した。

「ウェステリアの魔法省で神童と呼ばれた僕に倒されることを誇りに思うがいい」

 言うなり魔導書を抱えたまま詠唱を始める。


『火の精霊王たるイシュガルドよ。その火焔(かえん)を我に与え給え』


 エルドレッドの詠唱が終わるなり、その手先から巨大な火の玉が現われトレントに向かって行く。

次いで起こった爆発音。

そこまではさっきと同じだが…。


「さすがはレベル4の火魔法だな」

 感心するゴウルガの視線の先には上半分の枝が焦げて無くなったトレントの姿がある。

「これくらい簡単さ。レベル5が使えるようになるのも時間の問題だね」

 得意げに顎を反らせたエルドレッドだったが、此方に向かって歩いてくる者に気付いて眉を寄せる。

それは青緑色のローブを羽織り、手に年季の入った杖を持った小さなカエルだった。


「やりおるの」

 まだ煙が上がる部分に水をかけて遣りながらゼムはトレント達に下がるよう言いつける。

「此処はワシに任せてしばらく地に潜っとれ」

 それでも逡巡していたトレント達だが、お前たちが燃やされたらマリオが悲しむぞと言われ渋々ながら地の中へと姿を消した。


「何だよ、お前っ?」

「小僧、ワシに相手をしてもらえることを誇りに思うがいいぞい」

 自分が言った言葉を使って小馬鹿にされたエルドレッドに怒りの色が浮かぶ。

「さて、戦うのは二百年ぶりかの」

 火魔法の使い手らしき少年を見やりながらゼムは黒の魔王との戦いを思い返す。


「また(まみ)えることになるとはの」

 闇の精霊王たるトゥルーから受けた報せ。

驚愕はしたが、どこか納得している自分がいた。

「あれはそう簡単に死ぬような男では無いからの」

 哄笑と共に炎の向こうに消えた魔王の姿が甦り、ゼムは小さく息を吐いた。



「さて始めるとするかの。何処からでもかかって来るが良いぞい」

 気を取り直しそう声をかけるが、その余裕たっぷりな態度が相手の癇に障ったらしい。 

「そんな口が利けるのも今の内だけだからねっ」

 忌々し気に言い返すとエルドレッドは魔導書を高く掲げる。


『火の精霊王たるイシュガルドよ。その火焔を我に与え給え』


さっきと同じレベル4の火魔法が辺りに炸裂する。

凄まじい火柱が上がり、小さなカエルの姿はたちまち見えなくなる。


「どうだいっ、僕は他の奴らとは違うんだ。僕は誰よりも女神さまに愛されて魔法の才を授けられた特別な存在なんだから」

 得意げに胸を張ったエルドレッドだったが、すぐにその顔が悔し気に歪む。


「そう教え込まれて育ったか。…憐れなものじゃな」

 小さく息をついて肩を竦めるゼムに変化は無い。

それはエルドレッドの攻撃がまったく通用しなかった証だ。


「確かにこの世界に特別と思える存在はおる。その中でも幸を得し者は押し並べて謙虚で他と同じ扱いを望む。何故だか分かるか?」

「ふん、特別な者がそれに相応しい扱いを受けるのは当然のことだろ。それを自分から捨ててる奴のことなんて知る必要は無いね」

「ならば仕方あるまい。聞く耳を持たぬ者にわざわざ説いてやるほどワシも暇では無いからの」

 軽く肩を竦めるとゼムは手にした杖を構えた。


「今度は此方からゆくぞい」

 古びた杖が左右に揺れると、その先から無数の水の塊が飛び出す。

石よりも固い水塊はエルドレッドを始めとする帝国兵を容赦なく打ち据える。

ゼムの攻撃が終わった後、その場に立つ者はいなかった。


「む…無詠唱…だって?…そんなこと…カエルの…獣人風情に…出来るはず」

 腹に喰らった一撃の痛みに呻きながら忌々し気にエルドレッドはゼムを見返す。

「そうやって他を見下しておる限り、それ以上の成長は望めんぞ」

「うっさいっ!宮廷長みたいなこと言うなっ」

 腹部を押さえながら何とか立ち上がるとエルドレッドは魔導書を掲げた。


「僕は僕の遣りたいように遣るっ。誰にも口出しさせないっ!」

「何とも頑固じゃの。しかも驚くほどに身の程を知らん」

 やれやれと首を振るとゼムは杖を天に向け高く上げる。


『火の精霊王たるイシュガルドよ。その業火を我に与え給え』


「そ、それはレベル5の…」

 倒れていた魔法師の一人が驚きに満ちた声を上げる。

使えたのは黒の魔王のみと伝えられる広域殲滅魔法だ。


「無茶をするのぉ」

 呆れ返るゼムに向かいエルドレッドは勝ち誇った笑みを向けた。

「焼かれろっ、カエルっ!」

 頭上に展開する炎の魔法陣。

しかし…。


「まあ、そうなるわな」

 ゼムの視線の先で魔法陣が崩壊してゆく。

エルドレッドの魔力では完成には至らなかったのだ。

「くそっ…次は絶対に…」

「出来んよ、レベル5の魔法が使えるのは七王か人知を超えた化け物だけじゃ」

 言いながらゼムは力を無くし倒れたエルドレッドの下に歩み寄る。

そして彼が抱えている魔導書を事も無げに取り上げた。


「何すんだっ、返せっ!」

「返せとはウェステリアの魔法省の言葉じゃろう。安心せい、ワシが責任を持って返しておくぞい」

 ゼムの言葉にエルドレッドの顔色が変わる。

「やめろっ、それが無いと…」

「杖より強力な魔法媒体じゃからの。これが無くてはレベルの高い魔法を放つことは容易ではない。頼らず使える魔法はレベル3が良いところかの」

 その魔導書の力を引き出せるのは彼が天才である証でもあるが、それゆえに此処まで歪んでしまったのだろうとゼムは秘かに嘆息する。


「ひっ…」

「あ、あれはっ」

 上空にあるものに気付いた兵士達から悲鳴混じりの声が上がる。

「う、嘘だろっ」

 恐怖に満ちた目でエルドレッドは空を見上げた。

そこにあったのは…天を覆い尽くす水の塊。

まるで巨大な湖が宙に浮いているように見える。


「おお、忘れておった。万が一にもレベル5の火魔法が放たれた時の用心に呼び寄せたんじゃったな」

 ポンポンと自らの頭を叩くとゼムは杖を振って魔法を解除する。

すると上空にあった水が瞬く間に霧散した。


「ば、馬鹿な…」

「発動以上に解除には魔力がいるのに」

 帝国軍の魔法師達が信じられないとばかりに大きく首を振る。

「もしや貴方様は…」

 あれ程の量の水を操れるのはレベル5…いや、さらに上級の魔法に他ならない。

しかも彼の者は先に何と言った?

『レベル5の魔法が使えるのは七王か人知を超えた化け物のみ』と。

それ以上の魔法を簡単に行使できる者となると答えは一つだ。


「申し訳ございませんっ」

 地に額を打ち付けてゴウルガはゼムの前で土下座する。

漸くにして彼は自分たちが弓引いた相手が何者か悟ったのだ。

「ご無礼をお許しくださいっ、水の王君っ」

 その名に帝国兵士から(どよ)めきが起こる。

次いで全員がゴウルガに倣って地に伏した。


「水の王だって?こいつが?」

 ただ一人立ったまま猜疑の眼差しを向けるエルドレッドの頭を掴むと、ゴウルガは勢いよく地に押し付ける。

「これ以上、不敬を働くなっ」

 水の王君の怒りを買い、帝国に王罰を下されてはたまらないとその腕に力を込める。


リスエールに上下水道にあたる施設は無い。

生活で使うくらいの水ならレベル1の水魔法や魔道具で出せば良いし、畑に使うほど大量に必要な時はレベル2の魔法を数人で手分けして放てば事足りる。

汚水も浄化の魔法や魔道具で清水に戻して再利用している。

つまりこの世界で生きてゆくには水魔法は必須なのだ。

王罰として魔法を封じられ水を失ったら…数日で国が滅ぶ。

食料たる植物が無くなる緑の王の罰も怖いが、水の王の罰はそれ以上に恐ろしいものなのだ。


「これこれ、人違いじゃ。ワシは少しばかり水魔法が得意なカエルに過ぎん」

「いえ、それは…」

「その方が都合が良かろう」

 反論しかけたゴウルガだったが、続けられた言葉に押し黙る。

確かにそれならば帝国は王君に攻撃した不忠者の(そし)りを受けずに済む。


「緑の王からの伝言じゃ」

 告げられた名に反射的に顔を上げてしまい慌てて伏せようとする者達に向かい、ゼムが静かに言葉を紡ぐ。

「そのままで聞くと良い。『長年の酷使によりニナの木は枯れた。もう二度と実を成すことは無い』とのことじゃ」

「そ、そんな…」

「まあ、無理もないの。本来なら百年に一度しか実を成さぬものを、先王の命により十年に一度にさせられておったからの」

 ゼムの話にゴウルガは傍でも分かるほどに大きく肩を落とした。


「このことを国の者達に伝えよ。それとあまり道に外れた行いをするでないぞ。

精霊は常に我らを見ておる。その怒りに触れぬよう身を慎むことじゃ」

「御忠告、ありがたく頂戴します」

 再び土下座状態に戻った一同に、ではのとゼムは背を向けた。

しかし去り行く足を止め、ゴウルガに押さえ込まれたままのエルドレッドを見やる。

「負けた悔しさをどう昇華させるかでお前の未来は変わるぞぃ」

 そう告げるとゼムはその場を後にした。



「やるじゃねぇか、ジジイ」

 近付いてきた影にゼムは照れたように頭を掻いた。

「いや、久方ぶりの戦いだったでの。もう少し遣り様があったと反省しきりじゃ」

「何言ってやがる。最小限の攻撃で無力化させて、最後は戦う気が失せるほどの大魔法で心を折る。えげつねぇ戦い方をするぜ。さすが年の功だな…けどカリーネには聞かせられねぇな」

 自分を実の祖父のように純真に慕う土の王のことを持ち出され、ゼムはバツが悪そうに視線を逸らす。


「内緒にしてくれると助かるの」

「いいぜ、その代わりさっきの答えを教えろ」

「答え?」

「特別な奴ほど謙虚だって言ってただろ」

 リョクの言葉に、おおとゼムは愉快そうに笑う。


「何を笑ってやがるっ」

「いや、他人の話をまったく聞かなかったお前さんが随分と成長したものじゃと思うてな」

 これもマリオの影響かのと小さく呟くゼムの横で、うるせぇ!と照れた様子でリョクが言い返す。

「で、答えは何なんだ」

「特別は差別じゃからよ」

「へ?」

 訳が分からないといった顔をするリョクの前でゼムは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「特別扱いとは他と同じ扱いを受けられぬということじゃ。周囲にはその才を持て囃す者ばかり、そんな環境で育てられれば人は増長する。そうなれば大抵の者はさっきの小僧のように身の丈に合わぬ力を求めた挙句に自滅する」

 小さく息をついてから、じゃがとゼムは言葉を継いだ。


「中にはそうならぬ者もいる。彼らは世界には己よりも優れた者が数多くおり、自分の才は一芸に秀でているだけだと分かっておる。ゆえに慢心することなく謙虚であり、他の者と同じ扱いを受けることを望む。人の心は欲望に弱いでな、そうやって自らを戒めねば破滅が待つだけと知っておるのよ」

「なるほどな」

 気が遠くなるほどの長い生の中で、そういった者を数多く見て来たであろうゼムの言葉にリョクは納得の頷きを返す。


「さて、マリオが戻って来たら我らは帰るかの。聖域で無き所にいつまでも王が留まっておると何かとうるさいでな」

 人の口に戸は立てられない。

自らの不利になることを帝国兵が吹聴するとは思えないが、水の王であるゼムが此処に居ると知り渡れば直訴の機会だと多くの者が押し寄せてくるだろう。


「王は人前に姿を現さず、その力も誇示せず。大きな力は人に過剰な依頼心を生まれさせ、その進歩を妨げる…だったな」

「ほう、良く覚えておったな。お前さんにしては上出来じゃ」

 ゼムが出来の悪い弟子の成長を喜ぶ師の顔で笑う。

「ケッ、俺にしてはっては余計だろうがっ」

 そう悪態をつくリョクを伴いゼムは洞窟へと戻って行った。




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[一言] ゼムおじいちゃんかっこええなー
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