57、キルスの過去と隠し帳簿
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「58話 スキル『交渉』と帝国中将」は土曜日に投稿予定です。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「ただいま」
「残ってた人達は全員運び終わったわ」
光と共に姿を現したマリオとカリーネを笑みを浮かべたゼムが迎える。
「ご苦労さんじゃったな。さてワシらは帰るが大丈夫か?」
「ええ、キルスさんのサポートをしながら事態の収拾にあたります」
ゼムのおかげでこの場から帝国軍は撤退したが、条約違反の問題は解決していない。
それが片付かない限り帝国軍はエルフ国に留まったままになる。
そのことを含め、今後どうするかを決めなくてはならない。
いわゆる戦後処理だ。
「こ、この度は御助勢いただきありがとうございました」
そこへ緊張しきった様子でやって来たキルスが深々と頭を下げる。
「あなた様は…」
「それは言わぬが花じゃな。しかしワシらの助力は今回限りとする。これから先はエルフ族だけでやって行くのじゃぞ」
ゼムの言葉に、はいとキルスは大きく頷いた。
「また誰かの庇護を求めるようでは今までと何も変わりませんから」
決意を込めたキルスの言葉に、うむとゼムは満足げに顎を撫でた。
それからは目が回るくらい忙しかった。
まず最初に行ったのはハイエルフ達によって追放されてしまった評議会の委員たちを集めることだった。
各地に隠れ住んでいた彼らをイツキに探し出してもらい。
マリオが羅針盤を使ってイリイーズに集結させ、彼らが帝国への対応を話し合っている間に今回の顛末(もちろんゼムの事は伏せて)を書いた紙を国中の主要な里にリョクが配って回った。
そうやって混乱を治めながら、マリオとタマは破壊されたイリイーズの街の復興を手伝いつつ逃げ出したハイエルフ達の行方を追った。
停戦を知ったハイエルフ達が戻れば議会に要らぬ口出しをするだろうから、それを阻止するためだ。
しかしそれは杞憂に終わった。
「まさかそこまで愚かだったとは…」
イツキ経由でマリオ達から知らされたことにキルスが愕然とした様子で呟く。
最初は帝国も貴人であるハイエルフは捕虜にしても丁重に扱うつもりではあった。
しかし帝国軍に追い付かれたマデリン家の当主は、恥も外聞もなく妻や子供を奴隷に差し出すので自分だけは助けて欲しいと泣きついた。
それを目の当たりにした他の家族たちも自分だけを助けろと言い出し、激しい怒鳴り合いとなってまったく収拾が付かない。
挙句に『今度のことは我々を残して勝手に死んだ王君が悪い』と先代の緑の王を糾弾し始めた。
そのみっともない様に業を煮やした帝国審問官は、全員に隷属の首輪を嵌める命を出し。
希望通りに当主、妻、息子と2人の娘は奴隷商に払い下げられ、その日のうちに帝国へ送られた。
そしてキルスの生家であるアズリーデ家は、金ならいくらでも出すと命乞いをするが聞き入れられぬと分かった途端。
『子供らが勝手にしたことでワシは何の責任も無い』
『私は何もしていない、悪いのは夫と息子達よ』
『国を食い物にして帝国を怒らせたのは両親だ。僕は悪くないっ』
『罰を受けるのは父や母や兄だ。僕は言う事をきいていただけなんだ』
見苦しく親兄弟同士で責任の擦り合いを始めた。
その挙句、自分を悪党と罵り好き勝手なことを喚く妻や子に激高した当主が止める間もなく火魔法を放ち、それに息子達が応戦。
自分だけが助かればいい、自分さえ良ければ…。
そんなことしか考えられない、生まれた時からハイエルフと呼ばれ『特別』という枠の中でしか生きてこなかった者達の最期は肉親同士の殺し合いで幕を閉じた。
残った外戚達も似たような末路を辿り、ハイエルフと名乗っていた者達は取り巻きを含めて全員が死ぬか奴隷に落とされ二度とこの地に戻ることは無かった。
「私が代表ですか?ですが私は元凶であるアズリーデ家の…」
帝国軍と今後のことを決める会談のメンバーに自分の名があったことに、キルスは戸惑いを隠せない。
「だからこそじゃないかな」
「マリオ君…」
「だってこの中で誰よりもハイエルフのことを知っているのはキルスさんでしょう」
「それは…そうですが」
困り顔を浮かべるキルスに、マリオがちょっとだけ黒い笑顔で言葉を継ぐ。
「彼らの隠し財産とか裏帳簿とかいろいろ…僕らでは知り得ないことを」
その言葉にキルスは納得の頷きを返す。
「と、言うのは冗談ですけど」
「は?」
「まあ、確かにそう言った部分はありますけどキルスさんが選ばれたのは今までの行いの賜物ですよ」
マリオの言に、いえとキルスは大きく首を振った。
「私がしてきたことなど…偽善にすぎません」
「偽善…ですか?」
怪訝な顔をするマリオの前でキルスは静かに幼馴染のことを語り出した。
「最初に感じた疑問はコニリの服でした」
コニリは屋敷にいた奴隷の子で、幼い時は大人達の目を盗んで良く一緒に遊んだ。
その時に感じた素朴な疑問。
自分は新しくて上等な服を着ているのに、何故コニリの服はいつもくたびれた古着なのか?
どうして自分はたくさんの食べ物が出されるのに、コニリには残り物を…それも少しだけしか与えられないのか?
自分もコニリも同じエルフなのに。
それが不思議で父や母、周囲の大人に聞いて回った。
だが返ってきた答えはいつも一つ。
『王君の親族だから』
確かに王君は尊い存在だけれど、その親族である自分たちは本当に偉いのか?
王君の名を利用して得た益をどうして他のエルフ達に還元しないで自分達だけが贅沢に暮らすのか?
けれどそう口にすると誰もが顔を顰め、不敬だと叱責してくる。
そんな日々の中、コニリが奴隷兵として売られることが決まった。
売り先は辺境の警備隊、そこは妖魔が出没することが多く危険な場所だ。
それを知って必死に父親にコニリを売ることを止めて欲しいと頼んだが聞き入れてもらえず、逆に『そんな下賤な者に入れ込んで何になる』と怒鳴りつけられた。
別れの日、何の力になってやれずに済まないと謝る自分にコニリは笑顔でこう言った。
「坊ちゃんのおかげで楽しい時を過ごすことが出来ました。だから気にしないで下さい」
「でも…」
「でしたら俺のことを案じてくれる分を、他のエルフに向けてやって下さい。坊ちゃんのような方が主人となったらきっとみんな幸せになれると思うんです」
そう言って辺境に向かったコニリだったが…。
赴任して僅か半年で妖魔に喰われて死んだと知らせが来た。
辺境に売られさえしなければこの先もっと長く生きられたはずなのに。
そして自分は知ってしまった。
コニリの父親が評議員の一人で、ハイエルフの行いに苦言を呈した為に目の仇にされ、のちに汚職の罪で捕らえられて獄死したと。
父親の死後に発覚した借財の為に、遺された家族は借金奴隷としてアズリーデ家に買い取られ辛い労働を課せられることになった。
だがそのすべは自分の父親が仕組んだことだった。
コニリの父親と家族はハイエルフに逆らうとこうなると知らしめる為の生贄にされたのだ。
それを知った時、ハイエルフと言う存在を心の底から憎んだ。
自分にその血が流れていることを嫌悪した。
それからは自分の自由になる金を使い貧民と呼ばれるエルフ達を援助したり、時には彼らの下に行って困ったことの相談に乗ったり、子供たちに勉強を教えたりした。
そうすれば死んだコニリも喜んでくれると思えて。
けれど自分の行いは父親や他のハイエルフ達からすると目障りでしかなかった。
彼らからしたら尊い王君の血筋たるハイエルフが、そんな下賤な者と慣れ合うなど以ての外ということらしい。
何度も止めるように言われたが聞き入れず、逆にコニリの父親と同じようにハイエルフの行いを糾弾した。
そんな私を父は見限り、ハイエルフの恥さらしと罵って存在を完全に消す為に家名を奪い国から追放した。
私がいなくなった後のエルフ達のことが気にはなったが、私は漸くにしてハイエルフの名から解放された喜びの方が大きくて…晴れ晴れとした気分で国を出た。
新生活が始まると、それが楽しくてエルフ国のことは思い出しもしなかった。
「私は逃げたのです…コニリを救えなかった自身の不甲斐なさから。エルフ達に優しくしたのも負い目からでしかありません」
「別にそれでもいいんじゃないですか」
「え?」
辛そうに言葉を綴っていたキルスはその顔に驚きの色を刷いた。
「僕の故郷に『やらない善よりやる偽善』という言葉があるんです。
道の掃除をしていたら『周りから良く見られたくてやっているんだろ。偽善者』って言われて止めてしまった女の子がいたんです。
でも『偽善だろうが何だろうが行動に示した者は褒められて然るべきだ』と言ってくれた人がいて、後にその子は掃除を再開しました」
マリオの話に呆気に取られた様子だったが、すぐにキルスは唇に笑みを浮かべた。
「やらない善よりやる偽善ですか…ありがとうございます。完全に蟠りが消えたわけではありませんが心が軽くなりました」
「お役に立てたのなら何よりです」
ふにゃんとした笑みを返すとマリオはキルスと共に評議委員達の下へと向かう。
「ここからが正念場です。会談でエルフ国の立場をはっきりさせないと帝国の食い物にされてしまいます」
「それは分かっておるが…具体的にどうするかの」
一番年嵩の老エルフがマリオに問いかける。
「まずは条約に関しての資料を集めましょう。どんな条約であっても必ず何処かに穴があるものです。そこを突破口にしましょう」
その提案に集まったエルフ達は急いで資料を搔き集める。
「それとキルスさん。ハイエルフのお金を統括管理していたのは誰です?」
「父です。他のハイエルフ達に配分について文句を言わさない為に宗家の当主が管理するというのが決まりでした」
「だったら帳簿とかは…」
「屋敷にあります」
「略奪に向かった帝国軍が奪い去ってなければいいんだけど」
考え込むマリオに、それは有り得ませんとキルスが断言する。
「父の金への執着は妄執と言って良いものでした。帝国軍が迫っていると分かっていて安易な場所に隠したりはしないでしょう」
「だったらまだ屋敷にありますね。金の遣り取りが記された帳簿は時に命より大切になるから」
納得の頷きを返してからマリオはキルスに問いかける。
「その場所が何処だか分かります?」
「候補は幾つかありますが…」
「行って探しましょう」
「はい、案内します」
「ミヤッ」
先に立って歩き出したキルスを追うマリオの後を、窓辺で寝ていたタマが起き上がり付いてゆく。
豪奢だがあちこちが破壊され、酷く荒らされた屋敷。
中に入ると価値がありそうな絵画や調度は姿を消し、扉や棚の金の飾りまでが乱暴に引き剥がされた様がより廃墟感を漂わせている。
「目につく物は手当たり次第に持ってったみたいだね」
「ニャッ」
略奪の限りを尽くされた様子に思わずため息が漏れる。
「確か…この辺りに」
だがそれを気にすることなくキルスはクローゼットを開け、乱雑に落とされたドレスの掻き分けて下板を外すと。
「二重底?」
そこから隠し扉が現われ、中にあった袋から数千枚の金貨が姿を現す。
「此処ではないとすると…」
金貨には全く動ぜずキルスは今度は階段へと向かう。
裏手の階段下スペースに積み重ねられた粗末な木箱。
そこにこれでもかと詰め込まれていたのは眩いばかりの宝石や高価な装飾品たち。
「違ったか」
残念そうに呟くとキルスはホールにあった世界樹を模した彫刻の台座の前で屈み込む。
その隠しスペースには大量の金塊が…と、こんな所にと思う場所から次々と隠し財産が発見される。
「…何だかマルサになった気分だな」
疲れたように息を吐いたマリオの目の前で、キルスは天蓋付きの豪華なベッドの下へと潜り込んだ。
「ありました」
しばらくしてマットの中に隠されていた帳簿を手にしたキルスが這いずり出てくる。
どうやら毎晩、帳簿の上で寝ないと安心できなかったようだ。
「業が深いなぁ」
誰も…家族さえ信用できなかったその心根を思い、再びマリオは深いため息をついた。




