34、王たちの夕餉
「では我が王、我らはこれにて」
胸に手を当てて頭を下げるイツキに、うんとマリオも笑みを向ける。
「久しぶりに会えたんでしょ。積もる話もあるだろうからゆっくりしてきなよ」
植物の精霊王であるイツキはともかく、他の精霊王は長く一か所に留まると周囲への影響が大きいため、マリオに礼を言ってから自分たちの王へ言葉を掛けると名残惜しそうに姿を消していった。
最後に残ったイツキもマリオに笑みを返すと精霊王たちを追ってゆく。
「これ、美味しいっ」
「美味いのう」
精霊王たちが去った後、腹減ったコールが鳴り止まないリョクの為にリュックから取り出した料理の数々を四阿のテーブルに並べて少し早めの夕食会となった。
「このパン、フワフワね。中に入ってるベーコンとチーズと凄く合っていくらでも食べられそう」
「ナスとチーズのミートパスタお代わりだっ、それとその肉巻きもくれっ」
嬉々として料理を口に運ぶカリーネとリョクの食欲に圧倒されながら、マリオは隣で静かに焼うどんに舌鼓を打っているゼムに問いかける。
「呪いの後遺症とかはありませんか?」
膝の上にいるタマに約束通り鴨のフォカッチャを分けてあげながら問うマリオに眼を細めながらゼムは大きく頷いた。
「うむ、マリオのおかげで元気溌剌じゃ」
「それは良かったです」
「しかし黒の魔王め、厄介な呪いをかけてくれたものじゃ。
あれにはワシが持つ魔力を強制的に瘴気に変換する効力があっての。もう少しで完全に瘴魔になってしまうところじゃった」
「勘弁してくれ、魔力の塊みてぇなジジイが瘴魔になっちまったら誰にも止められねぇし、この世界は終わりだぜ」
やれやれとばかりに肩を竦めるリョクに、面目ないとゼムはペシリと自らの額を叩いた。
「呪いをかけられていたことにも気付かず、ましてや二百年も経ってから発動するとは夢にも思わんかった」
「でもおじいちゃんは、自分がおかしくなる前に瘴気が漏れないようにちゃんと結界を張ったじゃない」
「しかしそれでも抑え切れずに漏れ出した瘴気の影響は出とる。
瘴魔が現われるかもしれんからしばらくは警戒をしておいた方が良いな」
ふぅとため息をつくゼムに、あのっとマリオが問いかけた。
「呪いの魔法陣に触れた時に凄い悪意を感じたんですけど、それを仕掛けた黒の魔王ってどんな人だったんですか?」
「そう言えばマリオも渡来人じゃったな。そうさの」
マリオの問いに少しばかり考え込んでからゼムは徐に口を開いた。
「あやつがこの世界にやって来たばかりの頃に少しばかり話をしたことがあっての。
その時は知識欲が旺盛じゃが礼儀正しき者であったので、問われるままこの世界の成り立ちについて知る限り答えてやったものじゃ。
どうやら元居た世界に帰る方法を探しておったようでの」
「え?でも女神イネスさまは『帰ることは叶わない』って」
マリオの言葉にゼムも大きく頷く。
「イネスさまのおっしゃる通りじゃ、異界への扉が開くことは稀。開いたとしても其処が求める世界であるとは限らん」
「それを知って自棄になったとか?」
「いや、討伐の時に再び会ったが…その眼は自暴自棄になった者が持つものではなかったの。野望を抱き、それを成就させようとする強き意思を宿した眼であった」
「地球世界に帰ることを望んでいたのに、やったことは大量虐殺ですか…。本当に何がしたかったんだろう」
「それは誰にも分らん。当人ももうおらんしの」
ため息混じりに頷くとマリオは別の問いかけをする。
「黒の魔王はどうして魔法が使え続けたんでしょう?
魔王と呼ばれるようになって精霊との契約は解除されたんですよね」
「いや、あやつは最初から契約はしておらん」
「え?じゃあどうやって」
王以外は精霊との契約が無くては魔法は使えない。
「それはひとえにイネスさまの加護のおかげじゃな」
首を傾げるマリオにゼムは渡来人だけに与えられる加護について話してくれた。
「それぞれが持つ得意分野をさらに強化するために聖女には【治癒】が鉄道王には【錬金】が与えられておった。そして魔王の加護は【解析】じゃった」
ゼムの言葉にマリオは感心仕切った顔で頷いた。
「凄いな、魔法の成り立ちそのものを解析して自分用にカスタマイズさせて使えるようにしたんだ。でもそんな風にこの世界にあるものすべてを解析して利用できるとなったらその力は正に神様クラスですよね」
「そうじゃな、しかしそれ故にあやつは道を踏み外したとも言える。自らの力に溺れた者が辿り着く先は破滅でしかないからの」
深く息を吐いてからゼムは残念そうに言葉を継ぐ。
「当人から聞いた話で本当かどうか分らんが、元居た世界では天才と呼ばれる程に優秀な学生でノーベル賞とやらを取るのも間違いないと言われておったそうじゃ。惜しいのう、その才能と加護を正しく使っておればあやつは英雄と称えられ死ぬことも無かったであろうに」
「…力に溺れるか。僕も気を付けないと」
思わず呟いたマリオにゼムは笑って首を振った。
「大丈夫じゃよ。マリオはきちんと自らを律することが出来ておる。何よりイネス様の加護があるしの」
「マリオの加護って何なの?」
それまで大人しく話を聞いていたカリーネが小首を傾げながら問いかける。
「その加護は【賢者】じゃよ。文字通り賢き者じゃな。そのような者が己の力に溺れるなど愚かな真似はすまいよ」
「そうだぜ、何しろコイツは呆れるほどお人好しだからな。俺が知る限り、他の奴らの為にしか緑の王の力を使ってねぇし。自分の好き勝手になんて微塵も考えてねぇ」
「お人好しでは無いけどね」
我がことのように胸を張るリョクに苦笑を浮かべながらマリオは言葉を継ぐ。
「前に僕が旅先で困っていたら、いろいろと親切にしてくれて助けてくれた人がいたんだ。その人にお礼をしようとしたら『親切にされて嬉しかったのなら、その親切を今度は君が他の困っている人に回してくれたらいいよ。親切のグルグル回しだ』って。そう言ってもらって凄く嬉しかったから実行してるだけだよ」
マリオの話に、ふむと納得したように頷くと今度はゼムが問いかける。
「マリオは王の力についてどう思っとる?」
唐突な質問にマリオは腕を組んで考え込んだ。
「そうですね。…その気になれば天災クラスの罰を簡単に下せるくらい大きな力だから、王として使うことは控えようと思ってます。ただの草木魔法師…そのスタンスが一番いいかなって」
「ふむ、どうしてかの?」
「王の力って、僕からしたら神様に近いものって認識だからです。神様って高い崖を登る時の命綱と同じ存在だと思うんです。人が崖の上を目指す時、命綱があれば安心です。でも命綱は登ることを助けてはくれません。万が一の時には助けてもらえると信じて、自らの力で登らなければならない。人の世は、神様ではなく人が作ってゆくものですから」
マリオの答えにゼムは満足げに頷いた。
「さすがは【賢者】じゃの。ちゃんと王が何たるか、その役目を心得とる。ワシがその域に達するまで二百年はかかったものじゃが」
感心するゼムに、どういうこったとリョクの首が盛大に傾げられる。
その様に苦笑を漏らしつつゼムは口を開いた。
「そもそも精霊は世界に干渉することはできん。故に我ら王がいるのだ。王とは世界と精霊を繋ぐために存在する。だからこそ王力を使うことは慎重にならねばならん」
「何でだよ、ケチケチしねぇでどんどん使えばいいじゃねぇか」
不満気なリョクに、ゼムは深いため息の後で口を開いた。
「王の力を頼り、救いを望む者がいたとして緑碧がその者を助けたとしよう。その後はどうする?」
「ど、どうって…」
問いの意味が分からず言葉を詰まらせるリョクに、ゼムは強い眼差しを向け言葉を継ぐ。
「助けを必要とする者は他にも大勢おる。そのすべてをお前は救ってやれるのか?」
「そいつは…出来ねぇけど」
「安易に王力を使えば、その恩恵に預かれなかった者が必ず出る。その者達の絶望と恨みを考えたことがあるか?己がどんなに努力しても手に入れられないものを、いとも簡単に手にした者がいたとしたら口惜しく妬ましい。それを得た者はもちろん、与えた相手をも憎悪せずにはおられん。しかもその憎しみは決して消えることなく、その後どんな幸福を得ても自らが真から幸せだと思えなくなる。じゃがそれも与えられた者の不幸に比べればまだマシじゃがの」
「まだマシって?」
不思議そうに首を傾げるカリーネに、ゼムは憐憫を刷いた声で先を続ける。
「一つ望みが叶えば必ず人は次の望みを叶えてもらおうとする。それが叶えばまた次を望む。人の欲望に終わりはないからの。そのすべてに応えてやれたとして、後にその者達はどうなると思う?」
ゼムの問いに答えを持たぬリョクとカリーネは無言で首を振ることしか出来ない。
「その先に待つのは『滅び』だけじゃ」
「なっ!」
不吉この上ない言葉に絶句する2人の前でゼムは淡々と話を続けてゆく。
「何の努力もなく望みが叶う。そうやって堕落し、自らを磨くことを放棄した者が辿るのは破滅への道だけじゃ。故に王は人前に姿を現さず、その力も誇示してはならぬ。大きな力は人に過剰な依頼心を生まれさせ、その進歩を妨げるからじゃ」
ゼムの話にリョクは力なく下を向いた。
自分の馬鹿さ加減が悔しくてならない。
王になったばかりの時、ゼムからしつこい程に王であることを誰にも知られてはならんと言われた。
その言葉を単に正体がバレると何かと面倒臭いからだ…くらいにしか捉えていなかった。
だから真面目にゼムの話を聞くことなく途中でさっさと逃げ出した。
だが違うのだ。
今になって分かる、ゼムが言っていたことの意味が。
短いながらもマリオと共に旅をして、多くの者と知り合った。
悲しくて理不尽な争いや諍いは何処にだってある。
だが皆、誰もが頑張って生きている。
今日を明日に繋ぐために、好きな相手を幸せにするために。
いつも笑って暮らせるようにと。
王の力は使い方を間違うと、そんな者達を助けるどころか簡単に不幸にしてしまう。
その恐ろしさも、責任の重さも、本当に自分は何も分かっていなかったのだと。
そんな自分が風の王で本当に良いのかと、足元の地面が崩れ大穴に落ち込むような不安が胸の中に広がってゆく。
「大丈夫」
トンと肩口に寄せられた柔らかな薄茶の髪。
気落ちしているリョクに寄り添ってマリオが言葉を継ぐ。
「虫人の国で言ったでしょ『勉強しよう』って。分からないことや迷うことがあっても知識を得ていたら正解に辿り着ける可能性は高くなるって。
これからも一緒に旅をしてたくさんのことを知れば、リョクさんの王様としての道が見えてくるはずだから」
「…ああ、そうだな」
確かにこいつが一緒なら大丈夫だろう。
もし道を間違えても、それを教えて正しい方向に導いてくれるはずだ。
その想いを胸にリョクは深く頷いた。
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「35話 鑑定対策と七王の妃」は火曜日に投稿予定です。
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