33、水の王と精霊王たち
「お加減は如何ですか?我が王」
「…イツキ?」
光に包まれてからの記憶がないマリオは、目の前にいるイツキに不思議そうな顔を向けた。
「ガウっ」
近くで聞こえた声に辺りを見回すと、大きいままのタマの身体を枕にして寝ていたことに気付く。
「ゴメン、重かったよね」
慌てて身を起こすと、気にするなとばかりにタマがペロンとマリオの頬を舐め上げる。
「おう、気が付いたか」
「良かったぁ」
「吹き飛ばされて目ぇ廻しただけだって聞いたが心配だったんだぜ」
ホッとした様子で歩み寄ってきたリョクとカリーネに水の王の安否を聞こうと口を開きかけるが、その前に応える声がした。
「面倒を掛けてすまんの。じゃがおかげで助かったわい」
「えっと…水の王さまですか?」
思わず聞き返してしまうのも無理はない。
何しろそこにいるのはカリーネよりもさらに小さい身の丈…50㎝程のアマガエルだったのだから。
「そうじゃ、名はゼム。こう見えても神獣じゃぞ」
軽く胸を張って答える相手は、身体と同じ青緑色のローブを羽織り手に年季の入った杖を持っている。
その姿は醸し出す雰囲気も相まって仙人のように見える。
「元は神域近くの沼にいたタダの蛙じゃったのじゃが、神域の気を浴び続けたおかげか何時しか神獣へと変化しておった。じゃが二千年前に水の精霊王たるウェンティル様が目の前に現れた時にはさすがに腰を抜かしたがの」
「懐かしいわね」
クスクスと笑いながら姿を見せたのは、淡い青色の髪と同色の瞳のマーメードラインドレスを纏った絶世の美女だった。
「私の王を救ってくれてありがとう」
深々と頭を下げる水の精霊王の姿に、マリオは慌てて立ち上がった。
「いえ、水の王さまを助けられたのはリョクさん達が力を貸してくれたからです。僕は女神さまからいただいた魔道具を使っただけで…」
そう言って緩く首を振るマリオに水の精霊王は微苦笑を浮かべた。
「本当に貴女が言った通りの子ですね。今度の緑の王は」
「でしょ、だから面白いのよ」
水の精霊王の横に風の精霊王が姿を現し、愉快そうにマリオを見つめる。
「以前の緑の王たちとは正反対よ。こっちがじれったくなるくらい謙虚で優しい子。ついでに凄く賢いのよ」
「そのようですね」
「天も漸くまともな王を選んだようで良きことだ」
納得の頷きを返す水の精霊王の隣に新たな人物が現われた。
「我が王、カリーネを導いてくれたことに感謝する」
軽く頭を下げたのは褐色の肌をした美丈夫で、濃い茶色の瞳に柔和な色を刷いてマリオを見やる。
「こちらは土の精霊王・ガルーンさまです」
イツキの紹介に慌ててマリオは居住まいを正す。
「は、初めまして。マリオ・タチバナです」
ペコリと頭を下げてから、あのと土の精霊王に聞き返す。
「カリーネさんを導くって…心当たりが無いんですけど」
そんなマリオの言葉に土の王は明確な困り顔を浮かべた。
「謙虚なのは美徳だが、己の価値に気付かぬというのは困りものだぞ。世界樹よ」
「仕方ありません。それが我が王なのですから」
しれっと言い返すイツキに、やれやれとばかりに土の精霊王は大きく首を振った。
「いいじゃないの。八代前から緑の王にはロクなのがいなくて何度も天啓を疑ったけど、この子を選んでくれたことで帳消しだわ」
コロコロと笑う風の精霊王に、確かになと土の精霊王が頷く。
「尊き身ゆえ危険な外界などに赴く必要はないと甘言を与えておけば大人しく結界内に閉じ籠ってくれる愚者ばかりであったから良かったものの」
「そうですね。あれらに出歩かれては迷惑千万ですもの」
同調する水の精霊王にマリオは困惑顔で問いかけた。
「今までの緑の王さまって…そんなにダメだったんですか?」
「ええ、特に先々代のは酷かったわね。傲慢が服着てるような奴で自分が世界の中心だって本気で思ってたんじゃないかしら」
ふんと鼻息荒く言葉を綴る風の精霊王に、そうですわねと水の精霊王も同意する。
「この地だけでなく他の地も気分次第で不毛の地に変えていましたから黒の魔王に討たれた時は正直申しまして…安堵いたしました」
「いなくなって哀しんだのはエルフ族、それも王権に寄生していた者だけだったくらいには嫌われておったな」
精霊王たちの容赦のない物言いに、マリオは思わず遠い目になる。
「えっと…イツキ」
振り向いて視線で問いかけると、イツキは軽く肩を竦めてから口を開いた。
「残念ながら皆様の言葉通りかと。他の六王君と違い、緑の王の役目はその身に宿る魔力によって我ら植物を育てることですので。我の監視下で必要な魔力を渡してさえもらえれば多少のことは目を瞑るというのが習わしでしたゆえ」
「あーつまり歴代の緑の王さまは良質な『肥やし』以外の何者でも無かった訳だね」
必要なのは王自身ではなく、王が持つ緑の魔力。
確かにそれならば多少出来が悪くても務まっただろう。
はあっと深く息を吐くマリオに、ですがとイツキは笑顔を浮かべて言葉を継いだ。
「我が王は別です。王の放つ慈愛に満ちた魔力を、この世界に存在するすべての草木が歓喜と共に受け取っております。しかも歴代の王のように使役するのではなく、ただ優しく願うだけ。ゆえに眷属たちは義務ではなく深き忠誠を持って王に仕えると申しております」
「そ、そうなんだ。…その、ありがとう」
庭師であるマリオにしたら植物を愛でるのは息をするのと同じことで改めて言われると面映ゆいことこの上ない。
困惑しつつも礼を言うマリオを、その場にいる一同が暖かい眼差しで見つめる。
「ま、水のジジイも元に戻ったってことで。腹が減ったからメシに
しようぜ」
「あなたはそればっかね。虫人だから仕方ないけど」
呆れ顔を浮かべる風の精霊王に、当然とばかりにリョクが頷く。
「それはいいけど…此処で?」
マリオの問いに周囲を見回したリョクが、確かになと小さく息を吐く。
瘴気の原因だったらしい呪いが消えたことで薄くはなってはいるが、その影響はいまだ濃い。
池の水は濁ったままだし、周囲には腐ったり、枯れた草木が溢れていてとても楽しく食事が出来る環境ではない。
「少しだけ待ってくれる。せっかく土と水と緑の王がいるから此処を新しく作り直したいんだ」
「作り直すだぁ?」
「うん、僕の故郷で言うところのビオトープってのを作りたいんだけど」
ビオトープとは本来、生命(バイオbio)と場所(トポスtopos)の合成語で「生物の生息空間」という意味だが。
近年はガーデニング用語として一般的に意味する自然風の水辺(庭池・滝・小川等)を総称するものとしても使われている。
「元からあった草木を生かす形で…大体こんな感じに」
リュックから取り出した紙とペンでマリオは素早く設計図を描いてゆく。
「それでゼムさんには池の浄化を、カリーネさんは僕と一緒に周りの土壌の改良と形成をお願いしたいんだけど」
「お安い御用じゃ」
「私の力が役に立つのなら何でも言って」
瞳を輝かせて頷く2人に笑みを返すと、すぐさまマリオは行動を開始する。
「そこは少し高くしてもらえる?」
「ええ、こんな感じかしら」
「上出来っ。そしたら次は…」
設計図を手に指示を出すマリオの横で、カリーネが嬉々として土魔法を駆使し整地してゆく。
「ふむ、あのように楽し気なカリーネは初めて見る」
「王に選ばれてからずっと下を向いてばかりの子だったものね。
相応しいと天が判断したから王に選ばれたって言うのに、自信が持てなくて可愛そうなくらいビクビク怯えてたけど…どうやらそれもお終いのようね」
風の精霊王の言葉に、ああと土の精霊王は感慨深げに頷いた。
「今まで誰の言葉も届かなかったが、今回のことで顔を上げるきっかけを得たようだ」
そう言って土の精霊王は先程の王たちの遣り取りを思い返す。
「まずは礼を言う。瘴魔と化したワシをよくぞ元に戻してくれた。
特にカリーネ、怪物となったワシを見捨てることなく傍にいてくれてありがとうの」
深く頭を下げるゼムにカリーネは驚いて首を振った。
「私は何も出来なかったよ。おじいちゃんを助けられたのは全部、リョクとマリオのおかげだもの」
「いや、お前の声は常にワシに届いていた。
おかげでワシは心まで瘴魔にならずにすんだ。それはすべてカリーネの優しさの賜物じゃ」
「そうだぜ、マリオの奴も言ってたろうが『カリーネさんは自分が思ってる以上に強くて優しい人だよ』ってよ」
続けられたリョクの言葉に、いまだ意識が戻らずタマを枕に寝ているマリオを気遣いながらカリーネは必死に言い募る。
「で、でも私…」
「だーっ、焦れってぇなっ。いい加減認めろっ、お前はスゲエ奴なんだっ。
だから水のジジイは助かった。そのことに素直に胸を張れっ」
「は、はい」
リョクの剣幕に思わず頷いた後、カリーネは与えられた言葉を噛み締めてから、毅然と顔を上げた。
「まだ自分が土の王に相応しいとは思えないけど…でもそうなれるように頑張るわ」
「うむ、良きかな、良きかな」
笑顔のカリーネに、ゼムは満足げな笑みを返した。
「地形はこんなものかな。後は…」
ぐるりと周囲を見回してからマリオは右手を高く掲げる。
「それじゃあ、みんな。新しい環境で元気に育ってね【成長】」
その言葉が終わるなり右手にある紋章から暖かな光が溢れ、池を包み込むように広がった。
「おおっ」
「綺麗っ」
「素敵ですわ」
歓喜の声を上げる精霊王たちの前で次々と芽吹いた緑が急速に成長し、同時に周囲に漂っていた瘴気が草木に吸い取られて跡形もなく消えてゆく。
「凄ぉいっ」
「見事じゃ。結界で塞き止めておいた川の流れもこれで元に戻せる。
すぐに逃げた魚たちも戻って来よう」
「相変わらずビックリ箱みてぇな奴だぜ」
「当然です。我が王なのですから」
そんなことを言い合う彼らの前には、コバルトブルーの水を湛えた池を囲むように生い茂る優美な森が広がっている。
新しく生まれた3m程の滝から落ちる水が波紋と共に水草を揺らし、緑の木々の隙間から落ちる光と共に水面に複雑な模様を描き、見る者を楽しませてくれる。
その木々も春の花、夏の緑、秋の紅葉と四季折々の美しさが堪能できるよう絶妙なバランスで配置されている。
湖畔のなだらかな坂の上には周囲を見守るように蔦が絡まる閑静な石造りの四阿が作られ。
森全体がマリオの優れた造園技術と自然が無理なく融合した芸術作品となっていた。
「お待たせ。御飯にしよう、お腹空いちゃった」
マリオの声に、皆は笑顔で出来たばかりの四阿に向かって行った。
評価が 500ptを超えました。
本当にありがとうございます。
「34話 王たちの夕餉」は土曜日に投稿予定です。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。




