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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
29/94

29、水の郷を目指して


「本当にどうもありがとう」

「またウェスタに来たら絶対に寄ってね」

 笑顔で手を振るシーナとシェラに手を振り返し、マリオとリョクそしてリュックの外ポケットから顔だけ出したタマの一行は駅へと向かった。


あれからすぐに侯爵は騎士団を動かしてサウロ商会の隠し金庫にあった書類を押収し、国王の前で行われる御前会議で第一王子暗殺計画件について報告をした。

結果、サウロは投獄され商会は閉鎖。

計画を命じたフィペン伯爵やその腰巾着だった貴族たちは未遂だったことを(かんが)み降格や蟄居となり、王宮への出入りを禁じられた。

もう返り咲くことは不可能だろう。

王妃だけは何も問われ無かったが、体調不良と言うことでしばらく離宮で暮らすことになった。


「まあ、これで側妃様も心安らかに過ごせるんじゃないかな。

王妃様のイビリはシャレにならないくらい酷かったらしいから」

 軽く肩を竦めるとマリオは横にいるリョクを見やった。

「リョクさんもお疲れ様。傭兵だけじゃなく、その裏で指示を出してた闇ギルドまで壊滅させる大活躍だったよね」

「ありゃ、たまたまだ。ブッ倒した中に成果を見届けに来てた下っ端がいたんで、そいつにアジトまで案内させて全員叩きのめしただけだからな」

 さすがは風の王と言うべきか。

自在に操る風魔法で下っ端を含め50人程いた組合員をたちまちのうちに無力化し、最後に残った傭兵崩れのボスを例の風のドリル付き拳で再起不能にして全員を生きたまま捕縛したのだった。

しかしそれが騎士団の精鋭部隊で掛かっても出来るかどうかの大仕事だとは当人は微塵も思っていないようだ。


「雅庵も食中毒事件がサウロ達の差し金だって証明出来たから賠償金の支払いもしなくて済んだし」

 儲かったお金で土地を買い、マリオが用意してくれた新種のエナと赤豆の畑にすると笑っていた姉妹の顔を思い出す。

魔法で出した水をやれば秋まで実をつけ続けると教えたら、今回協力してくれた菓子職人たちも自分たちの店用にもと畑購入事業に参加してくれることになった。


「美味しいものが増えるとその分、笑顔も増えるから良いことだよね」

「それをしたのがテメェだってちゃんと分かってねぇのが歯痒いんだがな」

「…ご自分がしたことをよく理解しておられぬところは同じかと」

 どっちもどっちな2人にイツキは仕方なさげな微苦笑を浮かべた。


そんな会話を交わしながらウェスタ駅に到着したら、侯爵が待っていた。

「君に改めて礼を言おうと思ってな」

「わざわざありがとうございます。それに雅庵の無実を晴らすことにもいろいろと便宜を図っていただいて」

「元は私が人形師の甘言に易々と飛び付いてしまったことが原因だ。

迷惑をかけてしまった罪滅ぼしには程遠いが、この先も出来るだけのことはしてやりたいと思っている」

「よろしくお願いします。セロさんはサウロ達からお店を守る為に亡くなりましたから」

「ああ、その想いを無駄にはせん」

 小さく頷くと侯爵は居住まいを正してマリオに向き直る。


「人形師の計画では、私が死んで王妃は失脚、王位を継ぐことが確実となった王子は側近たちと力を合わせてこの国を治めてゆくとなっていた。

しかし冷静になってみると、それが馬鹿馬鹿しいほどの夢物語だと分かる。

王妃が失脚となったら、まず隣国のエナイが黙っていない。

それに最大の後ろ盾たる侯爵家の跡を継いだ息子があれでは…簡単に騙されて失策を重ね、王子の立場を危うくする未来しか見えない。

君のおかげで我々は救われた。ありがとう」

 深々と頭を下げる侯爵に慌ててマリオは首を振った。


「僕がしたのは忠告だけです。

その後のことは侯爵様やそのお仲間が頑張ったからです」

「君は…いや、それが君なのだな」

 やれやれとばかりに肩を竦める侯爵に、それよりとマリオが尋ねる。

「人形師のことは周知していただけました?」

「ああ、我が国だけでなく友好国の首脳部に警告を出した。

それを何処まで本気で受け取ってくれるか定かではないが、簡単に信用はしなくなるだろう」

「それは良かったです」

 嬉し気に頷くとマリオは駅にある時計に目をやった。


「それじゃあ僕らはこれで」

「近くに来たら我が屋敷を訪ねてくれ、勝負の続きをしよう」

「はい、楽しみにしています」

 笑顔で別れるとマリオ達はウェステリアの穀倉地帯に向かう支線に乗り込んだ。


「んで、次は何処へ行くんだ?」

 リョクの問いにマリオはギルドでもらった地図を取り出して答える。

「ウェスタから12個先にあるヤーマルってとこだよ。

そこが水の郷に一番近い駅だから。その辺りは良質な小麦の産地で粉物系の美味しいものがたくさんあるって」

「おう、なら食って食いまくるか」

 嬉々として言葉を綴るリョクに笑みを返すと、マリオは膝の上にいるタマを撫でながら言葉を継ぐ。

「途中にこの国で一番大きなダンジョンがあるよ」

「ダンジョンかっ、そいつはいい」

 行く気満々のリョクに、だったらとマリオは今度はガイドブックを開いた。


「僕は近くの畑を見て回ろうかな。ギルドで今年は発育が良くないって

聞いたから。病気だったら治してあげたいし」

「んじゃ、駅に着いたら別行動だな」

「やり過ぎに気を付けてね」

「…善処する」

 心当たりがあるようでポリポリと指で頬を掻くリョクにマリオは微苦笑を浮かべた。


 


「えっと…」

 困り顔を浮かべたマリオの隣で、やれやれとばかりにリョクが大きく首を振った。

「とにかく顔を上げて下さい」

 目の前に広がる土下座の平野にデジャブを感じながらマリオは先頭にいる女性に声を掛ける。

しかし彼女はフルフルと身体を震わして更に縮こまるばかりだ。

さて、どうしてマリオ達がこんなことになっているかと言うと。

それは少しばかり時間を(さかのぼ)る。


無事にヤーマル駅に着いたマリオとリョクは目的地行きの子竜車を探すと、上手い具合に途中まで同方向の便があった。

2人してそれに乗り込んだのだが、通過するはずの場所にパンケーキで有名な店があり、リョクのリクエストで其処に寄ることになった。

その店は人里から少し離れた場所にある隠れ家的な名店で、行ってみたら丁度10人程の団体客が帰るところだった。

その中の一人、仕立ての良いローブを纏った女性がマリオ達を見るなり悲鳴を上げた。

そのまま見事なスライディング土下座をかまし、次いで声高に叫んだ。

「ご、御前を穢す無礼をお許し下さいっ。風の王君、緑の王君っ!」

 その声に周囲にいた者達も驚愕の表情を浮かべた後、彼女にならって地にのめり込む勢いで一斉に土下座状態になったのだった。


「ところで貴女はどなたですか?」

 マリオの問いに恐々(おずおず)と女性が顔を上げた。

フードの奥から現れたのはオレンジの髪に琥珀の瞳を持つ、まだ10代と思われる美少女だ。

「わ、わたくしはウェステリア国の宮廷魔導士の任についておりますタニアーヌ・オーエンと申します」

「宮廷魔導士さん?そんな方が何故ここに?

それとどうして僕らのことが分かったんです?」

 続けざまの問いにタニア嬢は青い顔のまま口を開いた。


「も、申し訳ありませんっ。ついいつもの癖で鑑定をかけてしまい二王君のステータスを見てしまいました。ご無礼にも程が…」

「ああ、鑑定か。それなら仕方ないですね」

 マリオのローブとリョクのマフラーには隠形の魔法が付与されてはいるが、レベルの高い【鑑定】を持つ者の前では通用しない。


「お、怒りではございませんので?」

「今回は不可抗力でってことで。リョクさんもそれでいいよね」

「ああ、構わねぇ」

 その言葉に一同からホッとした雰囲気が伝わってきたが、次のマリオの言葉で再び縮こまる。

「でも相手に断り無しに鑑定を掛けるのは止めておいた方が良いですよ」

「は、はいっ肝に命じますっ」

 再び土下座状態に戻ってしまったタニアにため息を吐くと、マリオは改めて言葉にする。

「ちゃんと話を聞きたいので皆さん立ってください。

それともこのまま此処から離れた方が良いですか?」

 ちょっと強めに言えば、彼らは弾かれたように立ち上がった。

「それで僕の質問に答えてもらえます?」

「は、はいぃっ」

 直立不動のままタニアが語ったことによると。


10日前にヤーマル周辺で大量の瘴気が発生していることが判った。

小麦の生育不良もその影響だと思われ、このままでは飢饉になりかねない。

そこで瘴気発生の原因究明のために宮廷魔導士のタニアと第二騎士団の小隊がこの地へとやって来た。


「瘴気だぁ?そいつはおかしくねぇか。この近くには水の王のジジイがいるはずだぜ」

 リョクの言葉通り、水の王がいてそんな事態になるとは思えない。

「そうなのです。私共もそれが不思議で水の王君をお訪ねしたのです。

いつもならお姿を見せてはいただけませんが、必ずお声は聞かせて下さいますのに…。何故か聖地の周囲に強い結界が張られていて、いくら問うてもお返事をいただけなかったのです」

 肩を落としての答えに、ああとマリオが納得の声を上げた。

「それで此の店にきたんですね、自棄食いで憂さを晴らすために」

「い、いえっ。それは…」

 慌てて首を振ったタニアだったが、じっと見つめるマリオの眼差しに観念したように小さく頷く。


「ま、僕の故郷では

『stressed …ストレスがたまる』を逆から読むと『desserts…デザート』になる。だからイラついた時は甘い物を食べると良いって言われてるから自棄食いもある意味、正解かな」

 そう言って笑ってから、でもとマリオは言葉を継いだ。

「勝手に他人に鑑定をかけても今まで注意されなかったところをみてもタニアさんは良い所のお嬢様みたいだし、他人に無視された経験が無いから腹が立つのは仕方ないけど。でも世の中の誰もが貴女のことを気遣ってくれる訳じゃないですから、そこを勘違いしてるとだたの痛い人になりますよ」

 サラッと発せられた言葉の槍に見事に刺し貫かれたタニアがorz状態で地に屈み込む。


「でもそういうことなら先に水の王さまに会いに行った方がいいね」

「そうだな。瘴気が増えていいことなんざ一つもねぇからな」

 マリオの言葉に頷くと、リョクはくるりと(きびす)を返す。

「水の王さまのことは僕らに任せて、タニアさん達は引き続き瘴気について調べて下さい」

「お、仰せのままにっ」

「それと僕とリョクさんのことはくれぐれも内密に」

 立てた人差し指を口元に寄せるマリオに、タニアを始めとした一同は千切れんばかりに首を縦に振った。





評価、ブックマークをありがとうございます。

「30話 王罰とカトウ鉄道の乱」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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