砂漠(フィールド)探索、始めました!8
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………やってしまいました。
サキュバスは目の前で崩れ落ちたクーファに駆け寄ると、その場にしゃがみこんだ。
「だ、だいじょうぶですか!?」
魔力の塊を、無警戒な後頭部に、全力で叩きつけておきながら……聞くことでは無いと自分でも思う。
幸い、昏倒しているだけで大した怪我にはなっていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
あんまりにも短期間に、『周囲のMOBの敵視を集めるスキル』を連発するものだから、我慢できずに、ついやってしまった。
(こんなに堪え性がなかったなんて……何だかショックです)
肩を落としているサキュバスの周囲で、砂蜥蜴達が雄叫びをあげる。
ふたりを取り囲むように、じりじりと迫って来た。
「あ、あの~、クーファさんこんな感じですし……今日はこの辺でお開きに…………」
『シャアアアアアアアア!!』
「だめですよね、やっぱりぃいい!?」
背後から飛びかかってきた砂蜥蜴を、クーファを抱えたまま回避する。
サキュバスには、動物型のMOBと意志疎通を図る能力がない。
本能で動く動物型は、それこそ戦闘で実力差を分からせるしかないのだが……
着地を狙って、残りの砂蜥蜴達も一斉に飛びかかってきた。
サキュバスは高く跳躍すると、砂蜥蜴達の包囲を一足で脱出する。
「今回は、これでお仕舞いにしてください!」
攻撃目標を見失い、一ヶ所に固まった砂蜥蜴達に左手を伸ばした。
『恐怖!!』
『ギュ』
『シュ』
『シャッ』
サキュバスの手から放たれた不可視の力を浴び、砂蜥蜴達は一目散に逃げて行く。
動物型には、これが一番効果的だ
やがて、砂煙も見えなくなった。
戻ってくることもないだろう。
「……ふぃ~。 疲れました」
戦闘による消耗はないが、精神的に疲れた。
サキュバスはキョロキョロと、周辺に目を配ると、他の冒険者がいない事を確認する。
クーファを連れて街に戻ろうか。
いや、騒ぎになりそうな気がする。
「う~~ん、困りました。 どこかに休める場所は……」
目覚める気配の無いクーファを抱え小高い砂丘の上に登る。
砂漠の真ん中に大きな木が1本だけ立っていた。
羽のような葉が四方に茂り、砂地に影を落としている。
サキュバスは、クーファを抱えたまま、ザクザクと砂地を歩く。
(足を取られて歩きにくい……飛べば楽ですけど……目立つわけにはいきませんし)
ややあって、目的の木にたどり着いたサキュバスは、木陰に腰を下ろした。
起きる気配の無いクーファを、砂地に横たえる。
(う~ん。 手加減無しで撃ち込んじゃいましたからね……。 見事なくらい痛恨の一撃しましたし)
回復魔法の使えないサキュバスは、ただただ見ていることしか出来ない。
「…………………………」
じりじりとした熱波が、砂地を焼いている。
この木陰は涼しいが、狭いのが難点だ。
(やっぱり街の中に連れて帰った方がいいでしょうか? う~ん……)
サキュバスが自由に行動できる時間も無限ではない。
明日の夜までには、仕事のため塔に帰らなくてはならない。
無駄にしている暇はない。
(クーファさ~ん。 起きてください~)
軽く揺すってみる。
しかし、クーファは、「うぅ……」と、小さな呻な呻き声をあげるのみだ。
「……………」
サキュバスは、クーファの身体を引き寄せると、その頭を自分の腿の上に乗せた。
青い髪を掻き分け、その額にそっと手を添える。
(頭を打ったら冷やすと良い……でしたっけ?)
人間族に比べ、サキュバスは体温が低い。
誰から聞いたかすら思い出せない怪しい知識だが、クーファの顔から少しだけ険が取れた気がする。
(…………)
上空は抜けるほどの青空、眼前は見渡すかぎり砂の広野だ。
街の姿も、先ほど登ってきた砂丘の影に隠れて何も見えない。
(……まるで、私たちしか居ないみたいですね)
MOBの姿も、冒険者の姿もない。
風に飛ばされる砂の音が響くのみだ。
(わたしには時間がない……デュラハンさんも助けなくちゃいけない……けど)
クーファを膝に乗せたまま、サキュバスは背後の木に寄りかかる。
(少しだけ……休ませて……)
サキュバスは目を閉じた。
昨晩のレイド戦以降、休まず飛んできたせいか。
慣れない環境で気を張り続けていたせいか。
それとも別の要因の『何か』のせいか。
微睡む暇もなく、サキュバスの意識は、夢の中に落ちていったのだった。