パート38
「……それで、本当に班長自らが行くんですか?」
実験体Fを助けた少年からの電話を切ると、今日までの観察――他の研究員にやらせていた実験体Fが日常生活でどう過ごしたのか、それらが細かく書かれてある資料を読んでいる室長に話しかける。
「そうだよ。実験というのは、自分の目で見ない限り信じられないだろう? だから今回は僕が彼女を探しに行くんだ。君も来るんだろう?」
「ええ、まあ……」
「それにしても……これはなかなか面白いねぇ」
資料を読み終えた班長は、手元に置いておいた入れたてのコーヒーを飲む。だけど苦かったのか、引出しから砂糖を取り出して二杯入れて混ぜる。
「一見、普通の日常、普通の生活になじんでるように見えてるけど、どこかが可笑しい。それも巧妙に隠されてるね」
「と、言いますと?」
「考えてみれば分かることだろう? 実験体Fはその体質がゆえに、不幸な出来事に遭遇しやすい。だというのにこれを読んでみると、片手で数えられるほどしか起こってないみたいじゃないか」
「そういえば……」
班長が言うとおり、資料によると実験体Fが少年と出会った時でしか、彼女に不幸が訪れていない。確かにあのアパートにずっといる彼女だが、だとしてもこれは可笑しい。
「これは、誰かが実験体Fの体質を抑えているのか、はたまた別なのか……。おそらく、彼女を餌にすれば分かるんじゃないかな」
「だから、今回は班長自ら行くと?」
「その通りだよ」
甘くなったコーヒーを飲み干すと、班長は椅子から立ち上がって掛けてあったコートを着た。
「それにそれだけじゃないんだよね。君の言う少年にも興味がある」
「彼、ですか?」
「彼が、実験体Fに今一番傍にいるんだろう? それで彼自身に不幸が訪れるのは分かるんだけど、ここで過ごしていた普段の実験体Fよりも不幸な出来事が起きてないかい? それも、実験体Fが傍にいるときだけじゃなく、傍にいないときもだ」
「え……?」
「どうやら、実験体F以外にも面白そうな実験材料がいそうだね」
準備を終えた班長は、車のキーを手に取ると部屋から出ようとする。
「……はたして、彼女はどんな不幸を巻き起こしてくれるだろうね? 実に楽しみだ」




