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皇帝と王子 —— 時代の変化と統治の移譲  作者: あるて
序章 崩れ去る平和

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第5話 戦線展開

 ——ハワード王国 王都カイゼリオン 城門前——


 帝国軍が帝都を出発したとの報告を受け、ハワード王国軍は即座に集結を完了していました。城門前には面構えもたくましい、よく訓練された兵士たちが整然と隊を組んでいます。

 即座に戦闘態勢へ移行できるよう、行軍の順番もしっかりと決められています。


 伏兵として展開する第二軍団、第三軍団は、現地に到着次第潜伏しやすい地形を見つけ、そこに姿を隠すために先行。

 そして殿《しんがり》には国王自らが率いる精鋭の第一軍団。表面的にはこの軍団のみが堂々と敵と向き合い、正面から戦いを挑む形になるのです。


 食料を運ぶ輸送隊は行軍速度も遅いため各軍団の前を進ませ、万が一奇襲を受けた際には荷車を盾として使えるよう工夫された、ハワード王国独自の行軍順序。

 速度を合わせることで大事な補給物資とはぐれてしまうという事態も防ぐことが出来ます。


 カイゼル王が前に立ち、戦場で鍛えられたその大音声を軍団の隅々まで響かせます。


「戦友諸君! 我々は今まで幾度となく困難な戦を共に乗り切ってきた。諸君らの勇敢さと精強さを疑うつもりは毛頭ない。しかし敵は我が軍の三倍以上にもなる、十万という数を誇っている。弱兵揃いの帝国軍とはいえ、決して侮っていい数ではない。しかし、安心するがよい! 諸君らにはこのわたし『太陽の剣王』と、帝国軍を打倒するために見事な戦略を立案してみせた、この王子アウグストが付いている! 諸君らは安心して、与えられた任務を全うし、全力を尽くすだけでよいのだ」


 王が若き後継者を賛辞と共に紹介したことで、兵の間ではアウグストに賞賛の声が上がります。それは同時に王国の後を継ぐ者を広く知らしめるものでもありました。


 歓呼《かんこ》を浴びる息子の姿を見て満足げな表情をした王の演説は続きます。


「今回の戦いは今までと違い、何かを得るための戦いではない。諸君らの財産を、家を、そして愛する家族を守るための自衛の戦いである! 思い出してみるがよい。今まで帝国に降伏し、悲惨な末路をたどった者たちの姿を! 自分自身はもちろん、愛する家族をそのような境遇に落としたいと考える者など一人もいないだろう。だがもはやそれも案ずることはない。必勝の作戦を持つ我が軍は、王国の威光と諸君らの勇敢な心がある限り、敗れることなどありはしないのだ! 傲慢《ごうまん》な帝国軍に痛烈な一撃を加え、我が国に手を出したことを後悔させてやろうぞ!」


 王国を平定するために長年カイゼル王と戦場を共にしてきた兵たちは、必勝の戦術に裏打ちされた彼の圧倒的な自信を見て、感化されたように内から湧き上がる戦意を声に乗せ、燃え上がらせます。

 城門のすぐ外で上げられた雄叫びは城内にも轟き、民衆もまた王国軍の士気の高さを知り、頼もしく思うのでした。


「進軍開始! 行軍速度は第一種通常行軍!」


 戦場となる前線までは首都カイゼリオンから四日の距離であり、帝国軍の五分の一。体力を消耗させてまで急がせる必要はありません。

 一日ごとに十分な休息を取ることができた王国軍は、気力体力ともに充実したまま、前線へと差し掛かりました。


 しかし、そこで放っていた斥候《せっこう》から思わぬ報告がもたらされました。


「帝国軍は現在、ここから三日の距離!」

「何⁉」

「バカな! 早すぎる!」


 驚きを見せる諸将に対し、初陣として同行していたアウグストは首をひねります。


「どうしてそんなに急ぐ必要があったのでしょうか」


 父王を含め、その問いに納得のいく答えを返せる者はいません。誰にとってもその意図は不明だったからです。それはそうでしょう。単に速さを見せて自国民を感嘆させたいという個人の見栄でしかないのですから。


 斥候が早馬を乗り継げば二日で帝国首都の情報を持ち帰れる距離。帝国軍が帝都を出発したという報告を聞いたのが五日前。つまり今日で七日が経っています。

 通常行軍なら二十日かかる距離を半分の日数で侵攻してきたその速度は確かに驚くべきものでした。


 しかし、王国軍はその一報に驚きはしましたが、それだけでした。あらかじめ行軍順序を決めていたことで、即座に対応することが出来たからです。

 予定通り先行軍が左右に展開し、潜伏地点を見つけて姿を隠します。順番通りに展開していくだけなのでその行動は迅速なもの。そして王直属第一軍団が、無人の野を威風堂々と進軍していきます。


 奇襲を考え練られていた行軍順序が、不測の事態にも十分に対応できるということの証左でもありました。


 第一軍団はあらかじめ決められていた、前線よりある程度下がった平原の中央に到着すると、堅固な宿営地を建設しだしました。

 ハワード王国では古《いにしえ》の帝国のように、一夜限りの宿営地であっても堅固なものを建設することが徹底されており、マニュアル化されていることもあってそれは今回も手早く実行されました。


 これもまた『太陽の劫火殲滅作戦』に欠かせない、重要な後方の『壁』になります。こうして王国軍は帝国軍の予想外の早さにも動じることなく、計画通りの陣形を整えることが出来たのです。


 

 ——リンゼン帝国 前線宿営地 総指揮官指揮所——


 やや高台に設《もう》けられた総指揮官代理、宰相ローゼンベルクの陣幕前からはハワード王国軍の陣容がよく見えました。


「なんだ、軍勢は三万と聞いていたのに、随分と小さくまとまっておるな。さては大軍勢に恐れをなして縮こまっておるのか」


 大臣の冷笑に、周囲の将軍たちからも笑い声が起こります。


 篝火や軍旗の数を見れば軍勢の規模は推し量れますが、その陣容は内実を反映して小さくなってしまったのです。

 あまり大きく広げては中身が伴っていないことが露見してしまうので仕方なくこうなったわけですが、しかしこのことが結果的に、帝国側がいっそう王国軍を侮る結果になったのです。

 若き王子がこれも見越していたかどうかは、彼にしか分かりません。


「これしきの小勢、一日で蹴散らしてみせようぞ。ここまで怯《おび》え切っておると日没まで保《も》つかも心配になるな」

「まったく、歯ごたえのない戦になりそうですな」

「こんな田舎にいるよりも早く帝都に帰りたいわい」


 上機嫌の大臣に諸将は同調するだけで、その実情を読み取ろうとする者は一人もいません。


 ただ一人、筆頭大隊長として軍議に参加する資格を得ていたヴィルヘルムだけが、後方を振り返り、疲れを見せる兵士たちの顔を見ていました。そして小さくため息をつくと、浮かれた会話を交わす大臣たちに冷え切った視線を向けるのでした。

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