第2話 忍び寄る戦火
東の帝国で軍備が増強される中、西の王国では今日も変わらず民が平和な生活を送っています。しかし王城の一室では重臣と将軍たちが集められ、緊急会議が開かれていました。
——ハワード王国、謁見室 緊急軍議——
「国王陛下、敵の兵力、十万は下らないとのこと!」
物見の報告役である兵士が王の眼前で、片膝をつきながら悲痛な顔で報告します。対する王国の陸軍兵力は三万。海軍に一万。
「十万だと! とてもじゃないが勝ち目はない!」
慎重派の多い重臣たちの顔は青ざめ、既に悲観的になっています。
「籠城戦だ! 我が国の防壁は厚く、食料も豊富だ。半年は持ちこたえられる!」
「民を全員城に入れられるものか! しかも半年持ちこたえたからと言って援軍もないのだぞ!」
「いや、ここは王城を一度捨てて、ゲリラ戦法に移るべきだ! 各地で各個撃破すればよい!」
「馬鹿者! それこそ民はどうなる! 下等臣民へと落とされ、鉱山送りだぞ!」
今までにも帝国は反逆者や重犯罪人などを下等臣民に落とし、鉱山や港湾労働などで苛烈な重労働を強いてきたのは周知の事実です。
大陸の西方は、帝国本土と人体でいう腰のような陸地で繋がっており、三方は波の高い外洋に囲まれていました。荒海を越えられる船を持たない民にとって、逃げ道はどこにもなかったのです。
「ならば徹底抗戦するまでだ! 帝国の腑抜けた兵士どもに、鍛え上げられた我が国の強さを見せつけてやるがいい!」
最も好戦的な大将軍が声を大にして主張しましたが、それに賛同する声はありませんでした。
降伏、籠城、王城放棄、抗戦。作戦は異論噴出し、一向にまとまる気配がありません。突然振りかかった未曽有の国難に対し、誰もが動揺を隠せず、ただ狼狽えるばかり。
その中でカイゼル王だけは腕を組み、目を閉じたまま微動だにしませんでした。横に控えるアウグストも、父の顔色をうかがっているのみ。やがてカイゼル王がその重い口を開きました。
「決して民は見捨てない。帝国に膝を屈することもしない。それだけは譲れん」
静かに、落ち着いた口調でしたが、その声色には有無を言わせぬ圧力がありました。
「それでは王、籠城ですか、抗戦ですか?」
大将軍が鼻息も荒く、詰め寄ります。
「籠城をしたところで助けはない。結論は一つ。何がなんでも前線を守り抜く!」
前線というのは大陸の腰部分のことです。
絶対防衛線であるそこを突破されれば大きな平原が広がっており、数で劣る王国軍にとっては絶対的に不利な、大軍団の展開を許してしまうからです。
徹底抗戦を主張したカイゼル王にもそのことが分かっているのか、力強く言い切りはしたものの、その瞳には一抹の焦燥感が漂っているのをアウグストだけは見逃していませんでした。
「父上……」
アウグストは表情を曇らせ、父王のマントの端をそっと掴みます。
「お前は何も心配しなくていい、アウグスト。わたしとて『太陽の剣王』とまで呼ばれた身。最後の一兵になろうとも、この国を守りきってみせるさ」
父王が息子に見せる笑顔はとても慈愛に溢れたものでしたが、そこに潜んだ憂いを誤魔化しきることはできませんでした。アウグストは首を横に振ります。
「いいえ、父上。多くの兵を死なせてしまっては意味がありません。帝国からの侵攻路は一方向からに限られているとはいえ、そこも一個軍団すら通れないような狭いものではありません。次々と押し寄せる軍勢の前にはいずれこちらが力尽きてしまうでしょう」
「ならどうしろというのだ。お前も城を開け放てとでもいうのか?」
なすすべのない状況に少しの苛立ちを覚えながらも、優しい笑顔を崩さず、父王は息子に尋ねました。
「いいえ。なんとしても民は守らねばなりません。ですから、袋を閉じてしまえばいいのです」
「袋を……?」
ここにいる誰も、この年端も行かない少年が言うことをまだ理解していません。皆が視線を集中させる中、アウグストはゆっくりと口を開きました。
「まず、父カイゼル率いる精鋭部隊一万が正面からぶつかります。敵は王直属の精鋭部隊が来たと知って死に物狂いで攻め立てるでしょう。そこで父上は善戦しながらも苦戦するふりをして、徐々に後退していきます。敵国の精鋭部隊を打ち破れる可能性を感じた敵は勢いづくでしょう。そして戦線はここにさしかかります」
卓上に広げられた地図。アウグストは前線とされた地点から少し王都に近い地点にある平原を指さしました。
そこは東から西に、王都に向けて広く開いた地形になっており、北と南は峻険な山と森林に挟まれています。
「この地点に敵が差し掛かった時、南北二方から一斉に伏兵が立ち上がり、敵を閉じ込めてしまうのです」
「!」
並みいる歴戦の猛者たちが衝撃を受けました。この時代の戦争というのは、力と力が正面からぶつかり合うのが定石であり、誰もそのことに疑いを持ってすらいなかったからです。
彼らはその発想に驚きはしたものの、まだ作戦自体の有効性には気が付いていません。アウグストはそんな彼らを気にすることなく、説明を続けます。
「こちらの数が一万に過ぎないことを見破られぬよう、篝火や旗の数を増やすのも必要でしょうね」
「だがそれだと大多数の敵は後方に逃げてしまうのでは?」
「左翼と右翼の最前線に騎兵を配置し、敵の全軍が平地に入った時点で素早く退路を狭めてしまいましょう。ダメ押しとして海軍兵力一万をこの腰部分に上陸させ、退路を断つのがいいかと。個人でもそうですが、十万の軍勢でも四方を囲まれてしまっては、どこを向けばいいのか分からなくなって混乱したりしませんか?」
またしてもどよめきが走ります。アウグストが提案したのはまさに包囲殲滅作戦。今までの戦争の常識を覆すものです。
個人の状態を例えに出すことで、それが軍団にとって混乱を招くものだということを、その場にいる者たちも理解したのです。
「息子よ」
父王は震える左手を少年の肩に置きます。名前でなく、息子と呼ぶその声には、類稀なる戦術眼を示した彼に対する誇らしい響きが込められています。
「お前は今、我が国民全ての命を救ったぞ!」
カイゼル王は空いた右手を天高く上げ、高らかに宣言しました。
「皆も聞いたか! わが軍はアウグストの提案した作戦を実行し、敵を袋のネズミにしてみせる! いや、わたしの炎の剣をもって袋の火鼠にしてみせよう! この場を持ってこの作戦名を『太陽の劫火殲滅作戦』と命名する! 帝国の兵士どもを焼き尽くすぞ!」
「うおぉぉぉ!」
その場にいる全員が若き王位継承者の頼もしい将来性に心を動かされ、雄叫びを上げるのでした。




