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第6話:契約

 目を焼くような青白い光の奔流が、薄暗かった地下遺跡の空間を真昼のように眩く照らし出した。


 弘人は思わず腕で顔を覆い、強烈な光に目を細める。やがて、爆発的に溢れ出した光はゆっくりと収束していき、周囲は再び元の薄暗さを取り戻していった。


 恐る恐る腕を下ろし、祭壇の上へと視線を向ける。


 そこには、砕け散った石像の残骸の中心で、一人の人間が地面に座り込んでいた。

 膝下まで届くほどの、透き通るような淡いアクアブルーの長い髪。それが床に広がり、体をカーテンのように覆い隠している。


 ゆっくりと、目の前の人間が立ち上がろうとしたその瞬間だった。


 「うわっ!?」


 突如として、弘人の視界に激しいノイズが走った。


 『NPCが不健全な姿をしているので、一時的に一部の視界をマスクさせて頂きます…………服を着ろ!』


 どこか呆れたような、それでいて怒気を含んだ女性の音声が響き渡る。ゲームマスターであるルトの声に似ている気がしたが、それよりも、何が起こったのかと弘人は驚愕した。


 その理由は、すぐに理解できた。


 目の前に立つ人間の首から下に、分厚いモザイクのような灰色のモヤがかかっていたからだ。システム側からの音声らしき言葉から察するに、目の前の人間は一糸纏わぬ姿で封印から解き放たれたのだろう。


 システムから「不健全だ」と怒られたことに、性別不詳の人間(顔は髪のカーテンで隠れたままのため)は不思議そうに首を傾げた。そして、視線を自身の肉体へと向け、現状を確認した瞬間――。


 「…………ヒャアッ!?」


 可愛らしく、しかし心底驚いたような悲鳴をあげると、瞬時に再び体を隠すようにその場にうずくまってしまった。


 (えっ! これ、どうすればいいんだ!? それに声からして……もしかして女の子? しかも服を着ていない!? 服を……俺の服、貸せるのか?)


 明らかに女性と思える悲鳴をあげた目の前の存在が、一糸纏わぬ姿でうずくまってしまった状況に、弘人はパニックになりながらも、自身の服装を改めて確認する。白いワイシャツに黒のズボンという、現実世界にもあるよく見かける普通の服装だ。ゲームで言えば、いわゆる初期装備の「布の服」という分類と言えるだろう。


 弘人は慌てて自分のワイシャツの第一ボタンに手をかけた。


 (外せそうだな。とりあえずこれを羽織らせて……)


 そう思い、次のボタンにも手をかけようとした時だった。


 「だ、大丈夫です。服は、ありますから……っ」


 声のする方へ視線を向けると、彼女が弘人に向かって「服を脱がなくてもいい」とジェスチャーするように、片手のひらをこちらに向けていた。


 「あるって……どこに?」


 そんなものがあるようには到底見えない。言葉通り、彼女は丸裸なはずだ……モヤによって残念ながら視認することはできないが。


 だが、次の瞬間、一瞬だけ彼女の体を再び淡い青色の光が包み込んだ。同時に、首から下を隠していた不自然なモヤも綺麗に消え去る。


 光が晴れると、彼女は顔を覆っていた髪を背中へと流し、その容姿を完全に露わにした。


 一言で言えば、妖精のような幻想的な美少女であった。


 見た目の年齢は十代半ば。童顔で幼さが残る顔立ちだが、先ほどの可愛らしい悲鳴を上げた女の子とは思えないほど、自信に満ちた表情と意志の強いアクアブルーの瞳が、どこか大人びた印象を与えてくる。

身長は百五十二センチほどだろうか、弘人よりも頭一つ分以上小柄だ。


 そして、彼女が纏っている服装は、自身の髪色である淡いアクアブルーをさらに深く濃くしたような、深海を思わせるディープブルーのカジュアルなドレスだった。

 ガーリーなデザインでありながら、バトルゲームの美少女キャラクターのようにスカートの丈は短く、両肩も大胆に露出している。動きやすさを建前にした露出の多さは、控えめに言ってもかなりあざとい衣装となっている。


 問題なのは、ルトと同様に、二次元でしか許されないような完璧な造形の美少女が、VRの圧倒的なリアリティを持って目の前に存在していることだ。


 動画サイトで見るような、ポリゴンの角が目立つ不自然なキャラクターとは次元が違う。肌の質感、髪の艶、微かな息遣いまでが本物の人間にしか見えない。


 「……」


 目の前に現れた圧倒的な美少女に息を呑み、弘人はなんと声をかければ良いか分からず固まってしまった。


 だが、そんな弘人を真っ直ぐに見据えながら、彼女はふわりと微笑み、先に口を開いた。


 「服がないことを忘れていてごめんなさい。少しだけ取り乱してしまいました。そして、遅くなってごめんなさい。私の封印を解いてくれて、本当にありがとう。あなたが、私の契約者候補の方ですね?」


 鈴が鳴るような、ひどく心地の良い声が弘人の耳に届く。


 やはり、ゲームマスターであるルトと同じように、彼女もまた流暢に、そして自然に言葉を紡いでいた。


 「いや、そんな、気にしなくても……って、え?」


 魅力的な笑みを浮かべながらのお礼に照れそうになった弘人だったが、聞き捨てならない単語を耳が拾い上げた。それこそ、目の前の美少女の容姿などどうでも良くなるほどに重要な単語だ。


 「こうほ……?」


 「はい。私と契約したい方ですよね? そのために、あの重い封印を解いてくれたんですよね。ありがとうございます」


 「つまり……まだ契約していないってことか?」


 「……」


 にっこりとした完璧な笑みを浮かべたまま、彼女は無言で見つめ返してくる。肯定も否定もしないその態度に、弘人は慌てて空中にシステムウィンドウを呼び出した。


 (さっき、ステータスを確認した時に……あった!)


 『パートナー』という項目を見つけ、震える指でタップする。


 もし契約が済んでいるなら、ここに彼女の情報が表示されるはずだ。そう祈りながら確認すると――。


 『パートナー:未契約』


 「マジで!?」


 「マジです」


 「ッ!?」


 弘人がウィンドウで確認した結果を理解しているのか、彼女はうんうんと腕を組みながら得意げに相槌を打った。どうやら、彼女は封印を解いてくれたお礼として、無条件で献身的に支えてくれるような都合の良いキャラクターではないらしい。


 (STR、VIT、INTにHPも捧げた挙句、魂の一部まで捧げたのに、まだ契約できないとかある!? これ以上、何を求められるんだ?)


 弘人は恐る恐る尋ねた。


 「えっと……契約をするには、どうすればいいのでしょうか?」


 これでMPやMNDまで奪われるようなことがあれば、回復職としての役割すら果たせなくなってしまう。


 仮に求められたら了承するしかないが、まともにゲームが進行できるとは思えない。


 目の前の彼女がチート級に強かったのなら話は別だが、どちらにしても弘人の存在意義が、ほぼないと言える。それこそ、育成ゲームの主人公のように、指示をするだけの役割になりかねない。


 そんな不安を抱えながら、弘人は彼女の返答をドキドキしながら待った。


 「名前」


 「名前……? ああ、俺はひいら……いや、ヒロトだ」


 本名を言いそうになったが、慌ててゲームで設定したプレイヤーネームだけを伝える。


 「そう、ヒロトっていうのね。それじゃあ、ヒロト! 私に名前を頂戴。それが、私と契約するための最後の条件よ」


 弘人は、彼女が提示した条件を脳内で反芻した。


 (名前を頂戴……つまり、俺が彼女の名前を決めろということか!?)


 「えっと……名前ないの?」


 「ない!」


 目の前の美少女は、何故か自信満々に胸を張りながらドヤ顔で弘人の質問に答える。


 弘人からしたらステータスをさらに捧げろと言われるよりは遥かにマシだ。それに、封印から解き放たれたキャラクターに名前を与えるというのは、RPGのイベントとしては王道の展開とも言える……かもしれない。


 問題なのは、弘人がネーミングセンスに全く自信がなく、すぐには良い名前を思いつけないことだ。


 クローズドβテストの期間中とはいえ、これからずっと一緒に行動するパートナーであり、しかもこれほどの美少女だ。適当な名前をつけるわけにはいかない。


 しっかりと考えたい。それが弘人の本音だった。


 「えっと、大事なことだから、しっかりと考えたいので――」


 「却下」


 弘人が最後まで言い切る前に、彼女は満面の笑みを浮かべて即座に拒否してきた。だが、弘人も負けじと食い下がる。


 「いや、だから、後でゆっくり考えるというのは……」


 「却下です!」


 今度は笑みを崩し、「私は大変不満です!」と全身で主張するような表情を作った。


 頬をぷくっと膨らませ、プイッと横を向く。その仕草はいくら可愛くても少しあざとく感じられたが、何よりも今ここで名前を決めなければならないというプレッシャーに、弘人は焦りを感じ始めた。


 (これ以上渋って、契約自体を無しにされても困るしな。どうするべきか……)


 じっと彼女の姿を観察しながら、どのような名前が良いか頭をフル回転させる。全体的にブルーで統一されていることから、青色や海、水にちなんだ名前が良いのだろうか。


 (いや、少し安直すぎる気もする。だったら――)


 彼女の鈴が鳴るような心地の良い声から、ある単語が弘人の頭に浮かぶ。だが、それを口にするのは少し気恥ずかしい。


 「何か、思い浮かびましたか?」


 まるで弘人の思考を読んだかのように、絶妙なタイミングで彼女が顔を覗き込んできた。


 「一応……いや、でももう少し時間を」


 「それにしましょう!」


 「いや、まだ名前を言ってもいないから!」


 口にする前から「それがいい」と言い出す彼女に思わずツッコミを入れる。しかし、彼女は首を横に振りながら、一歩踏み出して弘人の右手を両手でギュッと握りしめた。


 「ちょっ!?」


 彼女は弘人の手を胸の高さまで持ち上げ、大切そうに包み込む。弘人は、VRとは思えない肌の柔らかさと温もりに激しく動揺した。


 何よりも、先ほどまで拗ねていた彼女が、今は少し潤んだアクアブルーの瞳で、縋るようにこちらを見上げているのだ。その破壊力は凄まじかった。


 「じっくりと考えた立派な名前よりも、あなたが最初に私を想って思い浮かべてくれた名前が欲しいんです」


 「わ、わかったから! とりあえず手を離してもらっても……」


 女性とのスキンシップに全く免疫のない弘人は、顔を赤くしながら手を離してほしいと頼む。


 「……」


 しかし、彼女は無言のまま首を横に振った。名前を言うまで絶対に離さないという強い意志を感じる。包み込む両手には、さらにギュッと力が込められた。


 その熱意に気圧され、弘人は観念して、思い浮かべた名前を口にした。


 「天音あまね


 「あま……ね?」


 「そう。君の声がすごく綺麗というか、聞いていて心地よく感じたから……ってことで」


  実は他にも理由があったりするのだが、そちらについては伝えないようにする。


 (好きな漫画のヒロインの名前とか言いにくいわ)


 そんな弘人の心情をよそに、彼女は目をぱちぱちとさせて、不思議そうな表情をしていた。


 「声が綺麗な人のことを、アマネというの?」


 「いや、そういう意味の言葉であるわけじゃないんだけど……漢字で書くと、天使とか天上とかで使う『天』に、音色の『音』で『天音』。声が綺麗な人を直接指すわけじゃないけど、なんとなく俺のイメージとしてぴったりかなって。あ、でもそもそも漢字なんて登録できないか!? 俺の名前もカタカナだし。カタカナで登録するか……それとも、やっぱり別の名前に――」


 「駄目! 私の名前はアマネ……じゃなくて、これでいいのかな」


 彼女は弘人の手をパッと離すと、弘人と同じように空中に半透明のウィンドウを呼び出し、ぽちぽちと慣れた手つきで操作を始めた。


 「え、何をしてるんだ?」


 「何って、名前を設定しているの……っと。これでいい?」


 彼女がウィンドウをこちらに向けると、そこにはしっかりと漢字で『天音』と入力されていた。


 「うん、合ってるけど……え、NPCもシステムウィンドウを操作できるのか!? しかも、ちゃんと漢字だし」


 「音声登録だと、正確な意味の文字にならない可能性があるからね。これで良し、っと! 素敵な名前をありがとう、ヒロト。私はこれから『天音』。これで、契約も無事に成立しました! ヒロトのパートナーとして、末長くよろしくね!」


 コロコロと表情を変える彼女――天音だったが、この笑みこそ本当だと言わんばかりの笑みを浮かべ、再び弘人に向かって右手を差し出してきた。


 (可愛い……)


 弘人はゲームだと分かっていても、鼓動が早くなるのを自覚する。ここで彼女の手を取ったらズブズブと、このゲームの沼にハマっていく気がしてならない。


 だが――


 「改めて、ヒロトです。こちらこそ、天音さんのパートナーとして……末長くよろしくお願いします」


 弘人は、差し伸べられた手を握る。このゲームで天音と一緒に過ごせるなら、どれだけハマってしまっても歓迎だと思ったからだ。


 『魂縛のダンジョンクリア、おめでとうございます。マイルームに戻ります』

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