第1話: 招待状
『【重要】「アナザーワールド・ロスト」クローズドβテスト当選のお知らせ』
「……なんだこれ?」
一人の少年がパソコンの画面を見ながら首を傾げ、戸惑った表情を浮かべていた。
少年の名前は、柊弘人。
高校に通う1年生。
身長はギリギリ170センチに届かない程度で、少し天然パーマがかかった黒髪は、手入れに無頓着なせいか無造作に跳ねている。
そんな高校生である弘人は、見知らぬアドレス、見知らぬゲーム名の『クローズドβテスト当選のお知らせ』メールに困惑していた。
『アナザーワールド・ロスト』という名前のゲームなど聞いたこともなければ、クローズドβテストに応募したこともない。
試しにネット検索してみても、似たような名前のゲームはあるが、開発中のようなものはヒットせず、AIに聞いてみても同様だ。
完全な詐欺メールであるにもかかわらず、迷惑メールに入らなかったことは気になったが、それ以上にメールの文面が気になった。
『参加しない場合は、メールで参加しない旨をご連絡ください。今日中に返信がない場合は、明日中に「アナザーワールド・ロスト」がインストールされた専用のVRゴーグルを送付いたします。費用などは一切かかりませんが、ご参加をよろしくお願いします』
「普通に考えれば、『今日中』という言葉で焦らせて返信させ、そこから個人情報を奪う……という手口か?」
いつの時代のスパムメールかと思うが、仮に届けられて着払いなどではないのなら意味がないはずだし、拒否すればいいだけではないのか。
そもそも送付すれば、送り主の住所もバレることになる。
「気にしなくていいよな。むしろ、ウイルスに感染しなくてよかった……いや、感染していないよな!?」
見知らぬゲーム名にクローズドβテストという言葉が気になって、なんとなくメールを開けてしまったことに後悔しながら、慌ててウイルススキャンをする。
結果的に弘人のPCにはウイルスなどは何も検出されず、迷惑メールのことなどすぐに忘れて、学校の宿題に手をつける。
※
「なにこれ?」
翌日、学校から帰宅すると宅配ボックスに自分宛の荷物があるという通知がマンションの管理システムからあったので、首を傾げながら取り出しに行くと、それは見知らぬ会社名からの宅配物だった。
だが宛名には、間違いなく自分の名前と住所が記載されていた。
「もしかして……」
昨日受け取ったメールの内容が弘人の脳裏に思い浮かぶ。
送付元には『luto』という会社名ではなく、個人の名前らしき記名だけが記載されていた。
「ルト?」
ルトなどという知り合いはいない。宅配のミスかと思った弘人だが、宛先には間違いなく自分の名前が記載されているのも事実だ。
何よりも、昨日のメールが脳裏から離れない。
(もしかして、本当に?)
生唾を呑み、弘人は宅配ボックスに格納されていた、胸に抱えるほどの大きさのダンボールを取り出した。
自室に戻り、ダンボール箱の前にしゃがみ込む。開けるべきか、このまま送り返すべきか。少しの間迷ってから、ゆっくりと封を切った。
中には流線型のVRゴーグルが一つ、緩衝材に包まれて収まっていた。
「本当に送られてきたのか……?」
同封されていたのは、シンプルな一枚のカードだけ。『アナザーワールド・ロストへようこそ。ゴーグルを装着し、新しい世界をご体験ください』とだけ書かれている。
(もう一つの世界にロスト……消失なのに、新しい世界をご体験くださいか)
妙な言い回しが気になるというか、矛盾している気もしなくはないのだが、ゲームのタイトルなんてあまり気にしても仕方がないだろう。
「……少しだけ、試してみるか」
誰に言い訳するでもなく呟き、VRゴーグルを手に取る。
ゲームに心当たりはなく、クローズドβテストの応募などした記憶は全くない。
仮に弘人が普段から様々なVRMMOゲームなどをしていたら、忘れているだけで、申し込みをしてしまっていた可能性もあるだろう。
だが、VRゴーグルは高価であり、学生が購入するにはハードルが高い娯楽品だ。
弘人も興味はあったが、古いものでも10万円前後、最新のものなら30万円近くするゲーム機器を購入するのは、学生には躊躇われるものであった。
それが無料で提供されるのだ。
「使用した後に請求されたとしても、証拠のメールもカードもある。最悪、消費者庁に相談すればどうにかなるだろう」
深呼吸をして、VRゴーグルを頭に装着する。
側面の起動スイッチに指を這わせ、ゆっくりと押し込んだ。
『――網膜スキャン完了。生体情報を登録しました』
耳元で無機質な、しかしどこか心地よいシステム音声が響く。
『アナザーワールド・ロストへようこそ』




