平穏と混沌
レヴィンは「す…すいません!!」と慌てて立ち上がり、頭を下げて謝る。
セレナは顔を上げ、「えっ!?」と小さく声を漏らして驚いた。
レヴィン「……辛党でしたか…?」
セレナ「えっ…!?」
レヴィン「俺……思いつくままにセレナを引っ張って来ちゃって……シェアしようとか言いながら、ほとんど自分で食べちゃって……待ち合わせでもパンを食べて……俺、食べてばっかですよね」
と、しょんぼりと俯くレヴィン。
セレナはキョトンとした顔で、目を丸くする。
セレナ「あの……座ってください」
レヴィンはしゅんとしながら椅子に座る。
セレナ「甘党です……ここのスイーツ、美味しかった……です」
レヴィン「本当ですか!! じゃあ……なんで?」
食欲にしか発想がいかない天然レヴィンの疑問が、今日も炸裂する。
セレナ「あの……私、男性をあだ名とかで呼ぶの、初めてだったので……あの……恥ずかしくて……」
レヴィン「!?」
思いもよらない本音に、レヴィンは衝撃を受けて目を丸くする。
レヴィン(恥ずかしい……!? なんだそれ……)
全く理解が追いつかないレヴィン。
レヴィン「あ、ああ……じゃあ、セレナの呼びやすい呼び方でいいですよ……」
セレナ「ええっと……じゃあ、レン様で」
レヴィン「は……はあ」
(この呼び方は初めてだな……)
二人はカフェを出て、公園へ向かった。
木陰のベンチを見つけ、ゆっくり腰を下ろす。
鳥のさえずり、そよ風……都会の喧騒から少し離れた空間に、時間がゆっくり流れていく。
レヴィン(ふう……こういうのもいいな……)
セレナ「まあ……静かで落ち着きますわ……」
ベンチに座りながら、二人は空や木々を眺め、会話も少しずつ自然に柔らかくなる。
レヴィン「セレナって、こういう静かなところも好きなんですね」
セレナ「ええ……自然に触れると、心が穏やかになりますわ」
レヴィン(なるほど……こういうところでのんびりできるタイプか……)
すると、いつの間にか鳥たちがレヴィンの周りに群がってきた。
セレナ「まあ……鳥さんが、こんなにたくさん……」
レヴィン「なんか、いつも俺の周りに集まっちゃうんですよね……パンでも付いてたかな……?」
セレナ「まあ……ふふっ」
セレナの上品な笑顔に、レヴィンは自然と安心感を覚えた。
すると、ボールが猛スピードでこちらに飛んできた!
セレナ「きゃっ!?」
レヴィンは聖騎士で鍛えた異常な反射神経を発揮し、ボールを胸で弾き、足で止めた。
子供「うおおー、兄ちゃんすげえー!」
レヴィン「ほらよ、ボール!危ないぞー」
子供「兄ちゃんもやろーよ!」
レヴィン「えっ……」
セレナ「ふふっ、私はここで見てますわ。やってきてください」
レヴィン「は……はあ。じゃあ、少しだけ」
レヴィンは子供たちと一緒にボールを追いかける。
セレナはベンチに座り、笑顔で二人の様子を見守った。
ボールを投げ返すレヴィンの動作ひとつひとつに、子供たちは歓声を上げる。
子供「兄ちゃん、めっちゃ上手いー!」
子供「この兄ちゃん、めっちゃ動きはええー!?」
レヴィンは子供たちを楽しませつつ、ふとセレナに目をやり、自然と笑みがこぼれた。
公園には平和な空気が流れていた。
レヴィンは子供たちとボールを追いかけ、子供たちが群がって笑い合う。
セレナはベンチに座り、その様子を微笑みながら眺めていた。
そこへ、ふらりとやってきた男がレヴィンを見つけた。
「あ……あいつ……迷宮の聖騎士……!」
男はぎりぎりと歯を食いしばり、恨みを募らせる。
男は、ゆらゆらと足取りも定まらぬまま、レヴィンへと歩み寄る。
視線の先では、何も知らない子供たちと、無邪気に笑い合うその姿。
——あいつ……俺の妻を見殺しにしといて……。
「……許さない……! 聖騎士のくせに……暗黒騎士め……!!」
男の喉から、憎悪に歪んだ声が絞り出される。
その視界の端に、子供が握っていた金属バットが映った。
男はそれを半ば奪い取るように掴み取り、
音を殺して、レヴィンの背後へと忍び足で近づく。
男がレヴィンの背後に回り、金属バットをフルスイングする!
セレナ「レン様……!!」
慌てて立ち上がるセレナ。
子供たちも悲鳴を上げた!
レヴィン「!!!!??」
背後から放たれる殺気……!
——ブンッッッ!!!
レヴィンは咄嗟に下にかがり、スイングをかわす。
レヴィン「え……!?」
血走った目で、金属バットを握る男がこちらを睨みつけている……!
レヴィンは子供たちの前に両腕を広げる。
子供たちは怯えながらも、自然とレヴィンの足にしがみついた。
レヴィン「離れてろ!!!」
強引に子供たちを自分から引き剥がし、男に向かって突進する!
「きゃーーっ!?」
木々に反響する母親たちの悲鳴が、公園中にこだまする。
男は再び、金属バットを振りかぶりレヴィンを襲撃。
だが、レヴィンは一瞬も迷わず、バットを躱すと同時に男の懐に詰め寄り、腕を捻ってバットを手から奪い取った。
——ガランッ…!
バットは無造作に地面へと転がっていく。
男は力なく膝から崩れ落ち、「うう……!!」と嗚咽をもらす。
レヴィン「……」
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
男「なんで……なんで助けてくれなかった……!
なんでお前だけ笑ってるんだよ……!!」
その声に、レヴィンの胸の奥がズキリと傷む。
正義を貫いたはずなのに、目の前の人間の悲しみを消せない無力さに、言葉が出ない。
男は頭を項垂れ、土の地面を叩きつける。
「うああああ……!!」
レヴィンはただ、その泣き崩れる姿を静かに眺めるしかなかった……。
そこへ、どこからともなく「セレナ!!」と叫ぶ声が響いた。
セレナ「お父様!」
慌てて駆けつけたのは、セレナの父と思しき人物だった。
辺りを見渡すと、公園は騒然としていた。
先ほど強引に引き剥がした子供の一人が膝を擦りむき、母親が青ざめた顔でこちらを見つめている。
レヴィンは俯き、周囲の視線を浴びたまま、言葉を失った。
母親「暗黒騎士……暗黒騎士だわ……」
男「そうだ!! こいつは聖騎士なんかじゃない!!
迷宮事件の暗黒騎士だ!!」
セレナの父「なぜ、あいつがここに……」
セレナ「私が……お呼びしたんです!!」
セレナ父「ダメだと言っただろう!!
あいつは暗黒騎士なんだ!!」
ザワザワ……と、人々の視線が集まってくる。
レヴィンはそっと、その場を離れようとした。
そのとき、さっき公園で遊んでいた子供が小さな声で訊いた。
「……あのお兄ちゃん、悪い人なの?」
母親たちは目を丸くし、顔を見合わせる。
迷宮事件で人々を半数しか救えなかった聖騎士の一人。
悪い人……と断定できるはずもなく、困惑が公園に漂った。
子供「あのお兄ちゃんすっげーんだよ!!シュンシュンって!!バッドもかわしてさ」
うんうんっと他の子供たちも頷く。
子供「ほら、あのお兄ちゃん、助けてくれたんだよ!?」
小さな声で、必死に母親に説明する子供。
母親たちは顔を見合わせ、まだ困惑しつつも、少しずつその言葉に耳を傾け始める。
公園のざわめきの中、子供の純粋な言葉だけが、緊張の空気に小さな光を差し込むようだった。
男とセレナの父は、声を震わせ、怒りを剥き出しにする。
「こいつは暗黒騎士なんだ!!」
その言葉に、周囲の人々の視線がざわめく。
レヴィンの存在を、悪だと言う者もいれば、正義だと言う者もいる。
公園の空気は、瞬く間に混沌とした渦に包まれた。
子供たちは不安げに顔を見合わせ、母親たちも言葉を失う。
セレナは父の後ろで、レヴィンを見つめて続けていた..。




