アルデラ王国の聖騎士レヴィン
王国には、聖騎士がいる。
そして――
聖騎士の中に、暗黒騎士がいる。
顔を隠した黒いフードの騎士。
名を名乗らず、素性を明かさず、
それでも剣だけは、誰よりも正確だった。
黒いフードの隙間から覗く瞳は、
夜空を照らす星のように、ひどく澄んでいた。
寡黙で、国家に忠実。
情に流されず、時に残酷な選択すら下す男。
人々は彼をそう語った。
聖騎士たちが、王の前に膝をつく。
乱れのない動き。
一糸乱れぬ所作。
背に背負うのは、騎士としての誇り。
身を守るための重厚な鎧。
その光景は、まさしく王国の象徴だった。
――ただ一人。
その列の中に、異質な存在があった。
黒いフードに身を包み、顔を隠した騎士。
鎧は簡素で、装飾もない。
それでも、その佇まいだけで分かる。
この男が、戦場を知っているということを。
王座の間は、静まり返っていた。
高く伸びる天井。
光を反射する大理石の床。
壁には、王国の歴史を刻んだ紋章が連なっている。
その最奥。
玉座に座すのは、この国を治める王。
年を重ねた瞳は鋭く、
その一声一声には、国の重みが宿っていた。
「――聖騎士たちよ」
低く、よく通る声。
それだけで、空気が引き締まる。
「北境にて、異能者たちの動きが活発化している」
「被害はすでに村々へ及びつつある」
一瞬の間。
「民を守れ」
「王国の名のもとに、剣を振るえ」
命令は短く。
だが、揺るぎはなかった。
聖騎士たちは、一斉に背筋を正す。
鎧がわずかに鳴り、
整然とした動きで拳を胸に当てた。
そして――
「はっ!!」
重なり合う声が、王座の間に響き渡る。
それは誓いであり、忠誠であり、命を賭す覚悟そのものだった。
王は、静かに視線を巡らせる。
整然と並ぶ聖騎士たち。
その列の中――
黒いフードの騎士の前で、視線が止まる。
「レヴィン」
名を呼ばれた瞬間、空気がわずかに揺れた。
周囲の聖騎士たちが、ほんの一瞬だけ息を詰める。
「お前は、アーサーと共にスラムの調査に当たれ」
「異能者の潜伏が疑われている」
短い指示。
だが、内容は軽くない。
王は、念を押すように続けた。
「――くれぐれも、余計な問題を起こすなよ」
そして。
「あ、あはは……人聞きが悪いですよ、王様あ」
場に、ひどく場違いな声が響いた。
黒いフードの下から発せられたのは、
よく通る、明るく、どこか気の抜けた声。
「俺、そんなにトラブルメーカーじゃないと思うんですけどねえ」
ざわ、と。
聖騎士たちの間に、微かな動揺が走る。
――暗黒騎士。
寡黙で、冷酷で、感情を持たない男。
そう語られてきた存在とは、
あまりにも、かけ離れた声だった。
「トラブルメーカーだろうが!!!」
雷鳴のような怒声が、王座の間に響き渡った。
一瞬で、空気が凍りつく。
レヴィンは思わず肩をすくめ、
黒いフードの下で、へへ、と気の抜けた笑みを浮かべた。
「えぇ~……そんな事ないですよー」
「よく言うわ!!」
王は即座に切り返す。
「お前が関わった任務の報告書を、私は何枚読んだと思っている」
「被害は最小限、結果は最善――だが!!」
拳が、玉座の肘掛けに叩きつけられた。
「その過程が、毎回騒がしすぎる!!!」
沈黙。
……そして。
「……うん」
「……確かに」
「……それは、否定できません」
聖騎士たちが、誰に言われるでもなく揃って小さく頷いた。
一致団結の瞬間だった。
レヴィンはその様子を見回してから、
心外だと言わんばかりに口を尖らせる。
「えー……俺、結構大人しくしてる方だと思うんですけど」
「どの口が言う!!」
王と聖騎士たちの声が、見事に重なった。
レヴィンは隣に立つ男と視線を交わした。
相棒の――ゴリラ顔の聖騎士だ。
岩のような体格に分厚い肩。
鎧の上からでも分かる腕力は、正面から殴られたら人生を見直すレベルである。
顔は怖い。
正直、初見なら泣く。
だが、その実。
誰よりも堅実で、誰よりも仲間思いな男だ。ちょっと暑苦しいけど…。
「……ワシの顔を見て、何を考えとる」
低く唸るような声が飛んできた。
「え?」
「いやあ……頼もしいなって」
「間がある時点で怪しいわ!!」
「……では、レヴィンと共に早速準備し、行ってまいります」
アーサーの低く重い声が、最後に響いた。
二人は踵を返し、王座の間を後にする。
扉が閉まる――その次の瞬間。
「よっしゃああああー!!」
弾けるように、レヴィンの声が跳ねた。
「行くぞおおおー!! レヴィンー!!」
「行きましょうーー!! アーサーさん!!!」
声と声が廊下に反響する。
一瞬で、張り詰めていた空気は消し飛び、代わりに残ったのは――騒音だった。
「……静かにせんか!!! まだ城の中じゃぞ!!!」
背後から雷鳴のような声が落ちてくる。
振り返れば、そこには王が立っていた。わざわざ、出てきている。
「大丈夫ですよ!」
レヴィンは振り返り、にこやかに胸を張った。
「さっきまでの俺と今の俺は、別人ですから!」
「意味が分からんわ!!」
即座のツッコミ。
アーサーは目を細め、なぜか誇らしげに腕を組んだ。
その横で、レヴィンはフードを少しだけずらし、一瞬だけやけに真剣な表情を作る。
「……できてるでしょ?」
王は深ーーーーーいため息をついた。
そして、追い払うように手を振る。
「……行け。さっさと行け」
「ワッハッハ!!」
「様になってるぞ!! レヴィン!!」
「でしょ!? アーサーさん!!」
胸を張るレヴィン。
王はさらに深く、深く溜息をつく。
――大丈夫なのか、あの二人で。
そう言いたげな視線が、周囲の聖騎士たちから一斉に注がれる。
だが、二人はもう振り返らない。
やけに大きな声を響かせながら、城の長い廊下の奥へと消えていった。
――こうして、王国最強と名高い強面の聖騎士と、暗黒騎士と呼ばれる男の調査は、あまりにも賑やかに始まった。




