産まれた妹
マリネスの手を引きながら帰った後の事で談笑し、自宅へ向かっていたシエラ。
そんなシエラが自宅の前で白いローブを羽織った年配の女性3名に頭を下げている父の姿を見て、マリネスの手を引いたまま駆け出した。
その白いローブに診療院の医師を示す羽が十字架の前で交差している刺繍が見えたからだ。
身重の母に何かあったのだとシエラは焦燥し、自宅までの残り十数メートルをいても立ってもいられず、駆けた。
「お! 帰って来たかシエラ! 中に入りなさい、ママと妹が待ってる。君も一緒に」
シエラの焦燥は杞憂に終わった。
珍しく舞い上がっているリチャードの言葉に、シエラも目を輝かせると診療院の医師と父親の横をすり抜け、ドタバタと帰宅。
ベビーベッドを置いている寝室へと飛び込む勢いで足を踏み入れた。
「ママ! セレネが産まれたってパパから!」
マリネスだけでなく、母親であるアイリスすらがシエラが大声で喜んでいるところを見た事が無いものだから2人は驚いて目を丸くしたが、目を輝かせ明らかに興奮しているシエラに向かって、母アイリスは自分の口元に人差し指を当てると「今寝たところだから静かにね」と微笑みながら呟きシエラを手招いた。
アイリスの話を聞くに、シエラが家を出て直ぐに産気づいたらしく、体調を崩したと思ったリチャードが直ぐに診療院まで駆けて行ったらしい。
そのリチャードの話を聞いた医師が"もしや"に備えて助産師を派遣。医師の勘は当たり、シエラが帰宅する少し前まで出産の手助けをしていたらしく、諸々終わった頃にシエラが帰って来たのだそうだ。
「見てシエラちゃん。あなたの妹よ」
「うわぁ〜。ちっちゃくて可愛い。髪の色がパパと一緒だね」
「ふふ。そうね。もしかしたらパパ似なのかも知れないわね」
寝室のベッドの上、セレネを抱いて座るアイリスはシエラにセレネの顔を見せた。
眠っている為目の色は分からないが、髪はシエラが言ったようにリチャードの髪に似た茶髪で耳はエルフのアイリスほどではないが長く尖っていた。
「ねえママ、セレネを産む時痛くなかった? 大丈夫だった?」
「痛かったのは痛かったけどね。お医者さんが頑張ってくれたし。パパが側にいてくれたから大丈夫だったわよ? それに」
「それに?」
「昔ドラゴンの尻尾をもろにお腹に喰らって、内臓やっちゃった時よりはマシだったかなって」
「逞しい事だよ全く。実際、ママはセレネを産んでいる時声を上げなかったよ。助産師さんが驚いていた『あれ程我慢強い方は見た事が無い』ってね」
世話になった助産師3名を見送ったリチャードが寝室に姿を現し、苦笑いしながら言うと、ベッドの横に置いてあった椅子に腰を掛けた。
アイリスの抱くセレネの寝顔に思わず頬が緩み、シエラもそんなリチャードと同じように微笑んでアイリスの隣でセレネを見下ろす。
アイリスとシエラの頭がコツンと当たるが、それを承知でアイリスはシエラの手を引くとセレネに近付けていく。
恐る恐る、というよりはこの世に一つしかない宝に触れるようにシエラは指先をセレネに近付けるが、その手をセレネが無意識に握った。
「あ、え、ど、どうしよう」
普段冷静沈着と思われているシエラがあからさまに慌てる姿にリチャードもアイリスも、寝室の扉の近くに立つマリネスも微笑む。
「セレネよかったねえ。シエラお姉ちゃんがよろしく、だって」
「さあアイリス。そろそろ、セレネをベッドに」
「もう少し抱いてたいんだけどなあ」
「ふむ。まあ分からんでも無い。助産師の方からハーフエルフの乳児は人間より丈夫だとは聞いているが、いや、腹を痛めて産んでくれた君の願いが優先だ。夕食の準備をするからもうしばらく抱いてやってくれ。その後私にも抱かせてくれよ?」
「パパ、私も夕食作り手伝う」
「いや、シエラはアイリスの側に居てやってくれ。ママとセレネの護衛だ。出来るね?」
「ん。そのクエスト、確かに受けたよ」
「良し、良い子だ。それじゃあシエラの代わりに君に手伝ってもらおうかなマリネス・ツー・セルグ君。セルグ家の御令嬢が我が家を訪れたのには事情があるのだろう?」
「あ、はい先生」
「はっはっは。まだ私を先生と呼んでくれるのか。では夕食を作るついでで良ければ話を聞こう」
椅子から立ち上がり、アイリス、シエラの順に額に軽くキスをしてリチャードは寝室を後にキッチンへと向かい、マリネスがリチャードの後ろを着いて行く。
そんな2人を見送ったアイリスとシエラはしばらくセレネを眺めるが、困ったのはシエラだ。
セレネの小さな小さな手がシエラの指を掴んで離さないものだから、シエラは手を上げたままの姿勢で固まるしかなくなり、身動きが取れなくなってしまったのだ。
「可愛い。可愛いけど、腕が」
「大丈夫よシエラちゃん。ちょっとくらいならセレネも起きないと思うわよ?」
「ん。大丈夫、可愛い妹を起こさない為に、頑張る。私はお姉ちゃんだから」
「お姉ちゃんだからって無理は駄目よ? ママにはシエラちゃんも大事なんだからね」
「ん。でもホントに大丈夫だよ」
こうして、シエラはセレネが指を離すまでのしばらくの間、自分の指を握らせていたのだった。




