ダンジョンの奥で待つ者
「無粋だねえ。君の出番はもう終わりだ」
石像の足元、保護者二人に頭上から盾が迫る。
そんな盾を見もせずにリチャードが腰から剣を抜き、アルギスが指を鳴らした。
石像が振り下ろした巨大な盾はアルギスが指を鳴らして出現させた魔法陣で防がれ、同時に、触れた部分から一瞬にして石像全てを凍りつかせる。
「私の出番は無かったか」
凍りつき、動かなくなった石像を、リチャードは足を止めて振り返りながら見上げ、剣を納めると再度シエラ達の方へと向かっていく。
「シエラ、無事か? みんなも怪我はないか?」
「大丈夫だよ」
「みんな怪我してません!」
いつもの調子で微笑むシエラや、元気に返事をするリグスを見て、リチャードは胸を撫で下ろした。
「引き離された時は肝を冷やしたが。どうやら杞憂だったようだ。通路から戦闘音を聞いていたが、一度は倒したのだろう? みんな、頑張ったな」
「ん。みんな頑張った」
「ははは。良し、では奥に進もう。早くここから出ないと外のみんなが心配する」
リチャードの言葉に子供達は頷き、リチャード達は通路へ向かって歩き出した。
立ったまま氷漬けになった石像を美術品でも値踏みするようにアルギスは腕を組み、顎に手を当てて石像を眺めている。
「アル。行くぞ?」
「ん? ああ、分かった。行こう行こう」
アルギスの肩を手でポンと叩き、進む事を促すリチャードに従い、通路の方に目をやるアルギスや子供達。
その視線の先に、通路の曲がり角に先程の老人が佇んでいた。
片手の杖で体を支え、空いた片手でリチャード達に向かって手招きをする老人。
赤茶色のボロボロのローブのフードを深く被り、顔は見えないが、燻んだローブの色と似た赤茶色の長い前髪から覗く赤い眼の黒い瞳孔が爬虫類のように縦に長くなっている。
それを見て、シエラは聖剣に手を掛けるが、リチャードが片手を上げてそれを制した。
「着いて行こう。唯一の手掛かりだ」
「また罠かも」
「その時はみんなで突破するさ」
リチャードの言葉に了解したか。シエラは聖剣から手を離して歩き出した。
その様子に苦笑しなが、リチャードは娘を隣に呼び寄せ共に歩き出す。
そんな時だった。
通路の奥で佇んでいた老人が、音もなく、滑るように曲がり角の方へと移動していった。
「レイス?」
「いや、それなら襲って来そうなものだが」
「あの老人。もしかすると……」
明らかに年老いた人間などの速度で移動した様子では無かったので、シエラとリチャードは顔をしかめて考察するが、アルギスは何かに気が付いたのか、親子の直ぐ後ろで呟き、先程の石像を見ていた時のように顎に手を当てた。
「何か分かったのか?」
「確信がある訳じゃないからねえ。今はノーコメントで」
ヘラヘラ笑うアルギスに、振り返って聞いたリチャードと答えを期待して振り返ったシエラ。
親子二人はそんなアルギスを侮蔑の眼差しで睨んだ。
「ははは。そっくりだなぁ君達。血は繋がってなくとも親子って事か。良いねえ、僕にもそんな存在、いつか現れるのかなあ」
ヘラヘラ笑うアルギスだが、言葉の後半は何故だろうか、少し寂しそうだった。
通路を進み、曲がり角を曲がると、一直線の通路が繋がっていた。
しばらく歩き、突き当たりがT字路になっている。
老人の姿は無い。
しかし、T字路まで進んだところで左右を確認すると、右手の通路に老人の姿があった。
先はどうやら再び右に曲がるようになっているようだ。
シエラ達が老人のいる通路に歩き出すと、老人は通路を曲がり、再び姿を消した。
追いついては引き離され、追いついては引き離され。
確実に何処かに誘われているシエラ達。
しばらくそんな事を続けていると、行き止まりの前で老人が止まっているのを見つけて、シエラ達は慎重に近づいていく。
すると、不意に老人がシエラ達に背を向け、足元を指差した。
行き止まりだと思っていたその場所に、地下へと続く階段があったのだ。
「この先に行けって事?」
シエラの呟きに、老人がゆっくりと頷く。
その様子に、リチャードは「行こう」と一歩、階段を降りた。
罠では無いことを確認して、リチャードを先頭に一行は階段を降りていく。
最後尾から追ってくる罠の事も考慮して、一番最後に階段を降りたのはアルギスだった。
そのアルギスが老人の横を通り過ぎた瞬間だった。
「お願いだ。私を、殺してくれ」
と、しわがれた声が耳に届き、ハッとしてアルギスが横を見る。
しかし、そこには既に老人の姿は無く、地面に銀細工の指輪が一つ、朽ちたローブと塵に紛れて落ちているのみだった。
「分かった。すぐ、楽にしてあげるよ」
銀色に輝く指輪を拾い上げ、ローブの袖にそれを入れたアルギスは警戒もせずに階段を降りていく。
長くて広い螺旋階段。
壁には青く輝く魔力の火の付く燭台。
深く深く。
ただひたすらに降りていく。
するとどうだろうか。
先程までは城や砦よろしく石が規則正ししく並べられていた壁や階段が、いつのまにか洞窟の中のようにゴツゴツとした岩肌に変化していった。
静まり返る螺旋階段、というよりはもはや螺旋状のゴツゴツした下り坂。
響く6人の足音。
そんな足音を聞きながら進んでいくと最下層に到着したのか、開けた場所に出た。
暗い地の底という表現がお似合いで、光は何も無く、壁や天井すら見えない。
ただ。そんな空間の奥から何か、獣の唸り声のようなものだけが響いて来た。
「光を」
「はい先生」
リチャードの言葉に魔法を発動したマリネスが光の球を数発、前方に放つ。
しかし、そこには何も無く、大きな岩山が佇んでいた。
「何も無いね。騙された?」
岩山に近付きながら、シエラがぼやいて辺りを見渡す。
リチャードや子供達も一様にシエラと同じく岩山に近寄り、地面を触ったりしてみるが、特に見つけられる物は無かった。
そんな中、アルギスは呟く。
「ここであってるよ」
「ホントか? 何故分かる?」
アルギスの言葉に岩山に体を預けながらリチャードは聞く。
そんなリチャードの方に向かってアルギスは指を差す。
そこには、ゴツゴツした岩肌にはにつかわしく無い、赤く、リチャードの背丈ほどもある丸い宝石が出現していた。
「うお! コレは⁉︎」
「このダンジョンの主だろうね」
赤い宝石の真ん中にあった黒い模様が縦に伸びた。
その赤い宝石と黒い模様の様子に、シエラが気づく。
それは先程上で見た、老人の目に酷似していたのだ。
リチャードや子供達が岩山から距離を取るように駆け出す。
その後ろで、岩山が起きあがった。
ゆっくりと、太い四肢を持ち上げ、尻尾を引きずり、頭を6人の方向に向けようとする。
しかし、力が入らないのか、岩山の様な姿をした巨大な龍は直ぐに動くのをやめてしまった。
「灯りを足します」
マリネスが、指示される前に光球を追加して動いた岩山の周囲を照らした。
地龍だった。
このダンジョンにシエラ達を飲み込んだ地龍。
その姿と、目の前で這いつくばっている岩山は規模感こそ違うが、全く同じ姿をしていたのだ。
「よく、来てくれた。済まないねえ。今の世を生きる新しい人類を、巻き込んでしまった」
聞いた事が無い声だった。
老婆のような、それでいて野太い男性の声のような、二重三重に重なった声が、シエラ達に聞こえてきたのだった。




