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「天才」 第三部 背反  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第24章

 

 この世界で生活の慣例や一定の決まりごとに従ってきた人たちにとって……ゆっくり進んだ段階と粘り強い努力によって、一連の習慣、嗜好、品格、感情、行動様式を築き上げ、さらに、一定の名声と地位を獲得した人たち、つまり、ある人に「行け!」と言えばその人が行ってしまい、別の人に「来い!」と言えばその人が来るような人たち、出し惜しみや遠慮、障害や妨げとは関係なく、完全な行動の自由を喜び、ほどほどの富や、社会的地位や、快適さがあればこその余裕と慎重さを、楽しんできた人たちにとって、財力がないことから来る肩身の狭さ、世間の評判への恐怖、世間に恥をさらすことは、想像しうる最も哀れで、落胆させられる、恐ろしいことのひとつなのだ。こういう時こそ人間の魂は試される。権力者の席に座って、優れた力によって支配される世界を観察する人は、何かの奇跡的な運命の寛大さによってどうやら輝かしい道具として優れた力に選ばれたわけだが、尊厳や報酬から放り出されて、輝きの灰の中の世界の暗い場所に座って、過ぎ去った日々の栄光を思う人の気持ちなど何も考えない。ここには普通の人の想像を超える悲しみがある。旧約聖書の預言者たちは、これをはっきりと見抜いていた。彼らは、その愚行が正しい道に反していて、慈悲深く恐ろしい力によって見せしめにされた人々の運命を絶えず唱えていたのだから。「主はこう言われる。あなたは天の神に逆らって立ち上がった。主の宮の器をあなたの前に持って来させた。あなたと貴人たち、あなたの妻と側女がその器でぶどう酒を飲み、あなたは金、銀、真鍮、鉄、木、石の神を賛美した……神はあなたの治世を数えてそれを終わらせた。あなたははかりで測られ、欠けているとわかった。あなたの王国は分けられてメディア人とペルシャ人に与えられる」

 

 ユージンはこの一見正しそうな道の小さな見本だった。彼の王国は小さかったが本当に終わりを迎えた。私たちの社会生活は、本能の縦糸の上にきちんと組織化されて、密接に編まれているので、習慣や慣習や先入観や傾向……狭い視野で私たちが支配的だと思い込んでいる様々なもの……に一致しないものを、ほとんどいつも本能的に避けてしまう。私たちが図らずも尊敬する大衆の一部から、その行いのせいで非難されるかもしれない人物から離れない者がいるだろうか? どんなに誇らしげに歩き、どんなに慎重に振る舞おうが、最初の疑いがかかったとたんに、全員が……友人、親戚、仕事上の知人、社会という組織全体が……離れてしまう。「汚らわしい!」と叫ばれる。「汚らわしい! 汚らわしい!」そして私たちの内面がどんなにみすぼらしくても、偽善者でも、それは問題ではなく、私たちはすぐに逃げ出してしまう。それは、私たちの目標を形づくる摂理への賛辞のようである。その目標は、私たちがどんなに卑しく自分たちの許されない堕落の錆でその輝きを覆っても、私たちがどんなに模倣しても、寸分違わぬ傾向をとり続ける。

 

 アンジェラは今までに、老いて弱くなった父親に会うために実家に行き、ユージンの母親に会うためにアレキサンドリアにも行っていた。彼女もひどく健康を損ねていた。

 

「私は、あなたの態度が私に向いてほしいという淡い希望を抱き続けています」とアンジェラは手紙を書いた。「もしよければ時々あなたからも連絡をください。それであなたの進路がなんら変わるはずもありません。ひと言くらい害にはならないでしょう。私はとても孤独なんです。ああ、ユージン、いっそ死ねたら……死ねたらいいのですが!」どちらの場所も現状については一言も触れられなかった。アンジェラは、ユージンがずっと会社での商業活動にずっとうんざりしていた、そしてコルファックス社での厄介な状況のせいで一時的に芸術に戻るのを喜ぶふりをした。彼は帰って来てもいいのだが、とても忙しいのだ。そうやってうそぶいた。しかしアンジェラはマートルには自分の希望と、とりわけ不安をたっぷりと綴った。

 

 ユージンとマートルの間で何度も話し合いがあった。最初から仲が良かったので、彼女はユージンのことが大好きだった。彼の無邪気な性格は、二人が一緒だった少年と少女のときのように、彼女にとっては甘美だった。彼女はキングスブリッジの素敵な部屋でユージンを探し出した。

 

「うちに来て私たちと一緒に暮らさない、ユージン?」彼女は頼んだ。「いい部屋があるのよ。あなたは私たちの隣の大きい部屋を使えばいいわ。そこはいい眺めなのよ。フランクだってあなたを歓迎するわ。話はアンジェラから聞いたわ。私はあなたが間違っていると思う。けどあなたは私の弟だし、私はあなたに来てほしいの。すべてのことは正しく進んでいるのよ。神さまがそれを正してくださるんだから。フランクも私もあなたのために祈っているわ。あのね、私たちの考え方では悪なんて存在しないのよ。さあ」……そしてマートルは昔の少女のような微笑みを浮かべた……「ひとりっきりでここにいるのはよくないわ。私と一緒に来る気はない?」

 

「ああ、行きたいのは山々なんだけど、マートル、今はできないんだ。そうしたくないんだ。考えなきゃいけないんだよ。僕はひとりでいたいんだ。自分が何をしたいのかが決まらないんだ。少し絵を描いてみようと思ってる。多少の蓄えはあるし、今は時間がいくらでもあるからね。あそこの丘の上にいい家が何軒かあるんだ。窓が北向きでアトリエとして使えそうな部屋があるかもしれないのがね。まずはこれを考えたいんだ。どうするかはわからないけどね」

 

 ユージンは今、鼠径部にあの新たな痛みを感じていた。これは母親がスザンヌをカナダに連れ去って、もう二度とスザンヌに会えなくなるのではないかと心配したときに初めて発症した。ナイフで切られたような、鋭く、身にしみる、本物の痛みだった。痛みが体のそんな下の方で生じるなんてどういうことだろうと不思議に思った。目も指先も痛かった。他にも変なところはなかったか? 

 

「クリスチャン・サイエンスの実践士に会いに行くのはどうかしら?」マートルは尋ねた。「会っても害にはならないでしょ。信じなくてもいいからさ。本をあげるから読むといいわ。そこに何かあると思わないかどうか確かめてみなさいよ。あなたは嫌味な笑い方をするけどね、ユージン、私たちに効果がなかったわけじゃないのよ。それがすべてを解決してくれたんだから……ただそれだけのことよ。私は五年前の自分とは違う人間なんだから、フランクもね。私がどんなに具合が悪かったか知ってるでしょ?」

 

「ああ、知ってるよ」

 

「ジョンズ夫人に会いに行くのはどうかしら? 話したくなければ、あなたは何も話さなくていいのよ。彼女は完全にすばらしい治療をいくつかしてくれたわ」

 

「ジョンズ夫人は僕のために何ができるんだい?」ユージンは唇を皮肉に歪めて刺々しく尋ねた。「僕の憂鬱を治せるの? 心の痛みを消してくれるの? 話をして何の役に立つのさ? 僕がすべてのことをやめてしまえばいいんだ」ユージンは床を見つめた。

 

「彼女にできなくても、神さまならお出来になるわ。ねえ、ユージン、あなたがどんな気持ちでいるか私は知ってるけどさ! お願いだから行って。行っても害にはならないわ。明日、本を持ってきてあげるわ。持ってきたら読んでくれる?」

 

「読まない」

 

「ねえ、ユージン、お願いだから私のために読んで」

 

「それでどんないいことがあるのさ? 僕はそんなもの信じないよ。信じられないんだ。僕は頭がいいから、そんなくだらないことには首を突っ込まないんだ」

 

「ユージンったら、何て言い草よ! あなただっていつか考えを改めるわよ。あなたの考え方くらいわかってるんだから。でもとにかくそれを読んでよ。お願いだから、読んでくれない? 読むって約束して。私が頼むべきじゃないし、そういうものじゃないけどさ。でも、私はあなたにそれによく目を通してほしいの。ジョンズ夫人に会いに行ってよ」

 

 ユージンは断った。これこそ愚行の極みに思えた。クリスチャン・サイエンス! キリスト教徒のたわごと! 彼は何をするべきかを知っていた。ユージンの良心は、スザンヌをあきらめて、アンジェラのもとへ、彼女が必要とするときに……生まれてくる子供のもとへ、とにかくいっときでいいから……帰れと命じていた。しかし、美と個性と愛のこの恐ろしい誘惑は、ユージンの魂をどれほど引っ張っただろう! ああ、スザンヌと一緒にニューヨークのきれいな海岸線やレストランなどで過ごしたあの日々、彼女がとても美しく見えたあの至福の時間! どうすればこれを乗り越えられるだろう? どうすればこの記憶を捨てられるだろう? スザンヌはとてもかわいらしかった。彼女の美しさはあまりにも希少だった。彼女のことを思うたびに胸が苦しかった。あまりにも苦しかったので、ユージンは時間のほとんどを考えることに使おうとしなかった……考え過ぎてしまうのが怖かったから、否応なしに、歩くか、働くか、落ち着きなく身じろぎしなければならなかった。ああ、生きているのに、ああ、これでは地獄だ! 

 

 このときにクリスチャン・サイエンスがユージンの視界に入り込んだのは、やはりマートルと彼女の夫がこの宗教的な考えを信じて入れ込んでいたからだった。ルルドやサンアンヌ・ド・ボープレや他の奇跡が起きる中心地のように、高度で無害な力の効き目のある介入を求める希望や欲望や宗教的熱心さがある場所で、マートルに非常に困難で複雑な身体の病気からの事実上の救済が起こった。マートルは、腫瘍、神経性不眠症、消化不良、便秘と、たくさんの関連疾患に悩んでいた。これらは明らかに普通の治療では治らなかった。エディ夫人が書いたクリスチャン・サイエンスのテキスト『科学と健康ー付聖書の鍵』が手に入った時、マートルは精神的にも肉体的にも最悪の状態だった。絶望と無力に蝕まれた心で読もうとしているうちに、たちまち治ってしまった……自分は健康であるという考えが彼女を支配し、やがて本当に健康になった。大量にあった薬をすべてゴミ箱に捨て、医者を避け、クリスチャン・サイエンスの文献を読んで、アパートの近くにあるクリスチャン・サイエンスの教会に通い始め、たちまち人間の生に関するその微妙な形而上学的解釈にのめり込んだ。妻をとても愛していた夫のフランクは、妻にとっていいもので妻を治すものは彼にとってもいいものだったので、この信仰に従った。彼はすぐにその精神的な意味を精力的につかんで、どちらかというとマートルよりも優秀な、その意味ありげな思想の解説者にして解釈者になった。

 

 クリスチャン・サイエンスについて少しでも知っている人は、その主要な教義が、神は原理であり、死ぬとか感覚的な人生の側面(後者は幻想である)から理解もしくは思考可能な人格ではない、人間は(霊的に言えば)神の映像であり似姿であること、を知っている。人は神でもなければ、神の一部分でもない。人は神の中の観念である。従って、神もしくは原理の中の観念がそうあらねばならないように、完全で、不滅で、乱されることなく調和している。形而上学的ではない人にとって、これは通常、闇であり意味はないが、霊的あるいは形而上学的に考える人にとっては、偉大な光として現れる。物質は幻想で構築された集合体か結合体であり、それは人が選択するように、進化したのかもしれないし、しなかったのかもしれないが、疑いの余地なく、無から、もしくは見えない無形の観念から構築されていて、基本的には霊的な人たちがそれらに与える信仰や信用以上の意味はない。それらを否定すれば……それらが何であるかを知れば……それらは消える。

 

 このとき、極度の精神的な停滞状態……憂鬱、意気消沈、落胆、邪悪で破壊的な力しか見ようとしない状態……にあったユージンのところに……これがあらわれたなら、これはおかしな意味を持ってあらわれたかもしれない。ユージンは生まれつき形而上学的な傾向のある人間の一人だった。スペンサー、カント、スピノザをたまに、ダーウィン、ハクスリー、ティンダル、エイブベリー卿、アルフレッド・ラッセル・ウォレスを特に、最近ではオリバー・ロッジ卿、ウィリアム・クルックス卿などを読み、生命とは何かということを帰納的に自然主義的に解明しようとしながら、人間の存在の謎をずっと考え続けてきた。エマソンの『大霊』や『マルクス・アウレリウスの瞑想録』とかプラトンなどを読んで時々うっすらとわかったと思った。キリストがサマリアの井戸で女に言ったように、神は霊である、と彼は考えた。しかし、とても多くの苦しみと争いが存在する人間の問題にこの霊が関係するかどうかは別の問題だった。彼自身は、そう信じたことはなかった……確信したことがまったくなかった。彼はいつも山上の垂訓に感動した。世の中の問題に向き合うキリストの態度の美しさ、神は神であり、神の前に他の神は存在せず、神は悪行には不興をもって報いると主張した古い預言者たちの信仰のすばらしさに、感動した。神がそうするか、しないか、は彼にとって未解決の問題だった。この罪の問題……原罪……はいつも彼を困惑させた。人間の経験よりも前に法があったのだろうか、言葉が肉体になる前に、神……言葉……の中に法があったのだろうか? もしあったなら、どんな法だろう? 結婚に関係するものだろうか……生命そのものよりも古い何かの精神的な結びつきだろうか? 盗みに関係するものだろうか? 生まれていない状態での盗みとは何だろう? それは、人間が始める前はどこにあったのだろう? それとも人間と共に始まったのだろうか? 馬鹿げている! それは生命の中で成立した化学や物理の何かに関係していなければならない。かつてある社会学者が……ある大学の偉大な教授がユージンに、人類の中に蓄積された本能……自己保存と種族の進化にのみ関係する本能……に関係がある場合を除いて、自分は成功や失敗、罪、あるいは独善的な感覚を信じない、と言ったことがあった。その他には何もなかった。霊界の道徳でもあるのか? ふん! 彼はそれについて何も知らなかった。

 

 こういうひどい不可知論が、ユージンに影響を及ぼさないはずはなかった。彼はこれまでも疑いを抱く人間だった。前にも言ったように、すべての生き方が彼のメスのもとでバラバラになった。そして一度切り刻んでしまうと、それを再び論理的に組み立てることはできなかった。人々は結婚の神聖さについて語ったが、何と、結婚とは進化だった。彼はそれを知っていた。ある人がそれについて二巻の論文を書いた……『人類の結婚の歴史』とか何とかいうもので、その中で動物は、子供育てに要する期間だけ、子供を自己管理できるようにするまでに要する期間だけ、交尾をしていたことが指摘された。現代の結婚の根底にあるのは、本当はこれだったのではないだろうか? もし記憶が正しければ、彼はこの歴史書の中で、結婚が神聖とされ一生のものと見なされるようになった唯一の理由は、人間が子供を育てるには長い時間を要するからだと読んだことがあった。子供が社会に出るまでには、間違いなく、両親が老いるほどのとても長い時間がかかった。では、なぜ別れるのだろう? 

 

 子育てはみんなの義務なのに。

 

 ああ! ここに問題があった。彼はこれに悩まされていた。家庭はこれを中心にしていた。子供たち! 種の繁殖! この進化の荷車を引き! 引かなかった者はみんな必ず地獄に落とされたのだろうか? 人類の精神は彼と対立していたのだろうか? これをやらなかった……できなかった……男女を見るがいい。ごまんといる。そして、やった人たちはいつもやらなかった人たちを間違っていると考えた。彼は常々アメリカ精神全体がこの方向……子供を生んで育てるという考え方、保守的で平凡な精神……にしっかり固定されていると感じた。彼の父親を見るがいい。それなのに、他の人たちは抜け目なかったので、この精神を食い物にして、この人類の精神が最も活発な場所に工場を移して、子供たちを安く雇えるようにした。なのに、彼らには何も起こらなかった、それとも何かが起こったのだろうか? 

 

 しかし、マートルは、聖書のこの新しい解釈は真実である、すべての人間の病を駆逐する霊について理解できるようにあなたを導いてくれる、これはすべての人間の概念の上にある……すべてを超越した霊的なものである、と主張して、ユージンに考えるように訴え続けた。だから彼はこれについて考えた。マートルはユージンに、もしあなたがアンジェラと一緒に暮らすのをやめることが正しければ、それは実現するし、そうでないなら実現しない、しかし、いずれにせよ、何があろうと、この真実の中にあなたにとっての平和と幸福がある、と告げた。あなたは正しいことをするべきよ。(「まず神の国を求めよ」)そうすれば、すべてのものがあなたに与えられるわ。

 

 最初のうちユージンは、こんな話を聞くこと自体がものすごく馬鹿げているように思えたが、やがてそれほどでもなくなった。長い議論と懇願、朝食と夕食、マートルの部屋でとる日曜日のディナー、サイエンスの教えのあらゆる側面についてバングスやマートルと交わす議論があり、彼らの教会で水曜日にある体験談と証言の集会に数回訪れ、ユージンはそこで到底信じられない驚くべき治癒についての発言を聞いたりした。この証言が、神経質な空想が原因かもしれない不満にとどまる限り、彼らが治ったのはおそらく宗教的な狂信によるものかもしれず、これが高じて(かか)っていなかった何かに対する彼らの思い込みを追い払ったのだと納得した。しかし、がん、結核、歩行性運動失調、甲状腺腫、手足の短縮、ヘルニアなどが治ったとなると……ユージンは、彼らを嘘つき呼ばわりしたくはなかった、彼らは嘘をつくにはあまりにも誠実すぎるように見えた。しかし、彼らは単に誤解しているのだと思った。どうすれば彼らが、あるいはこの信仰が、あるいはそれが何であれ、がんを治せるのだろう? ああ! こうしてユージンは不信感を抱き続け、ある水曜日の夜、たまたまニューヨークのクリスチャン・サイエンス第四教会に行ったときに、隣の席にいた男が立ちあがって発言するまで、その本を読むことも拒んでいた。

 

「私は自分を例にあげて、神の愛と慈悲について証言したい。私はそう長い期間ではありませんでしたが、どうしようもないほど苦しみましたし、これがありえるのかと自分で思うほどの最低の卑劣な人間の一人でした。私は朝晩、聖書が読まれる家庭で育ちました……父は頑固な長老派でした……そして、自分の家庭にさえあった、聖書が無理やり喉に押し込まれるようなやり方や、キリスト教の原理と実践の間に存在するのを見たと思った矛盾に、ほとほとうんざりしました。私は、父の家にいて父のパンを食べている間は従うが、家を出たら好きにしようと自分に言い聞かせました。その後、十七歳になるまで何年も父の家にいて、それからシンシナティという大都市に行きました。家を出て自由になった途端に、いわゆる宗教的な修練をすべて投げ捨て、自分がやって一番楽しくて満足すると思うことをやり始めました。私は決していい酒飲みではなかったですが、飲みたくなると飲みました」ユージンは微笑んだ。「ギャンブルがやりたかったのでやりましたが、決して賢いギャンブラーではありませんでした。それでも少しはギャンブルをしました。私の大きな弱点は女性でした。ここでどなたも怒らないでくださいね。みなさんのことだから怒らないと知ってますが。何しろ、私の証言をすごく必要な方々が他にいるかもしれませんからね。私は他のやりたいことを追うように女を追いかけました。私が欲しかったのは本当は女だけでした……体ですがね。私の女好きはひどいものでした。聖書にあるように、欲情を抜きにしては、どんな美しい女も見られないほど、そればかり考えてました。私は最低でした。病気になりました。歩行性運動失調、水腫、腎臓病で苦しみ、全財産と五年の歳月を医者や専門医に費やした挙句に、シカゴのクリスチャン・サイエンス第一教会に担ぎ込まれました。以前は普通の薬で他の病気が治ったこともありました。

 

 私の声が届く範囲に、私と同じように悩んでいる人がいるなら、その人に聞いてほしい。

 

 今夜、皆さんにお伝えしたい。私は元気です……肉体だけではなく精神的にも元気で、さらにいいのは、私がその真実を見ることができるのであればですが、霊的にも元気です。私の訴えで私の治療を引き受けてくれたシカゴのクリスチャン・サイエンスの実践士による半年の治療の末に、私は回復しました。そして、私はみなさんの前に完全に健康そのものの状態で立っています。神さまのおかげです」

 

 男は着席した。

 

 ユージンは、男が話している間に、男の外観のすべての輪郭を見ながら、じっくり観察していた。背が高く、痩せ型で、砂色の髪と砂色の髭をしていた。見た目は悪くなく、長いまっすぐな鼻と、澄んだ青い目をしていて、顔色は淡いピンクで、活気と健康を感じさせる男だった。ユージンが一番注目したのは、男が落ち着いていて、冷静で、穏やかで、活気があることだった。自分が言いたいことを正確に、力強く伝えた。声ははっきりとしていて、しっかりと伝える力があった。服は形がよく、新品で、立派な仕立てだった。決して物乞いや浮浪者ではなく、何かの専門知識を持つ男だった……どうもエンジニアっぽかった。ユージンは彼と話したいと思ったが、やはり恥ずかしかった。何だが、この男の事例は彼のとに似ていた。そっくりそのままではなかったが、近いものがあった。ユージンは決して病気ではなかったが、非の打ち所のない魅力的な女性を見て欲情することが何度あっただろう! この男が言っていたことは、本当に事実だったのだろうか? 嘘をついている可能性はあるだろうか? 馬鹿馬鹿しい! 勘違いしている可能性はあるだろうか? この男がか? ありえない! あまりにも強そうで、あまりにも鋭敏で、あまりにも誠実で、あまりにも真面目で、そのどちらにも該当しなかった。それでも……しかし、この証言はユージンのためにされたのかもしれない……何か不思議な助ける力……いつもユージンを追いかけていた親切な運命が、ここでも手を差し伸べようとしているのかもしれない。そんなことがありえるだろうか? スザンヌの求めに応じて出向いたスリーリバース行きの列車に、黒髭の男が乗り込んできたのを見たときのように、超自然的な力によって蹄鉄が目の前に置かれて、来るべき幸福を告げられたときのように、ユージンはこれを少し奇妙に感じた。考えながら帰宅して、その夜、初めて『科学と健康』を真剣に読もうとした。

 


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