首なし裸チキン、人を運ぶ
十二月になると、アルバイトは鬱になる。
面倒くさい新商品が増える。売れもしないケーキ、チキン、おせちの予約を売ろうとして店長の機嫌が悪くなる。おでんやホットスナックを会計の後で注文する客が多くなる、等々。
とにかく十二月というのはコンビニアルバイターにとって、厄介な月。事実、この街のデイリーマートで働くこの青年も憂鬱だった。早くアガリの時間が来るのを待っている。客なんて来なくて良い。彼にとってはただ時間が過ぎ去るだけで良いのだ。
そうは言っても、客は来る。今も腹立たしい入店音が聞こえてきてしまった。できれば無視したいところである。けれども給料を貰っている以上、最低限の仕事はしなければならない。
彼は入り口に向かって声を出す。
「いらっしゃいま……」
マニュアル通りの行動ができない。いらっしゃいませ、という言葉が途切れる。
目の前の彼らが何者なのかよくわからない。文字にすることはできる。食用の丸鶏が二足歩行し、入店。それも一羽とか二羽ではない。数十羽という集団でだ。
それらを相手にどうすればいいのか、全くわからない。
「……」
何とかしなければならない。何とかしなければならないのだが、何をすれば良いのかわからない。首なし裸チキンが来店した時のマニュアルなどない。彼が対応に困り、言葉を失うのは仕方がないことだ。
彼がそうなっている間にも首なし裸チキンたちは店内をウロウロ。正直冬とはいえ外から剥き出しで歩いてきた生肉が、店内をウロウロされるのは衛生観念を考えればよろしいことではない。
そう考えるとこのままボケッとしていてはダメだ。いくらアルバイトとはいえプライドがある。彼は何とか言葉を絞り出す。
「あ、あの。当店では丸鶏様のご入店は……」
言いかけたがやめた。全く聞いてくれそうにない。
というか言葉が通じているかすら、わからない。彼らはより一層自由に店内を歩き回り、キョロキョロと興味深そうに物色している。その様子はまるで都会に初めて来た田舎者である。
そんな状況分析をしたところで、現状は変わらない。これは明らかにバイトには手に負えない状況。
となればやることはただ一つ。彼はカウンター奥の扉を開く。
「店長。大変です、来てください」
困ったときは上の者。飲食だろうと営業だろうと、それは変わらない。
自分で対応できないと判断したなら、下手にあれこれ考えるよりもすぐに上に報告した方が良い。報告、連絡、相談。所謂『ほうれんそう』である。
「ったく……」
そしてその連絡を受けた相手というのは店長である。人生も半分を過ぎ、髪もボリュームがなくなってきた幸が薄そうな店長である。
彼はため息交じりにずれ気味な黒縁眼鏡を上げて、カウンターへと向かう。
「一体何が……」
店長も言葉を失う。目の前には五十近くの食肉用の処理をされた丸鶏こと、首なし裸チキン達。
店長、バイトと同じく何もできず。ただ突っ立っているのみ。棒立ち。先ほどと何の変化もない、この場。上の者はこの状況に何の変化ももたらしてくれなかった。
だが逆に、変化は首なし裸チキン達の方から訪れた。
「バヒュ! バヒュ!」
一羽の裸チキンが吠える。本来首があったであろう場所から息が漏れ、ゴム袋から空気が抜けた時のような奇妙な音を出す。正直聞いていて気持ちの良いものではない。
さらに言えばその矛先は明らかに店長。首なし裸チキンは中年のコンビニ店長に向かって、奇妙な鳴き声を発したのだ。
「バヒュ! バヒュ!」
「バヒュ! バヒュ!」
「バヒュ! バヒュ!」
「バヒュ! バヒュ!」
それが一斉に連鎖する。気づけば周囲の首なし裸チキン達による大合唱。店内に散らばっていた彼らはカウンターに集まり、その熱気ある声を店長に向けている。
何故かはわからぬが、そのタイミングと彼らの接近で自分のせいで興奮していると理解した店長は危機感を覚える。
「け、警察を……」
そう思い、スマートフォンに手をかけた瞬間。
彼らは跳びかかった。
「バヒュバヒュ!」
「な、何をするんだ!」
首なし裸チキンが群がる。一体何処にそんな力があるのか不思議になるほどの跳躍から、店長の体に張り付いていく。じゃれているとかそういうものではない。鬼気迫るように、必死に張り付いてくるのである。
「た、助けてくれ!」
この様子を見て、やっとバイトの彼も危機感を覚えた。これは尋常ならざる事態なのだと。
彼はすぐさま店長の落としたスマートフォンを拾おうとするが。
「「「「ブーッ!」」」
「ひっ!」
拾わせてもらえない。
首なし裸チキンたちは左右の手羽先を大きく広げ、首の穴から熱い息を吐きだす。首なし裸チキンが行っているから行動が意味不明に思えるが、彼らの元になっているであろう鶏にこの行動を当てはめれば意味が分かるだろう。体を大きく見せんがために両の羽を広げ、奇声を発するこの行為。
明確な威嚇行為だ。けれどもこの行為自体に意味はない。相手は食用に加工された丸鶏だ。鋭い嘴も爪もない。ブヨブヨとした鶏皮に覆われた肉の塊なのだ。
けれどもだ。それが数十羽から行われれば、どうだろう。多数の人外から、一度に向けられる明らかな敵意。それは今まで味わったことのない、名状しがたき恐怖に他ならない。現に今、彼は本能的に恐怖し動けなかった。
助けを得られぬ店長は、首なし裸チキンの成すがまま。体中にブヨブヨの鶏皮が纏わりつき、不快感といら立ちが募る。だが一応は害はない。現状では店長の体に張り付きよじ登っているだけ。ただただその数が多過ぎて抵抗ができないのだ。
そんな中で首なし裸チキンの中から、一羽が彼の右腕をよじ登りその先端に達した。
そして何を思ったのか、店長の右手を入れ込んだのだ。
内臓を取り出した後のその空洞へと。
「うひぃっ!」
その気持ち悪さに声が出る。ただ拳に生肉が纏わりつくから気持ち悪いのではない。その行動の不透明さが気持ち悪いのだ。
何故に、自らの体を使ってまで自分の手を拘束するのか。これから何が始まるのか。これから自分はどうなるのか。不安でしょうがなくなる。
そう思っている間に左手にもハマる首なし裸チキン。ズッポリと穴の中に手が収まる。両の手を生肉が包み込み、開けない。
さらに、それを見た他の首なし裸チキン達は、彼の体を倒す。そして集団で支えるのだ。
「や、やめてくれ! 誰か助けてくれ!」
手を拘束された彼を残りの首なし裸チキン達が運んでいく。さながらガリバー旅行記に出てきそうな光景であるが、彼を運ぶのは小人ではないのだ。首なし裸チキンなのだ。
彼らの手により店長が店外に出される。流石に人間が運び出される様を見て、往来の人々はギョッとした顔をして、注視する。
これは何なのか。彼らは何をするのか。人間をどうするのか。
そんな店長と見物人の疑問に、今一つの答えが出た。
「う、嘘だろ……!」
首なし裸チキン、飛翔。彼の両手をズッポリと咥え込んだ二羽の上昇力のみで彼を運んでいる。
当たり前だが彼は逆らうことなどできない。プラプラと体が揺れるのみである。
「は、離せ! 離せーっ!」
首なし裸チキン、人を運ぶ。その空っぽの腹で、両の拳をぶら下げて。
フワリフワリと空力を無視したその飛行は、どこか幻想的に見えた。
まるで夢や幻。おとぎ話のような信じ難い光景であった。
そして、首なし裸チキン達は彼らだけではなかった。
この日、日本のとある街で多数の人間が首なし裸チキンに襲われた。その目撃証言を合わせていけば、首なし裸チキン達の数はおよそ数千。恐ろしいほどの数が、一日にしてこの街に現れていた。
そして襲われた人間のほとんどは逃げ切ることは出来ず、連れていかれた。
高き空へと。
人一人に首なし裸チキン二羽。この奇妙なセットはその日、空中をフワフワと漂っていた。
彼らが何処へ向かっているのかは、まだわからない。