9話.「死神」
住宅街と店が並ぶ表通りを抜けると木々が日の光を遮る薄暗い場所にシーマと呼ばれる建物は建っていた。
赤煉瓦造りの、洋館の様なその建物は凡そ四階建てと言ったところか。やけに建物の規模が大きく内部は広そうであった。建物の周りは外壁にしては高すぎる壁が囲っており、鉄格子の様な門が正面に見える。そして、門の前で退屈そうに欠伸をしながら何やら話をしている男が二人、シエルには見えた。
「あーあ、つまんねー。アインさんが女拐ってきたって聞いたからワクワクしてたのに俺等は見張りかよ、つまんねー」
「だよなぁ。チラっとしか見えなかったけど可愛い顔してたよなぁ。あぁ、羨ましいなぁ」
そんな事を話していた二人だがやがて、前方からこの場へ向けて歩いてくるシエルの存在に気がついたようだ。表情を変え、睨むような目をしながら歩み寄る。
「おい、兄ちゃんここに何か用かよ」
「……ああ、ちょっとした野暮用がな。中に入れろ」
「紹介文は?」
「ねぇよ、そんなのは」
「じゃあ、帰れ。ウチのボスはテメーみたいなのを相手にしてる暇はねーんだよ」
シッシと手を向こうへ振りながら気怠そうにそう言うまでもない男の話も聞かずそれでもシエルは進む。そして怒声が放たれる。
「オイ!聴いんのかテメェ!!」
「……邪魔だ、失せろ」
その一言が逆鱗に触れたのか、一人が額に青筋を浮かべながら背後からシエルヘ殴り掛かろうとした、だが―――。
届くこと無く、男の首が宙を舞う。紅が辺り一面に広がりもう一人は唖然としていた。何が起こったのか、見えなかったのだ。だが彼の思考はそれで最期となる。自身の視界も、急激に下降した。体が真っ二つになり意識が途切れるその刹那に剣を鞘に戻すシエルの姿が、眼前に映った。
そして二人が死んだことを横目で確認するとシエルは呟いた。
「大したことが無いな……本命は、中か。」
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窓からその光景を眺めているスキンヘッドの大男が一人居た。ミーナを来る前押し込む前に殴り付けた彼はトルボックダ・ファミリーの側近の一人、『アイン・ハーボック』という名である。
「ボス、何者かが敷地内に侵入いたしました」
その問いに、ボスと呼ばれた紫髪の中年女が答えた。『カーヤ・トルボックダ』と言うその女は年の割には髪質も、肌質も極めて美しく保たれており真っ赤な唇には紙煙草がくわえれている。一度口に含み、それを肺に入れ吐き出したかと思うと細く伸びた指でそれを挟みながら口元からソッと話し、言った。
「……誰?」
「分かりません。青い髪をした、どうやら剣士のようです。……女を、取り返しにきたのでは?」
その一言を聞いた金髪の男が突然喚き出す。
「おいおいおーい! これからお楽しみの時間と洒落混もうと思ったとこでこれかよ!どーすんのよ!!!」
「ギャッビー、お前はすぐにそう言う下劣な事を考えるな……。彼は取り敢えず、ウチの部下に相手をさせよう。流石に百人も居れば奴も逃げ出すだろう。幸い、元魔法騎士団も何人か居るしな」
ギャッビーと呼ばれたその男はニヤニヤしながら言葉を返す。
「とかなんとか言っちゃってさー、君だって元魔法騎士団じゃん?しかも、セスタ・ドライブ」
「だから何だ、そんなのは昔の話だ。さて―――」
言いながら、襟に付けた機器に向かって何やら指示を出す。そして胸元から出した音声映像出力スフィアをカーヤへと差し出し、言った。
「観戦と、行きましょう」
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大扉を開けてシエルは中に入る。内部にはホールがあり、天井から吊るされた豪華なシャンデリアが外とは対照的にホールを明るく照らし出す。
「さて、どこから探すか」
彼が歩もうとした瞬間であった。耳をつんざく様な大音量が響き渡った。
『侵入者、ホールに在り!!! 殺せ!!!』
「やっぱり、もうバレたか」
言うが早いか、ホールには大勢の組員が続々と集まり出す。体型も体格も、性別も様々でありその誰もが殺気立っている。その人数、凡そ百人。その全員が今、目の前に居るシエルを敵対視し、我先に殺さんと意気込んでいた。
「……元気の良いことで」
鞘から剣を抜き、一歩前へシエルは踏み出す。
そして、始まる。殺戮の舞踏会が。
「行くゾォッ!!! てめーらァ!!!」
咆哮し、全員がシエルヘと向けて飛びかかる。
―――先ずは目の前に居る連中から・・・殺すッ!!!
考えたシエルは剣に闇を主体とした炎のオーラを纏わせる。殺意のみで錬成されたそれはやがて轟音を放つ高出力のレーザービームと化し、それを躊躇無く振りかざす。
前方に居る十数人の体が焼き切れる。真っ二つに避ける者、首が飛ぶ者、腹部が裂かれ臓物をさらけ出す者様々であったが中には腕や手足だけが切断される者が居た。殺さずとも傷跡を超高温で焼いてしまう為血はでなくとも後の治療を不可能にさせるこの技は裂かれる痛みと燃える痛みが同時に襲い対象の戦意を失わせるには充分であった。
だがそれでも、残った者達は怯まない。
「死ねやァッ!!! ガキがァッツツ!!!」
一人が掌をシエルヘと向けて雷撃を放つ。
それは百万ボルトもの超高圧の電撃。触れれば忽ち人体を焼き焦がし即死させる代物。
だがしかし。
「鏡面反射ッッッ!!!」
叫んだシエルの周りを黄色の魔法防御壁が取り囲む。それは術者をあらゆる攻撃魔法から守る為だけではなく術者を対象にした攻撃魔法を相手へと向かってそっくりそのまま反射する効果も担っている反射魔法。
故に電撃は放った本人にそのまま跳ね返り牙を向く。叫びを上げながら黒く焼け焦げた彼はやがて黙する死者と化す。
そしてリフレクトは連続で使用することは出来ず、一度発動し効果を発揮した場合には自動的に消滅し次の使用までに約三分のタイムラグが存在する。
その隙を付け込んだ、氷の魔法がシエルヘと向けて発動される。
足元から徐々に凍らせてゆくそれは動きを止めるだけではなく凍った部位を叩けば砕け、再生を不可能とさせる。だがシエルはそれを自身の炎魔法によって瞬時に溶かす。更に彼は攻撃へと移る。
シエルの体が突如光に覆われる。目映く輝き、人々を希望に導く筈のその光はシエルの姿ごと、消えた。
「何処へ行ったァ! あの野郎!!!」
誰に言うでもなく、叫んだ男の体が飛散する。それを見た者達はシエルがこの空間に居ることを理解する。そして、その存在に気がついた。
既にこの戦いを支配し、光速で疾駆する、その存在を。
「おおッッッ!!!」
体を捻らせながらシエルは凄まじいスピードでこの場を縦横無尽に駆け巡りながら一人、また一人と命を切り裂いて行く。
最早影すら見えぬその姿は勇者と呼ぶには余りにも残酷で、悪魔と呼ぶには余りにも美し過ぎた。
そしてシエルを軸として衝撃波が発生する。内部の壁や天井には次々とヒビが入り始め落ちた天井に潰される者も多々居た。
正に殺戮の舞踏会。敵を殺す為だけに全霊を掛ける男の姿がそこには在った。
既に人数は半分以下に減っていた。それでも、彼等は折れなかった。逃げればカーヤ、アイン、ギャッビーのいずれかに始末されることは明白であったからだ。
ならば、愚か者共は分かっていても進まねばならない。冥府へ続くその道を。
ならば、勇者は殺さねばならない。彼等に死を平等に分け与える死神となる為に。
やがて組員の一人が放った攻撃魔法が浅く、シエルヘと当たる。下手な銃も数を撃てば当たるように。
そして死神は降り立つ、ホールの中央へ。神の如く。
「くたばれやァァ!!!」
咆哮を上げながら残った者達が彼へと向けて魔法を発動しながら押し寄せる。
「……これで決めてやる……ッ!」
呟きながらシエルは両の手を床へと押し付ける。すると巨大な魔方陣が彼を中心として床に現れ、それがホールを埋め尽くした。そして叫ぶ、地獄へと誘う死神の、勇者の最期の魔法の名前を。
「爆裂する炎ッッッ!!!」
魔方陣が光輝き、シエル除く周囲が爆発するように燃え盛る。生者が生きたままバラバラに飛散し、無慈悲な攻撃が戦いを終わらせた。
圧倒的なまでな力を誇示した男は次なる標的を殺す為、歩き出した。
シエルは気がついていた。強力な魔力をあと三つ、この建物内から感じると。それは最上階、そこにはきっとミーナも居る筈だ。
ホールの階段へ向かい、彼はそれを昇り始めた。
屍の上に、勇者は居た。