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着替え終わったヴァースが出てきて、三人はそのまま部屋を出た。
話を聞きたそうにしていたヴァースだったが、テーラに「奉仕がある。それが終わってからにしろ」と言われ、がっくりと肩を落としつつも後に従っている。
「……そういえば、返すのを忘れていたわ。……はい」
サバウドーラは辞書のような一冊の分厚い本を取り出して、ヴァースに渡す。
「あ! じいちゃんからもらった本! 良かった~! ありがとうございます!」
ヴァースは嬉しそうにそれを受け取る。
「……そんなものをどうして大事そうに持ってるの? やぶけているし、何も書いてないし、けっこう古くてぼろいし……少しだけ魔法反応があるけど、評価としたら最低のFランクじゃない」
「ランク?」
ヴァースが首をかしげてテーラを見る。
その行動に彼女はまたかと、重いため息をはいた。
「……ランクとは主にアイテムや装備品に対する評価のことだ。最高がSで、最低はFまでの七段階に分かれている。もちろん、同一ランクでも値段はピンからキリまであるし、能力が低くても、付加効果でランクが変動する。まあ、こっちの方はクラスみたいにきちんと決まっているわけではない。だから、低ランクなのに高ランクを装った詐欺も多発する。目利きがしっかりできないと、とんでもないものをつかまされることになる」
「へえ~。いつもありがとう、テーラ」
「……」
律儀に答えてしまう自分に嫌気がさすテーラ。
「……なに、ランクも知らないの?」
「……最近までクラスも知らなかったからな」
「うそ……」
まるで天然記念物を見るような目でヴァースを見るサバウドーラ。
「……悪いけど、”大賢者”は諦めた方がいいと思うわ」
「なんで!?」
そんなこんなでとりあえず城門の前まで案内してくれたサバウドーラとテーラたちは別れを告げる。
「じゃ、無償奉仕、がんばってね~」
「……ああ」
「サバウドーラさん、ありがとうございました!」
そしてヴァースとテーラはそれぞれ広場と城門の修理を手伝いに行こうとして、彼女に止められた。
「あ、そうそう。王様が、『どうせ修理には二、三日かかるだろうから、泊まるなら城に泊まらせればいい』だって! よかったね」
「……良いんだか悪いんだか」
テーラは微妙な感じだったが、ヴァースは喜んでいた。彼からすれば、無一文状態で寝るところもない状況だったからだ。野宿は慣れているといえばそうだが、それは自分の住んでいた勝手知ったる島でのこと。見知らぬ土地でろくな装備もないまま、いきなり野宿は避けたかったので、ありがたくお願いした。
テーラとしても、本来なら行方知らずの父の情報を聞いて、その日のうちに帰ろうと思っていたので、道中の魔物の装備と少ししか持ち合わせていなかった。結局彼女もファロルド王に甘える形にならざるをえず、テーラ的には借りを作るのは嫌だったし……何より、騎士団に戻らないかと勧誘されないか不安であったが、自分の身から出た錆ということで我慢するしかなかった。
その後は修理を手伝い、夜になったら城に戻ってそれぞれ小さな一室を借りて休み、翌日は朝から修理を手伝った。
中にはロベルフとヴァースがにらみ合いを始めたり、それを止めようとしたテーラにロベルフが声をかけてきたのをサバウドーラに追い返されたり、そのサバウドーラに話を聞くためヴァースが話しかけようとしてテーラに止められてトボトボと担当の場所に戻ったり。
そして、壊してから三日目の昼には、無償奉仕という名の強制労働は終わりを告げた。
「……疲れた」
城に戻って来たテーラがぽつりとつぶやく。主に肉体的ではなく、精神面での疲労がたまっていた。
「確かに。でも、なんかやり切った感があるよな!」
隣を歩く、テーラとはうってかわってすがすがしい汗を流す笑顔のヴァースが答える。
「けっ。なんで俺様が……。それもこれも全部こいつの――」
ぶつぶつ文句を言いながらさらにその隣を少し距離をおいて歩くロベルフ。彼はこっそり割り当て以上の人員を増やそうと動けない自分の騎士団以外の者に命令したが、「王の厳命により手伝えません」と断られていた。
「はいはい、三人ともお疲れさま。とりあえず、王の間に集まってくれる? また話があるんだって」
城門から少し入ったところにある大階段の前でサバウドーラが待っていた。
「はあ、どうせ労いの言葉かなんかでしょ?」
「う~ん、それもあるんだろうけど……どうもそれだけじゃないみたい」
「?」
「というか、なんか騎士団に……『完全装備』させているみたいなのよね……」
「なに?」
それを聞いて、テーラとロベルフが訝しがる。
騎士団の完全装備。それは、暗に非常事態を告げる警告である。
何かが起きる。いや……何かが起きた。
ヴァースを除く三人は確信していた。
四人は王の間へ向かう。
三人の緊張がヴァースにも伝わり、よくわからないながらも気を引き締めて後をついていく。
王の間にたどり着き、その前に立っていた二人の兵士が扉を開く。
四人が中に入ると、そこにはずらっと『完全武装』した騎士団が並んでいた。
いつもの使い古されたような鉄の鎧ではなく、きれいに磨かれた鋼の鎧を装備している。持っている槍や剣も装飾が施された立派な物に変わっており、何より全員が盾を装備し、前回にはいなかった魔法使いたちもそろっていた。まさしく『完全武装』に恥じない物々しい雰囲気を出している。
その中央、見るからに派手な深紅の豪華な鎧を着たファロルド王が、前回同様、片肘をついて四人が来るのを待っていた。
「……来たか」
四人が礼をして中に入り、テーラ、サバウドーラ、ロベルフが片膝をついて頭を垂れる。それにならって、ヴァースも同じ仕草で後ろに並んだ。
「ああ、いい。頭を上げろ。とりあえず、無償奉仕ご苦労だった」
「いえ、自分たちのしでかしたことですから」
テーラの言葉に、ヴァースは内心「……壊したのはほとんどテーラじゃ……」と思ったが、さすがに空気を読んで黙っていた。
「それより王様。騎士団に『完全武装』なんてさせて、いったい何があったんすか?」
「……またレアリアからの魔物ですか?」
魔物が比較的少ないステージアにおいて、非常事態などそうそうに起きない。前回あった『完全武装』は、北の大地のレアリア大陸からステージアに侵攻してきた魔物を退治するため以来である。その時、三人目の騎士団長リヴァールが、そのまま自分の騎士団の半分を率いてさらに魔物退治およびレアリア大陸の調査も承っていた。
「いや……」
サバウドーラの言葉に、ゆっくりと首を横に振る。
「……ではいったい何が?」
テーラが王に聞く。四人が王の言葉を待った。
そして、ファロルド王は、静かに、しかし忌々しく言葉を告げた。
「……【赤鬼】が出た」