=間章= ~二人の兄妹~
話は少し戻って、テーラが寄った食事処の二人の兄妹の話をしよう。
「かあちゃーん! 遊びに行ってきまーす!」
「いってきまーす」
幼い二人の兄妹が戸を開けて外に出ていく。
「こら! あんまり遠くに行くんじゃないよ!」
「はーいっ!」
「はーい!」
元気な返事を残して、二人は目の前の草原へと駆け出した。
二人の生まれはステージアではなく、南のファーラリア大陸である。
彼らの父はその地方のある騎士団にいたが、魔物の戦闘で片足と片目を失い、騎士団にいることができなくなった。母も今でこそ恰幅が良いおばさんだが、昔はすらりとした美人でそこで給仕の仕事をしており、料理も得意だった。そんな彼女に惚れないはずはなく、正義に熱い騎士団に彼に彼女も惚れた。二人は自然に恋をして、結婚した。
ただ、子宝にはなかなかめぐまれなかった。
教会にも熱心に参拝したが、やはりできなかった。
八年が過ぎ、もう諦めようとしていた時、ようやく子供を授かった。
二人は心から喜びあった。
そして無事に男の子が生まれた。
父は大層喜んだそうで、絶対に騎士団にいれるんだと張り切っていた。
そしてさらに二年経ったあと、二人目も授かった。
女の子ということで、それはそれで父親はすごい喜びようだった。
だが、そんなときに魔物退治に出かけた父が負傷してしまった。
命があるだけでも良かった方だが、父はかなり落胆していた。
騎士団も戦えない者をいつまでもいさせるわけにもいかない。ある程度のまとまったお金をもらって、父は騎士団を辞めざるをえなかった。
そして話し合いのすえ、まだ魔物の数が少ないという東のステージアに移住することを決断した。
二歳になる長男と生まれたばかりの娘を抱えての長旅に不安はあったが、幸いにして彼らがいた地域はステージアにほど近く、船も使えたのでそれほど辛い旅にはならなかった。
港で護衛も雇い、何事もなくステージア唯一のレテジス王国までたどり着くことができた。
しかし、ここで父がごねた。
どうしても他国の騎士団に世話になりたくないと言った。彼は小さいながらも自分のいた騎士団に誇りを持っていた。さらにレテジス王家はステージア唯一の王国ではあるが、その歴史はかなり浅い。建国三十年前後で、自分たちよりも若い。
その評判は噂には聞いていたが、所詮は魔物も少ない安穏とした地でちょっと手柄を立てた程度のことだろうと見下していた節もあった。ゆえに、彼は城下町に入るのをためらった。
しかし、それを当然母は良しとしなかった。
二人も子供がいるのに、そんなプライドのために危険を冒すわけにはいかない、と。
それを言われて父もうなったが、どうしても譲れなかった。
妥協案として仕方なく、二人はレテジス城下町ではなく、そこから少し離れた場所に住むことにした。
だが、そのことでさらに問題も起きた。
仕事がないのである。
城下町にいたのであれば、何かしらの職につくことはできただろう。片足と片目を失った父でも、多少の稼ぎはできたかもしれない。
しかし、距離的には半日、義足の父にはそれ以上かかる場所に出稼ぎに行くなどできるはずもない。
そこで給仕をしており、料理も得意だった母の腕を見込んで、店を出すことにした。
当初予定していた場所よりさらに少し離れた山の麓の街道沿いに場所を移し、住居兼店を出した。
結果を言えば成功だった。そこはレテジス騎士団の見回りにも入っており、しかも時間はちょうどお昼時。料理もおいしいということで、父はあまり嬉しそうにしていなかったが、騎士団ご用達として、繁盛した。
街道沿いということで、ちょっとした冒険者や、商人もやってくる。珍しい食材なども買えて、店はさらに繁盛した。人を雇うことも考えたが、わざわざこんなところまで来てくれる人はおらず、しかし家族だけでも回せるため、忙しいながらも充実した毎日を過ごしていた。
が、そこでさらに悲劇が起こる。
ステージアに移り、店を切り盛りして二年と少し過ぎたころ、北の大地から魔物が押し寄せる事件が起きた。
レテジス三大騎士団の活躍によって進行してきたほとんどの魔物は殲滅、もしくは追い返すことに成功したが、一部の魔物は山を越えて、森の近くまで進攻した。
店は当然、壊された。
さらに悪いことに、父が戦死してしまった。妻と子を逃すために戦い、帰らぬ人となった。
せめてきたものは直接ファロルド王とその近衛兵によって殲滅されたが、被害もあった。
すぐに復興支援により、特に店は騎士団ご用達ということですぐに建て直された。
そして、さらに見回りを強化し、魔物討伐にも力を入れて、現在の安寧がもたらされている。
閑話休題。
そんなことがあったが、父を失った悲しみを乗り越え、親子三人は店を続けている。
普段は長男だけでなく、娘もちょっとした手伝いをしてくれるようになり、おかげで母はなんとか女手一つで育児と仕事を両立していた。
そして、テーラがやって来たその日は、子供たちに休みを与えていた。
久しぶりの休みに兄妹はワクワクしていた。
母を手伝わなければならない。父の代わりに自分が妹を守るんだと兄は決めていた。
そうは言っても、やはりまだ子供である。遊びたい盛りには休みの日をどう過ごそうかと期待に胸をふくらませていた。
二人は店を出るなり目の前に広がる緑の草原へとかけていった。
青い空の中、二人は一時間ほど存分に遊んで、疲れて草の布団の上に横になった。
土のにおい、草の息吹、風が疲れた体の熱と漏れる息をさらっていく。
そこで兄はいいことを思いついたと、がばっと起き上がって「山に行こう!」と言った。
といっても、店自体がもともと山の麓にある。兄の狙いは、少し山を登ったところにある湧き水だった。
妹を連れて、湧き水目当てに山を登る。やがてすぐに目的の場所に着いた。
二人は冷たい水を飲んで生き返った心地がした。
しかし、さすがに妹は疲れたのだろう、「眠たい」と目をこすり始めた。
もう少し遊びたかった兄だが、確かに疲れたし、気づけば腹の虫もないていた。空を見れば太陽が真上に差し掛かろうとしている。ちょうどお昼時だった。
兄は妹に「帰ろうか」と言って、妹の手をひいて山を下りた。
途中、一羽の鳥が飛んできた。
その鳥は彼らの上を通って、山の頂上へと向かい飛んで行った。
飛んでいく鳥に目を奪われ、そこで同じく兄の視線は山の頂上で止まる。
「……次の休みは、上まで行ってみよう」
特に何があったわけではないが、彼はぽつりとつぶやき、しかし強く心に決めていた。
その後、山を下りたところで遠くの森で爆発が起きたのを見て、驚いた二人は慌てて店に戻っていった。
そのことを母に告げると、母曰く「テーラちゃんを怒らせたんでしょ」と笑っているのを見て、二人はよくわからなかったが、とりあえず大丈夫そうだと判断した。
休みではあったが、お昼時は混んで大変そうな母を二人は手伝った。妹も眠いのを我慢して一生懸命働いた。人ごみが終わって、母は子供たちと自分の分のご飯を用意して食べる。
妹はその後限界がきたのか、横になるとすぐに寝息をたてはじめた。
兄も満腹になって眠ろうかと思った時、母から嬉しい報告があった。
「せっかくの休みに手伝ってもらっちゃったし、そうだね、また三日後に休んでいいよ」
兄は喜んでお礼を言った。
山の頂上へ行ってみたい。彼の願いは思ったよりも早く叶いそうである。
そして、このことが彼らだけでなく多くの人の運命を分かつことになるのを、この時は誰も想像もしていなかった。




