14話
「ふぅ……」
琴葉が、疲れ切った様子で椅子に座りこむ。
茜は、相変わらずむすっとした顔で布団から顔を出している。
瑞貴もすっかり疲れて、部屋の床に寝転んでいた。
あれから、試し続けること数時間。
一つ増えていたゴミ箱は、もう本棚の前には無い。
琴葉の言う通りなら、ダストワールドに弾き飛ばされているはずだ。
「やっと、消えましたね……」
「そうですね。元々が世界を混ぜる力の一部なわけですから、もっと簡単にいくと思ったんですけどねえ」
琴葉は言いながら窓の外を見る。
すっかり日は暮れていて、時計を見ると夜の十一時をさしている。
目の酷使のし過ぎなのか、瑞貴は目に鈍い痛みを感じていた。
何もしていないのに世界が歪むような感覚は、何とも気味の悪いものだと瑞貴は思う。
「どうですか? 実際に弾き飛ばした感覚は」
琴葉に聞かれて瑞貴は考えてみる。
確かに弾き飛ばす事は出来た。でもそれは、ゴミ箱が元々引き寄せたもの、という認識が自分の中にあったからだと思う。
もし、元からこっちにあるものを弾き飛ばそうとするなら出来るかどうか、瑞貴には自信がない。
「引き寄せる以上に限定される気がします。向こうにあったものならともかく、元からこっちにあるものを弾き飛ばせるかどうか。正直自信がないです」
瑞貴が正直にそう答えると、琴葉は満足そうに頷く。
少し怒られる覚悟はしていただけに、この反応は瑞貴にとって意外だった。
「それでいいんですよ、遠竹君。元々あちらにあったものを弾き飛ばす事と、こちらにあるものを弾き飛ばす事では大きな隔たりがあります。それは分かりますか?」
その二つの違いは明確だ。
元々あったか、無かったか。
それだけの違いでしかない。
「元々無かったものが在るという事は、それ自体が異常です。故に、それを否定することは当然です。ですが元々そこに在るものを否定するという事は、一人の意志で世界を否定するということです」
琴葉は瑞貴の近くまで歩いてきて、しゃがみ込むと……寝転ぶ瑞貴の頭に手をのせて髪を梳く。
それが、とても気持ちよくて瑞貴は自然と目を閉じてしまう。
「だから、ボクはむしろ。遠竹君がそれを出来ない人間で居てくれる事に、安心しています」
「結局、私の言う通りなんじゃないか」
「タイミングの問題ですよ」
茜の不満そうな声と、琴葉の困ったような声が聞こえてくる。
元々無かったものが在るということ。
それを否定するのは当然だと、琴葉は言った。
だが、その認識を得るということは茜や琴葉を否定するのと同じだと瑞貴は思う。
だから、出来るだけこの弾き飛ばす力を使いたくはない。
だが、使わざるを得ない場面は必ず来る。
何度イメージしても、引き寄せる力だけで赤マントを撃退する術が瑞貴には思い浮かばない。
何しろ、瑞貴は赤マントを一般的なイメージでしか知らないのだ。
そいつがどんな攻撃をしてくるかなんて、思い浮かぶわけがない。
そう考えて……瑞貴はある事実を唐突に思い出す。
「そうだ、茜!」
突然ガバッと起きあがった瑞貴に、琴葉が驚いて手を離し。
茜が布団を跳ね飛ばして起き上がる。
「な、何? ミズキ」
「赤マントの事、教えてほしいんだ」
そう、茜は赤マントだ。
赤マントの攻撃であれば、茜が一番良く知っているはずであり、それを知れば、対策はいくらでも立てられると考えたのだ。
だが茜はベッドの上に座り直すと、真剣な目で瑞貴に告げる。
「私は、私の事しか知らないよ。もしミズキが赤マントの対策を立てようと思って聞いてるなら、私の意見は参考程度にしたほうがいい。私とそいつは、似て非なるものだから」
「そういうものなの?」
「というより、赤マントが特殊なんですよ」
椅子に座り直した琴葉が、そう瑞貴に答える。
「ミズキ。赤マントが食べるのは何か、覚えてる?」
「瞬間の殺意、だったよね」
フッと通り過ぎるクリーム味で、茜はそれが好物だ。
ドロドロした殺意はジャムになってしまうんだったな、と瑞貴は思い出す。
「そうだよ。赤マントがそれを好むのは、それが自分を構成してるから。でも、その殺意を無差別に振り撒いているうちに、赤マントは別の感情も取り込むようになる」
「茜さんはレモンを取り込んでこうなりましたけど、普通はそうはなりません」
茜は、綾香を観察してレモンを取り込んだ。
なら、普通の赤マントはどうなのだろう。
赤マントは、方向性のない殺意。
目につくものを殺して回るような相手が取り込む感情。
それはどう考えても、ネガティブなものだ。
「憎悪とか、恐怖とか。まあ、ロクなものは取り込まないですね。その過程で、使う武器も取り込んだ感情に合わせたものに変化していきます。大抵は恐怖の取り込み過ぎで、分かりやすく恐怖を煽る斧に変化するんですけどね」
夕を殺した赤マントは、その感情を取り込んでいるはずだ。
そのせいで、どうなっているか判断できないということなのだろう。
そうなるとやはり、弾き飛ばす力をもっと上手く使えるようにする必要がある。 相手がどんな攻撃をしてきても、それを使いこなせれば勝機はあるはずだ、と瑞貴は思う。
「言っとくけどミズキ。武器を弾き飛ばせば勝てるとか思ってるなら、甘いからね」
瑞貴の心を見透かしたように、茜が呆れたという顔をする。
「いい? ミズキ、よく見ててね」
ベッドの上に座ったままの茜が右手を上に掲げると一瞬の後に、その手には銀色の槍が握られていた。
「これは私達の武器ではあるけど、私達から生まれる欠片みたいなものなの。ミズキが弾き飛ばせば驚くだろうけど、すぐに次の武器が出てくると思うよ。そしたらミズキ、防ぎ切れる?」
「たぶん、無理……だね」
そんなすぐに次のイメージを作れる気が瑞貴にはしない。
そもそも、武器を振り回す相手から、武器だけを弾き飛ばすのは至難の技だろう。
「ミズキ。正面から戦うだけが戦いじゃないよ。ミズキには、ミズキの戦い方があると思う」
つまり、それを見つけるのがこれからの課題ということだろうと瑞貴は思う。 中々に先は長そうだ。
「……やはり、相当ですね」
その槍を見て、琴葉が深刻そうな顔で呟く。
「そんなに細くなっているとは思いませんでした」
「どういう事ですか?」
琴葉の言葉を、瑞貴が聞きとがめる。
この槍の威力は、瑞貴もよく知っている。
影法師達を一方的に屠った茜の槍は、相当の威力を持っているはずだ。
だからこそ、琴葉の言葉の意味が瑞貴には分からない。
「簡単な話ですよ。この槍で赤マントと打ち合えば、間違いなく負けるという事です」
茜が、負ける。
その言葉が、瑞貴には悪い冗談か何かのように思える。
「本来の赤マントが使う殺意の槍は、もっと太く巨大です。殺意の塊である赤マントの練り上げた槍が、たかがこの程度であるなんて。本来は有り得ないんです」
「その槍にも及ばないくせに言うじゃない、狐」
琴葉は手を振って茜の言葉を遮ると、溜息をつく。
こっくりさんである琴葉は、戦う事を前提に生まれてはいない。
もう一人の赤マントと戦う時は、同じ赤マントである茜の力が軸とならざるを得ない。
それの弱体化はすなわち、敗北の確率が上がるということなのだ。
「まあ、遠竹君にとっては喜ぶべき事かもしれませんけどね?」
「え?」
「殺意を呑み込み変換していった感情。つまり、遠竹君への恋が茜さんのほとんどを今占めてるって事です」
思わず、瑞貴は茜の方を振り向く。
茜は瑞貴の視線を受けて、ニヤリと笑う。
「罪深いね、ミズキ。まさに私を骨抜きにしちゃったわけだ」
「冗談を言っている場合ではないと思いますが……」
再び溜息をついた琴葉は、気が付いたように壁の時計を見上げる。
いくらこっくりさんの契約で縛っているとはいえ、遅くなりすぎれば耕太の不興をかってしまう。
あまり瑞貴と耕太の関係を無駄に引っ掻き回すのは、琴葉の本意ではない。
「さて、と。ボクはそろそろ帰りますね。耕太も心配してる頃でしょうし」
「あ、はい。ありがとうございます」
「明日も特訓、頑張りましょうね」
そう、明日は土曜日だ。
学校がない分、一日の時間を特訓に費やせる貴重な日だ。
部屋のドアを開けて、琴葉は下へと降りていき。
瑞貴もそれを見送るべく階段を下りる。
「あの、明日もよろしくお願いします、琴葉さん」
「ん、よろしい。ではお休みなさい、遠竹君」




