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ワールドミキシング  作者: 天野ハザマ


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13話

 放課後になって、瑞貴の家に琴葉が訪ねてきた。

 学校で特訓するのは危ない、というのが2人の意見らしいのだが……そういう意味では、両親不在の遠竹家はうってつけなのだろう。


「でも、耕太がうるさかったんじゃないですか?」


 玄関口で琴葉を出迎えた瑞貴は、そんな懸念を口にする。


「大丈夫です。こっちに来ないし邪魔もしないって約束させましたし」


 琴葉から手土産にと渡された紙袋を受け取りながら、瑞貴は心配そうな顔をする。

 シスコンぶりを全開で発揮しつつある耕太に、そんな約束が通じるかどうかが瑞貴には疑問だった。


「大丈夫ですってば。ボクと約束した以上、破ることなんてできませんから。あ、これ。つまらないものですけど」

「え、わざわざすみません」


 琴葉から瑞貴が受け取った紙袋の中には、高そうな煎餅の箱が入っていた。

 瑞貴はまだ気付いていないが、琴葉の好物である探究心は煎餅の形をとる。

 似たような食感と似たような味を持つ普通の煎餅もまた、琴葉にとっては代替品として嗜好に合うもの……つまりは、好物なのだ。

 それを持ってくるという事は、琴葉なりの親愛の表れでもある。


「あ、どうぞ上がってください」


 瑞貴がそう言ってリビングに案内しようとすると、琴葉は玄関に立ったまま瑞貴を見つめている。

 まるで呆れたかのような顔に、瑞貴は思わずたじろぐ。


「遠竹君にとって、ボクへの疑問は煎餅で飛ぶ程度のものなんですか?」

「え? す、すみません」

「なってませんね、遠竹君は。今のはボクの発言に違和感を感じてツッコむべきでしょう? 探究心を失ってしまったら人間おしまいですよ?」


 頬をぎゅう、とつねられる瑞貴。

 琴葉としては、探究心をあおりそうな謎を持ち掛けたつもりだったのに、とんだ期待外れだったのだが……色々とありすぎていっぱいいっぱいな瑞貴には荷が重かったようだ。

 瑞貴達の声を聞きつけたのか、リビングのドアがギィと開いて……そこから不機嫌そうな茜が顔を出す。

 琴葉を見つけると、あからさまに嫌そうな顔をしてみせる。


「ミズキ。こっくりさんとした約束は絶対の契約になる。だから約束した以上、耕太がこっちに来る事は無いの。ミズキもそいつと会話する時は気をつけなきゃダメ」


 その言葉に、瑞貴はなるほど、と思う。

 それはつまり、こっくりさんとは約束をうっかり出来ないということであり……それは、なんというか寂しいような気が瑞貴にはした。

 気軽な話も、何もかもが緊張感に包まれてしまう空間。

 それは、とても居心地の悪い空間に他ならない。

 そんな力があるというだけでそうなってしまうなら、それは持ってしまった本人が一番不幸だ。


「……それ、僕に教えるつもりだったんですよね。でも僕が知らないままのほうが良かったんじゃないですか?」


 そう言うと、琴葉は優しげに瑞貴に笑いかける。


「遠竹君。ボクは君の事を信じてますから。遠竹君は、ボクを嫌いになったりなんかしないでしょう?」

「あ、はい。それは勿論ですけど」

「なら、問題ないじゃないですか。お邪魔しますね」


 琴葉は靴を脱いで、階段をトントンと上がっていく。


「あの、琴葉さん。そっちは」

「遠竹君のお部屋ってここですよね、匂いがしますもの。どれどれ?」


 ガチャリ、とドアを開ける音。

 何やらゴソゴソと家探しをする音が聞こえてきて、茜が慌てて階段を上がって瑞貴の部屋に突っ込んでいくのが分かる。

 何故なら、上でドタンバタンやってる音が聞こえてくるのだ。

 そんな好き勝手されているというのに瑞貴は、そんな琴葉を嫌いになれない。  ひょっとして、さっきの言葉を契約で縛られたのだろうか、と瑞貴は自分の胸に手を当ててみる。

 そんな事をしたって、事実は琴葉にしか分からないのだが。

 苦笑しながらも、瑞貴は煎餅を台所に置いて階段を上っていく。

 そうして二階に上がった瑞貴が自分の部屋で最初に見たものは、とっておきのドラゴン柄のパンツを引っ張る二人と……尋常じゃない力のせめぎ合いで真ん中から引き裂かれる、瑞貴のパンツだった。


「あ……ごめんなさい、遠竹君」

「ごめん、ミズキ」


「いいよ。僕のパンツ一つで、争いが終わるなら。きっとパンツも本望だよ」


 引き裂かれたパンツをゴミ箱に入れて、瑞貴は溜息をつく。


「では、遠竹君も気持ち良く許してくれたところで。特訓始めましょうか」


 パン、と手を叩く琴葉。釈然としない気持ちを抱えながら、瑞貴は溜息をつく。 琴葉は机の前の椅子に、そして茜はベッドに腰掛けて隣をポンポン、と叩く。

 どうやら、座れということらしいと瑞貴は気付く。

 再度苛立たしげにベッドを叩く音が聞こえて、瑞貴は慌てて茜の隣に座る。

 その途端、機嫌のよくなった茜が身体を預けるように瑞貴によりかかってくる。


「さて。遠竹君の使える力については、前に説明しましたね」


 世界を混ぜて、引き寄せる。

 そして弾くことも可能かもしれない力、ということだった。

 だが結局何を引き寄せればいいのか、瑞貴は思いついていない。


「世界が混ざる時は、遠竹君が中心点となります。つまり、遠竹君の回りに対して、何らかの働きかけができる……ということですね。これは距離的には大したことは無いと考えられます。遠竹君、ちょっと立ち上がって貰えますか」


 瑞貴がベッドから立ち上がると、琴葉も立ち上がって瑞貴の前に立つ。


「遠竹君、両手を前に伸ばしてみてください」

「え、でも」

「いいから」


 恐る恐る手を伸ばすと、瑞貴の手は琴葉の体に触れる。

 それが気にいらないのか、瑞貴の背後で茜が足をバタバタさせているのが分かる。


「この距離。遠竹君が両手を伸ばして届く範囲が、干渉できる範囲です」

「随分狭いですね」

「ミズキ。他の世界に干渉する反則技だよ? 使える事自体が奇跡と思わなきゃ」


 確かに、茜の言う通りではある。

 しかし、この距離だと、あまり色々な事はできないかもしれないと瑞貴は思う。 弾くにしても、相手の懐に飛び込まないといけないということになる。


「では、まずは引き寄せてみましょうか。遠竹君。ボクや茜さんを呼んだ時のことは?」

「あ、はい。覚えてます」


 瑞貴がやったことは、茜や琴葉がいる風景を想像したことだけだ。

 その他には、特にやってない。


「え……っと。茜の時は、茜が教室で皆と話してる光景を想像して。琴葉さんの時も、似たような感じです」

「では、次は想像の仕方を、こう変えてみてください。頭の中の光景に描くのではなく、今見ている場所に重ね合わせるように想像を描いてください」


 そう言うと、琴葉は瑞貴の目の前にシャーペンをぶら下げる。


「例えば、こういうことです。今見ている光景に、別の何かを重ね合わせる。その場所に、それがあると想像してください。その遠竹君の認識を元に、こちらにそれを引き寄せるんです。この場合、出来るだけ正確に想像してください。実際に向こうに無いものを引き寄せる事も不可能です」


 つまり、瑞貴の想像の中だけにあるものは引き寄せられないということだろう。 茜が瑞貴に死体を引き寄せられないといったのも、そういう理由なのだろう。

 何故なら瑞貴はそんなものを見た事はないし、何よりも、正しくそれを想像できない。


「僕が見た事のあるものしか引き寄せられない……ってことですよね」

「イエス。ボクと茜さんの場合は縁で結ばれていますので、遠竹君の妄想での引き寄せも可能でしたけど。それは例外と考えていいです」


 聞けば聞く程、使い方が限定された力だと瑞貴は思った。

 ダストワールドで実際に見たものは、あまり多くは無い。

 それはつまり、現時点での瑞貴の力の限界にも繋がってしまう。


「差異はありますけど、こちらにあるものは大体あちらにもあると考えていいです。例えば、ほら」


 琴葉が指し示すのは、瑞貴の部屋のゴミ箱だ。

 その中に入っているものを思い出し、瑞貴は気付く。

 そう、失われたドラゴン柄のパンツだ。

 こちらの世界のものは無くなってしまったが、ダストワールドのものならば無傷だろう。

 つまり、それを引き寄せれば引き裂かれる前のパンツが瑞貴の手元に戻ってくるということだ。


 ガッツポーズをとる瑞貴に、しかし琴葉は冷ややかな視線を浴びせてくる。


「いや、遠竹君のトンデモパンツは向こうにはないと思いますよ。私が言ってるのはゴミ箱なんですけど」


 この状況で、ゴミ箱だなんて思うもんか、と瑞貴は心の中で文句を言う。

 どうやら、琴葉は嘘にならないギリギリのラインで人を虐めて楽しむクセがあるようだ。

 崩れ落ちる瑞貴に、琴葉は手を叩いて促す。


「さ、始めましょうか。今言ったやり方で、ゴミ箱を引き寄せてみてください」


 そう、やらなくてはならない。

 時間は無限ではないし、いつ赤マントがやってくるかも分からない。

 一刻も早く、この力をモノにしなければいけないのだ。


 瑞貴は部屋の隅に立ち、見つめる。

 本棚の前。

 例えば、ここにゴミ箱があったなら。


 仮定する。

 仮定した光景を、瑞貴の目に映る部屋に思い描く。

 毎日見ている、黒いシンプルな円筒状のゴミ箱。


 瑞貴の目に映る世界を写真のように意識に固定し、そこにゴミ箱を一つ多く描き出す。

 余計な音を意識から遮断し、目に見える光景だけに、瑞貴は全神経を傾ける。


 想像する。

 ゴミ箱がここにある風景を。

 今、ここにあるこの場所に幻視する。


 そして、視界が歪んでいくのを瑞貴は理解する。

 世界が遠くなるような。

 世界が近くなるような。

 世界が混ざり合うような。


 けれど、それは一瞬。

 その一瞬の間に、瑞貴の目の前にはゴミ箱が現れていた。


「ん、上出来ですよ遠竹君」


 琴葉が、パチパチと瑞貴へ拍手をする。

 その足元には、もう一つのゴミ箱。

 あれが自分の部屋のゴミ箱で、こっちが、ダストワールドから引き寄せたゴミ箱。

 試しに中を覗いてみるが、何も入ってはいない。


「では、次は弾き飛ばす練習をしてみましょうか。基本は今と同じ手順で、今度はゴミ箱がそこに無い、という想像をしてください。理屈では、それでいけるはずです」


 言われて、瑞貴は迷う。

 ここにあるゴミ箱が、無いという想像。

 それを現実に重ね合わせて見るなどということが出来るかどうか、自信がないのだ。


 迷う瑞貴に、ベッドの上でゴロゴロしていた茜がアドバイスする。


「存在の否定ってことだと思うよ。そこにあるものを、意識からも視界からも否定するの。存在を幻視するんじゃなくて、存在を完全否定した世界の幻視ってとこかな」


 理屈は瑞貴にも分かる。

 つまり、対象を透明に見るということなのだろう。

 そこに居るけど見えない、ではなくて。

 最初からそこには居ない、という認識だ。


 だが、それはとても難しい事だと思う。

 今の瞬間までそこにあるものを、その場で存在を完全否定する。

 そんなことが出来るのかどうか、瑞貴には分からなかった。


「……ミズキには無理じゃないかな」


 ごろん、とベッドに仰向けになった茜は、瑞貴に視線を向ける。

 その視線は、諦めや蔑みではなくて、悲しそうな色を含んでいる。


「存在を否定できるっていうのは、褒められることじゃないよ。相手の存在を否定していい奴なんて、いるわけないんだから。確かに使えれば強力だけど。出来なくてもいいと、私は思う」


 それは、茜の心からの言葉だ。

 結論から言えば、人間にはそれが出来る。

 たとえば、嫌いな誰かを最初から居ないように扱う人間が居る。

 それは、その人間を自分の認識から消すか、意図的に遠ざける行為だが……そこまで酷くなくても、大なり小なり、人間は嫌なものを見ない。

 つまり……人間は、他の誰かを拒絶し、否定して自分の世界から追い出す素質をもっているのだ。


「茜さん、遠竹君を甘やかさないでください」


 琴葉が、瑞貴と茜の間に立ち塞がる。

 琴葉の視線は瑞貴に向いていて、それは何処となく怒気を含んでいるものだった。


「遠竹君。引き寄せるだけで、茜さんを守れると思いますか?」

「狐、ミズキにまた妙な事を!」

「茜さんは黙っていてください。ボクは遠竹君に聞いているんです」


 琴葉が怒っている理由は、瑞貴にも分かっている。

 瑞貴が、一瞬諦めようとしたからだ。

 茜を守る何かになりたいと言ったくせに、茜の優しさに甘えようとした瑞貴に、琴葉は怒っている。

 それが分かるから、瑞貴は自分の誓いを確かめる。

 茜の為なら、なってはいけない奴にだってなってみせると、固く誓う。


「いいえ、それでは茜を守れません。だから、やってみせます」

「いい答えです、遠竹君」


 琴葉は、そう言うといつもの優しげな笑みを浮かべて。


「もう知らない。ミズキのバーカ」


 茜はそう言うと、布団を被ってベッドに潜り込んでしまう。

 その様子を横目で見ながら、琴葉は困ったような笑顔で頬をかく。

 その様子を見て、なんとなくではあるが耕太が超のつくレベルのシスコンになってしまう理由が、瑞貴には分かってしまった気がした。


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