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十二精霊物語  作者: 山崎 空
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エピローグ




「……まずい」


 すっかりと出るタイミングを見失ってしまったエプルは、屋根の上で唸った。

 アルバが人形に気がついたら、声をかけようと意気込んでいたというのに、水の泡だ。

 せっかく人形まで用意したのに。

 面と向かって会いに行くのは少し緊張してしまうから、そのきっかけになればと。まあ用意したといっても、あの人形は元々近所の子供の忘れ物で、井戸から少し離れた広場に落ちていたのをエプルが一時的に拝借しただけだ。

 用がすめば持ち主の家にそっと帰しておくつもりだった。


 

 あれから、不在だった日数分滞っていた島の気脈を循環させる作業に戻ったエプルに、安息などなかった。元々精霊は依存する体がない分、疲れを感じない。彼らが倒れるのは、穢れをうけたり魔力を極端に疲弊した場合のみだ。

 呪われた人形から開放されたエプルは、穢れも払われ万全の状態だった。むしろアルバの魔力のおかげで、力は体に満ち溢れていた。

 いきわたらない恵みの影響はほんの僅かに島の端々に出ていたものの、エプルがモースの館という場におさまってほどなく、元に戻った。

 館には仲間の精霊達が次々と訪れては、一人残らず小言をこぼしていった。中でも被害を被る可能性があった、五月の精霊メイルゥのそれは二時間にも及んだ。


 彼の管理する月が、こんなにも慌しかったのは初めてのことだ。

 それもこれも自業自得と散々言われたものの、全て終わってしまえば何とか笑い話にできるものだ。


 日数は滞りなく過ぎ、五月。

 人形を捧げ物として置いたのは一体誰なのか。何の目的があったのか。仲間達で調べてみたがどうにもはっきりしなかった。

 捧げ物を置くのは月に一度。場所は館の入り口を入ってすぐの部屋。その日のみ、島の人間なら誰でも入ることが可能だ。

 調べていくと、あの人形を置いたのは街に住む子供だった。

 聞けば海岸に遊びにいった際、砂浜に埋もれていた箱の中から出てきたという。

 可愛い人形だが自分はもう持っている。だから誰かにあげようと思って――。


(どうして僕達にあげようなんて考え付いたんだか。人間の子供の思考って、本当謎)

 

 それが面白い事もあるが、今回に限ってはただ厄介なだけだった。

 第三者による黒い思惑で仕組まれた事件ではなかった。それは正直安堵する事だが、そうすると残るのは彼の運の悪さのみで。

 正直何とも居たたまれない。そして情けない。

 その運の悪さにアルバを巻き込んだのだ。彼女には本当に、謝っても謝りたりない。


 アルバの祖母リチェは、精霊医としても大事な友としても彼らに深く愛されていたが、その生業は彼女の家族の不和にもなった。昔は皆が精霊という絶対的な存在を信じていたし、力が弱い精霊の姿も見えていた。けれど今では多くの者が見る力を失い、信じない人間もいる。リチェの夫はその一人で、理解を得られなかった彼女は何度も夫と喧嘩したと言う。

 自分の孫が次代の精霊医となる資質があるとわかった時、孫に同じ思いをさせたくないとリチェは考えた。そして自分の代で精霊医は終わりにすると彼らに告げたのだ。


 彼らも、その意思をくんだ。

 だから、精霊が好ましい魔力をもつ孫娘に干渉しなかった。干渉しなければ、それを知らない娘の力が目覚めることはない。

 この事件がなければ、アルバは精霊という存在と恐らく一生関わらないまま終わっただろう。


 リチェの思いを裏切る形でアルバの力を目覚めさせてしまったのは申し訳ないと思う。

 けれど目覚めた力を再び眠らせることは不可能。何より、エプルはこの先もアルバと関わっていたい。仲間の精霊たちも同じ気持ちだろう。何より彼女の力は、精霊を無条件に惹きつけてやまない。

 ちょっかいを出したくてうずうずしている精霊たちが、いまだそれをしないでいるのはエプルが告げるのを待っているからだ。

 一番最初に彼女に関わったエプルに、その役目が来るのは自然な事。


 これから精霊達は君を放っておかない。

 皆が話しかけ親しくなりたいと思っている。

 どうか僕達の新たな「友」になってくれないかと。


 迷惑をかけられただけのアルバが、それを受け入れてくれるかどうかはわからないけれど。できれば受け入れてくれればいいと思う。

 そうすれば、エプルはアルバといつでも会える。いつでも話せる。この先だってずっと関わっていける。

 いずれにせよ行動しなければはじまらない。


 そうして五月に入った。

 別れ際、まともな言葉も言えず、ただ「待っていて」としか言えなかったエプルを、怒ってはないだろうか。さすがにまだ忘れてはいないだろうが、見てみぬふりをされないだろうか。

 

 色々な事を考えていたら、会うのが不安になった。

 だからきっかけをつくって、そうして声をかけようとして――。


「……まさか、あそこで名前を呼ばれるなんて思わなかった」


 どこか寂しそうなその声に、少し呆けた後、口元がにやけるのを彼は止められなかった。

 アルバはエプルを怒っていない。それどころか、会えなくなって寂しいと、思っていてくれている。

 とても嬉しくて、感動している間にタイミングをはずしたのだ。しょんぼりしたその背中に、どうやって声をかけていいのかますますわからなくなる。


 悩むエプルの背中は、遠のきつつあるアルバと同じぐらいしょんぼりしていた。

 けれどアルバの姿見えなくなる前に、これではダメだと顔をあげた。彼女の気持ちがわかったのに、何を躊躇する必要があるだろう。

 アルバは彼の言ったとおり待っていてくれている。エプルが会いに来る事を。こんなに嬉しい事はない。

 だったら彼が彼女に返せる行動はただ一つ。

 今すぐ空を駆けてアルバに追いつき、彼女の名前を呼ぶこと。


 振り返ったアルバはどんな顔をするだろうと思ったら、今までは躊躇していたくせにすこしわくわくした。自分でも現金だと思う。


 そうしてかつて人形だった精霊は、彼女の背中に向かって勢いよく屋根を蹴った。







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