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第一話 りこ、勧誘される (1)

 時は、体育祭のあとの六月、球技大会に遡る。

 夏の暑さが先に来て、空梅雨と思われた。結局はそのあと、七月に入って長雨が続いたのだけど。

 その、六月下旬の球技大会の日は暑く、試合をする生徒以外は、熱のこもる体育館の外で日陰を求めた。


 男子はバスケ、女子はバレーボール。例年の種目だ。

 俺のクラス、三年一組は一回戦で勝って、次に二年の強豪チームにあたって負けた。

 ちなみにその二年のチームとは、四条クン率いるスポーツ万能型チームだ。

 不器用なディフェンスを鮮やかに躱してシュートを決められ、ゴール下を固めればスリーポイントで打ち抜かれた。

 シュートを決めた四条クンのニヤリという笑みは、やはり俺に向けられたものなのだろう。

 くそう。


 そんなわけで、暇になった俺は、梨子が出るバレーの試合を応援している。

 女子たちの少し甲高い掛け声、体育館シューズが床を蹴る音。審判が吹くホイッスルが、試合のリズムで繰り返された。

 梨子ももちろんだが、とみちゃん、成宮さんという、バレー部経験者が機能しまくって梨子の一年五組は快進撃。


「ちょ、あの子だれ?」 「かわいいじゃん!」 「俺、あの髪の長い子かなー!」

「あの子、ちっちゃいのによく飛ぶな!」 「すげーっ!」


 三人はかなり目立っていた。とみちゃんも、いつも俺に接するふざけた感じではなくて(本人はいつも真剣なのかもしれないが)鋭い視線でボールを追っている姿は綺麗だし、三人とも元運動部で引き締まった体つきで、そこから生まれるスポーツに特化した動きは、単純にかっこよかった。いや、現役で部活やってるやつらはもっとすごいんだろうけどさ。

 俺は壁の冷気を求めて背をもたれながら、梨子の試合を眺めていた。


「葉月梨子さん、いいですね」

 と、いつの間にか俺の隣に、見知らぬ女子が立っていた。

 何が言いたいのか。俺は横を見ると同時に疑問符を投げかけた。

「葉月梨子さんのお兄さんで、葉月春詩先輩ですよね」

「はい。そうですけど」

 真白とも、理々香とも違う強さのある女の子。ハキハキと喋りながら、どこか柔らかく、しかし強調すべきリズムにぐっと力がこもる声。

 思わず対応が尻込みしてしまう。


 その子は、髪の毛をくるっと丸く頭の上でお団子にして、毛先だけをさらりと流した髪型。きっと解いたらすごく長い髪なんだろうな。

 お団子の部分を含めると、俺と同じ身長くらい。

 体操服姿の彼女は、にこりと笑って一礼すると背中を向けて歩いて行った。

 姿勢の良い、自然な歩き姿だった。


 こんな時、竹内がいれば誰だかわかったんだろうが。誰だ、あれは。

 肝心の竹内丈生は、『彼女』の声援による奇跡で勝ち進んでいたが、決勝で敗れた模様。

 決勝の相手は四条クンのチームであった。

 だが、そんなのはどうでもよくて、俺たちは梨子たちのチームが優勝したことで、勝手に溜飲が下がっていた。







 七月に入り、期末テストも終わると夏休み気分が否が応にも高まる。そういう意味では、七月の、終わりの見えない梅雨は水を差したが、終業式の三日前くらいから急に夏晴れに変わった。気象庁が一週間後に、その日を遡って梅雨明けとしたのだが、それはさておき。

 その夏晴れの日。




 終礼のあと、今日は生徒会活動も休みという連絡が回っていたので、俺は足早に昇降口に向かった。たぶん全学年で一番乗り。

 と、思っていたのだ。

 無人なはずの下駄箱の列の間に、お団子頭があった。


 校門坂から見える青空を背景に、ローファーをコンクリートの地面に置いて履き替えようとしている姿が目に留まった。

 目も留まったが足も止まった。

「先輩」


 俺のことをそう呼んだ彼女の名前を、俺はまだ聞いていない。

 未知との遭遇から三週間は経っているが、その印象は鮮やかで忘れられなかった。毎日思い出すとかそういうことではない。目にしたとたん、初めての出会いが鮮明によみがえったのだ。

 三週間の間、彼女とは校内で全く会えなかった。何年生かもわからない。

 だが、下駄箱の位置から察するに、二年生のようだ。


「早いんだな」

「ええ。ちょっと用事があるので。失礼します」

「ああ」

 俺は思わず彼女を見送った。それから自分も靴を履き替え、校門坂に出る。

 彼女の姿はない。

 とすると西門から帰ったのか。







 バス停でバスを待っていると、隣に女子生徒が並んだ。まさかと思って隣を見るが、そこにお団子頭はなくて、肩ほどの高さに、つやつやとした髪の頭頂部があった。

「髪、伸びたな」

 俺はとなりに並んだ梨子に声をかけた。

「うん」


 肩より下に掛かるようになった髪を、梨子は横にまとめていた。

 その梨子が、深刻ぶるでもなく、しかし考え込むように俯き加減で口にした。

「ねえ、はる兄……私、新体操部に誘われちゃった」

「お、おお?」

 意表を突かれた。と同時に、梨子なら確かに、運動神経もいいし何でもこなしそう、とも思った。あとは表現力とかそういう問題だろう。少し前なら、からかってじゃれ合うポイントなんだけど、梨子もそんな雰囲気ではない。ちょっとお兄ちゃん寂しい。


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