五 和歌即興バトル、辞退します
即興和歌で彰子を辱めようと、定子方の女房が「春霞」を題に歌を求める。彰子は自分が即興歌でプロ歌人に勝てないと理解しており、無理に詠まない。かわりに「よい歌とは何か」を『古今集』仮名序の理屈を踏まえて語り、場を批評会に変えてしまう。
和歌は怖い。この時代に来てから、私は何度もそう思いました。
前世の私は、和歌というものをどこか優雅な趣味だと思っていました。五・七・五・七・七。季語のようなもの。恋のやり取り。百人一首。授業で暗記する古典。その程度の認識でした。
でも、実際の宮中で見る和歌は、そんな生ぬるいものではありません。和歌は、名刺です。履歴書です。恋文です。政治的返答です。社交辞令です。人格査定です。そして時に、和歌は刃物です。
しかも厄介なことに、この刃物は美しい。美しいからこそ、刺された方も大声で怒りにくい。「まあ、なんて趣深い」と微笑みながら、内心で血を流すことになる。
宮中の女房たちは、その刃物を袖の中に何本も隠し持っています。清少納言ほどの名人になれば、和歌に限らず一言で人を斬れますが、普通の女房でも、即興で一首求められた時に詠めるかどうかで、場の格付けが決まります。つまり、和歌即興バトルは、宮中における抜き打ちのプレゼンです。しかも資料なし。準備時間なし。審査員は全員、性格が悪い。最悪です。
私は、この手の勝負で自分が強くないことを、かなり早い段階で理解していました。もちろん、前世の知識があります。有名な和歌をいくつか覚えています。古今和歌集の仮名序の冒頭くらいなら、なんとなく出てきます。
けれど、覚えている名歌をそのまま使うのは危険でした。時代的にまだ詠まれていない歌もあります。文脈も違う。何より、盗作です。
それに私は、即興で雅な言葉を紡ぐ訓練を受けたわけではありません。前世で鍛えられたのは、議事録、報告書、改善提案、謝罪メールです。五・七・五・七・七より、箇条書きの方が得意。なので、和歌のプロに真正面から挑むのは愚策です。
そう、分かっていたのに。向こうから仕掛けてくるのです。
その日の梅壺は、いつもより少し賑やかでした。先日の紙分類以来、女房たちの筆は明らかに軽くなっています。下書き用の紙がある。歌会用の紙がある。燃やす用の紙まである。この安心感は、思った以上に大きかったようです。若い女房たちが、以前より気軽に歌の練習をするようになりました。
「春霞、立つや遅しと……いえ、これでは平凡ですね」
「霞と恋をかけるのは、もう少しひねりたいですわ」
「いっそ、霞が濃すぎて相手の顔も忘れた、など」
「それは恋歌としてどうなのでしょう」
女房たちが笑い合う。よい光景です。失敗してもよい紙があると、失敗してもよい会話が生まれる。その流れで、梅壺では小さな歌の会を開くことになりました。
正式な歌合ではありません。帝をお呼びする予定もありませんでした。春の気配が少しずつ近づく中、女房たちが題を出し合い、歌を詠み、互いに感想を言う。そういう気軽な会です。
……のはずでした。
「登華殿の御方より、女房がお見えにございます」
赤染衛門が、低い声で告げました。私は扇を手に取りました。
「この時機に?」
「はい。こちらで歌の会を開くと聞き及び、ぜひ見物を、と」
「見物」
嫌な響きです。歌の会に「見物」と言って来る時点で、かなり挑戦的です。赤染衛門の顔にも、警戒の色があります。
「お断りいたしましょうか」
「いいえ」
私は少し考えてから言いました。
「断れば、逃げたと言われるわ」
「では、お通ししますか」
「ええ。ただし、席は奥ではなく、少し外れたところに。こちらの会を乱さない位置で」
「承知いたしました」
やがて現れたのは、登華殿に仕える中堅の女房でした。名は、少納言の君。清少納言その人ではありません。ですが、いかにも清少納言の周囲にいそうな、口元に軽い笑みを浮かべた女房です。髪も衣も整い、立ち居振る舞いは見事。そして何より、相手の弱点を探す目をしています。
こういう人、前世の会議室にもいました。「率直に申し上げますと」と言いながら、人の資料の一番弱いところを笑顔で刺すタイプです。
少納言の君は、深く頭を下げました。
「梅壺の御方では、この頃たいそう紙の扱いをお整えとか。歌の紙まで御印をつけていらっしゃると聞き、いかなる御会か拝見したく参りました」
はい。
開始三秒で紙分類を刺してきました。女房たちの顔がこわばります。私は淡々と答えました。
「ようこそ。まだ拙い会ですが、どうぞ」
「拙いなど。あの香炉峰の雪に御簾の角度までお心を配られる姫様の御会ですもの。さぞ、歌にも御深慮がございますでしょう」
丁寧な言葉。でも中身はこうです。――あなた、雪や紙の仕組みは得意みたいだけど、歌そのものはどうなの?
分かりやすい。
そして、今日の本題はおそらくそこです。少納言の君は、場が少し温まった頃を見計らって、扇を開きました。
「せっかくでございますから、梅壺の姫様にも一首賜りとうございます」
来ました。
女房たちが一斉に息を呑みます。赤染衛門の顔が、さっと青くなりました。少納言の君は、にこやかに続けます。
「題は、春霞。今朝など、庭の向こうもほのかに霞み、まことに春めいておりました。姫様の御心には、いかに映りましょう」
春霞。
難題ではありません。むしろ定番です。春の霞。恋。見え隠れ。待つ心。遠景。梅。山。いくらでも詠みようがある。
だからこそ怖いのです。定番の題は、実力差が出る。少納言の君は、私に即興歌を詠ませたいのでしょう。そこで私が平凡な歌を詠めば、
――姫様の御工夫は紙箱までで、歌には及ばぬようで。
と笑える。詠めずに黙れば、
――石の中宮は、やはり石。
と言える。どちらに転んでも向こうの勝ち。
普通に応じれば、です。
私は扇を閉じました。部屋の視線が、すべてこちらへ集まります。歌を詠むか。詠まないか。ここで必要なのは、勇気ではありません。撤退判断です。私は静かに言いました。
「辞退します」
空気が凍りました。赤染衛門まで、目を見開いています。少納言の君の笑みが、ほんの少し深くなりました。
「辞退、でございますか」
「ええ」
「姫様は、春霞に御心が動かぬのでしょうか」
さっそく刺してきます。私は顔色を変えずに答えました。
「動きます」
「では、なぜ」
「即興で一首詠むことと、心が動くことは同じではないからです」
少納言の君の扇が、少し止まりました。女房たちも、何を言い出したのか分からないという顔をしています。私は続けました。
「歌は、人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける」
赤染衛門が、はっとした顔をしました。少納言の君の目も、わずかに変わります。『古今和歌集』仮名序。
歌は人の心を種として、さまざまな言の葉となる。
この時代の教養人なら、知らない者はいないと言ってよい言葉です。
「心が種ならば」
私は静かに言いました。
「種を見ずに、ただ早く芽を出せと急かすことは、よい歌の扱いでしょうか」
部屋が静まりました。少納言の君の笑みが、少し固くなります。私は、ここで勝とうとしているのではありません。逃げを、別の土俵に変えているのです。即興バトルは辞退する。ただし、無能だからではなく、「歌とは何か」という上位の問いに移す。戦闘員から審査員へ。詠み手から批評者へ。これが今日の勝ち筋です。
「姫様は」
少納言の君が、少し声を低くしました。
「即興の興を軽んじておいでですか」
「いいえ。即興の才は見事なものです」
私は即答しました。
「問いを受け、ただちに心を言葉へ変える。しかも場にふさわしく、美しく、時に機知を含めて。それは容易なことではありません」
ここは認めます。即興歌ができる人を下げてはいけません。できない自分を正当化するために、相手の強みを否定するのは下品です。
「ですが、すべてのよい歌が即興で生まれるわけでもありません」
私は周囲の女房たちを見ました。
「心に種が落ち、しばらく土の中で眠り、雨を受け、時を待って芽を出す歌もあるでしょう」
若い女房たちの表情が変わります。さっきまで緊張していた顔が、少しずつほどけていく。たぶん、彼女たちの中にも即興が苦手な者がいます。題を出されてすぐに詠めない。詠めても平凡。清少納言方のような鋭い才に比べられると萎縮する。そういう女房たちにとって、「すぐ詠めないことは心がないことではない」という言葉は、救いになるはずです。
「それに」
私は続けました。
「よい歌とは、誰が一番早く詠んだかだけで決まるものではありません」
「では、何で決まると?」
少納言の君が尋ねます。
よし。
問いが来ました。ここから、場を変えます。
「皆で考えましょう」
私はそう言いました。少納言の君が、明らかに意表を突かれた顔をしました。
「皆で?」
「ええ。せっかく春霞を題にするなら、ここにいる者たちの歌を聞き、そのよさを言葉にしましょう」
「歌合になさると?」
「歌合ほど堅いものではありません。批評会です」
「批評会……」
赤染衛門が、また新しい胃痛の種を見つけた顔をしました。私は気づかないふりをします。
「歌を詠んだ後、ただ『よい』『劣る』ではなく、どこがよいのかを言う。心、景、言葉、響き、余情、題の扱い。観点を分けて見ます」
女房たちがざわめきました。少納言の君は、扇の陰でこちらを見ています。おそらく、こう思っているでしょう。
――即興勝負を避けたと思ったら、審査基準を作り始めた。
その通りです。私は即興歌人としては弱い。でも、評価基準を言語化することには慣れています。前世の人事評価。プレゼン審査。資料レビュー。改善提案の採点表。嫌というほど見てきました。
曖昧な「なんとなくよい」は、権力のある者の好みに支配されます。ならば、観点を分ける。何を見るかを明確にする。そうすれば、派手な一首だけが場をさらうのではなく、地味な歌にも光が当たる。
「春枝」
私は声をかけました。紙管理を任せ始めた若い女房です。
「はい」
「歌会用の紙を。題は春霞。詠み手の名は控えに。歌の紙には番号だけ」
「承知いたしました」
春枝はすぐに動きました。以前の彼女なら、緊張で固まっていたでしょう。今は違います。紙のことになると、彼女は頼もしい。
「赤染衛門」
「はい」
「批評の観点を書いて」
「批評の、観点」
「一つ、心。何を感じたか」
「はい」
「二つ、景。景色が見えるか」
「はい」
「三つ、言葉。題の扱い、言葉の選び方」
「はい」
「四つ、響き。声に出した時の調べ」
「はい」
「五つ、余情。読み終えた後に残るもの」
赤染衛門は筆を走らせながら、少し目を細めました。
「姫様。これは……」
「何?」
「歌を裁くためではなく、育てるためのものにございますね」
「ええ」
私は頷きました。
「勝ち負けより、次によくなる方が大事です」
女房たちが静まりました。少納言の君も、もう笑っていません。歌は、思ったより多く集まりました。最初は皆、恐る恐るでした。登華殿の女房が見ている。姫様が見ている。批評される。緊張しない方がおかしい。
けれど、匿名番号にしたことで、少し空気が柔らかくなりました。誰の歌か分からない状態で、まず歌だけを見る。すると、意外なことが起こります。普段は目立たない女房の歌が、思いのほかよかったのです。
たとえば、五番の歌。
春霞 立つとも知らで 待つ袖に 梅の香ばかり 先に来にけり
派手ではありません。けれど、景色が見える。霞で人の姿は見えない。待っている相手は来ない。けれど、梅の香だけが先に届く。恋の気配と春の気配が重なっている。私はその歌を読み上げ、尋ねました。
「この歌のよいところは?」
女房たちは、最初黙りました。やがて一人が言います。
「梅の香が先に来る、というところが、いと優しゅうございます」
「なぜ?」
「待つ人そのものではなく、香だけが届くので……心細さと嬉しさが混じるように」
「そうね」
私は頷きました。
「景がよく見える。春霞という題も、ただ霞を詠むのではなく、見えない相手を作るために使っている」
別の女房が続きます。
「袖に待つ、という言い方も、心が袖に残るようで」
「よい見方ね」
その女房は、褒められて驚いた顔をしました。私はさらに言いました。
「ただし、下の句は少し整えられるかもしれない。『先に来にけり』は分かりやすいけれど、もう少し余情を残す言い方もある」
批判ではなく、改善案。女房たちは真剣に聞いています。この時点で、場はもう即興バトルではありませんでした。歌を叩く場ではなく、歌を見る場になっている。少納言の君は黙っています。その沈黙は、怒りではありません。少なくとも、退屈ではなさそうです。
次に、十二番の歌。
春霞 山の端かくす 朝ぼらけ 見えぬものこそ 近くなりけれ
これは少し理屈っぽい。でも、悪くありません。霞で隠れることで、かえって近く感じる。見えないものが心に迫る。私は尋ねました。
「この歌は、何が強い?」
春枝が、おずおずと手を上げました。
「見えぬものこそ近い、というところが……先日の御簾の半ば上げにも似ております」
部屋に小さな笑いが起こりました。私は少し眉を上げます。
「私の御簾運用と結びつけるとは、なかなか鋭いわ」
春枝は真っ赤になりました。
「も、申し訳ございません」
「褒めています」
さらに笑いが起こります。少納言の君も、扇の陰でほんの少し口元を動かしました。見えました。
笑いましたね。よし。
会が進むうちに、予定外のことが起こりました。帝がお立ち寄りになったのです。先触れを聞いた瞬間、赤染衛門の顔が硬直しました。少納言の君も、明らかに動揺しています。まさか、こんな実験的な批評会の途中で帝が来るとは思わなかったのでしょう。私は思いました。
(まあ、来る可能性はあると思っていたけれど)
登華殿の女房が梅壺へ来ている。春霞を題に歌を求めた。彰子が即興を辞退した。この時点で、宮中の噂好きたちはすぐ動きます。帝の耳に入らない方がおかしい。
一条天皇は、静かに部屋へ入られました。
「何やら、面白いことをしていると聞いた」
少納言の君が、深く頭を下げます。私は御簾の内で答えました。
「歌を育てております」
帝が、少し笑いました。
「歌を、育てる?」
「はい。歌は心を種とするものと申しますゆえ、芽の出方を皆で見ております」
帝は興味深そうに席に着きました。
「聞かせよ」
空気が変わりました。女房たちの緊張が一気に高まります。しかし、ここで逃げるわけにはいきません。私は春枝に合図しました。次の歌が読み上げられます。
十九番。
春霞 誰が面影を 隠すらむ 見えぬほどにも 濃き思ひかな
これは恋歌として分かりやすい。少し直球。でも、声に出すと響きがよい。帝は静かに聞いていました。
「これは、誰の歌か」
「今は伏せております」
私が答えると、帝は少し驚いたようでした。
「なぜ」
「先に名を聞くと、歌ではなく人を見てしまいますから」
帝は、少し黙りました。
「なるほど」
その一言に、女房たちが息を呑みます。帝は続けました。
「では、この歌のよさは何だ」
問いが、私ではなく場全体に投げられました。私は女房たちを見ました。
誰か。誰か答えて。
すると、普段あまり発言しない女房が、小さく言いました。
「思ひが濃いから霞も濃い、というところが、分かりやすくて……けれど、少し近すぎる気もいたします」
帝が、その女房を見ました。
「近すぎる?」
女房は怯えましたが、私が頷くと、続けました。
「はい。思ひと霞がそのまま重なりすぎて、もう少し離れていた方が、余情が残るのではと」
帝はしばらく考えました。
「面白い」
その言葉が落ちた瞬間、その女房の顔がぱっと輝きました。私は心の中で拳を握りました。
これです。
帝が、歌そのものだけでなく、女房の批評に興味を持った。梅壺では、歌が詠まれるだけではない。歌について考える声が育つ。この印象が大事なのです。最後に、少納言の君が口を開きました。
「梅壺の御会は、勝ち負けを急がぬのですね」
「ええ」
「登華殿では、即興の妙を楽しむことが多うございます」
「存じています。見事なことです」
「姫様は、そうした場をお嫌いですか」
「いいえ」
私は首を振りました。
「ただ、梅壺では別の楽しみ方をします」
「別の」
「早く咲く花も美しい。けれど、蕾がどう開くかを見るのも面白いでしょう」
少納言の君は、しばらく私を見ていました。そして、扇の陰で笑いました。
「石の中宮様は、歌まで育てる土になられるおつもりですか」
部屋が固まりました。石の中宮。またその名です。女房たちの顔に怒りが浮かびます。しかし、私は笑いました。
「石混じりの土の方が、根が強くなることもございます」
少納言の君の目が、少し見開かれました。帝が、低く笑います。
「彰子らしい返しだ」
少納言の君は、深く頭を下げました。
「恐れ入りました。梅壺の歌は、まだ蕾にございますね」
「ええ」
私は答えました。
「ですから、折らずに見てください」
その言葉に、少納言の君は一瞬黙りました。そして、今度は少しだけ真面目な声で言いました。
「心得ました」
会が終わった後、帝はしばらく庭を見ていました。
「彰子」
「はい」
「そなたは、歌を詠まなかったな」
「はい」
「悔しくはないのか」
私は少し考えました。
「悔しくないと言えば、嘘になります」
「そうか」
「ですが、不得手な場で無理に勝とうとすれば、場ごと損ないます」
帝は私を見ました。
「そなたは、自分の不得手を認めるのだな」
「認めなければ、得手の使い方も分かりません」
帝は、長く黙りました。そして、小さく言いました。
「梅壺では、歌が育つ」
その言葉が、今日の最大の成果でした。帝に、そう思わせた。即興歌で一首勝つより、ずっと大きい。私が詠めなくてもよい。梅壺の女房たちが詠み、互いに見て、育てればいい。サロンとは、主一人の才を見せる場所ではありません。才が育つ場所です。
「そうであれば、嬉しゅうございます」
私は頭を下げました。歌は、人の心を種として生まれます。ならば私は、種を笑わない場を作ります。花を誇る人は、花を誇ればよい。私は、土を整えましょう。
〜 出典史料 〜
『古今和歌集』仮名序/歌は人の心を種として
やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを見るもの聞くものにつけて、言ひ出だせるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける…
〜 舞台背景 〜
和歌は技巧ではなく、「人の心」から生まれるもの。心が動いたものを言葉にしたのが歌である。つまり即興の早さより、心があるかどうか……って文学語ってます。えっと…本作の投稿ジャンル「歴史」でいいのかなw




