早智さんと佑真さんの場合
春の陽光が差し込むウッドデッキ。
早智さんは、愛犬のトイプードルのリードをフックにかけ、ようやく一息ついていた。
「いい場所ができたわね。ねえ、ココ?」
アプリコット色のココは、早智さんを見つめて小首を傾げた。
早智さんがココを見て笑みを浮かべていると……
「すみません、ここ、いいですか?」と穏やかな声が聞こえた。
見上げると、散歩道でよく見かける、落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。足元には、白と黒の毛並みを持つパピヨンがいた。
「あ……はい、どうぞ。」
二人は会釈をして、隣同士の席に座った。
いつもなら、ここで終わるはずの関係だった。
けれど、先に声を上げたのは、男性の足元にいたパピヨンだった。
「キャン!」
大きな耳をぴんと立てて、早智さんのココの方に遊びに行きたそうに尻尾を振ったのだ。
「あ、すみません。……この子、お散歩でいつも見かけるココちゃんが好きみたいで。」
男性が困ったように笑いながら言った。
「えっ。私の犬の名前、知っていたんですか?」
「あぁ、以前、あなたが名前を呼んでいるのを聞いて、いい名前だなと思って覚えていました。
……僕は、佑真といいます。こっちはエマです。」
初めて明かされた名前。
早智さんの胸が、ほんの少しだけ高鳴った。
「私は早智です。……佑真さんは、ずっと前からエスポワールの常連さんだったんですか?」
「いえ、実はテラスができたって聞いて、今日初めて来てみたんです。
ここならエマと一緒にいられますから。」
「ふふ、私も同じです。」
運ばれてきたコーヒーの湯気の向こうで、二人の会話が弾んでいく。
犬の好きな食べ物のこと、普段のお散歩コースのこと、そして少しだけ、自分の仕事のこと。
今まではお散歩ですれ違うだけだった相手が、一人の「佑真さん」という人間として、早智の心に彩りを添えていく。
ココとエマも鼻をくんくん鳴らして、お互いの臭いを嗅ぎ合ったりしている。
「わぁ、2匹ともすっかり仲良くなったみたいですね。」
早智さんが笑っている。
「……あの、もし良かったら、今度一緒にエマとココちゃんを近所のドッグランに連れて行きませんか?」
佑真さんの少し照れくさそうな誘いに、早智は自分でも驚くほど自然に「はい、是非。」と微笑んでいた。
その様子を、店内の窓から見守っていた咲耶さんが、隼人にそっと耳打ちする。
「ねえ、隼人。あの二人、すっごくお似合いだと思わない?」
「えっ?どんな人たち?」
隼人はドリップの手は休めずに、ちらっと窓の外を覗いた。
「あぁ、あの人たちか……。
さっき、咲耶がブレンドコーヒーを持っていってくれたよね。
今日、初めて話したのかな?」
「そうかも……
あの可愛いワンちゃんたちが、お二人の仲を取り持ったのかもね。」
咲耶がニコニコしながら隼人を見た。
「それなら、テラスを作って、本当に良かったな。」
隼人も満足そうにテラスの方を眺めた。
「ワンちゃんがいて、店内に入れなかった方たちの憩いの場になってくれたら嬉しいね。
ワンちゃん同士、飼い主さん同士が交流するきっかけにもなるみたいだし。」
「うん、そうだね。
そういえば、この間勇太君がワンちゃんのおやつを店内で用意したらどうかなって言っていたけど。」
「おやつか……いいかもね。」
「佐織が、勇太君がくぅちゃんにメロメロで大変だって言ってたよ。
週末は広い公園に行ってくうちゃんを遊ばせたり、可愛いお洋服を買いに行ったり……。」
「へぇ。あの勇太がね。」
二人は、顔を見合わせて笑った。
カフェ・エスポワールでは、テラスが出来上がり、新たな交流の輪が広がっていく--。
早智さんと佑真さんが帰ってから、また、盲導犬を連れた方がテラスに座った。
ゴールデンレトリバーが静かにその人に寄り添って座った。
並木道の桜の花びらが優しくテラスに舞い込む。
エスポワールにも明るい春が訪れた。




