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葵さんの場合

「こんにちは!

フラワー・リリィです。」


カフェ・エスポワールの扉が勢いよく開いた。


「あっ、葵さん。」

咲耶さんが葵さんの元気な声に振り向いた。

そこには、朝の光の中に花束を抱えた葵さんの姿があった。


「咲耶さん、お久しぶりです。

隼人さんは?」


「兄なら、今、ちょうど奥の納戸にコーヒー豆を取りに行っていて……。

すぐに戻ると思いますよ。」


「今日は、咲耶さん、カフェのお手伝い?」


「はい。土曜日なので、兄から頼まれて……。

わぁ~、今日も綺麗なお花ばかりですね。

ヒマワリとデルフィニウム?

あと……アンセリウムもある……。

赤だけじゃなくて、白いアンセリウムもあるんですね。」


「そうなんです。毎日暑いし、お花の持ちがいいものを選んでお持ちしました。

白のアンセリウムも爽やかでしょう?」


「はい、とっても。夏らしくていいですね。」

咲耶さんは美しい花に見とれて言った。


葵さんは、近所のお花屋さんで、カフェに飾る花を1日おきに届けてくれていた。


「あぁ、葵さん?お待たせしましたね。」


納戸から戻ってきた隼人が葵さんに声をかけた。


隼人は、すぐに葵さんが届けてくれた花々を見て、

「今日も夏らしくて綺麗な花ばかりですね。」

と葵さんに笑顔を向けた。


「良かったです。隼人さんにそう言って頂けて。

今、咲耶さんにも褒めてもらったところなんですよ。」


「咲耶も?

やっぱり同じようなことを思ったんだな。

葵さん、今日も暑いので、良かったらアイスティーでも飲んで行かれませんか?」

隼人は、そう葵さんに優しく尋ねた。


「えっ、宜しいんですか?」


「えぇ。次の配達が立て込んでいるようでしたら、無理にとは言いませんが……。」


「あっ、それは大丈夫。

今、姉がお店にいますし。

じゃあ、お言葉に甘えてアイスティー、頂きますね。」


「お姉様がお店に?

それなら安心ですね。じゃあ、どうぞこちらにお掛けください。」 

咲耶さんが葵さんを促してカウンター席に座らせた。


葵さんは、姉の綾さんと姉妹でフラワー・リリィを営んでいた。


商店街の中で一際、明るい色彩を放っている評判の花屋だった。


咲耶さんは、葵さんから受け取った花束を包んでいた紙を広げて、花瓶に生け始めた。



「いつも葵さんが届けて下さるお花をテーブルの一輪挿しと……このカウンターの大きな花瓶に分けて飾るんですが、お客さんの評判、凄く良いんですよ。」


隼人が、アイスティーを淹れながら葵さんに話しかけた。


「本当に?毎回、どのお花をお届けしようかな~って迷うんです。

勿論、予算内にまとめることも考えますが、お店に来られる方を楽しませるお花はどれかなって考えて決めています。

だから、そんな風に言って頂けてとっても嬉しいです。」


葵さんは、しみじみとそう語った。


「お花って、人の心を和ませてくれますよね。

時には暗い気持ちを明るくしてくれたり……。

今日のヒマワリなんて、正にそんな感じ。」


咲耶さんが早速カウンターに生けたヒマワリの花を眩しそうに見つめている。


「夏らしい黄色いヒマワリに青いデルフィニウムや白のアンセリウムが入って涼しげな色合いになってますよね。

葵さんのセンスが良くて毎回、見とれてしまいます。」


「咲耶さん、嬉しいけれど……ちょっと褒めすぎですよ。」

葵さんが恥ずかしそうに俯いた。


「そんなことないですよ、葵さん。

お店に来られるお客様も皆さん、褒めていかれますよ。

癒されましたとか元気をもらいましたとおっしゃって。」


カウンターから、アイスティーを葵さんの前に置きながら、隼人も葵さんのセンスに太鼓判を押した。


「ありがとうございます。

お二人に褒めて頂いて何だか自信が湧いてきました。

実は、私と姉は小さな頃から仲が良くて、将来一緒にお店を持てたらいいねと話していたんですよ。

お花屋さんにしようと言ったのは、姉で。

その夢があったから、この花屋を開けました。」


「そうだったんですか。」

咲耶さんが葵さんの顔を覗きこむ。


「姉とは他のお花屋さんで修行もしました。

アレンジメントフラワーを習いに教室にも通って。

やっとこちらの商店街でお店を持てました。

買って下さるお客様に喜んで頂けるのが一番ですね。」


晴れやかに笑う葵さんの言葉に隼人も深く頷いた。


「本当にそうですね。

お客様に喜んで頂けるのが僕らにとって一番ですよね。」


「うちのお客様、絵を描く方も多いから、このヒマワリも絵の題材になりそう。」


咲耶さんの言葉に

「そうだね、たくちゃんとか……瑞希ちゃん……。

あっ、飯倉さんもね。」

隼人がお客さんの顔を思い浮かべながら、続ける。


「この小さなヒマワリ、可愛らしいですね。

テーブルの一輪挿しにぴったり。」


咲耶さんが小振りのヒマワリを手に取って一輪挿しに生け始めた。


「それは、ミニヒマワリで『小夏』って言うんですよ。」


「へぇ……『小夏』って言うんですね。

名前も可愛い。」


カフェ・エスポワールの各テーブルに『小夏』が飾られていくーー。


葵さんは、それを愛おしそうに眺めていた。


ふと、カフェの掛け時計に目を移した葵さん。


「あっ、もうこんな時間。

私、そろそろお店に戻らなきゃ……。

姉が待ってるわ。」


「それは、お引き留めしてしまってすみません。」


隼人がすまなそうにそう言うと

「いえ、いえ。

アイスティー、美味しかったです。

ご馳走さま。

また、宜しくお願いしますね。」


葵さんは満足そうに立ち上がり、小さく手を振りながらお店を後にした。


一瞬開いた扉の外からは賑やかな蝉の声が聞こえてくる。


「今日も暑くなりそうだな。」

隼人が窓の外を眺めて呟いた。



その後ーー

やってくるお客様は時々テーブルの上のヒマワリを眺めてほっとした表情を浮かべたり、そっと微笑んだり……。


美味しい珈琲を飲みながら、花と過ごす時間も楽しんでいるようだった。


たった一輪の花でも人の気持ちを和ませる。


隼人は、そんな花の大きな力を感じていた。


このカフェを始めた頃に一輪挿しに花を飾るよう勧めてくれた妹の咲耶さんに今では感謝している。


実は、浪人生の岡本大地君もテーブルの花を眺めながら、勇気をもらっている一人だった。


「今日は、ヒマワリか……。

明るくて太陽みたいに強そうで、いい花だな。」


それから、ふっと息を吐くと、机の上の参考書を静かに開いた。


カフェ・エスポワールに集う人々に花たちもエールを送ってくれている。


隼人は、珈琲を淹れながら自分自身もカウンターに飾られた美しい花に励まされていた。

























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