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上杉憲政の絶望

「はっ、ここはどこ?」

目を覚ました雛鶴は、見知らぬ建物の中にいることに気付いた。

「ここは御館(上越市五智)だ。憲政殿が住んでいる館だぞ」

隣で目を覚ました政虎が、雛鶴に答えた。

室内では、憲政とその側近衆・政虎の護衛・(加藤)段蔵が、雛鶴たちを取り囲んでいた。

「おお、御実城(政虎)様。お目覚めになられましたな。身体に問題はありませんか」

護衛の言葉に、政虎は「問題ない」と答えた。

「それでは、雛鶴たちは明日春日山城へ登城するがよい。その時、お前は皆の前でここまで来た目的を説明せよ。憲政殿には、彼女らの世話をお願いします」

そう言うと、政虎は護衛を引き連れて春日山城に戻るのだった。

憲政は、雛鶴に話しかけた。

「ふん、政虎殿に頼まれれば仕方がない。お前らが越後に滞在する間の世話は、わしがするとしよう。それにしても、雛鶴よ。父親の葬儀のためというが、何故命の危険を顧みず、わざわざ越後まで金を借りに来ているのだ。上州で領地経営の勉強でもして、少しでもよい嫁ぎ先を探せば良いであろうが?」

「わたくしには夢があるのです。『皆に夢と希望を与えるお姫様』になるという夢が」

「夢と希望って、具体的にお前は皆に何を与えるというのだ」

「日本各地に図書館・・・、足利学校のようなものでしょうか。とにかく無料で、誰でも自由に本を読んで勉強できる場所を作って、皆の将来の選択肢を増やしたいのです。だけど、わたくしにはそれを成し遂げる力がありません。だから、こうしてポチや段蔵や『おっさん』さんたちと、悪あがきをしているのです」

「皆に夢と希望を与えるお姫様ね。くっくっく、はっはっは」

「憲政様、何がおかしいのです」

「雛鶴よ。お前はいい年して、頭がお花畑みたいなことを言っておるのだな。所詮、人間は獣だ。下手に庶民が知恵なんぞつけたら、ずる賢い奴が力を持ち弱者はひたすら搾取される、弱肉強食で地獄のような世の中になるぞ。いや、既にこの世は地獄だから、多少貧富の差が増大して、強者が栄え弱者が虐げられたところで、どうということはないか」

「憲政様は前の関東管領で、関東一円の武士を掌握する権力者ではありませんか。そんな憲政様に投げやりな態度を取られたら、関東中の武士はどうすれば良いのでしょうか?」

「ええい、小娘がわしに意見を言うな。わしだって、戦乱の世を何とかしたかったさ。だが、お前の父も含めて、わしの言うことなど誰も聞かなかったではないか・・・。そういえば、助けを求める志賀城(長野県佐久市)を救いに行った時も、業政は大反対したな。敵は北条であって、武田ではないと。わしは、業政の反対を押し切って志賀城に軍勢を派遣するが、結果は大敗北だ(小田井原の戦い1547年)。上州軍三千は武田軍によって全員殺され、その首は志賀城の石垣に並べられた。どうせ、業政たちはわしを愚将と罵ったのであろうよ」

「そんなことは・・・」

「・・・、一つだけお前に質問をしよう。無料で誰でも自由に読書と勉強ができる『図書館』という考えをお前に教えたのは、一体誰だ」

「幽界で、『おっさん』さんに実物を見せて貰いました。ちなみに、『おっさん』さんとはポチの中に封印されている未来から来た怨霊です」

「そうか・・・、ポチの中に封じられている未来の怨霊ね。政虎殿がやけに機嫌が良かったのは、その図書館とやらを見てきたからなのか?」

「おそらく、その図書館で兵器を見学したり、酒やつまみを散々飲み食いしたからだと思いますが、政虎様は『おっさん』さんの義将という発言に反応していました。『おっさん』さんによると、未来の政虎様は義に生きる戦の天才と呼ばれているそうです。その言葉に感心した政虎様は、強きをくじき弱きを助ける義将を目指すことにしたみたいです」

「ふーん、雛鶴も政虎殿も、自分の信念に従って生きておるのだな。わしも、その様に生きてみたかった・・・。雛鶴よ、明日も長い一日になりそうだ。さっさと休んで、疲れを取るが良い」

そう言い残して、憲政はこの場から去るのだった。


・・・・・


憲政は去り、この場には憲政の側近衆と雛鶴たちが残された。

「雛鶴殿、奇行とか投げやりな発言が目立つ憲政様ですが、決して悪いお方ではないのですよ。実際、憲政様なりに関東の秩序を保とうと努力されたのですが、自分の思い通りにならない現状に絶望してしまわれたのです。自身を卑下し心を傷つけることでかろうじて正気を保つ憲政様は、本当に痛々しくて見ていられません」

「そうです。憲政様自身は普通に良いお人なのですが・・・。ただ、政治と軍事の才能が壊滅的に無いだけなのです」

側近たちは憲政を擁護するが、逆に憲政の無能ぶりが強調されているようにも感じた。

「であれば・・・、憲政様にも生きる目的を見つけてもらいましょう。そうすれば、わたくしたちに味方してくれるのではないでしょうか」

「「憲政様が人生に前向きになられたなら、我ら側近衆も雛鶴殿に協力しますぞ」」

雛鶴の発言に歓声を上げる憲政の側近衆であったが、それを聞いていた段蔵がひとこと呟いた。

「一体どうやって、姫様は憲政様の意識改革をしてお味方にするつもりなんですかい?」

「そこは、『おっさん』さんが何とかしてくれるでしょう」

(ええっ、ボクに丸投げかよ)

「刎友、いいかげん覚悟を決めるわんね」

(それじゃあ、ごにょごにょごにょ)

ということで、一度図書館に戻って必要な物を準備した雛鶴とおっさんたちは、憲政の部屋へと向かうのだった。


※憲政視点


我が名は山内上杉憲政。前の関東管領だ。

わしが子供の頃、義兄(上杉憲寛)と相続争いがあったようだが、よく覚えていない。

いずれにせよ、わしは物心ついた頃から関東管領で、関東十カ国の武士がわしに従うのは当然のことであるし、わしこそが関東に平和をもたらす者であると確信していた。

だが、上杉家も家臣たちも一つにまとまらず、ひたすら権力闘争や相続争いを続けていた。

さらに関東の混乱を助長したのが、北条家の躍進だ。

古河公方(足利晴氏)などは、北条家を利用して小弓公方(足利義明)を滅ぼしているからな。

結果、北条家の勢力を無視できなくなった足利晴氏は北条氏綱の娘を妻に迎えることになり、北条家は事実上の関東管領として関東支配の正統性を主張できるようになったのだ。

これは、正式な関東管領であるわしにとって、絶対に見過ごせぬことであった。

氏綱が死ぬと、わしは扇谷上杉朝定や今川義元とともに北条家へ攻め込むが、結果は大敗北だった(河越合戦(1546年))。

上杉朝定は戦死し、わしや足利晴氏は敗走して本国へ逃げ帰った。

そういえば、雛鶴の兄が戦死したのも、この戦いだったな。

平井城に戻ったわしは、地に落ちた上杉家の威信を取り戻すべく、武田信玄(晴信)の侵攻に抵抗を続ける志賀城に援軍を送るが、武田軍相手に上杉軍は全滅。

志賀城に籠もる笠原清繁と高田憲頼父子(上杉家からの援軍で笠原清繁の親戚)は切腹し、関東諸将の支持を失ったわしは、結局越後へ逃亡することとなった。

くそう、本来であれば、わしは名君として関東の地に平和をもたらしていたはずなのに、現実は全てを政虎殿に譲り渡して強制隠居状態だ。

何を、どこで間違えたのだろうか・・・。

(ふーん、憲政様は理想と現実の差が大きすぎて、世の中に絶望しているわけですね)

「何奴!?」

憲政の目に入ったのは、いつのまにか部屋に忍び込んだポチの姿だった。

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