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落ち込んだ妹への対処法

ここで、場面は幽界から現実世界へと移る。

ポチや段蔵たちと朝食を取るために食堂へと移動した雛鶴姫であったが、藤鶴姫の『少しぐらい長野家の役に立ったらどうですか』という発言が頭から離れず、気分は沈んだままであった。

「稗粥はあまり美味くないわん。これから、段蔵と山に入ってイノシシや熊でも狩ってくるわん・・・?ご主人様、聞いているのかわん」

「ええと、ポチ?何か言いましたか?」

「ご主人様、ボーッとしているわんね」

「わたくしは、自分の無力さに情けなくなったのよ・・・。ポチも段蔵も、わたくしのことは気にしないで自分の仕事をしてくるといいわ」

「それじゃあ、戦争孤児のために狩りにでも行ってきますよ。ポチ、行くぞ」

「わんわん(段蔵、わかったわん)」

ちなみに、ここでいう戦争孤児とは小田原城の戦い(1560~1561年)によるもので、この時上杉軍は女・子どもを捕まえては20~30文で売買していたと言われているぞ。

ただし、これは安すぎ(2千~3千円?)なので、あえて家族が買い戻しやすいよう安く設定したのかもしれないが、上杉軍の越山で関東が荒れ、孤児が大量発生したのは間違いなかろう。

ポチと段蔵が狩りに出かけ、一人になった雛鶴は呟いた。

「ああ、力が欲しいわ。上州の地を平和にできるほどの力を」と。


数時間後、イノシシや野鳥などを大量に狩ったポチと段蔵は、大八車に獲物を積んで箕輪城へと帰還した。

「ご主人様、獲物たくさん捕れたわん。早く長純寺(曹洞宗:高崎市箕郷町富岡)で炊き出しするわん・・・?」

御前曲輪の縁側では、ボーッとしながら雛鶴が庭を眺めていた。

そして、その様子をお福(母)・氏業・業親(氏業・雛鶴の弟)・お英(雛鶴の侍女)が遠くから伺いながら、ひそひそ話をしていた。

ポチと段蔵は、瞬時にお福の側へと駆け寄った。

「「なにしてるわん(んですかい)?」」

ポチと段蔵の問いに、お福はこう答えた。

「雛鶴がわたしの所に来て、『わたくしも長野家の役に立ちたいのです。姉上様たちだって、わたくしの年齢の頃には他家に嫁いでおりました』なんてことを言うのですよ。わたしは、『あなたは長野家にとって数少ない切り札なのだから、今は学問と武芸に励みなさい』と答えたのですが、納得しなかったようですね。勉強には集中できず、注意散漫な状態でなぎなたを振り回すものだから、法如殿と伊勢守殿に注意されて落ち込んでいるようですね」

ちなみに、法如は長純寺の僧で、長野家及びその家臣の子どもたちに学問を教えていた。業政の竹馬の友としても有名である。

伊勢守とは、もちろん上泉伊勢守秀綱(信綱)のことである。

伊勢守は業政の子どもたちに武芸を教えていて、その中でも特に優秀な於富姫(業政次女)を後妻に迎えたかったのだが、小幡図書之助景純に奪われてしまったため、何とかして雛鶴姫を得たいと密かに思っていたのは余談である。


「ご主人様が落ち込んでいるのは見たくないわん。お福、なんとかするわん」

「そうねえ・・・。氏業、あなた雛鶴を慰めてきなさい。何だかんだいって、雛鶴はあなたのことを好きなのだから」

その言葉に反応したのは、氏業でも業親でもなく、どこからともなく現れた藤鶴姫だった。

「雛鶴様が同腹の兄君を愛しているですって?前から怪しいと思っていたのですよ、兄妹にしては仲が良すぎると・・・。もしかして、氏業様はわたしとは形だけ結婚して、雛鶴様をずっと手元に置いておくおつもりですか?もし、そのようなことをなさるおつもりでしたら、わたしは氏業様を殺して自刃します」

興奮する藤鶴姫であったが、お福はそれを制した。

「姫、落ち着きなさい。雛鶴は、氏業に恋愛感情を持っていません。ただ、二人は生まれた時からずっと一緒に過ごしてきたので、雛鶴にとって一番身近で甘えられる同世代の異性が氏業というだけなのです」

「まあ確かに、物心ついた時には雛鶴は隣りにいましたね。子どもの頃は、いつも二人でくっ付いていた記憶が有るような気が・・・。それにしても、雛鶴は私のことが好きなのですか」

「氏業、ずいぶんと嬉しそうですね」

「いえ、そのようなことは・・・。いや、妹に好かれて嬉しくない兄はいないのではないですか?」

「まあ、そういう事にしておきましょう」

「それでは、行って参ります」

そうして立ち上がろうとする氏業に待ったをかけたのが、弟の業親だった。

「兄上、姉上を慰める役は僕にお譲り下さい」

「それじゃあ業親、まずお前が行ってこい」

「ははっ、承知しました」

業親はささっと立ち上がると、雛鶴の側へと駆け寄った。

ポチと段蔵は、それをぽかんと眺めていた。


一方、雛鶴は縁側に座って庭を眺めながら、どうすれば上州の地に平和をもたらすことができるのかひたすら考えていたのだが、良い考えは浮かばなかった。

「わたくしがどれだけ強い大名に嫁いだとしても、お家の方針が変われば正子姉上(小幡憲重妻)みたいに長野家と敵対することになるでしょう。結局、武力を持たぬ者は意見を言うことすらできぬのでしょうか」

「そんなことはありません。なぜなら、僕が日ノ本一の侍大将になるからです。もし姉上に危害を加える者があれば、僕が全て討ち取ってみせます。だから姉上、一生僕と一緒にいて下さい」

そう言いながら、業親は手を差し出した。

雛鶴は、その手を取って立ち上がると、業親を抱きしめながらこう言った。

「まあ業親、お姉ちゃんを慰めてくれるの?優しい子ね。でも、そういう事は本当に愛する女性に言うのよ」

そして、雛鶴は再び縁側に座って庭を眺めつつ、考え込むのだった。

「失敗しました。でも、姉上の身体は柔らかくて、とてもいい匂いがしました」

戻ってきた業親の報告に、皆がずっこけた。

「次、氏業行きなさい」

(うーん、どうすりゃいいんだ)

考えがまとまらぬまま、氏業は立ち上がった。


(そもそも、私の方こそ慰めて欲しいのだが)

氏業は、自室でうとうとしていた時、夢の中で業政に雷を落とされていたのだった。

『おっさんの一人や二人を使いこなせずに、この戦国の世を生き抜くことができるかー』といった感じでね。

とにかく、氏業は雛鶴の隣りに座ると、雛鶴の手の上に自分の手を重ねてこう言ってみた。

「雛鶴、難しいことは考えずに、全てこの兄に任せなさい」

「あら、兄上様もわたくしを慰めてくれるのかしら」

(おーい、妹は兄のことが好きじゃなかったのか?なんかツンツンしてるんだけど。駄目だ、私の手に負えない)

氏業は、ポチに目配せした。

ポチはささっと駆け寄ると、「ご主人様、落ち込んでるならポチをモフモフするといいわん」と雛鶴の膝の上に乗っかった。

雛鶴はポチを散々モフモフしたが、ポチの毛がボサボサになっただけであった。

(ポチ、どうすれば雛鶴の機嫌は直ると思う?)

(わからないわん)

途方に暮れる氏業とポチであったが、氏業は業政の『おっさんの一人や二人を使いこなせんでどうする』という言葉を思い出した。

「ポチ、おっさんを呼び出してくれ。奴に対処法を聞いてみよう」

「わかったわん」

そして、ポチは自身の意識を幽界へと沈めるのだった。


・・・・・


「うわー、相変わらずデカい建物だわん。えーと、図書館だったかな?おーいおっさん、ご主人様の一大事だわん。早く出てきてポチたちを手伝うんだわん」

ポチはおっさんを呼びながら幽界図書館へ向かうが、奥の方から轟音が聞こえ、大きい矢のような物体が空へ飛び立つのが見えた。

「あれはなんなんだわん」

ポチは、轟音を放ちながら空を飛ぶよく分からない物に向かって走り出した。


一方、おっさんはというと、色々なロケットを作っては打ち上げるのを繰り返していた。

なぜ、ロケットを打ち上げているのかというと、業政との会話で自身の望みが地球の環境問題を解決することだと気付いたためなのだが、全人類に環境侵害を止めさせる(全人類の生活水準を落とす)ことは、世界征服でもしない限り不可能である。即ち、超大国の大統領でも無理ということになる。

だとすれば、人類によって地球が破壊しつくされる前に宇宙に進出して、地球の外に人類の可住地を作らねばならない。

ということで、ロケット開発である。

(ボクにはロケットを作る技術は無いはずなのに、なんとなく分かるんだよな。頭の中に設計図が浮かんでくるんだよ。そして、設計図さえ分かれば、この幽界でそれを具現化するのも簡単だしな)

そんな感じで、おっさんはロケット矢から始めて棒火矢・ペンシルロケットなどの製作と発射実験を繰り返していた。

「おっさん、なにしてるわん」

ポチは、ようやくおっさんのもとにたどり着いた。

「あれ、ポチじゃないか。それよりもさー、これ見てくれよ。この火薬の爆発音と空高く飛ぶロケットを。まさに男のロマンじゃないか?」

「確かに、戦場で敵軍にこれをたくさん打ち込めば、勝つのは間違いないと思うわんけど・・・」

ドヤるおっさんに対し、ポチはかくかくしかじかと今までの経緯を説明した。

「本当は幽界に引きこもってロケット実験をしていたいんだけど、他ならぬ刎友の頼みだ。喜んで助太刀するさ。まあ、ボクが役に立つかは分からないけどね」

そして、ポチとおっさんは現世へと戻るのだった。


・・・・・


「あっ、ポチよ。戻ってきたな」

雛鶴のいる縁側から少し離れた場所へ移動していた氏業は、動き始めたポチを見てこう問うた。

「それでおっさんよ、気分の落ち込んだ妹にどう対処すれば良いか、お前の思うところを述べてみよ」と。

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