身の振り方
次の日、俺はいつもより早めに目覚めて必要な支度を全て終わらせてから、異能局の人達を待つことにした。支給されたスーツの内ポケットには発信機が取り付けられている。目的は昨日の親父と同じだろう。不審なものは飲まされてはいないだろうが、このあからさまな発信機だけども効果はある。
「お、準備が早いな」
「まあな」
ノックもせずに井原原は部屋に入ってきた。
「昨日、こっちに入るやらなんやら言ってたろ。あれが承認された。武器を渡す」
「早すぎないか?」
「言っただろ。人材は喉から手が出るほど欲しいってのは」
「人手が欲しいとは言ってはいたけど、まさかここまでとは思ってなくてな」
「ああ、だがお前に一つやってもらわなきゃいけない事がある」
奴はそう言って人差し指を上げて、それをちらつかせている。
「で、やることってなんだ?」
「隊長と話して武器をとある場所から持って来て欲しいだけだ。有体に言うと面接とお使いだな」
「いや、今外出たら襲われる可能性くらいあるだろ。朝だけど、組織全体が過激寄りなら不自然じゃない」
俺が言い返すと彼はそれを否定した。
「心配する必要はない。あちら側には自衛隊やら公安が本格的に動き始めたという情報が入っているからな」
「う、嘘だろ?」
「本当だ。その情報だけで、リラシオは身動きできなくなる」
「確かに、本気になったそれらの組織にかかればリラシオは簡単に潰れるもんな」
「ああ、そうだろうな。ま、連発は効かない大きなカードを切った」
リラシオの目標は世の中の条理を自身たちの手で変えることにある。
組織の中では、それを変える前に組織が潰されてしまっては大望を果たせないという考えが主流だ。そして、一時的にでも国家権力に食らいつける力を持ことが目標の一つとなっていた。
そもそも、超能力者は銃を防ぐ手段を持っている者が多いだけで、脳を撃ち抜かれたら死んでしまう。国が総出で動いたらリラシオは壊滅する。
もし、大きなテロ活動で有利な状況を作る前に存在が公にされたら、テロリストとして認知されたまま処分されてしまう。リラシオは難しい立場にある組織だ。
「今のリラシオじゃ、争い一つ起こすのにもかなり時間かかるんだろ。自衛隊の情報があれば、お前が白昼の元で殺されることはないだろ」
「そうだな。たしかに」
武器を貰うためなら行くしかない。妹を守るために協力できることはしたい。
「ああそうだ。出る前にユウナと話しても良いよな」
「いいぞ。ちょっと待て、許可取ってくる」
彼が部屋を出ようとすると上体だけをくるりと回転させてこちらを向いた。
「面接会場は警察庁だぜ。隊長が待ってるらしい」
俺は警察庁に向かう前に許可を得てから彼女の部屋に向かった。
「おはよう」
扉を開けて彼女の安否を確かめる。部屋ではユウナがベッドで変わらず、携帯で何かを見ている。
井原原はドア近くで俺たちの様子を眺めていた。
「rineしなよ」
「直に顔合わせたいんだよ」
「ま、それはそう」
俺はソファに座って、彼女がいつも通りであることを確認してほっとする。
「調子はどうだ?」
「平気」
「そっか」
ユウナが携帯をいじったまま俺の隣に座った。眠そうな目をしている。
「眠いだろ」
「眠くない」
「ほんとか?」
彼女はなにも返さずに携帯をいじり続ける。そして二分後くらいに、彼女は口を開いた。
「頑張って、何もできないけど、できることはするから」
「ありがとう、頼もしいよ」
俺はそれだけ話してその部屋を後にした。
彼女の部屋から出て、朝9時くらいに警察庁に着いた。昨日まで敵対するはずだった奴らの本拠地である。
「お、来たな。リツト君」
入るとすぐに内田さんが俺を呼び止めた。彼の後ろにはスーツ姿のハスターさんもいる。
「案内しよう」
彼に案内されて、人目のつかない場所から地下通路に入り、『第二部隊』と札のある部屋に到着した。その中は四方八方に本や何かの道具、モニターなどであふれており、本来の壁の色が分からない。ちらりと書類がまとめられたファイルのラベルを見たが、超能力者についてまとめられているようだ。
「そこに掛けてくれ」
彼が指さした椅子に座ると、ハスターさんがコーヒーを用意してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取って苦いブラックコーヒーに口をつけた。
「聞きたいことがある」
昨夜の会話から、喋り方に合理的な思想が滲み出ている人だという印象を受けていた。
これから井原原の言う面接が始まるのだろうか。
「分かりました。その前に一ついいですか?」
「なんだ?」
「国はやっぱり超能力の研究をしてるんですか?」
「ああ、している。生物学や心理学とか、さまざまな観点からな。詳しくは最後に話そう。それでは…いいか?」
「はい。お願いします」
「よし、それでは一つ目だ。リラシオは超能力をどう解釈している?」
彼は手元にあるボイスレコーダーのスイッチを入れた。
「選ばれた、才能ある者が発現する力ですね。深層心理の具現化と言っている人もいます」
「そうか…」
ボイスレコーダーの緑色がチカチカと点滅している。
「他にはあるか?」
「その深層心理に従うほどに能力の力が高まるとか、そんな説もありましたね」
さらに俺はリラシオでの超能力について知っていることを全て話した。例えば超能力者の四つの分類。力がより強く使える精神状態。組織の理念と目標と今までの道程などだ。
「よしそうか。協力ありがとう」
録音を終了して何かの線につなげると、彼の横にあるパソコンに文字が映し出された。
「急で悪いが、黒人と白人でDNAがどれだけ違うか知っているか?」
「いや、知りませんけど…」
「変わらないんだ。そしてそれは超能力者にも適用される。つまり、超能力者と普通の人間ではそうは変わらん。超能力者はただの、普通の人間。それが政府の見解だ」
それはきっと、組織も分かっている。それでもあんなに権利に躍起になるのは自分たちの力を認めて欲しいからだ。自分の発揮できる才覚は潰されたくないという一心なのだろう。
「ご主人様」
いつの間にか、彼の後ろにハスターさんが立っている。彼女は握り拳を大きく振り上げて、そのまま剛速球で内田さんの頭へ振り下ろした。
「ガっ」
彼はそのまま椅子からなだれ落ちる。
──俺はなにを見せられているんだ⁉
「大丈夫ですか⁉」
俺は思わず彼の安否を確認する。
「ふん、これくらい大丈夫だ。私はアンドロイドだからな」
内田さんは頭をさすりながらゆっくり立ち上がる。
「あー、なる…ほど」
五十年ほど前から機械と人が同じ権利を持つようになったこの時代だ。
だが、ある程度なんでも自分でできる機械が、お手伝いを雇っているのは珍しい。つまり内田さんは雇う側の、地位の高い人物ということになるが、アンドロイドで名家出身というのは聞いたことがない。噂に聞く、機械養子だろうか。
「すいません、うちのご主人様はかなり不器用でして、こんな例でも、まぁ、意図はお分かりになるでしょう」
内田さんは俯いたまま黙ってしまった。本当に大丈夫だろうか。
「えっと、明確に警察側に着かせたいということですよね」
「ええその「その通りだ」…」
ハスターさんが説明しようとしたその時に、内田さんが言葉を重ねた。どうやら、彼自身が説明するつもりのようだ。ハスターさんは「どうぞ」と言いたげな表情をする。
───俺はなにを見せられているんだ?
「『明確に』こちら側に着かせようとする理由を言おう。まず、前提として聞いておきたいのだが、我々が君に与えるもの。それは幹部とも渡り合うための兵器だ」
「はい」
急に緊張感が漂うのだから、困惑してしまう。
「それが、これだ。一度、沢潟、二丁拳銃を持った私の部下がしているのを見たな」
彼は五十㎝の四方の黒い立方体が入ったカバンを渡した。
「君が裏切らないという保証が欲しい。こちらから従来の火器を渡すこともできるが、それ一つでは幹部には対抗できない。君は幹部と対抗したいのだろう?」
「そんなこと言ってましたっけ?」
「顔を見ればわかる。昨日の君は明らかに力を求めていたぞ」
それほど顔に出ていただろうかと、省みるがあまり心当たりはない。
それにしても、なるほど、その武器をちらつかせて、俺を完全にこちらの組織に入れるつもりらしい。
「この枷を使うと、能力が装備されている時は強化され、外している時は弱体化される」
「つまり、その枷がないと戦えなくなると」
「その通りだ。さらに裏切ればこちらから遠隔で、その枷を起動させなくさせることができる。そうなると、君は二度と戦闘面で活躍できなくなる」
これは、こちらに側に俺の立場が固定される取引だ。
「どうすればいいのか、これは自分の意思で決めてくれ」
彼は俺の前にその鞄を置く。
「優しいですね」
するりと思った言葉が出た。
半強引的に取り付けられ、後から条件が言い渡されるくらいの待遇が来るものだと思っていたからだ。
「形式上、聞くことにはなっているからな。どんな人間にもな」
ここにいる三人全員が、俺がもう組織には戻れないことは分かっているだろうに。
もう心は決まっている。
俺はこの枷を取るしか道がない。守りたいものを守るために、前へ進むために、力不足でも目的を達成するためにこの枷を持つ。
「俺は、警察側に着きます」